水野翠「もう一つの的」

1: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 21:20:18.97 ID:rA9xrPx0o


水野翠総選挙応援SS

・少しだけオリキャラが出てくる
・書き溜めあり
・地の文(モノローグ)あり

よろしくお願いします。
 


2: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 21:21:54.78 ID:rA9xrPx0o


 それは一瞬の出会いだったが、今でも弓から放たれる矢の如く、鮮烈に思い出す事ができるだろう。

 当時新人アイドル発掘のためのスカウトで、事務所から離れた場所まで来ていた自分は、そこでとある女性に出会う。その女性は、普段と変わらない街並みの中で、一際輝いていた。


3: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 21:22:51.51 ID:rA9xrPx0o

 
 

 ----そう、その女性は紛れも無く現在活躍中のアイドル、水野翠である。


4: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 21:25:01.31 ID:rA9xrPx0o


 当時の自分は恐れという物を知らなかった。無謀にもこの女性に声をかけてしまったのである。一瞬で通報されてもおかしくはなかった。

今になって思えば、この無謀がなければ、1プロダクションの末端プロデューサーと、水野家の御令嬢などというミスマッチな組み合わせが出会っていなかった事になるし、その令嬢がアイドルになる事はなかったのだが。


5: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 21:27:09.83 ID:rA9xrPx0o


 ------


6: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 21:28:29.22 ID:rA9xrPx0o

 その時の自分は、まだできたての事務所を放り出し、事務所の主軸に据えるための新人アイドルのスカウトに励んでいる頃であった。

 しかしまあそんなに都合よく見つかるはずもなく、当てのない旅をぶらぶらと続けていたのだ。この頃は丁度愛知まで来ていたか。

 さてはてそんな時に出会ったのは、まだアイドルの「ア」の字も知らなかったであろう、弓を携えた少女だった。


7: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 21:31:51.93 ID:rA9xrPx0o

 「あの、すみません」

 その少女に声をかけてしまった。かけてしまったのだ。
 本当に傍から見ればただの不審者である。

 「はい……あの、どちらさまでしょうか?」

 「っと、すみません。実は私こういうものでして……」

 即座に名刺を取り出す。こんな強引なスカウトでも、挨拶は必要だ。

 「CGプロダクションの、プロデューサーさん……でしょうか?なぜ私を?」
 「貴方を一目見て射抜かれてしまいました。絶対にアイドルとして大成する。そう思ったからです」
 
 初対面の人にとんでもない台詞だ。しかし、しかしだ。絶対にこの人は磨けば光る原石だ。
 
 正気になって判断すれば、この時点で通報されてもおかしくはない。
 しかし、この原石の輝きは、どうしても見逃す事はできなかったのだ。


8: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 21:33:35.54 ID:rA9xrPx0o

 彼女が怪訝な目つきをしながら、
 「いきなりで申し訳ありませんが……、買い被りというものではないでしょうか?」
「そんな事はありません! 絶対に!」
 「わ、わかりました。それでは、お話だけでも」

 ありがたい事に熱弁が通じたらしい。本当に、水野翠という少女に二重の意味で助けられた瞬間であった。
 


9: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 21:35:56.75 ID:rA9xrPx0o


 ------


10: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 21:37:55.60 ID:rA9xrPx0o



 「そういえば、まだ名前を聞いてなかったような」

 「確かに名前を言い忘れてましたね。私は水野翠。趣味は弓道。生まれは愛知、育った地も愛知です」

 水野翠!鋭く、そしてしなやかで力強そうな名前だ。
 しかし弓道とは。弓に矢を番え、放つ競技だ。自分はあまり知らないが、彼女が所持している弓から見ても、相当な腕前と見る。

 「弓道……ちょっと聞かせてもらっていいかな?」

 「はい! 弓と矢を使い、心と体を深く合一させ、解き放つ! 私が小学生の頃から始めて、今では弓道部の部長まで任されるようになり、ありがたい事に腕も認められてきました。私の腕、弓道のやりすぎで凄い事になってるんです」

  そうやって、彼女が弓を番えるポーズをする。どうやら水野さんのスイッチを入れてしまったらしい。マシンガントークが止まらない。

  こっちが気圧される。しかし内面も知らずにプロデュースはできないのでこれは正解だった。正解のはずだ。


11: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 21:41:09.26 ID:rA9xrPx0o


 「でも、なんか落ち込んでるようにも見えたけど?」

 明らかに図星を付かれたような表情をする。さっきからどうにも話し方に影があるように思えたからだ。これはやはり原因があるのだろうか。 

 「…………分かりますか?」

 「まあこれでも、色々な人の表情見てきたからね。この人は喜んでるなとか、この人は何か悩みを抱えてるなとか。弓道の事で、何か悩みがあるんじゃないか?」

 「……実は、その弓道が最近上手く行っていないんです」

 いきなり重い話題を放たれてしまった。まだ彼女と知り合って数時間なのに、こんな話を聞いていいんだろうか。彼女の友人に話す事なんじゃないだろうか。そんな事を思っている内に、彼女が話を続ける。


12: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 21:44:09.74 ID:rA9xrPx0o

 「上手く的に中てる事ができなかったり、何かしらの失敗が続いてしまって、スランプになってしまってるんです」

 「ふ~む……」

 「親友や後輩は気にする事ではないと励ましてくれるんですけど、こうもスランプ続きでは、部長としての示しがつかなくて」

  彼女がどんよりと落ち込んだ表情をする。先程までの威勢はどこへやら、流水が塞き止められてしまったような表情になってしまった。


13: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 21:48:20.30 ID:rA9xrPx0o

 
 「それで」

 「何かきっかけを掴みたいんです。現状を変えられるようなきっかけを。それを掴む事ができれば、今を変える事ができるかもしれないんです」

 彼女にはどうやら弓道という的に迷いがあるようだ。
 ならば、アイドルというもう一つの的を用意すれば、きっと何か掴めるんじゃないだろうか。
 「二兎を追う者は一兎をも得ず」という諺もあるが、一つの事で迷っている時は、もう一つの事を用意すればなんとかなる事が多いのだ。


14: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 21:49:17.32 ID:rA9xrPx0o


 「アイドル、やってみない?」

 「アイドル……」

 そう言うと、彼女は先程の思い詰めた表情から何かを決心した表情になり、

 「少し、時間をいただけますでしょうか?この選択は、すぐに決められそうにはありませんから」

 「もちろん。いつでもいい……って訳には行かないけど、1ヶ月くらいなら大丈夫だよ」
 
 彼女の表情がふっと柔らかくなる。

 「ありがとうございます!」


15: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 21:52:50.57 ID:rA9xrPx0o


 「それじゃ、そろそろ出るかね」

 二人分の料金を支払って、会話をしていた喫茶店から出る。
 意外と水野さんが食べていた。弓道は体力を使うのだろうか……?

 「その名刺に連絡先書いてあるから。なんか連絡とかあったら、そこの電話番号に連絡かけてね」

 「分かりました!」
 
 弓を担ぎながら、彼女がお辞儀をする。彼女にとっては初めて出会った人のはずなのに、こんなに礼儀正しいとは。


16: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 21:54:51.13 ID:rA9xrPx0o

 
 ------


17: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 21:55:18.44 ID:rA9xrPx0o


 帰宅の途中、まさかアイドルにスカウトされるとは全く思っていなかった。

 確かに歌う事は嫌いではないが、とても他人、それこそアイドルとなって、ファンに見せられるような物はできるのだろうか。

 だけど、もしこの閉塞した現状を打破できる何かが、アイドルの体験をする事で見つけられるとしたら。


18: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 21:56:00.51 ID:rA9xrPx0o


 「最近翠さあ、なんかぼーっとしてる事多くない?」

 「そうでしょうか……?いつも通り振舞っているつもりですが」

 「何か私達に隠してる事があるんじゃないか?話なら聞けるぞ。話しか聞けないがな」

 この2人に隠し事は無駄だろう。隠していても隅から隅まで探られてしまうに違いない。きっぱりと話してしまおう。

 「驚かないで聞いてくださいね。実は私、アイドルにスカウトされてしまったんです」


19: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 21:57:00.77 ID:rA9xrPx0o


 「「アイドルにスカウト!?」」

 「声が大きい!」

 「「すみません」」

 やはり話すべきではなかったか。少しだけ後悔する。
 しかしこの事を話せそうなのも二人しかいない。実家から離れて一人暮らしで家族にはすぐに話せないし、ましてや弓道部の連中に話すわけにも行かない。結局この二人にしか話す事ができないのだ。

 「まだ完全に決めた訳じゃないんですけど、アイドル事務所のプロデューサーさんからスカウトを受けたんです。これがその時に貰った名刺です。」


20: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 21:58:42.71 ID:rA9xrPx0o


 二人に名刺を見せる。二人はじっくりと名刺を眺めた後、

 「それで、どうするつもりなんだ? 弓道とアイドル、それと学業を全部こなすなんて翠には難しいんじゃないか?」

 「そうなんですよね……、自分でもどうしようかと迷ってるんです。1ヶ月ほど考える時間は貰ったのですが、あんまり待たせるのも良くありません」

 「じゃあさ、普段の翠を見てもらえばいいんじゃない?近い内に大会あるでしょ。あれ見に来てもらったら?」

 確かに本来の自分を見せるのは良いかもしれない。
 前回の大会は絶賛スランプ中だった事もあって、いつもの自分を出し切る事ができなかった。
 次の大会では本来の自分を出し切ってやろう。そうすれば、プロデューサーさんにも本来の自分というのを見せる事ができるはずだ。


21: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 21:59:46.90 ID:rA9xrPx0o


 「でもいいのかな?部外者招いちゃっても」

 「へ?」

 「だってそのプロデューサーさん、翠もまだよく知らない人なんでしょ?」

 完全に忘れていた。まだあのプロデューサーさんは一度話をしただけで何の繋がりも無い部外者だったのだ! どうしたものだろうか?

 「あの大会は見学自由だぞ」

 「そ、そうですよね!良かった……」

 「なんで翠が混乱してるんだ。呼ぶのは翠で私達じゃないぞ」

 「それでは、名刺の電話番号に連絡をかけてみます」


22: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 22:02:24.58 ID:rA9xrPx0o


 名刺に書かれていた電話番号を打ち込む。夜の八時、時間的にもおそらく大丈夫なはずだ。

 「もしもし……水野です」

 あのプロデューサーさんが渡した名刺が他人のだったらどうしよう、この電話に他人が出てきたらどうしよう、そんな事を考えている内に、プロデューサーさんの声が聞こえてきた。

 『もしもし?水野さん?どうしたの?』

 「実は……今度の弓道の大会、プロデューサーさんに見に来て欲しいんです」

 手短に要件を伝える。今度弓道大会があって、自分がそれに出る事。その弓道大会にプロデューサーさんを招く事。


23: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 22:03:10.37 ID:rA9xrPx0o


 『なるほど……でも大事な弓道の大会に顔出していいの?』

 「プロデューサーさんだからこそ、顔を出していただきたいのです。私が弓道をやっている本来の姿を見せたくて」

 『分かったよ。場所はどこ?』

 「少し遠いのですが……」


24: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 22:05:54.93 ID:rA9xrPx0o


 「それと、もう1つ……」

 『…………』

 実家の父と母に電話をする。同じ愛知に住んでるとはいえ、しばらく顔を出していないのだ。

 「お久しぶりです。しばらく顔を出してなくてごめんなさい。あの、実はですね、アイドルにスカウトされまして」

 『…………!』

 「はい。最初に言われた時は私も冗談かと思ってしまいました。でも相手側もどうやら本気のようで。どうしようか迷ってしまいまして」

 『…………』

 「自分の事なんだから自分で決めろ? 翠の好きにしろ? 確かにそうですけど……」

 『……』

 「分かりました。それではまた落ち着いたら、連絡しますね」

 『…………』

 「たまには実家に帰ってこい? そうですね……」


25: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 22:06:29.39 ID:rA9xrPx0o


------


26: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 22:10:21.38 ID:rA9xrPx0o


 こうして水野さんが出るという弓道の大会に赴く事になった。
 
 流石に名前だけ知っててルールは知らないというのもどうかと思い、ある程度の知識を仕入れて行ったのだが、何やら指を刺されている。

 よく目をこらしたら、彼女とその友人らしき人達が見える。この距離でもわかるのだろうか。余程目が良いのだろうか、それとも弓道士としての直感なのだろうか。

 彼女の構えは、打起しから残心まで素人目にも非の打ち所がなく完璧であった。

 弓の構え。弓道の本質であり、それすなわち彼女自身の本質である事に他ならない。

 前に言っていた失敗もあまりないように思われたが……?
 
 彼女の所属している高校は他にも粒ぞろいの選手が揃っており、かなりの活躍を見せていた。
 相当に実力が高い高校なのだろう。
 そんな高校の生徒、ましてや弓道部部長に声をかけたあの時の自分は何を考えていたのだろう。


27: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 22:10:51.97 ID:rA9xrPx0o


------


28: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 22:17:08.25 ID:rA9xrPx0o


 「翠?あの人から視線感じるんだけど、例のプロデューサーさん?」

 「やはり呼んだのか?」

 「はい。私を知ってもらうには、やはり本来の自分を見ていただくのが一番と思いまして」

 結局あのプロデューサーはこの地まで足を運んでくれた。私を表現するのに最高の地、弓道場まで。

 今まで目の前に煙ぶる靄が晴れなかったが、アイドルの事を考えていたら、少々靄が晴れた。やはり弓道の事ばっかり考えていたのが原因だったのだろうか。

 ----だが、この場所で見据える物は的だけだ。


29: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 22:17:45.12 ID:rA9xrPx0o


 ------


30: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 22:19:28.08 ID:rA9xrPx0o


 大会も終わり、元いた場所に戻ろうとすると、携帯が鳴り響く。名前欄に踊っていた名前は……千川ちひろ!完全に忘れてしまっていた!

 まだアイドル候補生も少ないので、スカウトに行ってこいと言われたのだが、流石に連絡の一つも寄越さないと怪しまれるか。

 『プロデューサーさん!いつまでそっちにいるつもりですか!』

 「いや~すいませんちひろさん。でもですね、なかなか候補生が見つからなかったんですよ。」

 『分かっていると思いますけど、二ヶ月って期限忘れないでくださいよ!サボりや傷心の旅行じゃないんですよ!』

 そうだ。あらかじめ2ヶ月という期限が設定されている。今は一ヶ月が過ぎた所だ。
 あまり同じ場所に長居をする訳には行かない。


31: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 22:21:10.85 ID:rA9xrPx0o


 「わかってます! わかってますよ」

 『分かってるならいいんですが……、それで良さそうな子は見つかったんですか?』

 「見つかった事は見つかったんですけど……、まだ本人が乗り気かどうかわからないんですよ。こればっかりは本人から直接聞かないといけませんから」

 『分かりました。本人の確認が取れ次第、すぐに戻ってくださいね。後お土産もよろしくお願いしますね!』

 愛知名物か……、たいした物はあっただろうか?


32: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 22:24:27.50 ID:rA9xrPx0o


 彼女の試合を見に行ってしばらく日が過ぎた後、事務所に持っていく土産を物色していたら、彼女から電話がかかってきた。

 『もしもし、プロデューサーさんですか?』

 「もしもし? ああ水野さん。どうしたの?」

 『先日は弓道の試合を見てくださり、ありがとうございました』

 「あそこから俺の姿が見えてたのか?」

 『はい、弓道には遠的というのもあり、遠くを見る必要があります。だからみんな視力が良くて、私の友人なんか2.0もあるんですよ』

 「なるほどね」


33: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 22:26:10.37 ID:rA9xrPx0o


 『それで、アイドルの話なんですけれども』

 来た。さて、どう来る。どう対処すべきか。

 『もう少しだけ、時間をいただいてもよろしいでしょうか?』

 良かった。ここで「申し訳ありませんが」が飛んできたら、確実に心が折れていた所だった。

 「分かった。重大な選択だ。まだ時間もあるんだし、じっくり考えてから決めるといいよ」

 しかしあまり時間がないのも事実だ。かと言ってあまり急かすのも良くない。どうするべきだろうか? 


34: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 22:27:26.36 ID:rA9xrPx0o

 
 自分が言った後、水野さんはしばらく沈黙した。それから、

 『プロデューサーさん、私は……本当にアイドルになれるのでしょうか? アイドルとして、ファンの前に立つ事ができるのでしょうか?』

 「そうだな……最初に言っておくけど、アイドルの道はとても険しいし厳しい」

 『……』

 「簡単にできるかもしれないけど、とても難しい。長い下積みを積んで、ようやくできるようになる。そんなのばっかりだ」


35: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 22:28:01.82 ID:rA9xrPx0o


 『それでは、弓道と同じですね』

 「え?」


36: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 22:31:40.29 ID:rA9xrPx0o


 『弓道も同じです。最初の下積みは、弓を使わないんです。ゴム弓を使うんです』

 「ゴム弓?」

 『スリングショット、と言えば伝わりますでしょうか』

 ゴム弓と言えば、学生の頃ゴムを飛ばしまくった覚えがあるが、それとは別物のようだ。

  『最初の下積みはみんなゴム弓を使って、次にようやく弓と矢を持たせてもらって、巻き藁を的に練習するんです。そこまでやり遂げて、ようやく弓道の道に入門する事ができるのです』

 『アイドルもそうでしょう? あの後、色々アイドルについて調べました。最初はレッスンや下積み、次に営業、そこまでやってようやくデビューできるんですよね?』


37: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 22:33:39.44 ID:rA9xrPx0o


 溜息が零れ出た。そこまで調べられているとは。
 確かに言われてみれば、アイドルも弓道と同じだ。多大なる練習を積み、事務所から声がかかって、ようやくデビューできる。

 「……そう考えてみれば、同じだな。弓道も。アイドルも」

 『そうでしょう? 私こう見えても、弓道で鍛えた根性があるんですよ。どうでしょうか? アイドルとして』

 「は、は、は、まさか逆に売り込みされるとは」

 『少し欲張りでしょうか?』

 「いいや、アイドルなんてみんなガツガツしてるものさ。翠さんは、きっといいアイドルになるよ」


38: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 22:34:08.36 ID:rA9xrPx0o


 ------


39: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 22:37:57.98 ID:rA9xrPx0o


 再び二人と話をする。一人がカラオケに行きたいと駄々をこね始めたので、三人で行く事になった。
 貰ったチケットの期限が切れそうだからという事だが、本当なのだろうか。最初はなぜか自分が歌わされる事になった。

 「やっぱり翠の歌って上手いよね~、本当にアイドル行けるんじゃないの?」

 「そんな事はないですよ。確かに歌うのは好きですけど、とても他人、ましてやファンに聞かせられるような物では」

 「なんだ、まだアイドルにもなっていないのに、もうファンができる前提か?」

 確かにそうだ。まだアイドルになってないのに、ファンに聞かせるというのは時期尚早か。

 しかしこの前のプロデューサーさんとの話で、ある程度方向は決まった。後は自分自身と向き合うだけだ。


40: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 22:39:32.06 ID:rA9xrPx0o


 「だけどさ、そろそろプロデューサーさんに連絡取らないといけないんじゃないの?もう結構経ってるでしょ?」
 
 そうだ。いつかの電話で2ヶ月しかこっちにいないと言っていた。

 もし2ヶ月経ってしまっても、プロダクションに押しかけてくれればいいと言っていたが、愛知から東京は気軽に行ける距離ではない。
 なるべく早く決断しなければならない。

 「こればっかりはさ、あたしらじゃなくて翠が決める事だと思うよ。あたし達が決めても、それは翠が決めた事にはならないから」

 「そうだな。翠がアイドルになるとしても、アイドルにならない選択をするとしても、それは翠が決める事だ。もしアイドルになるとしたら、弓道部の奴らは全力で応援するだろうよ」


41: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 22:41:23.33 ID:rA9xrPx0o


 「みんな最後には自分で決めろ、か」

 確かにアイドルをやるのは自分なのだ。ならば、最後には自分で決めないといけない。

 「もしあの時、声をかけられていなかったら……?」

 こんなに悩み続ける事も無かったであろう。しかし声をかけられる前は、弓道の事で悩みっぱなしだったのだ。悩む対象が変わっただけだ。
 弓道は的の中心を射止める。アイドルはファンの心を射止める。そこに何の違いがあるのだろうか?

 答えは最初から決まっていた。
 あの出会いはまさに運命だったのだ。あの出会いも、何もかもが無駄ではなかった。
 それを証明してみせる。だとしたら、私がするべき事は!


42: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 22:42:26.78 ID:rA9xrPx0o


 ------


43: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 22:44:03.83 ID:rA9xrPx0o


 久しぶりの東京の地で自分を待っていたのは、圧殺されそうな仕事の数であった。

 だが、愛知で得る物はあった。

 後はその得る物が、東京に来てくれれば万々歳なのだが。

 「プロデューサーさん。電話鳴ってますよ」

 「こちらCGプロダクション……、ああ、水野さん。何も言わないで愛知出ちゃっててごめんね。急に呼び戻すんだからさあこのプロダクション。たまったもんじゃないよね」

 千川が憤怒の眼で凝視してくるが続ける。

 「それで、そろそろ答えは決まった? 何? こっちに来て直接伝える? 一人で大丈夫? うん、うん、それじゃあ、お待ちしてます!」


44: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 22:45:03.87 ID:rA9xrPx0o


 ----どうやら、希望は見えてきたようだ。


45: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 22:46:25.75 ID:rA9xrPx0o


 
 愛知から電車で数時間。東京は親や親友の付き添いで何度か行った事はあるが、一人で来るのは初めてだ。

 相も変わらずビル、ビル、ビルのコンクリートジャングルで、なぜか安心してしまう。

 駅から事務所はやや距離があるため、しばらく歩く。今は午前十時という事もあり、人はまばらだ。
 
 駅から事務所へ向かう内に、多数のアイドルの広告を見た。愛知ではあまり見られなかったが、東京では大量に見る。

やはりアイドルの本場は東京なのだろうか。ならば、自分が愛知発アイドルの開拓者になる、というのも有りではないだろうか。


46: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 22:47:53.40 ID:rA9xrPx0o


 ついに事務所の前まで来てしまった。もう戻れない。先に進むしかない。

 「すみません……○○プロデューサーに通していただけますでしょうか?」

 「しばらくお待ちください」

 受付の人が電話をかける。


47: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 22:49:16.02 ID:rA9xrPx0o



 「プロデューサーさんに来客ですってよ」

 「来たか」

 電話を受けて向かった先には、青みがかった長髪を後ろでまとめた少女、水野翠本人の姿があった。
 
 「こんにちは翠さん。2ヶ月ぶりだっけ?」

 「お久しぶりです。やはりこういう事は顔と顔を突き合わせてやらないといけませんので、はるばる愛知から参りました」


48: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 22:50:57.08 ID:rA9xrPx0o


 「さて……じゃあそろそろ、答えを聞かせてもらおうかな。」

 「プロデューサーさんは以前、弓道とアイドルは似ている。海よりも深く、山よりも高い繋がりがある。そう言いましたよね」

 「ああ、言ってたな」

 「確かに、弓道もアイドルも的を射抜くかファンの心を射抜くかの違いしかありません。それだけです。故にとても難しい。それでも私は、ファンの心も、トップアイドルの座も、射止められるようなアイドルになりたい。そう思いました。あの時プロデューサーさんと出会って、プロデューサーさんが新たな的を与えてくれたから。」


49: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 22:52:07.74 ID:rA9xrPx0o


 「決まりだな」

 「それでは!」

 「……これから忙しくなるぞ。学業と弓道に加えると、厳しい道になると思うけど」

 「新たなきっかけを掴むためには、弱音は吐けませんから。きっと最後までやり遂げてみせます。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」

 「こちらこそ、よろしくお願いするよ。さあ、アイドル"水野翠"の第一歩が、今踏み出されたって訳だ。トップアイドルへの道、険しいけど、一緒にやっていこうな」

 「はい!」


50: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 22:53:14.82 ID:rA9xrPx0o


  それは一瞬の出会いだったが、今でも弓から放たれる矢の如く、鮮烈に思い出す事ができるだろう。
  当時弓道の事で悩んでいた自分に、もう1つの事を考える余裕ができたきっかけを作ってくれた人だから。


51: ◆zNp0QpB9e. 2017/04/09(日) 22:54:29.81 ID:rA9xrPx0o

おしまい!
これを読んだあなたは最低1票最高は何票でも水野翠に投票よろしくお願いします

html申請出してきます


52: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/10(月) 06:49:41.38 ID:Onzvjai+O





掲載元:http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1491740418/
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