モバマス海東青鶻

1: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 21:55:21.28 ID:SdAjZjOk0


・このSSは、中国北宋時代を舞台にした作品です。

・史実とは異なる点があります。ご注意下さい。



2: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 21:56:43.50 ID:SdAjZjOk0


~燕京~


耶律休哥(渋谷凛)「……」ボ~

耶律斜軫(前川みく)「……」ポケ~


凛「ねえ、みく」

みく「にゃあ?」

凛「将軍になるのって、大変なんだね……」

みく「うん……武挙に受かったから、すぐに採用されると思ったのに……」

凛「私たち、頑張ったよね?」


※武挙(ぶきょ)…武官を登用するための国家試験。


3: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 21:57:39.33 ID:SdAjZjOk0

みく「まさか、同期の大半がふるい落とされるなんて、思ってもみなかったにゃ」

凛「昼間の軍事調練は勿論、夜間進軍や三日間水も食料も
  自分で調達する訓練とか……」

みく「それに軍学書の丸暗記に、軍編成の遣り方、
   軍需物資の調達方法……」

凛「軍人になったのに、教養まで求められるとは……」


4: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 21:58:31.35 ID:SdAjZjOk0

使者「耶律休哥殿、耶律斜軫殿」

凛「あ、はい」

みく「まだ研修は続くのかにゃぁ……もう勘弁してほしいにゃ」

使者「太后様は、お二人が優秀な成績を修めていることについて、
   大変お喜びのご様子。これが、最後の課題です」

みく「やったにゃ! これで地獄の特訓からはおさらばにゃ!」

凛「喜ぶのはまだ早いよ、みく……それで、最終課題は?」

使者「最終課題は、実地試験となります。
   お二人には、それぞれ別の課題に挑戦していただきます」


5: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 21:59:08.84 ID:SdAjZjOk0

みく「内容は?」

使者「籤を作っておきました。引いてください」

凛「わかった。それじゃあみく、同時に引くよ?」

みく「わかったにゃ」

二人「「せーのっ!!」」


ペラッ


凛「……」

みく「……」


6: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:00:08.50 ID:SdAjZjOk0

凛「ねえ、みくはどんな課題だった?」

みく「みくの籤は、『賊徒討伐』って書いてあるにゃ」

使者「現在、宋との国境付近に、怪しげな武装集団がおります。
   雑軍だと思われますが、おそらく宋に扇動された部隊と考えられます。
   そのため実際に軍を率いていただき、賊を討伐していただきます」

みく「いずれ経験するとはいえ、もう実戦に放り出されるのかにゃあ」

みく「それで、凛チャンの方はどんな課題だったにゃ?」


7: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:00:55.54 ID:SdAjZjOk0

凛「私の方は……『反乱鎮圧』って書いてあるんだけど……」

使者「つい先日、回跋部(ふいばぶ)において女真族が反乱を起こしました。
   それを鎮圧していただきます。耶律斜軫殿と同様、軍権も与えられますのでご安心を」

使者「また、実際に軍権を与えられるということは、お二人は将軍として扱われます。
   もし敗北を喫したり、軍法に反することがあれば、厳罰に処されますのでご注意下さい」

凛「さすが最終試験……難易度も高いし、責任までついてくるのか」

みく「下手すれば打ち首ってことになるのかにゃ」


8: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:01:54.98 ID:SdAjZjOk0

使者「また期限は、それぞれの任地に就かれてから一月以内とします。
   使える物資は任地の鎮台に保管されている物のみとし、
   所望品があっても申請は認められません。
   しかし、略奪以外の方法で自ら物資を得ることは、特に禁じられておりません」

使者「それから、本国より軍監が送られて来ます。それだけ留意して下さい」

使者「太后様は、有能な将を求めておられます。
   この課題は、太后様ご自身でお考えになったものですから、
   これぐらいこなして欲しいというわけでしょう」

凛「分かった。やってみる」

みく「困難だけど、これを乗り越えれば正式に将として採用されるにゃ!
   やる気出てきたにゃ!」


9: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:02:34.20 ID:SdAjZjOk0

使者「説明は以上です。何か質問は?」

凛「特に無し」

みく「同じにゃ」

使者「それでは、私はこれで失礼します……」




みく「それじゃあ早速、みくは行ってくるにゃ」

凛「みく。ここまで来たんだから、しくじらないでよ?」

みく「みくは有能だから大丈夫にゃ! 凛チャンの方こそ」

凛「ふふっ。お互い、頑張ろう!」

みく「うん!」


10: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:03:24.88 ID:SdAjZjOk0

~回跋部・野営地~


凛(この地域に入ってから、もう五日が経つ……)

凛(斥候を放って調べさせてみたけど、反乱部隊はどれも軍備が貧弱。
  それに兵糧も少ないみたい。私が何もしなくても、自滅していくだろう……)

凛(でも普通に考えれば、こんな状態で挙兵しようなんて思わないはず……
  反乱するなら、成功するっていう計算あればこそだけど、
  今回の場合はやむにやまれず、という感じがする)

凛(もしかしたら、相当追い詰められているのかも。だとしたら、かなり問題だね。
  今回は武力で押さえつけても、今後再発する可能性が高い)


11: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:04:27.06 ID:SdAjZjOk0

斥候「耶律休哥将軍! 帰還しました」

凛「お疲れ様。で、どうだった?」

斥候「やはり、反乱の指導者は郝里太保(かくりたいほう)城にいる模様。
   各地の反乱部隊にたいして、かの城から頻繁に伝令らしき騎影が出入りしております」

凛「ありがとう」

凛(反乱というものは、頭を叩けば後は散り散りになる。
  太守の膝元である、郝里太保城から反乱の指揮を執るなんて、なかなかやるな)

凛(そういえば、郝里太保城には、女真族を統括する役所があるんだっけ?)


12: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:05:25.96 ID:SdAjZjOk0

凛「全軍に通達。明朝、騎兵隊は私とともに郝里太保城に向けて出撃する。
  歩兵はこの地において野戦陣地を構築し、
  物資の防衛、退路の確保、帰還する騎兵の収容準備を」

斥候「かしこまりました」

軍監「耶律休哥殿、郝里太保城の周囲に敵はいないとはいえ、
   それまでの道中は、騎兵のみで敵中を突破することになりますぞ」


13: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:06:08.66 ID:SdAjZjOk0

凛「私はこの数日間の偵察により、反乱軍の装備・錬度は劣悪だと判明した。
  だから遼の正規軍の敵じゃないし、何かあればこの陣地まで逃げ帰ることもできる」

軍監「まあ、采配は貴方に一任されておりますが」

凛「それに、一つ確かめなきゃならないことが……」

軍監「今何か?」

凛「ううん。なんでもない」


14: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:06:56.50 ID:SdAjZjOk0


~郝里太保城・広場~


太守「おお、貴方が耶律休哥将軍ですか。わざわざこんな北地まで、ご足労をおかけしました。
   宴会の席を設けております。今夜はお休みください」

凛「まだ反乱は治まってないよ。そして私は、この城が怪しいと思うんだ」

太守「私が治めている城ですぞ。怪しいところなど、何もありませんが……」

凛(この城の雰囲気はおかしい。民は皆、死んだ目をしている。
  女真族は遼に従属しているけど、決められた税を払い、徴兵の義務を守れば良いだけのはず。
  税も、生活に支障が出るほどの額ではないはずだし……)


15: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:08:00.69 ID:SdAjZjOk0

若者「お待ち下さい!」

凛「誰?」

若者「これが遼のやり方ですか!? 遼は、我らに死ねとおっしゃるのですか!?」

凛「どういうこと?」

若者「俺達は、そこの太守に税以外のものを払わされているんです!
   こんなんじゃ、生きていけません!」

太守「誰か、こやつを捕らえろ!……申し訳ございません、将軍。
   この者は少し気が狂れておるようでして……ささ、政庁にお入りください」

凛「すこし待って。宴会の前に、調べなきゃならないことがあるよ」

太守「な、なにか?」


16: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:08:49.10 ID:SdAjZjOk0

凛「あんた、太守の屋敷がどこにあるか知ってる?」

若者「は、はい……」

凛「兵を何人か派遣するから、案内できる?」

若者「わかりました!」

太守「将軍! 勝手なことをされては困ります。
   な、何か欲しいものはございませんか?
   将軍には、耳墜などお似合いかと……」

凛「皆、この広場を固めて。一人も出入りさせるな!」

太守「何をなさるおつもりですか!」

凛「いいから。少しだけ、待ってもらおうか」




※耳墜(じつい)…イヤリングのような装飾品。


17: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:09:43.83 ID:SdAjZjOk0

兵「耶律休哥将軍」

凛「あ、戻ってきたんだ。意外に早かったね」

兵「太守の屋敷を調べましたが、敷地内には倉が幾つも建てられ、
  中には金銀財宝や食物などが大量に保管されており、とても運び出せません」

太守「な……!」ブルブル

凛「今回の反乱の原因が、ようやくわかったね」

太守「小娘が、ワシを甘く見るなよ! ワシは都の太后様から覚えもあり……」

凛「残念でした。私は今回、その太后様からの命令で
  『反乱鎮圧』を任されているんだ」

太守「者共、何をしておるか! 早くこいつを捕らえろ!」


18: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:10:23.80 ID:SdAjZjOk0

凛「この期に及んで、度し難い」


ズバッ  ボトッ


「うわぁ、あの人やっちまった!」

「どうしよう……俺達全員、処刑されてしまうんじゃ……」


ガヤガヤ



19: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:11:15.28 ID:SdAjZjOk0

凛「皆聞いて!」

凛「さっきも言ったけど、私は太后様からの命令で、反乱の鎮圧に来た。
  だからこの責任は全て私が負うべきものだし、皆のことは私が必ず守ってみせる!」

凛「そして、この太守が不当に徴発したものは全て、皆に分配する。それで良いね?」


ザワザワ ヒソヒソ


凛「でも、反乱を扇動した人がこの中にいるはず。前に出てきて」

男「はい…俺です」

凛「どんな理由であれ、反乱を起こしたことは事実。責任を取ってもらうよ?」

男「覚悟は出来ています」


20: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:12:27.16 ID:SdAjZjOk0

凛「本当に戦う気があるなら、正々堂々と名乗りを上げて前に出るべきだった。
  民衆の中に隠れて反乱を扇動するなんて、卑怯だよ」

凛「でも、ちゃんと名乗り出てきたことは評価する。
  あんた一人の首で、事は収まる」

男「本当に、俺の首一つで皆を許してくれるのですね」

凛「約束する。命に代えても、今回の件は全て太后様に報告する」

男「わかった。首を刎ねてくれ」

凛「……」

凛(可哀相だけど、許すわけにはいかないからね……)


21: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:13:31.55 ID:SdAjZjOk0


~長老の家~


長老「将軍、助かりました。何とお礼を申し上げれば良いのか……」

凛「頭を上げて……そもそも、今回の件は私たち遼に責任があるよ。
  あんな腐った役人は、まだどこかにいるはずだけど」

凛「私は公平な税、公平な裁きを心掛けただけ。
  だから不正を為した役人も、反乱の首謀者も処刑した」

凛「確かに、女真族は遼の支配下になっている。
  でも、だからと言って生活を奪っても良いわけじゃない。
  私は、この国をもっと良くしたい。契丹族も女真族も、関係ない国に変えていかなきゃ」


22: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:14:31.10 ID:SdAjZjOk0

長老「いやいや、そういう考えをお持ちの将軍がいらっしゃるというだけで、
   私たちは感謝しております」

凛「それは……どう致しまして」


キィ キィ


凛「……あれ? この鳴き声は?」

長老「おお、外でやっとるみたいですな。
   せっかくですから将軍、見物されますか?」

凛「何……?」


23: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:15:43.02 ID:SdAjZjOk0


バサッ バサッ


若者「こらっ! 暴れるな!」

鷹「キィ キィ キッキ キッキ」ジタバタ



凛「鷹を調教しているの?」

長老「はい、これは“海東青鶻(かいとうせいこつ)”、
   または“海東青”と呼ばれる鷹です。
   我ら女真族は、古くからこの鷹を使役しておるのです」


24: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:17:01.35 ID:SdAjZjOk0

凛「へえ、そうなんだ。確かに、前に鷹狩りを見物したとき、
  王室の人がこの鷹を使役していたような……」

長老「遼の王室や貴族の方々の間では、鷹狩り用に好まれており、この羽も珍重されております。
   我らは毎年、海東青鶻を税として遼に納めております」

凛「そうなんだ……でも、鷹を捕獲して調教するなんて、大変なんじゃないの?」

長老「その通りです。それに、海東青鶻は断崖絶壁に巣を作るので、
   雛を採るために崖から墜落して死ぬ者も多い」

長老「ですが、しかたありません。これも、我ら女真族が生き残るための犠牲なのです」

凛「……」


25: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:18:05.94 ID:SdAjZjOk0

凛(この鷹は、何者にも屈する鳥じゃない。
  誰にも従わず、もっと力強く、この大空を羽ばたくべきだ……)

長老「いかがされました?」

凛「いや、その、少し珍しかったから……」

長老「まあ我々以外は、あまり間近で目にすることはありませんな」


26: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:18:55.55 ID:SdAjZjOk0


~燕京・宮殿~


凛「耶律休哥、帰還しました」

衛兵「耶律休哥殿ですね。中にお入り下さい。太后様がお待ちです」


27: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:20:18.29 ID:SdAjZjOk0

蕭太后(高橋礼子)「お帰り、凛ちゃん。先に提出された報告書、読ませてもらったわ」

凛「どう……かな?」

礼子「文句無しね。貴方はこの場で、正式に将軍として認められるわ。
   それにしても、私の見えないところでこんなに腐った役人がいたなんて。
   反省しないと……

凛「ありがとうございます」

礼子「ふふふ……正直、将軍の見習いでここまで優秀な成績を修めた者はいないの。
   だから凛ちゃんの今後の活躍には、期待させてもらうから」

凛「ふふっ。まかせて」


28: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:21:33.52 ID:SdAjZjOk0

凛「あ、それで、みくの方はどうだったの?」

礼子「ああ、みくちゃんも合格よ。
   貴方より帰還が早かったけど、任地が凛ちゃんより近かったこともあるわね」

凛(良かった。みくも合格できたんだ)

礼子「それと、今後のことだけど」

凛「はい」

礼子「凛ちゃんには早速、兵が与えられるわ。これは所謂旗本ってことになるわね。
   そして有事の際には情況に応じて、国から別の軍の指揮権が与えられるの」

凛「わかった」


29: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:22:35.96 ID:SdAjZjOk0

凛「わかった」

礼子「それで、凛ちゃんは正式に将軍という扱いになるわけだけど、
   旗はどうする?」

凛「旗?」

礼子「そう。将の目印になる、牙門旗というものね。
   普通は、その人から一字を取ることが多いかしら。
   例えばみくちゃんなら、耶律斜軫の『斜』の旗に決まったけど」

凛(旗か……)


31: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:23:41.33 ID:SdAjZjOk0

凛「あの、それって、文字じゃなきゃダメなの?」

礼子「別に、何かの絵でも良いけど」

凛「そっか……少し、考えさせてほしいな」

礼子「時間はあるから、ゆっくり考えてね」

凛(旗か……どんな旗にしようかな……)


32: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:24:45.70 ID:SdAjZjOk0

>>30

海東青鶻(かいとうせいこつ)です。


33: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:25:29.65 ID:SdAjZjOk0


~数日後・凛の家~


凛「旗か……あんまり奇抜なものは笑われそうだし、
  『休』の旗で良いかな? でもなぁ……」

凛「蒼旗とかどうだろう? う~ん悩む……」

従者「耶律休哥様、お客様がお見えですが」

凛「誰?」

従者「郝里太保の老人だと言えば、将軍には分かると」

凛「長老が? 分かった。客間に通して」


34: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:26:26.44 ID:SdAjZjOk0

長老「おめでとうございます」

凛「いきなり、何?」

長老「此の度、正式に将軍に昇格されたとか」

凛「耳が早いね。どうしてそんなこと知ってるの?」

長老「これでも、私は回跋部のまとめ役をしておりますので。
   いろいろと、方々に耳目を持っておるのですよ」

凛「さ、流石だね……」

長老「おお、こんな話をしに来たのではございません。
   昇進のお祝い品を届けに参りました」


35: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:27:19.86 ID:SdAjZjOk0

凛「別に良いのに」

長老「いえいえ、これは私どもが勝手にすることです。
   もし将軍がお気に召しましたなら、是非使っていただければ」


バサッ


凛「蒼旗か。これは……この旗に描かれているものって……」

長老「はい。海東青鶻の旗でございます。
   将軍になったからには、ご自身の旗が必要でございましょう?」

凛「どうしてこれを?」


37: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:30:37.67 ID:SdAjZjOk0

長老「郝里太保で、耶律休哥様は熱心に、海東青鶻を見つめておられました」

凛「ばれてたんだ。恥ずかしいな……」

長老「もしかしたら、将軍が海東青鶻をお気に召したのではないか、と思いまして」

凛「でも、海東青鶻は女真族の象徴でしょ?
  私がその旗を使うのは、皆に悪いよ」

長老「いやいや、そんなことはございません。
   私はこの年まで生きながらえてきましたが、
   将軍ほど民のことを考えていらっしゃる軍人はおりませんでした」

長老「言うなれば、将軍は我ら蒼茫の希望なのです」


38: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:31:37.10 ID:SdAjZjOk0

凛「そんな大げさな」

凛(でも、私はこの鷹を気に入ったんだと思う。
  海東青鶻のように、自由に、力強く蒼穹を羽ばたくことができたなら……)

長老「まあ、それは建前で」

凛「えっ」ガクッ

長老「本音を言えば、私は耶律休哥将軍が、
   将来有望な軍人だと思えばこそ、ここまでしているのです。
   ここで将軍と親しくなっておけば、いずれ女真族の利益にも繋がるかもしれぬ、
   というところですかな」


39: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:32:31.79 ID:SdAjZjOk0

凛「それって、年の功っていうものなのかな? まあ、別に良いけど」

長老「おお、それでは……?」

凛「私、海東青鶻の旗を使うよ。
  この鷹のように、どこまでも遠く、どこまでも高く飛べるようになってみせる!」

長老「ありがとうございます。ご入用とあらば、後で何枚でもお届けしましょう」

凛「ありがとう。こんなに目立つ旗を使ってたら、戦場で下手なことできないしね」


40: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:33:15.08 ID:SdAjZjOk0

長老「気に入っていただいて良かった。それでは私はこれで」

凛「あ、もっとゆっくりしていけば良いのに」

長老「長居はご迷惑になりますから」

凛「そんな遠慮しなくても……」


パカラッ パカラッ


凛「この蹄音は!」

長老「はい。数は単騎。しかも跑足(だくあし)ではなく、駆け足。
   火急の用件のようですな」


41: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:34:24.25 ID:SdAjZjOk0

凛「さっきから聞こえてたの?」

長老「はい。老いぼれたとは言え、私の耳は地獄耳だと、里では煙たがられています」

長老「それに、その用件が召集命令であるということも、良くわかっておりますとも」



使者「耶律休哥将軍はご在宅でしょうか!?」

凛「ここにいるよ!」

使者「太后様より、召集命令が下されました! 至急、宮殿までお越し下さい」

凛「わかった。すぐ行く」


42: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:35:02.36 ID:SdAjZjOk0

凛「……で、どうして召集命令ってわかったの?」

長老「軍人に対しての火急の用件なんて、軍事命令しかありえないでしょう?」

凛「あ、そっか」

凛(まったく、老獪な人だな……)


43: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:36:09.05 ID:SdAjZjOk0


~宮殿~


みく「しぶにゃん! 無事に合格できたのかにゃ!」

凛「あ、みく……どうでもいいけど、しぶにゃんってなに?」

みく「つれない返事だにゃあ! 一緒に昇進できた喜びを、分かちあうべきにゃ!
   ほ~ら、猫耳つけて!」

凛「まったく、そんなことしてる場合じゃないでしょ」

礼子「そう。そんな場合じゃないわね」

みく「うう……怒られたにゃあ」


44: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:37:09.62 ID:SdAjZjOk0

礼子「凛ちゃん。燕京に帰ってきたばかりで悪いけど、宋が北伐を開始したの。
   貴方にも従軍してもらうわよ」

礼子「でも、凛ちゃんの旗がまだ用意できていないの。
   しょうがないから、『耶律』の旗でも使ってもらえる?」

凛「その必要はないよ。旗なら用意してある」

礼子「どんな旗を?」

凛「海東青鶻」


45: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:38:11.27 ID:SdAjZjOk0

礼子「海東青鶻って……凛ちゃん、回跋部に行ったときに何かあったの?」

凛「何でもないよ。お礼に貰っただけ」

礼子「ま、遼軍に一人くらい、そんな将軍がいても良いわね」

みく「むむむ……」

凛「どうしたの、みく?」

みく「みくは最初、猫の旗を申請したのにゃ」

凛「え、猫?」


46: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:39:08.92 ID:SdAjZjOk0

みく「みくの先祖は猫なのにゃ。
   でも、契丹族の先祖は天界から降り立った天女と、神仙の間に出来た八人の子供だから、
   それはおかしいって却下されたのにゃ」

凛「そ、そうだね」

みく「でも、みくの先祖は猫って言ったら猫なのにゃ!
   みくは自分を曲げないよ!」

礼子「そこ、私語は慎みなさい」

凛「……」ジー

みく「凛チャンひどいにゃ!」


47: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:40:25.94 ID:SdAjZjOk0

耶律奚低(高峯のあ)「話が進まない……私の方から、状況説明させてもらう……」

凛「な、耶律奚低将軍! いつの間に」

みく「にゃあ! 遼軍の総指揮官にゃ! 全然気配を感じなかったにゃ!」

のあ「かしこまらなくても良い……私のことは、のあと呼びなさい。
   名前に、意味など無いのだから……慮るべきは、物の本質……」

礼子「あのね、話が余計にそれているわよ? もういい……
   私が、現在の戦況について説明するわ」


48: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:41:24.43 ID:SdAjZjOk0

礼子「現在宋軍は、宋主を総大将としている。つまり、親征ということね。
   目的は言うまでも無く、“燕雲十六州”の回復よ」

凛「と言うことは、北漢は既に?」

礼子「そう。河東路の北漢は宋の軍門に降ったわ。
   事実上、中華において宋の天下統一が成し遂げられたということ」

みく「でも、北漢には“楊家軍”がいたはずにゃ。
   先年の宋の北征でも、楊家軍がいたから宋は攻めきれなかったのにゃ」


49: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:42:46.19 ID:SdAjZjOk0

のあ「国境の鎮台の報告によれば、宋軍の中に『令』の旗があったらしい……」

凛「楊令公……あの忠勇の人が、宋に降るなんて思わなかったよ」

礼子「どうやら宋主は、北漢の帝と楊令公との確執の間隙を突いて、
   何とか楊令公を説き伏せたらしいわ。
   今回の戦いで最も警戒すべきは、楊家軍でしょうね」

みく「正規軍相手の初めての実戦か……緊張するにゃ。
   で、宋軍は今どこに向かっているのかにゃ?」

のあ「会戦予定地点は、高梁河……我ら遼軍も、燕京の軍勢を率いて南下する……
   そして、河を挟んでの対陣になるはず」

みく「河か……長期戦を覚悟しなきゃだめにゃ」


50: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:43:44.36 ID:SdAjZjOk0

凛「そういうことなら、私に考えがあるんだけど、いいかな?」

礼子「いいわよ。何でも言ってみて」

凛「高梁河の上流には一箇所だけ、騎兵がぎりぎり渡渉できる地点がある」

みく「そんなの初耳だにゃ!」

のあ「……続けて」

凛「だから、のあさんとみくは本隊を率いて宋軍を釘付けにする。
  その間に、私が別働隊を率いて上流の渡河点を渡渉し、宋軍の側面を突く」

のあ「その作戦ならば……しかし……」


51: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:44:40.91 ID:SdAjZjOk0

みく「そんなの危険にゃ! 下手すれば、渡渉中に溺死する兵も出てくるし、
   渡渉した後は敵側に孤立してしまうにゃ!」

凛「そんなこと、わかってるよ。
  でも、国力と兵力でまさる宋相手に、尋常な手段で勝てると思う?」

凛「私は、礼子さんの考えを聞きたいな」

礼子「私も正直、凛ちゃんにそんな危険な役目を負わせたくない。
   でも、凛ちゃんのこの国を思う気持ちを、無碍にできないわ」


52: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:45:46.87 ID:SdAjZjOk0

のあ「太后が承認した……」

みく「むぅ……オイシイところを持っていかれたような気がするにゃ」

凛「そう言わずに、私にまかせてよ」




凛(そうだ。これが第一歩なんだ……)

凛(私は、こんなところで死んだりしない。
  その程度じゃ、海東青鶻の旗が泣く。
  この試練も、きっと乗り越えてみせる……)


53: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:46:42.86 ID:SdAjZjOk0


~高梁河・上流渡河点~


ゴォォォォ


「おいおい、物凄い急流じゃねえか……」

「こんなところを渡河しようなんて、命知らずにも程があるぜ」


凛「皆、こんなところを渡渉できないって思ってるでしょ?」

「……」

凛「私が最初に渉るから、皆は後について来て」


54: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:49:09.09 ID:SdAjZjOk0

凛「よし、行くよ!」


ザバッ


凛(馬の足が取られる……でも……)


ジャバ ジャバ


凛「皆見たでしょ? 思ったより簡単に渉れるよ!」


「おいおい……指揮官に先行されたら、行くしかねえじゃんか」

「だよなぁ……」


ジャバ ジャバ


「何だ、流れは早いけど、見た目より深くないぞ!」

「慎重に手綱を捌けば、渉れないことはないな!」


55: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:49:58.02 ID:SdAjZjOk0

凛「よく聞いて! 今から戦う宋軍も、この河の流れと同じようなものなんだ!」

凛「確かに、宋軍の方が私たちより兵力が大きい。でも、それは見た目だけのこと!
  北の大地で生まれ、戦ってきた私達の敵じゃない!
  この程度の相手に、燕雲十六州の肥沃な大地を奪われてなるものか!」

凛「私達の国を守ろう! 共に戦い、そして、共に死のう!」

凛「全軍突撃隊形! 攻撃目標は宋軍側面、そして宋主の首だ!」

凛「全軍……突撃!!」


56: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:51:03.76 ID:SdAjZjOk0


~高梁河・遼軍本陣~


みく「のあにゃん! 対岸の宋軍の側面が混乱しているにゃ!」

のあ「好機……戦鼓を叩け…………」




凛「どけ! 私の邪魔をするなっ!」


ズバッ ザクッ


凛「はぁはぁ……宋軍が壊乱している。次の攻撃で、宋軍を攻めつぶす!」
  総員、一時後退! 態勢を整えた後に、本隊の総攻撃にあわせて再度突撃する!」

凛「……いや、後方から敵の新手が来たね。旗は……『令』……楊家軍か」


57: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:52:14.12 ID:SdAjZjOk0

楊業(木場真奈美)「この迂回作戦は、お前の発案か? 小娘」

真奈美「まさかと思っていたが、
    本当にあの急流を渡渉してくるとはな。こちらに来て正解だった」

凛「あんたが、楊家軍の総大将、楊令公?」

真奈美「世間ではそう呼ばれているね」

凛「なら、あんたを斃せば大手柄ってわけだね!」

真奈美「愚かな……身の程を知るがいい」


58: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:53:30.20 ID:SdAjZjOk0


スパッ


凛(槍が折られた……いや、斬られた!)

凛(この剣の切味は……まさか、あの剣は……)

真奈美「おや、私の剣を防ぐとはな。だがこれで終わりだ!」


ブンッ


59: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:54:24.37 ID:SdAjZjOk0

凛(斬撃が躱せない……ならば……!)


ドサッ


真奈美「ほう……自ら落馬して躱すとは。
    だが、窮地には変わりない」

伝令「楊業将軍!」

真奈美「どうした? 今良いところなのだが?」

伝令「本隊の楊延昭将軍から、お味方の後退準備が完了したとのことです!」

真奈美「そうか……これから面白くなりそうだったのだが。仕方ない」


60: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:55:10.90 ID:SdAjZjOk0

真奈美「海東青鶻の旗を掲げた小娘よ。名を聞いておこう」

凛「……遼軍の将、耶律休哥」

真奈美「耶律休哥か、覚えておく。次に相見える時を楽しみにしているぞ」


パカラッ パカラッ


凛「くそっ! あいつさえいなければ、完勝だったのに!」


61: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:56:14.42 ID:SdAjZjOk0

凛「……それで、戦はどうなったの?」

伝令「本隊は渡渉の後、宋軍に痛撃を与えました。
   しかし楊家軍が殿軍となり、我が軍の追撃は悉く撥ね返されております」

凛「そう……」

伝令「それから、耶律奚低将軍から、戦が終わった以上
   早急に本隊に合流するようにとのことです」

凛「わかったよ。すぐに合流する」


62: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:57:06.48 ID:SdAjZjOk0

~遼軍・本営~


みく「凛チャン、無事だったかにゃ!」

凛「私は大丈夫」

のあ「今回の戦功は、凛が第一…………」

凛「でも、あの楊令公に簡単にあしらわれたよ」

みく「あぁ、楊業はそっちに行ってたのかにゃ。
   楊家軍は最初から、上流から別働隊が迂回してくることを見抜いていたようにゃ」

凛「そっちも、楊家軍に阻まれたって聞いたけど」


63: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:58:08.46 ID:SdAjZjOk0

のあ「楊業の子、楊延昭が殿軍の指揮を執っていた……」

凛「でも、楊令公が迂回を読んでいたのなら、
  どうして私の側面攻撃を防げなかったのかな?」

みく「楊家軍は外様にゃ。
   それでなくても、高梁河の急流を騎馬だけで渡渉しようなんて、誰も思いつかないにゃ」

凛「それって、私を褒めてるの? 馬鹿にしてるの?」

のあ「何にせよ、楊家軍の強さは本物……」


64: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 22:59:40.29 ID:SdAjZjOk0

のあ「『父子皆名将為リ、其ノ智勇モテ無敵ト号称ス。
   今ニ至リテ、天下ノ士、里巷ノ野竪ニ至ルマデ能ク之ヲ道ウ』……」


(楊家の全員が名将であり、その智勇をもって無敵と呼ばれる。
 天下の誰もが、彼らの活躍を賞賛する)



凛「楊家軍、か……」


65: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:01:06.00 ID:SdAjZjOk0


~燕京~


凛(う~ん。楊家軍をどうすべきか……全然良い案が浮かばない)

「りんおねえちゃん?」

凛「え、誰?」

聖宗(遊佐こずえ)「なにか、なやみごと?」

凛「そうだけど……」

こずえ「ねえねえ……“えんうんじゅうろくしゅう”ってなあに?
    どうして“そう”はせめてくるの?」

凛「こずえには、まだ難しいよ」

こずえ「……」ジー


66: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:02:19.73 ID:SdAjZjOk0

凛「わかったわかった。説明してあげるから」

凛「そもそも燕雲十六州というのは、五代十国の頃、
  晋の石敬塘(せきけいとう)から遼に献上された土地なんだ。
  そしてこの国にとっては、生命線とも言える土地なんだよ」

凛「何故かって言うと、この土地より北に……
  つまり遼の本来の国土では、麦作ができない。
  それに燕雲十六州は豊富な鉄の鉱脈を持っている。
  いま私たちがいるこの燕京も、燕雲十六州の中にあるけど、遼の首都でしょ?
  どれだけ大切な土地か、わかるよね?」


67: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:03:14.51 ID:SdAjZjOk0

凛「でも、燕雲十六州は万里の長城の南側にある。
  漢民族からすれば、万里の長城より南は全て中華の天下って感覚だから、
  宋主はこれを奪還しようって思ってるわけ」

凛「先代の宋主は、“封椿庫”っていう特別予算を編成して、
  金で燕雲十六州を買い戻そうとしていたらしいよ。
  今の宋主は、封椿庫を対遼戦の軍事費に回してるけど……」

こずえ「えんうんじゅうろくしゅうは、ぜったいにわたしちゃだめなの?」

凛「そういうこと」


68: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:04:58.20 ID:SdAjZjOk0

こずえ「じゃあ……みんながはなしてる“ようかぐん”ってなあに?」

凛「楊家軍っていうのは、代々河東路の北漢に仕えていた楊一族の軍閥のことだよ。
  のあさんも言ってたけど“父子皆名将為リ、其ノ智勇モテ無敵ト号称ス”
  と言われてるぐらい精強な軍団なんだ。
  特に、現在の当主・楊業は、“楊令公”と呼ばれ、恐れられているね」

凛「楊業は忠誠心の篤い人だけど、戦功を立てすぎたために北漢の帝に疑われ、
  処刑されそうになったんだ。
  そして、ほぼ同時期に宋主から投降の呼びかけがあったから、
  宋に寝返ることになったっていう経緯があるんだよ」


69: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:06:41.29 ID:SdAjZjOk0

凛「だから、燕雲十六州を巡る戦いはこれからも続くだろうし、
  その戦いで一番気をつけないといけない相手が、楊家軍だってこと」

こずえ「よくわかんない。むずかしいはなしは、ぜんぶおかあさんがやってくれるし……」

凛(やっぱりこずえには、まだ早いか……)

凛「礼子さんは……お仕事で大変だと思う。
  だから私はもっと実力をつけて、礼子さんのために戦いたい。
  ううん、礼子さんの為だけじゃない。
  こずえのためにも、民のためにも、この国のためにも……」


70: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:07:40.91 ID:SdAjZjOk0

こずえ「……おねえちゃん、ちょっとかがんでみて?」

凛「何?……よいしょっと」


ナデナデ


凛「え?」

こずえ「よしよし……」

凛「……ふふっ。ありがと」

凛「いい? こずえは将来、この国の帝になるべき存在なんだからね?
  今は無理でも、将来礼子さんを楽にしてあげれるように、
  これからもいっぱい勉強しなきゃだめだよ?」

こずえ「うん……わかった」


71: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:09:01.51 ID:SdAjZjOk0


~数日後~


礼子「ねえ凛ちゃん。今、ちょっといいかしら?」

凛「何?」

礼子「前の戦いで、楊令公と一騎打ちをしたって聞いたけど」

凛「う……ごめん。将として、軽率だったと思うよ」

礼子「まあ、それは置いといて。やっぱり楊業は、“吹毛ノ剣”を持っていたの?」

凛「うん。噂通りの……いや、それ以上の切れ味だったよ」



※吹毛ノ剣(すいもうのけん)

・「水滸伝」に登場する剣。青面獣の楊志が所有しており、楊家伝来とされる。
 銭を重ねて斬っても刃毀れしない。人を斬っても血脂が刃に残らない。
 吹きつけるだけで、髪の毛が真っ二つになる程の切れ味。等の特徴がある。


72: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:09:45.72 ID:SdAjZjOk0

凛「この世に、あんな剣が存在するなんて……」

礼子「ふふふ」

凛「どうしたの?」

礼子「もし、あの剣に対抗できる剣があるとすれば、どうする?」

凛「まさか……」

礼子「そのまさかよ。この剣を抜いてみて」スッ

凛「う、うん」


73: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:10:53.59 ID:SdAjZjOk0


シャキン


凛(この剣は……!)

凛(長さと重さが、絶妙なつくりになっている。それに、馬上で扱いやすいように、反りがある。
  柄は、長年愛用してきたかのように馴染むし、刃も湖面みたいに綺麗だ……)

凛「これは?」

礼子「その剣は、私が遼王室に嫁いできた時に、既に倉の中に眠っていたわ。
   王室のものだから、おいそれと誰かに渡すことも出来ないし。
   良い剣みたいだから、恐れ多くて誰も持ち出そうとしないし」


74: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:11:49.38 ID:SdAjZjOk0

礼子「それで、楊業の吹毛ノ剣の話を聞いたときに、ふと思い出したのよ。
   もしかしたら、あの剣ならば吹毛ノ剣に対抗できるかもしれないって」

凛「見ただけで、稀代の剣だということはわかったよ。
  この剣の由来とか、わからないの?」

礼子「それがわからないの。王室の蔵書を調べさせたけど、何の記述も無い。
   一番経歴の長い侍従に聞いたけど、その人が仕え始めたときには、
   すでに倉の中にあったそうよ」


75: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:13:19.52 ID:SdAjZjOk0

凛「この剣の銘すら分からないの?」

礼子「いいえ。刃をよく見て」

凛「えっと……“劈”……“風”……」

礼子「そう。“劈風刀”というところかしら」




※劈風刀(へきふうとう)

・「水滸伝」に登場する剣。方臘配下の武将、石宝が愛用する。
 作中では、石宝はこの剣と流星槌を用いて、梁山泊の好漢十三人を討ち取った。
 名前の由来は、風を薙ぐように具足を両断できることから。


76: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:13:57.73 ID:SdAjZjOk0

凛「試し斬りは?」

礼子「ふふふ……してみたい?」

凛「うん」

礼子「だれか、鎧を持ってきてくれる?」

従者「どうぞ」ゴトッ

凛(ちょっと……いくらなんでも用意が良すぎるよ……)

凛(って、そんなことはどうでもいいや)

凛「いざ!」


77: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:14:53.63 ID:SdAjZjOk0


ザンッ


凛「……」


ピシッ カッシャーン


凛(凄い切れ味……鎧が遅れて真っ二つになった!)

凛「礼子さん、この剣なら吹毛ノ剣にも対抗できるよ!」

礼子「気に入ってもらってよかったわ」


78: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:16:06.99 ID:SdAjZjOk0

凛「え、どういうこと?」

礼子「その剣は、凛ちゃんに貸してあげる。
   楊業に対抗できるのは、凛ちゃんだけだと思うから」

凛「私なんて、のあさんに較べればまだまだだよ。将軍になってからも、日が浅いし」

礼子「そんなことないわ。
   高梁河で負けないにせよ、誰もあそこまで宋軍に大勝できるとは思っていなかったわ。
   それを実現させたのは、凛ちゃんの実力よ」

礼子「だから、貴方に期待させてもらうわ」

凛「あ、ありがとう……」

礼子「でも、贔屓してるわけじゃないの。
   楊家軍を何とかしないと、この国の滅びに繋がっちゃうんだから♪ 責任重大ね?」

凛(うわぁ。軽々しく試し切りなんてするんじゃなかった……)


79: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:17:20.25 ID:SdAjZjOk0


~代州~


楊延昭(関裕美)「真奈美さん。今、急使が着いたんだけど……」

真奈美「おや、どういった用件かな?」

裕美「今度陛下が、五台山に行幸されるらしいの。
   だから、代州の楊家軍にも護衛を頼むって」

真奈美「五台山か……」

裕美「遼とは戦争状態なのに、行幸とかしてる場合じゃないと思うんだけどなぁ」

真奈美「陛下はそこまで愚かではない。何か考えがあってのことだろう。しかし……ん?」


80: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:18:17.07 ID:SdAjZjOk0

裕美「どうかしたの?」

真奈美「五台山から北に進めば、
    大石塞(だいせきさい)を通って燕雲十六州に入ることができる」

裕美「まさか、行幸に見せかけた親征ってこと?」

真奈美「多分そういうことだろう。
    行幸であれば、陛下のお近くを固めるのは禁軍ではなく、飾り立てた儀仗兵だ。
    遼も油断すると思ったのだろう」



※禁軍(きんぐん)……近衛軍のこと。


81: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:19:19.65 ID:SdAjZjOk0

裕美「それに地方への行幸には、禁軍や地方軍が動員されてもおかしく見えない。
   遼が、今回の大軍の動員目的は、
   五台山への行幸だと思い込んでいる隙を突いて、ということ?」

真奈美「しかし、遼も馬鹿ではない。そんなに上手くいくだろうか?」

裕美「でも使者が持ってきたのは、勅命だったよ? 勅命は絶対だし」

真奈美「決定されたことは仕方ない。外様の我らが、口を挟めることではないしな。
    精々、陛下をお守りすることだけを考えよう」


82: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:20:23.00 ID:SdAjZjOk0

裕美「真奈美さんと楊家軍が有る限り、遼とは互角以上に戦えるよ。
   高梁河の戦いでは、全体としては負けちゃったけど」

真奈美「だといいが……」

裕美「やっぱり、あの人のことが気になるの?」

真奈美「ああ。耶律休哥……
    あの小娘は、今にとんでもない武将に成長しそうな気がする」

裕美「遼の将軍なのに、海東青鶻の旗を掲げてたっていう人?
   私は、直接は知らないけど」


83: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:21:47.60 ID:SdAjZjOk0

真奈美「前回の戦の後、気になって経歴を調べてみた。
    与えられた任務は全て完遂しているし、
    調練の模擬戦では、他の遼将を寄せ付けない用兵をするらしい」

真奈美「それに最近では、太后の許しを得て、
    遼軍の中から特に実力のある者を選抜し、
    “蒼騎兵”という精強な騎馬隊を編成しつつあるという」

裕美「青い騎兵?」


84: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:22:49.22 ID:SdAjZjOk0

真奈美「違う。他人に“青騎兵”と間違えられたとき、
    剣を抜いて“蒼騎兵”だと言い切ったらしい」

裕美「何か……ごめんなさい……」

真奈美「そんなことはどうでもいい。これは噂に過ぎないが、蒼騎兵は、
    かの名将・陳慶之が率いていた“白袍隊”に匹敵するほどの強さと聞く」





※陳慶之(ちんけいし)

 ・南北朝時代の梁の名将。わずか七千の白袍隊(はくほうたい)
  という白備えの精鋭部隊を率いて、魏への北伐を成功させた。
  しかし本人は、武術も馬術も不得意だったという。


85: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:23:43.69 ID:SdAjZjOk0

裕美「白袍隊に匹敵するなんて……
   噂とは言え、少し話を盛りすぎじゃないかな?」

真奈美「ただの噂であれば良いのだが……」

真奈美「よし。いつまでも世間話をしているわけにはいかん。
    裕美、全軍に出撃準備を」

裕美「うん!」


86: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:24:52.37 ID:SdAjZjOk0


~燕京~


みく「う~ん」

のあ「……」

凛「どうしたの? 二人して、地図と睨めっこして」

のあ「宋主が、五台山へ行幸するらしい……」

凛「行幸?」

みく「そうにゃ。なんだか、きな臭いにゃ」

凛「ふーん。それで、宋軍はどんな風に動いてるの?」


87: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:26:02.77 ID:SdAjZjOk0

のあ「五台山へは、儀仗兵一万と禁軍五万のみ……」

みく「楊家軍は、宋主が五台山に近づいた時、
   儀仗兵や禁軍と合流するみたいにゃ」

凛「ただの行幸なのかな?」

のあ「わからない……
   輜重部隊の動きが、大軍の遠征にしては少ない……」

礼子「凛ちゃんはどう思う?」

凛「礼子さん、いたんだ!?」

みく「びっくりしたにゃ!」


88: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:26:55.25 ID:SdAjZjOk0

礼子「皆が真剣に悩んでいるから、声をかけずらかったのよ」

のあ「気配を感じられないとは……まだまだ……」

凛「むぅ……」

凛「まあいいや……
  情況を考える限り、ただの行幸としか考えられないけど……」

こずえ「みんなで……なにをみてるの?」

凛「こずえまで……宋軍が、国境付近でなにやら怪しい動きをしてるから、
  皆で考えてるんだよ」


89: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:27:49.61 ID:SdAjZjOk0

凛「ほら、どうぞ」

こずえ「……」

凛(地図を見たって、何がわかるわけじゃ……
  各地の兵や物資の数まで書き込んでいるんだから……)

こずえ「“ごだいさん”は、“たいせきさい”にちかいんだねー」

凛「うん。そうだね」

こずえ「でも、うしろにある“がんもんかん”や
    ひがしにある“ゆうしゅう”には、たくさんたべものがあるみたい」

凛「……え?」


90: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:29:09.97 ID:SdAjZjOk0

こずえ「“りょうぐん”のへいたいさんのはいちは、
    ひがしとにしにかたまってるねー」

みく「こずえチャンは、さっきから何を言ってるのにゃ?」

こずえ「“えんうんじゅうろくしゅう”のまんなかの、
    “うつしゅう”は、だれもいない……からっぽでさびしい……」

のあ「まさか……」

こずえ「ことしはおてんきぽかぽかだったから、“そう”はたべものいっぱい……
    みんなおなかいっぱいで、だから、たべものあまってる……」

凛「そういうことか!」

礼子「私だけかしら? まったく分からないんだけど?」


91: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:30:17.86 ID:SdAjZjOk0

凛「燕雲十六州の、西の要である応州や、東の要である易州には、
  それなりの規模の遼軍が配置されている。
  それぞれに呼応する宋軍の拠点は、西の大石塞や東の雄州(ゆうしゅう)だけど、
  これらにもやっぱり宋軍が多く配置されている」

みく「だったらどうなるのにゃ?」

凛「燕雲十六州の中心にある蔚州(うつしゅう)は、がら空きになっている。
  もし西と東の、それぞれの拠点から同時に宋軍が北上してきて、
  五台山の宋主が直率する軍が、蔚州に雪崩れこんできたら……」

のあ「蔚州は容易に陥落……燕雲十六州の遼軍は、東西に分断される……」

みく「つまり今回の行幸は、親征を隠すためのものだったのかにゃ!?」


92: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:32:09.93 ID:SdAjZjOk0

礼子「でもおかしいわ。のあはさっき、輜重の数が少ないって言ってたじゃない」

のあ「宋は、今年は豊作……
   国境の各地に、古くなった備荒用の兵糧が、大量に余っているはず……」

礼子「それを流用すれば、本国から国境まで輸送する手間が省けるし、
   遠征であることを隠すこともできるというわけね」

礼子「それで、どうして我が軍の蔚州の防備が薄いのかしら?」

みく「あそこは、だだっ広い平原にぽつんと取り残された古城にゃ。
   今までの戦略上、何の価値も無い城だったのにゃ」


93: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:32:52.20 ID:SdAjZjOk0

礼子「そういうこと……
   それにしても貴方、地図を見ただけで宋軍の戦略が分かったの?」

こずえ「ううん……こずえはねー、むずかしいことはわかんないの……」

みく「でもすごいにゃ、こずえチャン!」

凛「宋軍が、この作戦を取ってくる可能性は高い。
  だから、これを逆手に取ろう」

礼子「何か良い案が浮かんだのね?」

のあ「傾聴しよう……」

凛「いい? 宋軍の本隊が、蔚州を狙ってるということは……」


94: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:33:29.43 ID:SdAjZjOk0


~五台山・霊廟~


真奈美「陛下、ただいま参上しました……」

真奈美「これは?」

趙光義「見ての通り、燕雲十六州の地図じゃ」

真奈美「やはり、今回は行幸に見せかけた親征なのですね?」

趙光義「さすがは楊令公。見抜いておったか」

真奈美「手始めに、どこを攻めるおつもりですか?」


95: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:34:59.38 ID:SdAjZjOk0

趙光義「蔚州じゃ」

真奈美「何故蔚州を?」

趙光義「蔚州は燕雲十六州のほぼ中心にある。
    西と東から同時に別働軍を北上させ、遼軍が東西に兵力を傾注している隙に
    蔚州を攻め取れば、燕雲十六州の遼軍は東西に分断される」

真奈美「しかし、逆に考えることもできます」

趙光義「逆とは何じゃ?」


96: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:36:05.44 ID:SdAjZjOk0

真奈美「陛下が直率する本隊を蔚州まで引き込み、突出させれば、
    逆に我らを東西の両翼の軍から切り離すことができるでしょう。
    そうなれば我らは、敵地で孤立することになります」

趙光義「その心配は無い。我らの兵力は、遼軍の二倍ほどもある。
    もし東西に軍を割けば、中央の我らに向ける兵力が足らず、
    中央に兵力を割けば、燕雲十六州の東西を攻略され、中央軍が孤立することになろう。
    それに東の易州を攻略すれば、すぐ北の燕京に刃を突きつける形になる」


97: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:36:53.86 ID:SdAjZjOk0

真奈美「戦の勝敗は、兵力で決まるものではありません。
    高梁河での敗戦をお忘れですか?」

趙光義「もうよい、楊業。お主をここに呼んだのは、楊家軍の配置を伝えるためじゃ」

真奈美「我らは、どのように?」

趙光義「楊家軍は、朕が率いる蔚州攻略軍の先鋒とする。
    お主の戦働きに、期待しておるぞ?」

真奈美「御意……」


98: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:38:32.46 ID:SdAjZjOk0


~楊家軍・本営~


裕美「あ、真奈美さんお帰りなさい。で、どうだったの?」

真奈美「やはり今回の行幸は、親征を隠すためのものだ」

裕美「真奈美さんの言う通りだったね……それで、私たちの配置は?」

真奈美「楊家軍は、蔚州攻略の先鋒を仰せつかったよ」

裕美「やっぱり蔚州か。上手くいくかな?」

真奈美「大軍を擁する身としては、ごく真っ当な戦略だろう。
    しかしいくら大軍とはいえ、軍を三つに分けるのは、
    兵力分散の愚を犯していることになる」


99: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:39:45.06 ID:SdAjZjOk0

真奈美「用兵の基本は、兵力の集中だ。
    例えば、全軍を遂城あたりに集結させ、
    そのまま一気に北上してしまえばいいと思うのだが。
    何なら、燕雲十六州を西側から席巻するのもありだな」

裕美「それは、陛下に奏上したの?」

真奈美「いや、聞き入れてもらえなかった。
    何としても、ご自身でお考えになった戦略で、燕雲十六州を奪還したいのだろう。
    先代からの悲願だからな」

裕美「何だか、嫌な予感がする」

真奈美「こら、出陣の前だぞ。戦の前に、不吉なことを言うものではないよ」

裕美「うん……ごめんなさい」


100: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:40:41.63 ID:SdAjZjOk0


~蔚州~


伝令「陛下、城内を全て確認したところ、残敵はおりません」

趙光義「うむ。大儀であった」

趙光義「どうじゃ、楊令公よ。
    朕の言うとおり、遼は蔚州に攻めてくるとは思いもしなかったようじゃな。
    その証拠に、この大軍を見た途端守兵どもは逃散したではないか」

真奈美「はい……しかし、幾つか気になる点があります」

趙光義「まだ何か引っかかっておるのか?
    “楊無敵”とか、“楊不敗”とか言われておるのに、存外心配性じゃな」


101: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:41:33.22 ID:SdAjZjOk0

真奈美「一つは、東西の別働軍と連絡が取れないことです」

趙光義「東西軍とは距離があるからの。連絡が取りにくいのは仕方あるまい」

真奈美「もう一つは、この城がかなり傷んでいることです。
    城壁にも、崩落しかけている箇所がありますし」

趙光義「それだけ、遼はこの城に戦略的価値を見ていなかったということじゃろう。
    裏を返せば、遼の意表を衝くことに成功したということじゃ」

真奈美「やはり、これは遼軍の罠だとしか……」

趙光義「そのあたりにしておけ、楊令公。
    燕雲十六州を奪還する戦は、まだ始まったばかり……」


102: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:42:44.19 ID:SdAjZjOk0

斥候「陛下! 大変です!」

趙光義「何じゃ、騒々しい」

斥候「城外に遼の大軍が! その数、およそ十万!」

趙光義「何!?」

真奈美「これは……まずいな……
    陛下。既に我らは、包囲されております」

趙光義「な、何じゃと……! 別働軍に伝令を出せ! すぐに救援に来るようにと!」

真奈美「陛下、まだお気づきでないのですか?
    現在我らは、東西の別働軍と連絡が取れないのです。
    おそらく、途中で伝令が捕らえられているのでしょう」


103: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:43:59.90 ID:SdAjZjOk0

趙光義「朕は帝ぞ! 朕を助けにくる者は、この国におらぬのか!?」

真奈美「仕方ありません。彼らも勅命で動いているのです。
    その軍事行動を変更させるためには、陛下の勅命を届けるしかありません。
    そしていま、彼らに勅命を届ける術がありません」

趙光義「そんな……何か、良い策は無いものか?」

真奈美「一つだけ。しかし、危険な賭けです。
    陛下のお命を、絶対に保障できるものではありません」

趙光義「その策しか無いのだな?」

真奈美「はい。少なくとも、私にはこれしか考えられません」

趙光義「早く教えてくれ! その策とは何じゃ!?」

真奈美「それは……」


104: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:45:06.19 ID:SdAjZjOk0


~蔚州城前・遼軍本陣~


みく「凛ちゃんの予想した通りの展開になったにゃ!
   これで宋主の首を取れるにゃ!」

凛「油断は禁物だよ。城内には、楊家軍がいるんだから……
  それで、のあさん。応州や易州の防備は大丈夫なの?」

のあ「二つの城は、それぞれ耶律沙と耶律学古に任せている……
   二人とも遼の宿将……城を死守するように言い含めてある……
   無論、城内の物資や防備も万全……」

みく「そっか。それなら安心にゃ……よーし!
   じっくり蔚州を料理してやるにゃ!」


105: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:45:55.33 ID:SdAjZjOk0

凛「待って。城門が開いた! 敵が打って出てきたよ!」

のあ「野戦を挑むか……」

みく「遼軍相手に野戦なんて、自棄になったのかにゃ?」

凛「……いや、反対側の城門も開いたね。
  中から騎馬隊が飛び出してきた!」

のあ「宋主を脱出させるための、別働部隊か……」

凛「のあさん、私にあの騎馬隊を追わせて!」


106: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:46:45.51 ID:SdAjZjOk0

のあ「蒼騎兵は、遼軍最速……
   良いわ。宋主の首を獲れ、耶律休哥……」

凛「必ず!」

みく「ちぇっ。オイシイところは、いつも凛チャンに取られてる気がするにゃ」

のあ「こちらには、楊業がいるはず……この首級は大きい……」

みく「そうだったにゃ! やってやるにゃ!」


107: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:47:40.88 ID:SdAjZjOk0

凛「待て! 宋主!」

凛「我こそは遼軍の将、耶律休哥! その首を……」

真奈美「貰い受けると言いたいのだろう?」

凛「な……楊令公!」

真奈美「やはりな。隠れて逃げようとすれば、目敏い君のことだ。
    すぐに追いかけてくると思ったよ」

凛「まさか……宋主は、出撃してきた本隊の方にいるの!?」

真奈美「ああ。そのまさかだ……それに、本隊を見たまえ」


108: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:48:29.09 ID:SdAjZjOk0

凛「宋軍が、総崩れになっている……いくら何でも、これは早すぎる」

真奈美「固まっているより、散らばったほうが逃げやすいからね。
    さて、あの分散した宋軍のどこに、本物の陛下がいらっしゃるかな?」

凛「自分の主君を、そんな危険な賭けに乗せるなんて!」

真奈美「陛下も了承済みさ。なかなか、果断な性格をしておられるからな」


109: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:49:23.60 ID:SdAjZjOk0

真奈美「それに、捕らえられる心配はあまりない。
    なぜなら、遼軍で最強最速の騎馬隊は、私の目の前にいるのだから」

凛「遼軍で最強最速か……
  音に聞こえた楊令公に、そこまで褒められるなんてね」

真奈美「ふふふ……だが、我が旗本の敵ではない」

凛「あまり私を舐めてると、気づかないうちにあんたの首が、
  地面に転がっているかもね?」

真奈美「笑止な。耶律休哥よ、我が吹毛ノ剣の錆にしてくれる!」


110: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:49:58.95 ID:SdAjZjOk0




真奈美「総員……」

凛「蒼騎兵……」



真奈美&凛「「突撃!!」」


111: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:50:46.17 ID:SdAjZjOk0

真奈美「はぁぁぁっ!!!」


ガキン!


真奈美「おや、吹毛ノ剣の斬撃を防ぐとはな。
    その剣、稀代の一品と見た」

凛「吹毛ノ剣みたいな名剣が、
  この世に一本しかないなんて思ったら大間違いだよ!」

真奈美「楽しませてくれるじゃないか」


112: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:51:36.42 ID:SdAjZjOk0


ガキン! ガキン! ガキン!


真奈美「どうした? その程度の腕では、その剣が泣くぞ?」

凛(劈風刀は、吹毛ノ剣とは互角に打ち合えている……
  でも、それ抜きに考えても、楊令公の膂力は尋常じゃない!)

真奈美「これで終わりだ!」

凛(ここまでか……)

みく「させにゃい!」


シュバッ


真奈美「新手か……神聖な一騎打ちに、文字通り横槍を入れてくるとはな。
    それも、名乗りもせずに」


113: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:52:23.24 ID:SdAjZjOk0

みく「みくは、遼軍随一の名将、耶律斜軫にゃ!
   たとえお前がどんなに強くとも、凛チャンとみくの二人の敵じゃないにゃ!」

凛(みくはいつから、遼軍随一になったんだろう……)

凛「みく……宋主の方はどうなったの?」

みく「逃げられたにゃ。
   だから、せめて楊令公の首だけでも取らせてもらうのにゃ」

凛「そっか……助けに来てくれたんだ。ありがとう」

みく「礼なら戦が終わった後にゃ。まずはこの化け物を何とかしないと……」


114: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:53:37.74 ID:SdAjZjOk0

真奈美「化け物呼ばわりとはな……
    しかし貴様ら小娘二人に、この私が倒せると思っているのか?」


ガキン! ブンッ! シュバッ!


真奈美「さっきの大言はどうした?
    まさか二人がかりでも、この私を倒せないのかな?」

凛(強い……)

みく(強すぎるにゃ……人間を辞めてるにゃ……)


スパッ


凛「みく!」

みく「しまったにゃ! 槍が真っ二つに!」

真奈美「死ね! 耶律斜軫!」


115: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:54:32.72 ID:SdAjZjOk0



ヒュゥゥゥゥ…


真奈美「む……?」


ドスッ


真奈美「ぐっ……」

のあ「そこまでよ、楊令公……」

凛「のあさん!」

みく「良かったにゃ~! みく、こんなところで死ぬのは正直嫌だったにゃ~!」ウワーン

真奈美(肘を矢で射られたか……これでは剣が使えない)


116: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:55:15.29 ID:SdAjZjOk0

凛「勝負ありだね。さあ、降伏して」

真奈美「……」

凛「さもないと、まだ生き残っている部下達が死ぬことになるよ?」

真奈美(蒼騎兵だけではない。耶律斜軫や耶律奚低の軍まで集結しつつある……
    まだ戦っている者達がいるが、もうこれまでだな……)


117: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:56:03.85 ID:SdAjZjOk0

真奈美「わかった。これ以上、部下が死ぬところを見たくない」

凛「賢明な判断だね」

のあ「全軍に、戦闘停止を……」

みく「わかったにゃ!
   あ、軍の収拾はみく達でやっておくから、凛チャンは楊令公を頼むにゃ」

凛「うん」


118: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:56:56.16 ID:SdAjZjOk0

真奈美「……私は、遼の軍門に降ることはできない」

凛「どういうこと? 降伏するっていうのは、嘘なの?」

真奈美「知っていると思うが、まだ北漢に仕えていた頃、私は主君を裏切り宋に降伏した。
    我が主は暗君だったが、その降伏が楊一族を救い、
    中華の戦乱を終わらせたことになったとしても、裏切りは裏切りだ」

真奈美「ここで陛下を裏切れば、私は変節者としての謗りを受けるだろう。
    私はいくらでも屈辱には耐えるが、
    残された一族まで、後ろ指をさされることには耐えられない」


119: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:57:59.03 ID:SdAjZjOk0

真奈美「どうか、首を刎ねてほしい。
    そして私の命に代えて、生き残った部下達を逃がしてくれないか?」

凛「本当にそれで良いの?
  そもそも宋と遼の戦いは、宋主が燕雲十六州を望んだから起こったものだよ?」

凛「宋は戦争さえしなければ、充分すぎるくらいに豊かな国だよ。
  私たちに、こんなちっぽけな土地ぐらいくれても良いじゃない!」

凛「こんな愚かな野望の為に、あんたが死ぬ必要はない! いや、あんただけじゃない!
  この長い戦の影で、両国の民は疲弊し、常に戦火に怯えている!
  どうして……どうして戦なんて……」


120: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/27(土) 23:59:15.02 ID:SdAjZjOk0

真奈美「君は優しいのだな」

凛「え?」

真奈美「私ははじめ、耶律休哥という武将は、戦だけが能だと思っていた。
    しかし、回跋部の反乱鎮圧のやり方を見ても、
    君が常に民のことを考えていることがわかる」

凛「そんなことまで知ってるの?」

真奈美「雄敵について調べるのは当然だ。しかし、それは君の甘さと言えるだろう。
    『愛民ハ煩ワサルベキナリ』と孫子も説いている」

真奈美「私たちは軍人なのだ。軍人が政を壟断し、命令に疑問を持つことは許されない」


121: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:00:17.77 ID:T0GxzHHc0

凛「甘さか……確かに、私は軍人として甘いと思うよ。
  契丹族のくせに、女真族に絆されて海東青鶻の旗を掲げていることが何よりの証拠」

凛「でも、私には部族なんて関係ない! 私は遼の蒼茫の為に戦っているんだ!
  それが甘さだと言うなら、好きに呼べば良い!」

真奈美「ふふふ……その覚悟は、軍人としての甘さか、大器ゆえか、
    或いはどちらでもないのか。
    私には確かめる術も、時間も残されていない」

真奈美「さあ、首を刎ねてくれ! 君とその剣に刎ねられるなら、本望だ」


122: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:01:36.87 ID:T0GxzHHc0

凛「……」

真奈美「……どうした? 早くしてくれ」


チャキ


凛「さようなら、楊令公……」

真奈美「さらばだ、耶律休哥……」




凛「……」

凛(最大の強敵、楊令公は斃した。でも、この寂寞とした思いは何だろう……?)


123: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:03:43.38 ID:T0GxzHHc0

のあ「凛……全軍の態勢は立て直した」

みく「楊令公はどうなったにゃ?」

凛「本人の望み通り、斬ったよ」

のあ「そう……」

みく「結局、降伏は潔しとしなかったのかにゃ……
   でも、生き残った楊家軍の兵達は皆逃がしてあげたにゃ」

凛「良かった」

のあ「斥候の報告によれば、宋軍の本隊は澶淵(せんえん)で態勢を整えている……」

みく「東西の宋軍は、本隊が敗走したことを知って慌てて陣払いしたところ、
   遼軍の追撃を受けて壊滅してるみたいにゃ」


124: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:04:51.22 ID:T0GxzHHc0

凛「千載一遇の好機だね」

のあ「これが……最後の戦いになる」

みく「よーし、澶淵に向けて出発にゃー!」


125: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:05:31.75 ID:T0GxzHHc0


~澶淵・宋軍本陣~


伝令「陛下! 遼軍が、そこまで迫ってきておりますぞ!」

趙光義「もはや、これまでか……」

裕美「お待ち下さい、陛下! まだ望みはあります!」

趙光義「楊延昭か。楊令公亡き今、遼軍に立ち向かえる将は宋軍にはおらぬ」

裕美「まだ、和議を結ぶという手が残されています」

廷臣「蛮族相手に和議だと! 控えよ、楊延昭将軍」


126: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:06:30.05 ID:T0GxzHHc0

裕美「ですが、本隊は甚大な被害を受けており、東西の両軍も敗走しました。
   和議以外に、どのような方法があるというのですか!?」

廷臣「それは……」

趙光義「では楊延昭よ、どのような条件で和平を締結するか、申してみよ」

裕美「まず第一に、今後宋と遼はお互いの領地に侵入しないこと。
   領地の境は、現在の国境とすること、でしょうか」

趙光義「お主は朕に、燕雲十六州を諦めろと言うのか?」

裕美「はい。燕雲十六州の奪還は、先帝からの御悲願です。
   しかし、宋から見れば燕雲十六州など小さな土地に過ぎません。
   遼に呉れてやっても良いと思います」


127: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:08:18.21 ID:T0GxzHHc0

裕美「それから、宋は遼に対して、毎年決まった額の歳幣を払うという条件もつけましょう。
   そのかわり、遼は宋に対して兄弟の礼を取ること……いかがでしょうか?」

趙光義「そこまで我らが譲歩しなければならぬのか……」

裕美「金で平和を買うとお考えになれば、よろしいかと存じます」

裕美「陛下。度重なる出兵により軍事費が嵩み、民は重税に喘いでいます。
   どうか、燕雲十六州だけではなく、天下の民のことをお考えください」
   
裕美「ここで陛下が戦をお選びになれば、民は陛下を恨みましょう。
   しかし屈辱に耐え、平和をお選びになれば、万民は陛下を賞賛し、今より深く敬慕するでしょう」


128: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:09:21.51 ID:T0GxzHHc0

廷臣「不敬極まるぞ! 楊延昭将軍!」

趙光義「良い……分かった。お主の言葉で目が覚めた。
    朕はどうやら、燕雲十六州に固執しすぎておったようじゃ。
    その条件で、遼と和睦しよう」

裕美「その使者は、私にお任せを」

趙光義「お主自ら出向くと申すか」

裕美「奏上したのは私ですから。それに、我ら楊家軍は外様。
   殺されたところで宋にとって、痛くも痒くもないでしょう?」


129: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:10:04.50 ID:T0GxzHHc0

廷臣(嫌味な奴め……
   楊令公が死んだのは、まるで我らの所為だと言わんばかりではないか)

趙光義「よし。行って参れ、楊延昭」

裕美「御意!」



裕美(真奈美さん……これで、良いんだよね……?)


130: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:10:59.32 ID:T0GxzHHc0


~澶淵・遼軍本陣~


兵「申し上げます! 宋軍より、使者が参りました!」

のあ「通して……」

みく「今さら何の用にゃ」

凛(もしかして……)

裕美「お初にお目にかかります……
   というわけではありませんでしたね。改めて、楊延昭です」


131: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:11:44.28 ID:T0GxzHHc0

のあ「高梁河の……」

みく「殿軍を指揮していた人にゃ!」

凛「私は初対面だったね。私は遼軍の将、耶律休哥」

裕美「初めまして」

裕美(この人が、真奈美さんを……)

のあ「用件は?」

裕美「え、えっと……
   我が主、趙光義は和睦したいとのお考えです」

凛「和睦? どんな条件で?」


132: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:13:11.03 ID:T0GxzHHc0

裕美「一つ。国境は現在のままとし、以後互いの国境を侵犯しない。
   二つ。宋は遼に対して、歳幣を支払う。
   三つ。宋と遼は兄弟の契りを結び、遼は宋に対して兄としての礼を取ること……
   おおまかには、以上です」

みく「でも、宋は先代から燕雲十六州を狙ってきたにゃ!
   いまさら和睦なんて信用できないにゃ!」

裕美「その点は、信用していただくしかありません。
   しかし陛下は、心から和睦を望んでおられます」


133: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:13:59.42 ID:T0GxzHHc0

のあ「こちらとしても好都合な条件ね……
   しかし、我らだけでは判断できない。都に急使を派遣する。
   しばし待ちなさい……」

裕美「ありがとうございます。私はこれで失礼します。
   良いお返事を、お待ちしております」

凛「ちょっと待って! 陣の外まで、私が送っていくよ。
  話したいこともあるし」

裕美「は、はい……」


134: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:15:10.77 ID:T0GxzHHc0

凛「もう知っているかもしれないけど、楊令公の首を刎ねたのは私なんだ」

裕美「はい……しかし、武門に生まれた者は誰でも、戦場で死ぬ覚悟はしています」

凛「そうだ、もっと砕けた話し方で良いよ。凛って呼んでくれて良いから」

裕美「あ、うん……私のことも、裕美って呼んで」

裕美「あの……一つ聞いても良い?」

凛「何?」

裕美「真奈美さんは、どんな最期だったの?」


135: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:16:10.74 ID:T0GxzHHc0

凛「楊令公は、わずかな旗本を率いて、遼軍を足止めした。
  私は自ら楊令公を討とうとしたけど、逆に討ち取られそうになって……
  結局、私とみく、それとのあさんの三人掛かりでようやく捕縛できたんだ」

凛「降伏を勧めたんだけど、生き残った部下を逃がすかわりに、
  自分の首を刎ねてくれって……
  遺骸は、丁重に埋葬させてもらったよ」

裕美(そうか……真奈美さんはそんな情況になっても、最後まで負けなかったんだ……)


136: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:16:53.61 ID:T0GxzHHc0

凛「それから、これを」

裕美「これは……吹毛ノ剣?」

凛「楊令公の愛剣だったからね。
  やっぱり、楊家軍の人に返すのが筋だと思って」

裕美「ありがとう……」

凛「……」

裕美「……」


137: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:17:45.98 ID:T0GxzHHc0

凛「……多分、都の礼子さん……じゃなかった。
  太后様は、この和睦をお認めになると思うよ」

凛「遼軍も、こんなところまで宋軍を追撃するなんて考えていなかったからね。
  正直なところ、兵は疲れてるし、物資も不足気味だし……」

裕美「それは、こっちも同じだよ」

凛「そっか……」

裕美「うん……」


138: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:18:52.38 ID:T0GxzHHc0

凛「ねえ、裕美。平和になったら、もう裕美と会うことも無いよね?」

裕美「そうだね」

凛「じゃあ、これでお別れか」

裕美「私も、もし宋の軍人じゃなかったら、
   凛ちゃんとは友達になれたと思うけど……」

凛「同感。万が一、どこかで会うことがあれば、よろしく。
  例え、戦場でも……」

裕美「こちらこそ、よろしくね。
   戦場で会うことになったとしても、負けないよ?」

凛「ふふっ……じゃあ、これで」

裕美「さようなら……」


139: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:20:00.15 ID:T0GxzHHc0


~燕京・宮殿~


凛「……」

みく「……」ソワソワ

凛「みく、少しは落ち着きなって」

みく「でも、どんな恩賞が貰えるかって考えたら、ワクワクしてくるにゃ!」

凛「礼子さんのことだから、それ相応の恩賞をくれると思うよ」

みく「凛チャン、宋との戦いが終わった後から、
   妙に落ち込んでいるように見えるにゃ」

凛「それは、みくが能天気なだけだよ」


140: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:20:46.52 ID:T0GxzHHc0

みく「ひどい言い草にゃ。凛チャンは敵に感傷しすぎにゃ」

凛「みくの方こそ、もっと敵に敬意を払うってことを覚えた方が良いよ」

みく「にゃにを!」

凛「やる気?」

衛兵「お二人とも、そこまでにしてください。太后様がお呼びです」

凛「はい」

みく「やっとにゃ!」


141: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:21:36.86 ID:T0GxzHHc0

礼子「此度の戦、二人の活躍は瞠目すべきものだったと思う。
   よって、耶律斜軫を“魏王”に、
   耶律休哥を“宋国王”に封じ、それぞれに“剣履上殿”を許す」

みく「お、王かにゃ!?」

凛「王!?」




※ 剣履上殿(けんりじょうでん)

 ・昇殿する際に靴を脱がずとも良く、佩剣したまま天子に謁見できる特権。


142: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:22:53.71 ID:T0GxzHHc0

みく「あれ? でも何で“魏王”に“宋国王”なのにゃ?
   魏も宋も遼の国土外にあるにゃ」

礼子「理由は二つあるわ。まず王の位だけど、二人の活躍を見る限り、
   これぐらい奮発しても良いと思ったからよ。
   それから、魏と宋については、宋を威圧するためなの」

みく「威圧?」

凛「ああ、そういうことか」

礼子「魏も宋も、宋のことを指している。
   だから、貴方達二人が魏王や宋国王に封じられることによって、
   いつ遼が攻めてくるかわからないという、不安を与えることになるわ」

礼子「ふふっ。もし貴方達が望むなら、本当に攻め取っても良いのよ?」


143: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:23:56.34 ID:T0GxzHHc0

みく「せっかく平和になったんだから、もう戦はお腹一杯にゃ」

凛「同じく……って、あれ?」

礼子「どうかした?」

凛「のあさんは、どうなったの?」

礼子「辞退したわ。自分は王の器に非ず、だって」

みく「のあにゃんも、もったいないことをするにゃ」


144: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:25:09.20 ID:T0GxzHHc0

凛「王って言っても位だけなんだから、そういう考えもありかも」

礼子「ごめんね。いくら“澶淵の盟”で歳幣が支払われるといっても、
   まずは戦で傷ついたこの国を、立て直さないといけないの」

凛「わかってるよ。私達のことは、お構いなく」

礼子「これからも、よろしくね」

みく「まかせるにゃ!」


145: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:26:12.95 ID:T0GxzHHc0


~燕京・城壁上~


凛「ふう……風が心地良いな……」


キィ キィ


凛「あれ? この鳴き声は……?」

長老「お久ぶりです、将軍……いや、殿下」

凛「長老、久しぶり……って、殿下って?」

長老「聞きましたぞ、此度の戦功により、宋国王に封じられたとか」

凛「耳が早いね……」

長老「私の耳は地獄耳だと、里では煙たがられおりますので。
   はっはっは!」


146: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:27:20.94 ID:T0GxzHHc0

凛「ふふっ……それで、どうして燕京に?」

長老「王室の方々に、海東青鶻をお届けに参りました」

凛「そうなんだ」

長老「それと、太后様にお礼を申し上げねばならぬと思いまして」

長老「澶淵の盟の締結により、国庫が潤い、
   我らも減税されることになったのです」

凛「海東青鶻も?」

長老「はい。献納する数を、減らしていただきました」

凛「良かったね」


147: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:28:17.81 ID:T0GxzHHc0

長老「これも、殿下のお口添えあればこそです」

凛「な、何のことかな?」

長老「隠す必要はありませんぞ。
   殿下が太后様に働きかけてくださったこと、私はわかっておりますとも!」

凛「さ、さすがだね……」

長老「どうです? 私もどうしてなかなか、目利きだと思いませんか?」

凛「かなわないなぁ、長老には。おみそれしました」

長老「今や回跋部にも、殿下の令名は轟いておりますぞ!」


148: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:29:39.55 ID:T0GxzHHc0

凛「ねえ、長老」

長老「いかがなさいました?」

凛「私は、海東青鶻のように、羽ばたくことができたのかな?」

長老「勿論です! さながら、海東青鶻が蒼穹を舞うが如く、
   高く、速く、遠く、強く、この天下を飛翔されましたなぁ」

凛「そう……かな……」


149: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:30:53.81 ID:T0GxzHHc0

みく「おーい! 凛チャン!」

凛「ここにいるよ! どうしたの?」

みく「そろそろ戦勝祝いの宴会が始まるにゃ!
   礼子さん達が待ってるにゃ!」

凛「うん! わかった!」

長老「では、私はこれで」

凛「もう行っちゃうの?」

長老「殿下もお早く、宴会に向かわれませ。
   いつかまた、お会いできるでしょう」

凛「うん。またね」


150: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:31:43.42 ID:T0GxzHHc0


みく「何してるにゃ! 早く来ないと、
   宴会でみくと一緒に猫耳つけて、しぶにゃん芸を披露してもらうにゃ!」

凛「わ、わかったって! 今行くから!」



おわり


151: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:35:05.51 ID:T0GxzHHc0


・読んで下さった方、ありがとうございました。

・耶律休哥は、北宋時代の遼の武将で、燕雲十六州を巡る対宋戦で活躍しました。
 「于越(耶律休哥の官命)が来た」と聞けば、子供が皆泣き止むと言われる程に宋人に恐れられ、
 太宗の北征を幾度も挫き、その戦功によって宋国王に封じられました。

 
・一方、燕京の統治を任された際、よくこれを治めて人民から敬慕されたそうです。
 また、誤って遼の国境に入り込んでしまった民がいれば、丁重に送り返したりするなど、
 愛民の為政者としての側面も持ち合わせていました。


・耶律休哥、耶律斜軫の死後、聖宗(耶律隆緒)は蕭太后の後見を受けつつ宋との戦を有利に進め、
 最終的に“澶淵の盟”という和平条約を締結します。
 この盟により、遼は莫大な歳幣を宋から受け取り、聖宗は遼の最盛期を築きます。


152: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:38:26.02 ID:T0GxzHHc0


 【海東青鶻について】

・海東青鶻は、女真族が古くから使役しており、遼の王族や貴族に人気があったので
 税として献納させられていました。
 しかし、海東青鶻は断崖に生息するため、捕獲するときに墜落死する人も多かったようです。
 また、農作業に手が回らなくなる程に調教が難しく、
 それ故に女真族は多大な犠牲を強いられていました。


・これが後に、完顔阿骨打(ワンヤンアクダ)の挙兵、及び金建国の遠因となります。
 そして弱体化した遼を狙って、金宋間に“海上の盟”が締結され、遼は金の攻撃により滅亡してしまいます。


153: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:39:52.44 ID:T0GxzHHc0



155: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:41:26.44 ID:T0GxzHHc0

以下は中国の歴史・古典作品です。


モバマス史記
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1414934626/

モバマス蘭陵王
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1417351292/


156: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/28(日) 00:41:46.27 ID:gZtsBaedo

耶律イズミンが後にでてくるんですね


157: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/29(月) 13:25:12.22 ID:bnCp9hQio

おつー


158: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/31(水) 13:12:32.45 ID:ry0AY7Wto

唐突な蒼の強調で顔が緩みっぱなしだった
乙、歴史物はやっぱり面白い




掲載元:http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1419684911
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