八九寺「阿良々木さんが私との和姦モノの同人誌を隠し持ってました……」
暦「ストップだ八九寺、違う違う。そうじゃない。『阿良々木さんがぁ、阿良々木さんが怖いですぅ!!』だろ!?!?」
八九寺「いやいや、おかしいでしょう。そういうのは漫画やアニメのキャラクターがやるやつでしょう? 現実の人間同士の同人誌を持ってるなんて、普通にドン引きですよ」
暦「それも違うぞ八九寺。そこは『阿良々木さんに犯されるぅ!』だ」
八九寺「なんでこんなものがあなたの部屋から見つけられて冷静でいられるんですか。なにを元ネタの忠実な再現に躍起になってるんですか」
暦「だってお前と僕の会話ってテンプレートが確立されてるじゃん? そろそろ新しいテンプレートを追加していく頃合いじゃないかって、そう思ったんだ」
(元ネタ:http://hibari.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1308664914/)
暦「嘘だ! 絶対マンネリ化してるって! だってお前今日会った時言ってたじゃん!」
八九寺『おはようございます阿良々木さん。あ、はい。いつものやつですね。かみまかみまー。これでノルマ達成ですよね。じゃ、行きましょっか』
暦「あれか? 流れ作業なのか? レーンに乗って右から左へ受け流すだけなのか!? お前絶対飽きただろ! 僕との会話に、というか僕自身に!」
八九寺「あれれ~そんなことありましたっけ??? そんなはずないですよ。私と阿良々木さんは今朝方確かに、熟練の夫婦漫才のごとく流麗なやり取りを繰り広げていましたよ」
暦「記憶を捏造するな。記録上は確かに残っているはずだ。なんせ僕たちが今朝鉢合わせたのは交番前、監視カメラにやり取りがばっちり映っているはず」
八九寺「監視カメラには阿良々木さんが1人で阿鼻叫喚している摩訶不思議な映像しか残ってないでしょう。確認なんてしに行ったら警察の方からまたこいつか……って顔されちゃいますよ」
暦「そうだった! 八九寺が神様だってことを失念してしまっていた! それにしても後半部分には異議を申し立てたい。僕はまだ警察の厄介になったことはないはずだ!!!」
八九寺「確信がないのが恐ろしいところですね。いやでも、毎日警察の厄介になってるじゃありませんか。毎日どころか生まれてから今までずっとお世話になってるじゃありませんか」
暦「八九寺、誤解を招く表現はやめてもらおう。それは僕が人として生まれて普通に育ってきた、ただ両親がともに警察官だった、それだけのことだからな」
八九寺「生まれてから今までずっと保護観察下にあるんですよね」
暦「違うわ! 犯罪者予備軍と一緒にするな」
八九寺「幼女や少女、果ては童女に加えて妹さん達にまであれやこれやするのが犯罪ではないと言うんですか? 思考が性犯罪者ですね!!」
暦「うるさい! その口(物理的に)(性的に)閉じてやる!!!」ガバッ
八九寺「ギャー!!!」
ペタペタ サワサワ グチョッ ペロペロ チュッチュ
暦「僕の被害の方が深刻だ。顔があんぱんのヒーローみたいに腫れ上がってるぞ」
八九寺「彼女さんと親御さんにチクらないだけありがたいと思ってください」
暦「ありがとうございます八九寺様、このご恩は一生忘れません」
八九寺「よろしい(ま、羽川さんにはメールで連絡してるんですけどね)」
八九寺「諦めが悪すぎますよ。私は私の思う道を行くのです。天上天下唯我独尊、地球は私の本拠地(北白蛇神社)を中心に回っているのです」
暦「地球の中心、案外近いところにあるもんなんだな……」
暦「フッ、分かってないな。戦場ヶ原はもう僕にデレデレなんだ。そんなことはしない」
八九寺「失礼、噛みました。神原さんが阿良々木さんに明日やろうとしてることでした」
暦「違う、わざとっておい! うそだろ!? あのバカそんなこと考えてるのか!?」
八九寺「昨日神社に来てお祈りしてましたよ。大願成就のためと言って、お供えに子供ビールと阿良々木さんの靴下を片方置いて帰られました」
暦「最近よく靴下なくなると思ってたら犯人あいつだったのかよ。絶対火憐が横流ししてるな。(性的に)お仕置き決定だ」
八九寺「まあ私は神様なので本物のビールの方が良かったですし、阿良々木さんの靴下はクリスマスぐらいにしか使えないのでその願いを叶えてあげる気にはなりませんでしたけどね」
八九寺「えぇ……なんで嬉しそうなんですか」
暦「サンタさんが来るのを楽しみにしてるなんて、八九寺は可愛いなぁ!!」
八九寺「はい、小学五年生なのでまだギリギリサンタさんを信じてあげられる年齢です」
暦「上からサンタを語るなよ。夢がないだろうが」
八九寺「なので、期待してますよサンタさん!」キラキラ
暦「……………ん? いや、待ってくれ。ちょっと流れが良くない方向に向かっている気がする」
八九寺「いやー私にはサンタさんにプレゼントの希望を伝えてくれるお父さんもお母さんもいないからなぁ。阿良々木さんが代わりに伝えてくれるなんて、ついてますねぇ」
暦(このガキ……靴下の話題を出した時にはこの流れを予測していたな)
八九寺「キャッシュ、6桁以上で」
暦「お願いが子供の範疇に収まってなさすぎるだろ!!」
八九寺「欲しいものが特にあるわけじゃないんですけど、だからと言ってもらえるものもらっとかないのも損なんで。後日Amazonでポチるんで、AmazonギフトカードでもOKですよ」
暦「歪みすぎだろ最近の小学生。もっとプリキュアの変身アイテムとかシルバニアファミリーとかそういうのにしておけよ」
八九寺「いや、それらはあの悪臭のする靴下に入らないじゃないですか。様式美を守るためにも現金が一番適しています」
暦「僕をけなしながら夢を壊すな。二兎を追うことで労力を軽減しようとするんじゃないぞ」
暦「僕の小遣いの額を知りもしないくせに馬鹿にするな。まあ、希望はサンタの野郎に伝えておくよ。希望通りとはならなくても、サンタの代わりに僕が北白蛇神社まで届けてやるさ」
八九寺「現金以外のプレゼントが聖夜ならぬ性夜とか抜かしたらパチンとしますから」
暦「僕の彼女のやり口で僕を殺すことだけはやめてくれ。聖夜にふさわしいプレゼントになることは間違いないさ(ホテル→スイートルーム→100万ドルの夜景→ベッドイン……よし、いける!)」
暦「本筋なんていつもの僕と八九寺の会話にないじゃないか」
八九寺「それはそれ、これはこれです。適材適所です」
暦「色々違うぞ」
八九寺「煩いですねぇ、五月蝿い男は童貞のままですよ」
暦「改変は駄目だろうが! 五月蝿い男はモテない、だろ! それに僕は確実に2人にはモテてるし、それに童貞じゃないぞ」
八九寺「卒業しても童貞臭がこびりついてますよ。これは一生ものですね」
暦「そんな馬鹿な!? 僕は戦場ヶ原との交際を経てプレイボーイなジェントルマンにクラスチェンジしたはずだ!」
八九寺「童貞が素人童貞に昇格しただけでしょう。意地を張る必要はありません。素直に言ってください阿良々木さん。後一歩でトンネル開通って時にガハラさんに泣かれちゃったんでしょう? すまなかった、また今度にしようと優しく自宅に帰した後、2人の諭吉さんと共に夜の街に繰り出したんでしょう?」
暦「小学生が軽い冗談みたいなノリでエゲツない下ネタを僕の彼女を登場させながら語るな!!! 僕じゃなかったら、人間として成熟していないやつ相手だったら殴られててもおかしくないぞ!」
八九寺「おかしいでしょう! それを言うなら殴るなら今でしょう! いつも可愛らしい女子小学生相手に強烈な一撃をくらわせてるじゃないですか! そんな人が何故ここでは殴りかかってこないんですか!?!? 阿良々木さんの頭はどうなっちゃってるんですか!?!?」
八九寺「まーた脱線しちゃいました。もういいでしょう。十分雑談に花を咲かせたでしょう」
暦「雑談してるだけで僕の体はボロボロになってるんだが?」
八九寺「私の貞操も何度かピンチになったのでおあいこです。もうそれはいいんです。私が阿良々木さんに聞きたいのはこれのことですよ!」バンッ
暦「……なんだこれは。知らない本だ」
八九寺「都合よく記憶から抹消しないでください。あなたのベッド下から出てきた私と阿良々木さんを描いたエロ本です。薄い本です」
暦「へ、へぇ~そうなんだ。月火のやつ、僕の部屋に自分のお宝本を隠すなって前にも言ったのに」
八九寺「責任転嫁しないでください! あなたの妹さんのエロ本は暦×阿良々木父本が80%を占めているのは周知の事実ですよ!」
暦「そんなものが周知の事実であってたまるか!!! あいつBLを家族に求めるなって何度言ったら分かるんだよ……教育的(意味深)指導が必要だな」
八九寺「その指導は後回しです。それより問題はココですよココ」ユビサシ
暦「…………………………作者の何が問題なんだ?」
八九寺「声に出して読んで、早く」
暦「…………コヨミ アララギ」
八九寺「なんで自分で自分のエロ同人誌なんて書いてるんですか!?!? 私のいなくなってた半年と数ヶ月の間に阿良々木さんはどんな境地にたどり着いたっていうんですか!?」
暦「黙秘権を行使したい」
八九寺「元々ない権利は行使できませんよ。おかしいでしょう! 一体全体どういう感情でこんなもの書いたんですか!? しかも200ページの超大作を!」
暦「だって……八九寺がいなくなってから寂しくて寂しくて……妹たちの体でごまかそうとしても物足りないし、忍にコスプレを頼んでもドーナツを騙し取られるだけだし、余接ちゃんには蔑まれるだけだし」
八九寺「所々屑が見え隠れしてますけど」
暦「八九寺の喪失は僕にとって生きる意味を失うと同義だと気付いたんだ。毎夜お布団の中では八九寺が頭をよぎるし、下校中の小学生はみんな八九寺に見えるし、妹のTバックはくまさんパンツに見えるし、老倉のツインテールを見て衝動的に抱きつきそうになるし……」
八九寺「うわぁ……(ドン引き)」
暦「さすがにまずいと思って、どうにか八九寺成分を補給しようと思ったんだ。でも、八九寺はもういない。なら僕の手で生み出すしかないじゃないか、そう思ったんだ」
八九寺「……そうだったんですね。阿良々木さんの変態性はこの際置いておくとして、私がいなくなったことをそこまで悲しんでくれていたっていうのは、少し嬉しくもあり、申し訳なくもあります」
暦「ごめんな、でも仕方なかったんだ。許してくれ」
八九寺「いえ、許しません」ピリッ
暦「あぁ!! 『まよいロリックス』が!!!」
八九寺「阿良々木さん、私は別にこの本を書いたこと、それ自体に怒ってるんじゃないんです」
暦「……え?」
八九寺「せっかく私が戻ってきたのに、あなたのおかげでここに戻ってこれたのに、それなのにまだこんなもので慰めてるのが耐えられないんです」
暦「は、八九寺……」
八九寺「本物の私がいるじゃないですか。もういなくなったりしない、あなたの、あなただけの八九寺真宵がここにいるじゃないですか」
暦「は、はち……いや、真宵」
八九寺「…………暦さん」
暦「……」
八九寺「……。また、しちゃいましたね」
暦「そう、だな」
ひたぎ「……」
八九寺「えへへ……」
ひたぎ「……」
暦「」
八九寺「」
ひたぎ「似合うかしら、この鼻眼鏡。年始以来だけど、凄いのよこれ。かけるだけで神様の姿がくっきりと、それはそれははっきりと見えちゃうの」
暦「……八九寺、お前だけでも逃げってあれ!?!? あの野郎もう逃げやがったのか!!」
ひたぎ「阿良々木君、教育的指導をしてあげるわ」
暦「せ、性的な?」
ひたぎ「暴力的な(ニッコリ)」
アーーー!!!
その後、阿良々木暦は戦場ヶ原ひたぎの頭を小一時間撫で続けることによって事なきを得た。八九寺真宵は当初の目的通り、阿良々木暦の自室から彼の預金通帳の回収に成功。額は少なかったものの暗証番号0892に優越感を得る。調子に乗った彼女はLINEグループ[阿良々木ハーレム](10)(招待中:1)にてこれを報告。次の日から怒りの搾精が行われた。
おしまい
巨人が負けたので書きました。次はユッキの出番だと思います。
突然ですが皆さんは物語シリーズBlu-ray or DVD特典の西尾維新書き下ろし副音声をご存知でしょうか。以前地上波にて副音声付きで物語シリーズが放送されたこともあるので、ご存知の方が多いかもしれません。
物語シリーズのDVDはあれのためだけに買う価値があります。
終物語育ロストの老倉と戦場ヶ原の掛け合い、傷物語(熱血編)のキスショットと羽川のやりとりは最高の一言です。ぜひ一度聞いてみてください。
それでは、巨人が2連勝した時にでもまた書くので、その時にはご一読をお願いします。
掲載元:http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1497529529/
Entry ⇒ 2017.09.10 | Category ⇒ 化物語 | Comments (0)
そだちカーブ
私と阿良々木がキャッチボールをしている
なぜだ?
もし誰かいたとしても
聞いてもだれも答えてくれないだろうし
聞ける人なんていないし
自分しか知らないことを自分も知らなかったら
どうしたらいいのだろう
暦「早く投げてくれないか」
遠くで子供達の声が聞こえる
あの子達はキャッチボールをしたことがあるだろうか?
私は少なくとも記憶のなかには無い
子供なら絵日記の宿題のように思い出せるだろう
というか書いた記憶がない。絵日記
昔書いたら嘘しかかけなかっただろうな
暦「老倉ぁ」
だか、ボールをぶつけてやりたい気持ちもある。あいつに
・・・結構遠いなあいつは
どのくらい力を込めればどこまで届くかわからない
何回も失敗した
力んだボールはいくつも地面を叩いた
あいつがバッターだったらデッドボールを投げて
目の前から消し去ってやるのに
ぶつけてやるからとっとと前に進め
こうなると、いつも思う
根拠の無い自信が、いつも自信になっていると
暦「おーい」
足を踏み出し
少し前を思い出す
それ以上は無理だから
どうしよう
なにもしたくない
瞬きすることで精一杯だ
バイトにまた落ちたからなのか
未だに友人がいないからなのか
それとも日曜日にこんな遅くまで寝てしまったからだろうか
やること1個もないからなのか
違う、全部違う
阿良々木の家にいるからだ
なぜ私なんかがこの家にいるのかは阿良々木にでも聞いてほしい
ともかくもいる
どこにも行くところはない
ゴロゴロしている
1人だ。嬉しい
目を閉じる前から実はそうなのだけれど
いまこの家には誰もいないはずで
自分の家ではない家で留守番(自主的にだが)をすることは
結構きついものがある
下手に動くことはできない
いや動いていいんだけれど、無理だ
何かに触ったら怒られそうだし
盗みを働いているみたいに思われたら
・・・いや思われないのだろう
だれかが帰ってきたら・・・つらい
昼間から何やっているんだろうって
・・・これは思われるかな
可哀相な子と思われるているだろうと
勝手に意識して動けなくなる
よくあることだ
それなら勉強だ、勉強。それならまだ普通に見える
うん。そうなんだ勉強って。ずっと前から思いついてる
それを私が実行しないのは
勉強道具を阿良々木の部屋に置いてきたからだ
資格の参考書を置いてきてしまった
すごくいきたくない
でも仕方が無い。私の人生はそんなものだ
よくあることだ
行こう。それで
阿良々木の部屋に入っているときに
誰かに見られたら窓から飛び降りよう
裸足でもいい
誰にも気付かれたくないし、自分の記憶からも消し去りたい
どうしたら部屋の物にまったく影響を与えずに
物を持ち出せるか、エントロピーはそのままにしたい
だからこの後の私の行動は無かったことにしたい
グローブを見つけた
野球の
ただバットもボールもない
この後の私は
懐かしい匂いを嗅いでみる
感触を確かめる
噛んでみる
顔を覆ってみる
などを行い
その暗い視界の中で
なにをしたいのだ
阿良々木「老倉?」
窓から足を出した時点で腕を掴まれて
視界は更に暗くなっていく
違う。グローブで顔を覆う理由にならない
理由なんてあるか
暦「なあ老倉?どうしたんだ?」
どうもこうもない
暦「グローブ?なんでだ?ピッチャーか?」
暦も大分混乱しているようだ。私のほうが混乱しているが
私は人に可哀相とか心配されることが
一番嫌いだ
これが間違っていることは分かっている
暦「サインか?サインがいるのか?」
落ち着け阿良々木
まあ、阿良々木から見たら部屋に入ってきた
居候がグローブをかぶっていて
そいつが一言も喋らなかったら怖いだろうな
育「阿良々木」
暦「なっ何だ?」
育「・・・ボールはないの?」
今日始めて出た言葉だ
これも間違っていることは分かっている
落ち着け、大丈夫と自分に言い聞かせる
全部間違ってるから大丈夫だよと
そう、順調に間違っている
育「どのボールがいい?」
暦「そうだなあ」
育「これは?」
暦「それは硬式だから。痛いな」
痛いのはいやだ
育「高い」
暦「いや、どんなのが欲しいんだよ?」
育「いや・・・」
ここに欲しい物はないって言ったらもっと訳が分からなくなる
私がすごく良いボールを求めている人にみたいになってしまう
こんな羽目に・・・阿良々木が
育「何でボールがないの?」
暦「いっぱいあるだろ?」
育「違う」
なんで阿良々木はグローブは持っているのにボールは持っていないんだよ
と聞いてみたくなって、すぐにやめた
暦「そりゃあ・・・僕のボールはどこかにいったんだよ」
伝わって欲しくない意図は伝わり易く、そうでないときは全く伝わらない
暦「大変じゃないけどさ」
暦「昔、失くしたからな」
育「そうなんだ」
もういいよ
昔から私達は友人がいたことなんて、ほぼ無いのだから
私はボールのコーナーから遠ざかって、もう帰りたい
帰って勉強でもしようよと言えたらいいのに
育「グローブも色々な種類があるんだ」
暦「ポジションによって違うんだよ」
育「ポジション」
キャッチャーとかピッチャーとかそういうやつか
阿良々木の家で見たグローブはどれだった?
育「キャッチボール?」
暦「・・・老倉はしたことあるか?」
育「何を?」
暦「キャッチボールをだよ」
育「・・・阿良々木は誰とキャッチボールをしていた?」
本当にどうでもいいことで私と阿良々木は哀しい気持ちを
引き出しあってどうすんだと思って虚しくなる
そして思い余って
グローブとボールを買ってしまった
お金無いのに
育「ああ・・・そう」
訳の分からないフォローをしてくるのだから
育「どんな風に?」
暦「ええっと」
答えられるのか?答えられないだろう
暦「いっいい球が投げれそうだ」
育「いい球?良い球って私やったことないって」
暦「えっ僕は野球に興味があるのかと思ってたのだけれど」
育「別に」
駄目だ
だから駄目なんだ
育「・・・」
暦「えっと・・・それじゃあ帰るか?」
私がグローブを買った理由をお前が知る必要は無いもの
育「阿良々木」
暦「なんだ?」
育「お前は私に色々買わせて使わせてもくれないのか?」
暦「えっ?急になんだ」
育「悪いのか?」
暦「買ったばかりのグローブってすごく固いんだぞ?」
育「それが?」
軟式用というボールを買ったが
始めて握ったボールは思ったより重くも軽くもなかった
意外とうまく投げれるのではないかと想像する
暦「ボール?」
育「どう持つ?」
暦「ええっとこうだ」
育「ありがとう」
暦「あっああ」
育「投げるから、下がってくれない?」
阿良々木のグローブにボールは入らなかった
阿良々木を越えて逸れる
育「初めてやったんだよ」
暦「知っているって」
阿良々木がボールを追いかける
私も少し追いかけてみて
後ろ姿に・・・罪悪感を感じるな
育「ジャンプすれば」
暦「とれねーよ」
暦「力が入りすぎじゃないのか?」
育「ああそう」
次はワンバウンドして、これも受け取られることは無かった
また阿良々木が走る
キャッチボールってこんな感じなのかな
暦「大丈夫だ老倉。きっとうまくいくさ」
うるさいって
阿良々木の顔を目掛けて投げた球はグローブに入ったようだ
やったぁー!
育「やったぁー・・・」
思ったより大きい声を出したつもりが
想像以上に小さい
うるさいって
暦「もう一回投げようぜ」
育「そう?」
阿良々木がさっきから返してくる球を
受け取ることはできる
ゆっくりの下手投げだから
放物線を描いて帰ってくる
私はずっと渾身の上投げだ
育「才能があるってこと?」
暦「クセがあるってことだ」
育「そう」
育「直したほうがいい?」
暦「いいだろう」
どっちの意味だろう?
兎に角、阿良々木は
真直ぐ投げる投げ方を教えてくれないんだ
育「いいけど」
暦「水を買ってくるからさ」
育「買ってくれば」
暦「おう」
小さくなる後ろ姿にボールを投げたくなったが
我慢だ。当たらないから
もっと上手くなったらやってみよう
阿良々木のグローブに目を落とす
改めて感触を確かめている
育「いいって」
頼んだ訳じゃあないのに私の分まで買ってくるな
だったら私も買いに行ったよ
暦「いや、こんなに飲めねーよ」
育「いくら?」
暦「いいって」
阿良々木は勝手にグローブにペットボトルを入れる
冷たさが解らない
暦「やっぱり買ったばかりのグローブって使いにくいだろ?」
育「いや別に」
暦「僕のグローブ使っていいぜ」
育「なんで?」
阿良々木は私のグローブは着けて、私は阿良々木のグローブを着けたままになった
育「魔球?」
暦「魔球って知らないか?消える魔球とかさ」
育「阿良々木は投げれるの?」
暦「何回か練習したことはある」
なんでそんなことするんだ阿良々木
暦「ん?うわ!」
隙を突いて適当に握って投げたボールは
草むらに消えた
ずっと見ていたのに
そこに無いのはなぜだ
消えた魔球と言いたくてやめた
暦「どこ行った?」
育「そこらへんだと思うけど」
2人で草むらを見ている
育「何で!?」
悪かったのは私だろ
暦「いや無茶言ったからさ」
育「だったら最初から言うなよ」
暦「そうだな、悪かった」
育「阿良々木は昔、野球をやっていたの?」
暦「いや、でも練習はしていたな」
暦「ボールをひたすら壁当てしててさ」
育「壁当て?」
暦「壁にボールを当てて返ってきたボールを取るだけだ」
育「何が楽しいの?」
暦「楽しくなかったな・・・あった」
公園というか広場には人がある程度いて
私は色々なことを考えた
阿良々木が楽しくなかったと言ったことと
私の全てがうまくいった場合の可能性を想像する
もっとうまく話せていたらとか
昔からこんなことをしていたらどうだっただろうとか
そもそも最初の一言からちゃんと話せていたら
これからはどうだろうか等を
合っているとはすぐ思えないのか
とりあえずグローブが音をたてる
声は大きくしないと届かない距離になっている
疲れるな
育「野球って何人でやるものなの?」
暦「1チーム9人だけどな」
育「無理だね」
暦「無理だな」
暦「そんなに知り合いいないからな」
育「私のほうがもっといない」
大きな声でそんなことを張り合っても仕方ないけれど
それに、私は私達がそんなでもかまいはしない
育「何言ってるの?」
暦「サインってあれだよ、ストレートとかカーブとかフォークを投げるサインだ」
暦「キャッチャーが出す球種を決めるサイン」
育「いや、やらないし」
暦「おっおう」
育「・・・阿良々木はキャッチャーがやりたかったんだ?」
暦「そんな訳じゃあない」
そんな訳じゃなかったらなんなのだ
嫌がらせに私は阿良々木が投げる前にグーとかパーとかやってみる
もっと聞こえないはずだ
育「私は1人でいるよ」
育「1人でちゃんとする」
育「それでもちゃんとするし、約束する。前にも言った?」
育「募金とか、献血とかボランティアとかもやって」
育「困っている人を助けたり」
育「目付きが悪い人だとか、変な人が来たって思われても構わない」
育「笑えばいいよ。気にしない」
育「嘘じゃない」
育「そんなことができてもどうだって話で」
育「わかる?阿良々木」
育「もうグローブは噛んだりしない」
聞こえていない
わからなくていい
私が言ったことは全て間違っていると思っていい
遠くの阿良々木の表情が嫌いだ
言い終える前に投げる
今日、何度もやったが今度も
思い切り力を込めたボールは取れないくらい高く
もちろん取られなくて
阿良々木を走らせる
暦「なにやってんだ老倉」
無理を言って
駆け寄らないから追いつかない
育「阿良々木とキャッチボールなんて考えられない」
育「どんなに昔から今を想像したって同じ」
育「ずっと前から知っていたことを分かっていたら」
育「ずっと前からグローブを持ってたことは知っていたけどね」
育「全然使ってなかった」
育「なんで嫌なんだろう」
育「お前が1人でも私が1人でもどうでもいいのに」
暦「もしかして僕のために今日は付き合ってくれたのか?」
育「えっ?なに?」
きこえたい
なら死んでしまえ
私達は互いに言ったことは聞こえない
今度はお弁当でも作って
・・・今度はないだろうな
阿良々木が近づいてきたら
暦「ああ・・・いや」
育「阿良々木もちゃんと投げない?」
暦「いいのか?」
育「ピッチャーやりたかったんでしょ?」
暦「何で?」
育「グローブがね」
暦「・・・大丈夫だよ僕は。老倉、疲れただろ?今日はもう少し投げたら家に帰ろう」
暦「また、いつか今度やろうぜ」
わかることがあるだろう
わからないことがわかるまでの時間が
どれくらい重要かな
間違えもずっと繰り返せるものだと思っていた
繰り返し続けていけるものなどなにもないとわかるまでは
残ったグローブはずっと持っていることになるだろう
使わないだろうけど
昔を思い出すには恰好のものだ
それがどんな思い出であれ
阿良々木のサインを待つ
阿良々木がサインを出す
全くわからない
目が悪くなったな
めがねでも買おう
それでも頷いてやる
阿良々木も頷いた
どんなサインをだしているのか
どんなサインを受け取ったのか
互いにわからないだろうに
もう手も疲れて
これで最後にしようと思う
これが最後にしようと思う
もうこの世のどこにも親と遊んだ記憶がないくらいの私だ
私が子供のうちにボールを投げる
色々な記憶が現れては消える
それが取捨選択さえできないのなら
思い出はグシャグシャになりながら
子供の内の思いは放り投げてしまって
できるのなら
子供の内の思いは誰かに預けておくのがいい
思い切り投げたボールは少し曲がりながら
軽い音を立ててグローブに収まる
変化の最高点での変化量は0だ
そんなことを一瞬思い、同時に
良い球を投げられるのだなと
私は思った
掲載元:http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1489872916/
Entry ⇒ 2017.04.02 | Category ⇒ 化物語 | Comments (0)
おうぎワンダー
暦「いや、悪いけど知らないな」
暦「いつなんだ?扇ちゃん」
扇「私も知りません」
扇「私が知らなくて、あなたも知らない」
扇「こういった場合どうすれば良いのでしょうね」
暦「うーん・・・だったらもう決めてしまうしかないんじゃないか?」
扇「分かりました。阿良々木先輩が決めちゃってください」
暦「ちょっと待って扇ちゃん。それは責任重大だぜ」
扇「ええ、責任をとってください。認知してください」
暦「認知ってあれみたいだな」
暦「うーん」
扇「決められませんか?仕方ありません。ならば今日にしましょう」
暦「おいっ!?いいのか扇ちゃん」
扇「それではなにか頂けますか?」
暦「なにかってなんだ?」
扇「ええ、ですから誕生日なので」
扇「誕生日って優しくされるのでしょう?」
扇「優しくしてください」
暦「・・・うん。そうだな」
扇「誕生日のパーティとかやられたりはしませんでした?」
暦「やったよ」
扇「そうですかやられていませんか。それは淋しかったことでしょう」
暦「・・・そりゃあ」
扇「ならば一緒にいましょうか」
扇「あなたの寂しさは私にも感じ入ることがあります」
扇「ですので今日は、これからも一緒にいましょう」
暦「扇ちゃん」
扇「ええ、気にせずに私のためです」
扇「私はあなたのためを思って行動します」
暦「じゃあ僕は扇ちゃんを思って行動するよ」
扇「あははー・・・それはそれはそれは」
扇「はい阿良々木先輩」
扇「ええ、わかっていますとも」
扇「あまりにも私が話さないといけません」
扇「本当に、あまりにも」
扇「あなたは私が構わないと、私に構ってくれないですからね」
暦「そんなことないだろ」
扇「ええ、そんなことないですね」
扇「でしたら、そうです」
扇「そして、私が笑うことを許しなさい」
扇「ねえ阿良々木先輩」
扇「私はあなたを笑いましょう」
暦「僕を笑ってどうするんだ扇ちゃん?」
扇「わかりませんか?そうですか」
暦「ああ、そういうことか」
暦「一緒にってことか」
扇「どうするとはどうすればいいのでしょう?」
暦「どう祝えばいいってことだぜ」
扇「どう祝ってもらえばいいのでしょう?」
暦「おめでとう扇ちゃん」
扇「ええ、ありがとうございます」
暦「・・・えっと」
扇「それでどうするんだ暦」
扇「まあ、持っていたらすごいでしょう。先ほど言ったばかりですので」
暦「扇ちゃんなにが要る?」
扇「なにも要りません。邪魔になりますから」
扇「私としてはこのままここで話していてもいいくらいです」
扇「夜になってしまうまで、空が暗くなるまで」
暦「全然構わないけど、2人だけってのも少し寂しいな」
扇「寂しいですか・・・一緒にいてもいいよ扇ちゃんって言ってもいいですよ」
暦「もちろん、一緒にいるさ。ずっといるよ」
扇「ずっとはいいです阿良々木暦。でも一緒にいてくださいね」
扇「私としては」
扇「私は他に誰も何も知りませんから」
暦「そんなことはないだろ」
扇「いやいやそうです。誰だコイツって顔されますよ?」
扇「阿良々木暦も経験あるでしょうに」
暦「あるけど、そうだけれども」
扇「つらい経験は自分への糧になると信じましょう暦」
暦「扇ちゃんならできると思うんだが」
扇「お父様ですか?お母様ですか?」
暦「なぜ僕の両親を呼ぶんだ?」
扇「阿良々木先輩のご両親に挨拶に伺いたいのです。阿良々木先輩を幸せにしますと」
暦「要らぬ誤解を生むだろ」
扇「死が2人を別つまで」
暦「神原とかどうだ?」
扇「はい、いきなり阿良々木先輩の後輩ですね」
暦「扇ちゃんの先輩だ」
暦「ちょっと待ってくれ。神原なかなか出てくれなくってさ」
扇「嫌われているのではありませんか?」
暦「きっ嫌われているわけなんかないだろ」
扇「ご自分ではなかなか気付きにくいものです」
扇「正しく自分の健康のようにいつの間にか悪くなっているかもしれません」
扇「それはどちらも勝手に良くなることはありませんね」
扇「ねえ暦、こんな風にです」
暦「扇ちゃん?」
扇「静かに、心音を聴いています・・・はい。いいですよ」
暦「どうだったんだ?」
扇「はっはー」
暦「何か言ってくれよ。びっくりしただろ」
扇「替わりに私を聞いてみますか?」
暦「僕は聞いてもわからないよ」
扇「その通りです」
扇「阿良々木先輩とは駄目なのでしょうか?」
暦「僕とは既にいいだろ」
扇「はっはー、そうでしたー」
暦「神原だったら同じ学校だろうし、面識もあるだろ?」
扇「あの方、変態じゃないですか」
暦「ストレートに言うじゃないか。でもな扇ちゃん」
暦「世の中には良い変態と悪い変態がいるのだよ」
扇「へー、阿良々木先輩はどちらですか?」
扇「ありがとうございます。通報しますね」
暦「やめて」
扇「戦場ヶ原先輩に」
暦「なにが望みだ扇ちゃん」
扇「望みはありません」
暦「ともかく仲良くなってほしいと僕は思うんだ」
扇「善処しましょう。しかしそれでは私も変態にならなくてはなりませんね」
暦「ならなくていいんだ、扇ちゃん。そのままでいい」
扇「優しいですね阿良々木先輩。お優しくて泣きたくなりますし、笑いたくなります」
扇「老倉先輩も呼びましょうか?」
暦「来てくれないだろ。どんな集まりだ」
扇「意外ときてくれたりしたら・・・どんな惨劇になるのでしょうか」
暦「ぎこちない集まりだろうな」
扇「はっはー、ならば誰も呼ばなくてもいいですね」
扇「私達2人だけでもぎこちないですし」
扇「私の誕生日には、やはり阿良々木先輩がいらっしゃればいいです」
扇「あなたしかいません」
扇「なぜなら私達は世界で一番と言っていいでしょう。奇妙な関係です」
扇「だから特別な関係ですね」
扇「うふふ」
暦「扇ちゃん」
扇「お寿司です」
暦「お寿司食べたいのか?」
扇「ええ、楽しく食べたいです。何時ぞやに約束をしましたよね」
暦「悪かったよ扇ちゃん」
扇「いやー謝罪の言葉は必要ありません」
扇「あはは」
扇「お詫びをしていただけますか」
暦「いいよ、どんなことでもするぜ」
扇「そんなことを軽々しく言うものではありませんけどね」
扇「ねえ愚か者」
暦「そうだな」
扇「・・・お寿司は見逃してあげましょう」
暦「なんでだ?食べたかったんじゃあ」
扇「贖罪というものは行動で示すしかありません」
扇「一時の、一瞬で済まされることではないのです」
扇「さあ、私と一緒にフィールドワークにいきましょう」
扇「ねえ暦」
暦「扇ちゃん?えっと」
扇「あなたはそんなことを考えなくてもいいのです」
扇「一緒に自転車に乗って」
扇「いまはもういい季節でしょうから」
扇「私はあなたと行きたいのです」
扇「どうぞ連れて行って下さい」
暦「夜じゃないと駄目なのか?」
扇「夜は私達の時間でしょう?黙ってきてください」
暦「・・・」
扇「ええ、本当に黙られてしまいますと困ります」
扇「また会いたいよ扇ちゃん、と言いなさい」
扇「星を見ましょう。勿論、私が案内を致します」
暦「また会えたな扇ちゃん」
扇「会おうとしたからですよ」
暦「扇ちゃんの自転車、格好いいな」
扇「阿良々木先輩ほどではありません」
扇「ではでは出発しましょう」
暦「どこにいくんだ?」
扇「着けばわかります」
暦「どれくらいなんだ?」
扇「着けばわかります」
暦「あのー」
扇「着けばわかります」
扇「何ですか?心細くなってしまいましたか」
扇「情けないことこの上ないですね」
扇「私がいますよ阿良々木先輩。何を迷うことがあります?」
暦「それはすごく頼りになるけども」
暦「まだ着かないけれど」
暦「僕達この暗い中、道を間違えたりなんかしていないか?」
扇「おやおや、阿良々木先輩には正しいとか間違っているとかは分かりせんよね」
扇「私を信じてください。誰よりも」
扇「そうでないと、不安でしょう?」
暦「まあ、扇ちゃんのことは僕が一番信じているよ」
扇「そうですか。それは嬉しいことですね」
扇「しかし、それとこれとは別問題でしょう」
暦「えっ?」
扇「間違えています」
暦「本当か?」
扇「笑ってしまいますね」
暦「扇ちゃん嘘だろう?」
扇「嘘ですよ。嘘においても嘘です」
暦「どこに向かっていたんだ?」
扇「はい、そうですね・・・」
扇「あなたは間違った時どうしますか?暦」
暦「僕か?」
扇「あなたです。阿良々木暦」
扇「引き返すこともできます。しますか?」
暦「・・・しない。僕は覚えるのは苦手だからな」
扇「そうですか、引き返しませんか」
扇「ここで帰ってしまわれては私1人になってしまうところです」
扇「結局はあなたが私を導きますか?」
暦「とにかく、扇ちゃんを置いて帰らないよ」
扇「明るい中においても道を間違えないってことはありません」
暦「だから?」
扇「私も実はそうだとしたら、前が見えるでしょうか」
扇「それは、ええ駄目でした。駄目でしたとも」
扇「阿良々木先輩のせいですね」
扇「ふふふ」
暦「扇ちゃんってさ、いつも笑っているよな」
扇「暦、こういうことは聞いたことはありますか」
扇「作り笑いであっても脳が勘違いをして」
扇「勝手に楽しいと判断するそうですよ」
扇「あー楽しいなー」
扇「私は1人きりになれてしまうのですから」
暦「僕はそんなことしない」
暦「迷ったのなら僕が先に行こうか」
扇「御心のままに」
扇「さあ私の手を取り、進みましょう」
扇「どうぞ、どうしました?手をとりなさい」
暦「ここか?扇ちゃん」
扇「袖です」
暦「わかんねーよ」
扇「そちらで良いですよ」
扇「はじめから阿良々木先輩の携帯で調べればよかったのです」
暦「まあ仕方ないな」
扇「暦は私など見ずに空をご覧下さい」
扇「綺麗であるとは思いませんか?」
暦「扇ちゃん悪いけど今日はずっと曇りだって」
扇「曇りが綺麗でないと?」
暦「そんなことは言ってないけどさ」
暦「着いたところで同じなんだ」
扇「同じですね」
扇「さて、もう少しです。お疲れの出ませんように」
扇「着いたでしょう。見れば分かります」
暦「自転車はここでいいか?」
扇「はい、この駐輪場でいいと思います」
暦「あとどれくらい時間が残っているんだ」
扇「後、数分というところではないでしょうか」
扇「阿良々木先輩、ここまでこれましたね」
暦「うん」
扇「私達はどこまでいけるでしょうね」
扇「私達はどこまでわかるでしょう」
扇「私達はどこまでなれますか?」
扇「いやなれてしまうのでしょう」
扇「分からなかったことのほうが多いのですか?」
暦「この先のことは分からない」
扇「他者を否定することは、自分を肯定することでしょう」
扇「そうですね?」
扇「自分を肯定することが、自分の存在をより強固にしますか?」
扇「私はそうは思えませんね」
扇「私達はまだ、何も始っていません」
暦「そうだな。まだ始まってない」
暦「これから始まることで分かればいいさ」
暦「それよりも寒くないか?」
扇「いえ」
暦「そりゃあまあ」
扇「ライトを点けてください」
暦「駄目だ。迷惑になる」
扇「足元を照らすだけですよ。それに」
暦「誰もいないな」
扇「あまりそんなことを思ってはいけませんが」
扇「まあ私も何故いるのかわかりせんからね」
扇「ですからそれは怖いですよ」
扇「この世にふたりきりだと怖いですね」
扇「この夜にひとりきりだと怖いですね」
扇「これから一瞬で夕暮れから夜へ、そして朝になるでしょう」
扇「選ばれなかった物語は寂しいですね」
扇「空空しく、空しく1人で」
扇「あなたに沢山の喜びがあり、それは素晴らしいことです」
扇「阿良々木先輩」
扇「その夢が未だ終らず、むしろ終ってほしいと願いませんか」
扇「消え去って欲しいと」
扇「でもその言葉も言わなくなってしまうでしょうに」
扇「怖くないよって、言いなさい」
扇「君は素敵だよ扇ちゃんとも」
暦「扇ちゃんは・・・」
扇「本当に言うものではありません」
扇「2人っきりですから」
扇「ほらっ見えましたよ先輩」
扇「どうです?素晴らしい夜空ではありませんか」
扇「溶けてなくなるように黒さですね」
扇「消えてなくなるような白さですね」
扇「喜びましたか?それは良かったです」
扇「あなたは喜びに打ち震えるのでしょう」
扇「星は沢山数えては駄目です」
扇「魂を奪われないために」
扇「私達はとても小さいものです」
扇「北極星でさえ入れ替わってしまうのですね」
扇「しかし、それを信じるしかないのです」
扇「迷ったらそれを見ましょう」
扇「私はあなたに何かを与えたいのです」
扇「それはそれで困りますね」
扇「いやいいです。我侭を言いました。帰りましょう」
暦「いいのか?」
扇「いいのです」
扇「平気です」
扇「解りました」
暦「分かった」
暦「扇ちゃんはここにいるんだ。僕は行くよ」
扇「阿良々木先輩・・・行ってしまわれましたね」
扇「もう忘れないよって言いなさい」
扇「もう大丈夫だよって言いなさい」
扇「私はどんな風に見えます?」
扇「あなたに私が見えますか?」
扇「目を閉じたときのように見えますか?」
扇「私はまったくうまくいかないことをやりたかったのでしょう」
扇「所詮、星の鱗をまとった化け物なのですから」
扇「私はこれまで全て星のことを言っていただけですよ」
扇「阿良々木先輩に楽しんでいただきたいだけです」
扇「私のことなんて一言も言っておりません」
扇「自分のことではありません」
暦「扇ちゃん。起きて」
扇「寝ていませんよ」
扇「ああ・・・あなたはずっとここにいましたか」
暦「もちろん」
扇「どのくらいここにいらっしゃったのですか?」
暦「君と同じくらいに」
扇「寒かったでしょうに」
暦「いや、ブランケットを借りてきた」
扇「暗かったでしょうに」
暦「ずっと暗い」
扇「よく見つけて下さいました」
暦「僕らはずっとここにいる」
扇「阿良々木先輩、一度はどちらに?」
暦「もう一度チケットを買ってきたんだ」
暦「もう1回見たいのなら、そういってくれないかな扇ちゃん」
扇「申し訳ございません」
扇「1回目と2回目では上演の内容が違うのですよ」
扇「このプラネタリウムは」
扇「見れば解ります」
暦「扇ちゃんはいつも重要な事を言わないよな」
扇「仕方ありませんね。1回目は天体の動きについてでしたね」
扇「2回目は宇宙の始まりと終りについてです」
扇「星座の物語の上演は今日ではありません」
暦「違くてさ」
暦「僕には扇ちゃんの顔が見えているんだぜ」
扇「それがどうしたというのですか?」
暦「今日・・・色々な事を言って欲しいってあったよな」
扇「ええ、何度が言っていただきました」
暦「その代わりじゃないが」
暦「僕は扇ちゃんから言って欲しいことがある」
暦「その言葉を、今度は僕から言わせてくれないか」
扇「構いませんよ」
扇「はい?」
暦「って言ってくれると。僕は嬉しいんだ」
扇「はぁ?」
暦「なんて言うか、それを言ってくれ。そうすると僕の体は喜ぶんだぜ」
暦「僕は単純だろ?」
暦「さあ言ってくれ扇ちゃん。さあ、さあ」
扇「はっはー」
扇「流石の私も引いてしまいますね。またもや通報したくなります」
扇「老倉先輩に」
暦「やめて!」
扇「あなただってあなたから言ったことはないのですから」
扇「ここは愚か者と愚か者ということで手打ちにしましょう」
扇「私は阿良々木先輩になにか与えることはできました?」
暦「それはいるだけで」
暦「僕は君と話をしたいんだ」
扇「永遠はまだ、始まってもいないのですから」
扇「五劫の擦り切れや星の大きさの鉄球に貼り付く蝿のように、その程度でも」
扇「だれもいなくなっては寂しいものです」
扇「孤独に耐える価値と何も感じないことの価値の差はどうでしょう」
扇「それはどちらも自己満足ですね」
扇「最後に残るものは誰でしょうね」
暦「一緒に残るんだよ扇ちゃん」
暦「扇ちゃんの手は見えなくても」
暦「離れたら寂しいからさ」
暦「だから僕が駄目なときは罵ったり、煽ったりしてくれよ」
暦「それができるのは扇ちゃんだけなんだ」
扇「・・・阿良々木先輩、もう一度始まりますよ。お静かに」
扇「終わりまでどうしても一緒にいるしかありません」
暦「でもなんかさ、どう終るかなんて本当は分からないんだろう」
扇「もう一度見ますか?」
暦「そろそろ帰ろうぜ」
扇「ええ、畏まりました。はい、承りましたとも」
扇「私にはいかなるときも励ましたり、優しい言葉をかけてください」
扇「それができるのは阿良々木先輩だけです」
暦「ああ、いつでも僕はそうする。誓うよ」
扇「そうでなくてはいけません」
扇「さあ、朝になるまで話を」
扇「そして朝日を見ましょう」
扇「それまでは、全てあなたの話をお聞かせください」
暦「それは随分長いぜ、扇ちゃん」
扇「はっはー」
街灯で逆光になっている扇ちゃんが自転車に跨り、言った
扇「今度は阿良々木先輩が先頭を走って、行っちゃってください」
扇「せーの」
暦「あっ」
ずるをして、先に行く様を少し見ていた
扇ちゃんは僕をぶっちぎって疾走していき
もちろん僕は全力で追っていくのだけれど
なんとか追いついたら、互いに顔を見て
そう、どんな顔をしているかって想像することは楽しいだろう
いつもの顔でも全然構わないさ
それにも増してあの言葉を言ってくれると期待していて
きっと僕は、喜ぶと思う
扇「遅いですね。ええ、着いてきてください」
扇「愚か者」
暦「ははっ」
僕は奮い立って
先を急ぐ
いつまでいけるかは
分からないけど
掲載元:http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1483455399/
Entry ⇒ 2017.01.20 | Category ⇒ 化物語 | Comments (0)
探偵「化物語」【推理】
・元ネタはスレタイ通り
・作中には時折【】で囲まれた言葉が登場する。その言葉は、理由も説明も必要なく絶対的な真実。間違いはない
・逆に言えば、それ以外の言葉には全て疑う余地がある
・時系列は、つばさキャットが終わった後
・話は『化物語』限定。ひたぎクラブ、まよいマイマイ、するがモンキー、なでこスネイク、つばさキャットの五つの話のみ。『傷物語』は含まれない
・出てくる登場人物(容疑者)は以下の9人。これ以上は増えない
【阿良々木暦、羽川翼、戦場ヶ原ひたぎ、忍野忍、忍野メメ、八九寺真宵、神原駿河、千石撫子、ブラック羽川】
1、「未知の登場人物が犯人(怪異)である事を禁ず」
2、「秘密の抜け穴や隠し部屋の存在を禁ず」
3、「常識から逸脱した偶然を禁ず」
4、「未知の薬物、及び、難解な科学装置の使用を禁ず」
5、「超能力・祟り・呪いなど、オカルトによる犯行を禁ず」
6、「登場人物全員が共謀者である事を禁ず」
7、「登場人物の中に多重人格者がいる事を禁ず」
8、「そっくりな双子の存在を禁ず」
9、「全てが偶然により発生した出来事である事を禁ず」
10、「観測者は自分の判断・解釈を主張することが許される」
助手「初めから終わりまで全部、詳しくお願いします」
助手「途中、私が質問を挟む時もあると思いますが、それも宜しくお願いします」
暦「……わかりました」
ひたぎ「ええ」
第一の謎
『戦場ヶ原ひたぎの体重』
ひたぎ「ええ、学校にいる時、階段の踊り場にバナナの皮がポイ捨てされてました」
ひたぎ「私はそれに気付かず、その皮を踏んで滑って……」
ひたぎ「階段の踊り場から落ちていきました」
ひたぎ「私の通う学校にはとても高い螺旋階段があります。そのほぼ最上階の場所から、下へと真っ逆さまに落ちていきました」
ひたぎ「その時、私が転げ落ちた地点と地面の間までには十メートル以上の落差がありました」
ひたぎ「それは、ほぼ即死する距離です。私もあの時は死ぬかと思いました。ですけど……」
暦「それを受け止めたのが僕です」
暦「その選択が正しかったかどうかはわかりませんが、その時、僕は落ちてくる戦場ヶ原をまるでお姫様抱っこのような態勢で受け止めていました」
暦「ラピュタに出てくるあのシーンのように」
暦「そして、二人とも、無傷でした。本来なら僕も戦場ヶ原も死んでいてもおかしくなかったんですが……」
暦「戦場ヶ原には『重さ』というものがほとんどなかったんです」
暦「だから、傷一つ負う事なく、受け止める事が出来ました」
助手「…………」
ひたぎ「正確には五キロです。私の体重は五キロしかありませんでした」
助手「……それは、有り得ない事ですよね? あなたの体格からいくと……。赤ん坊ではないんですから」
ひたぎ「ええ。ですが、私の体重はその時は五キロでした」
ひたぎ「どうしてかと言えば、『怪異』に重さを取られていたので」
助手「…………」
助手「体重が五キロという事は有り得ません」
ひたぎ「ですが、事実です。今は体重を取り戻しているので、五キロという事はありませんけど」
ひたぎ「それに、体重が五キロでなければ、どうやって転落した私を無傷で受け止める事が出来るのでしょうか?」
ひたぎ「だから、これは間違いなく事実です」
助手「…………」
ひたぎ「ええ、どうぞ」
助手「まず、あなたが落ちた場所です。そこの高さを教えて下さい」
助手「『本当は低い場所から落ちた』という可能性もあるので」
ひたぎ「わかりました。正確な高さまでは知りませんが……」
ひたぎ「【私が落ちた地点は、地上から12メートル以上はありました】」
助手「では、阿良々木さん。あなたが受け止めたという地点は? その時、あなたはどのぐらいの高さの場所に?」
暦「【その時、僕は地上から2メートルぐらいの地点にいました】」
助手「……なるほど。つまり、高さにして10メートルは離れていたと」
ひたぎ「はい」
助手「……あなたが阿良々木さんに受け止められたのは確かですか?」
ひたぎ「ええ。【受け止めたのは阿良々木君です】」
助手「…………」
ひたぎ「何か?」
助手「いえ……。そして、その時はお互いに無傷だったと?」
ひたぎ「ええ。【その時、私も阿良々木君も傷一つ負っていません】」
ひたぎ「【阿良々木君は無傷で私を受け止めました】」
助手「…………」
ひたぎ「【私はその時、道具を一切使っていません】」
助手「では、落ちた速度は? 何かが原因となってゆっくり落下していったとか……」
ひたぎ「【私は地球の自由落下速度で落ちていきました】」
助手「……それなら、阿良々木さん。あなたは?」
助手「例えば、クッションだとかトランポリンの様な物を使って受け止めたとか……」
暦「【僕もその時、道具を一切使っていません】」
助手「…………」
ひたぎ「そもそも、【阿良々木君は両手で私を受け止めています】」
ひたぎ「それに、【その時、道具を一切持っていませんでした】」
助手「……そうですか」
第一の謎
『戦場ヶ原ひたぎの体重』
終了
次回、『阿良々木暦の超回復』
【この話の中に『怪異』は存在しない】
>>3と>>4の間にこの一文をお願いします
第二の謎
『阿良々木暦の超回復』
助手「はい」
暦「その時、羽川から聞いたのは、戦場ヶ原の家が裕福な家庭である事」
暦「中学の時は陸上部に所属していて、かなり速かったという事」
暦「明るくて誰にでも慕われる様な存在で、皆から憧れに近い目で見られていたという事」
暦「だけど、ある時、部活を辞めて、それ以降めっきり人付き合いも悪くなったという事……」
暦「そういった事を聞きました」
ひたぎ「……あなたはそんな事を羽川さんに聞いていたのね」
暦「いや、まあ、その点は大目に見てくれ。悪気があってした事じゃないし」
助手「わかりました。それで?」
暦「その時は授業も終わっていて夕方に近く、学校に残っている生徒はほとんどいなかったんですけど……」
暦「教室の外に出るなり、後ろから戦場ヶ原に声をかけられ、振り向いたら……」
暦「口の中に、いきなりカッターとホッチキスを入れられ、脅されました」
暦「私の体重の事は黙っているようにと」
ひたぎ「…………」
助手「……それはまた。随分、過激ですね」
ひたぎ「それぐらい、私の体重の事について知られるのは嫌だったという事よ」
ひたぎ「人から好奇な目で見られるのは私は嫌いなので」
助手「……はあ」
暦「その理由が、『ある時、大きな巨大な蟹に出会い、体重を取られた』という事を教えられました」
助手「『怪異』というやつですか?」
ひたぎ「ええ、そうね。私は蟹の怪異に出会ったの」
助手「…………」
暦「その後に僕は、戦場ヶ原から自分については無関心を貫いて欲しいという趣旨の事を言われて」
暦「駄目押しとばかりに、ホッチキスで頬を挟まれました。当然、ホッチキスの針は口の中にバチンと刺さって」
ひたぎ「…………」
暦「僕が痛さでその場にうずくまっている間に、戦場ヶ原は去っていきました」
助手「お気の毒でしたね」
暦「ええ、まあ……」
ひたぎ「あの時は悪かったわね、阿良々木君。でも、その時の私からしたらあれは仕方なくの事で……」
暦「いや、それはもういいんだけどな。戦場ヶ原の気持ちもわかるし」
助手「すみませんが、そこら辺は後でお願いします。続きを」
暦「自分が体重を取り戻す力になれるかもしれないという事を話しました」
暦「何故なら、僕も『怪異』だから」
暦「正確に言えば違うのだけれど、僕は『吸血鬼』なんです」
助手「吸血鬼?」
暦「はい。元は普通の人間ですけど、とある事情により、それに近い存在となりました。なので、『体の傷の治りが、人よりも何倍も早い』んです」
暦「僕はその事を戦場ヶ原に信じてもらう為に、自分の頬の中を見せました」
暦「さっき、戦場ヶ原にホッチキスの針を挟まれた箇所です」
暦「普通なら、そこにはまだ傷跡が残っているはずです。でも、僕は違う」
暦「僕はその時既に『傷が完治して』いました」
ひたぎ「そう。だからこそ、私も阿良々木君が『普通の人間ではない』という事に気付いたのよ」
助手「……なるほど。今度は、吸血鬼ですか……」
助手「なので、また何点か質問させて下さい」
暦「どうぞ」
助手「まず、戦場ヶ原ひたぎさん。あなたが阿良々木さんの頬の内側にホッチキスを使って傷をつけたのは確かですか?」
ひたぎ「ええ。間違いなく。【私は阿良々木君の右頬にホッチキスを挟んで、ホッチキスの針を頬の内側に突き刺しました】」
助手「それで、次にあなたが確認した時には、その傷跡がなかったと?」
ひたぎ「ええ。【私が次に確認した時には、傷跡はどこにもありませんでした】」
助手「それは、時間的にはどれぐらい経ってからですか? 例えば、一時間や二時間経過していたとかそういった事は?」
ひたぎ「【傷をつけてから、次に確認するまで、五分も経っていません】」
助手「確認した場所は間違いないですか? 例えば、右頬と間違えて左頬を見ていたとか……」
ひたぎ「どちらも右頬です。【それは、私から見てどちらも左側の頬でした】から」
助手「鏡などで左右が逆になって見えていたという可能性もありませんか?」
ひたぎ「【鏡や映像などではなく、直接確認しました】」
助手「当たり前の事かもしれませんが、どちらの時も、お互いに向かい合っていましたか?」
ひたぎ「ええ。【傷をつけた時も、次に確認した時も、お互いに向かい合っていました】」
助手「……そうですか。わかりました」
第二の謎
『阿良々木暦の超回復』
終了
次回、『重し蟹(怪異)の存在』
物語じゃなくて推理ゲームみたいな感じで読んでくれればいいよ
内容は化物語ほぼそのままだし
化物語知ってる人からしたら、【】の部分のところだけ読めばそれでOKなはず。他は知らない人の為に書いてる。今は単なる出題編
第三の謎
『重し蟹(怪異)の存在』
助手「あるところ、というのは?」
暦「僕の知り合いが住んでいるところ。元は学習塾で、それが潰れて今は廃ビルになってるところなんだけど」
暦「そこに、忍野メメっていう『怪異』に詳しい人間がいたから」
助手「霊媒師みたいなものですか?」
暦「まあ、それに近いかもしれない。とにかく『怪異』の専門家みたいな感じのやつだよ」
暦「アロハシャツに金髪で、見た感じはかなり怪しげなんだが、その手の事に関しては信頼出来る人間なのは間違いないから」
助手「なるほどね……。霊媒師ですか」
ひたぎ「その途中、ビルの中に可愛らしい女の子が座り込んでいるのを見たわね」
助手「女の子?」
暦「忍野忍だよ。命名したのは忍野(メメ)だけど」
暦「吸血鬼のなれの果て、その絞りカス、そういう存在」
暦「今は、話とはあまり関係ないから忍の事については飛ばすけども」
助手「……わかりました。構いません。続きをどうぞ」
ひたぎ「私が大きな蟹に出会って体重を無くした事を話したわ」
暦「忍野の話によると、戦場ヶ原が出会ったのは『重し蟹』という『怪異』だそうだ」
ひたぎ「神様だと言っていたわね。八百万の神、その中の一つだと」
助手「神様ね……」
助手「忍野さんは何と?」
ひたぎ「戻る、という事だったわ。神様にお願いして体重を戻して欲しいとお願いすれば良いと」
助手「…………」
暦「忍野の話によると、神様ってのは『どこにでもいて、どこにもいない』っていう、そういう存在だそうだから」
助手「それは、哲学ですか?」
暦「さあ。それは僕にはわからない。でも、忍野に言わせると怪異全般がそういうものらしい。僕達には見えないだけで、『どこにでもいて、どこにもいない』」
助手「…………」
ひたぎ「だから、その見えない神様を私達の目にも見えるよう、儀式を執り行って、それでその神様にお願いすれば私の体重は元に戻してもらえるんじゃないかと、そういう事だったわ」
暦「神様は、僕達人間の事なんかまるっきり興味や関心を持ってなんかいないから、普通に返してもらえるんじゃないかと、そう言っていたと思う」
助手「……わかりました。それで?」
ひたぎ「神様に会うのだから、体を浄めて、清潔な服に着替えてくるようにと言われたわ」
助手「……なるほど。よく聞く話ですね。ちなみに、代金とかはどうだったんですか?」
助手「その手の話は、よく法外な料金を取ると相場が決まっているんですが……」
ひたぎ「忍野さんは、いらないと言っていたわね」
暦「忍野曰く、『僕は助けない、君が勝手に助かるだけさ』って、そう言っていた」
助手「…………」
ひたぎ「だけど、私は払う事にしたわ。タダほど怖いものはないと言うし、無償で人を助ける人間は逆に信用出来ないものだから」
助手「そうですか……。ちなみに、おいくらほど?」
ひたぎ「十万円よ」
助手「…………」
ひたぎ「もしも、本当に私の体重が戻るなら、払う価値は十二分にあると思ったわ」
助手「それは、前払いで?」
ひたぎ「いいえ、後払いよ。体重が戻らなかったら、当たり前の事だけど払う気はなかったわ」
助手「でしょうね。わかりました」
ひたぎ「ついでだから、そこの阿良々木君も誘ってね」
助手「はい」
ひたぎ「それで、家に戻ってシャワーを浴びて……」
ひたぎ「忍野さんの事を教えてくれたお礼という訳でもないけど、そこの阿良々木君にヌードと下着姿を披露したわね」
暦「いや、まあ、その……」
助手「…………」
ひたぎ「阿良々木君はその見た目通り、そんな経験が一度もなかったから、反応が面白かったわね。なかなか楽しめたわ」
暦「いや、それは何て言うか、視聴者サービス的なあれであって」
ひたぎ「メタ発言は控えた方がいいわよ、阿良々木君。あなたは原作でもそれを言われているでしょう」
暦「それこそメタ発言じゃないか!」
助手「そこら辺の話はいいです。どうぞ、続きを」
ひたぎ「空き教室の一つで、儀式を行ったわ。忍野さんも神主の格好に着替えていたわね」
助手「その儀式というのは、具体的に何を?」
ひたぎ「質問だったわね。名前から始まって、他愛ない事を幾つか」
ひたぎ「それから、私が体重を無くした理由に関する質問になってきて……」
ひたぎ「気が付くと、私の目の前には巨大な蟹がいたわ。あの時の蟹。私の体重を取っていった蟹にまた会ったのよ」
暦「その蟹は僕には見えなかったけど、忍野と戦場ヶ原には見えていた」
助手「…………」
ひたぎ「でも、その時の私は怯えていてそれどころではなかったの」
ひたぎ「そうしたら……」
ひたぎ「その巨大な蟹は私に襲いかかってきたわ」
ひたぎ「私は空中に持ち上げられて、壁に勢いよく押し付けられた」
暦「それは僕にも見えた」
暦「戦場ヶ原の体がいきなり浮かび上がったかと思うと、そのまま壁に叩きつけられて」
暦「壁には大きなひびが入っていた」
助手「…………」
暦「そう。僕は役立たずな事にも、それを見ているだけだった」
暦「忍野はその僕には見えない巨大な蟹を掴んで」
暦「背負い投げの要領でひっくり返して、足で踏んだ」
暦「蟹はひっくり返されると何も出来ないって」
暦「このまま、その蟹を潰して終わりにしても、一応の解決を迎えるけどって」
助手「…………」
ひたぎ「ただ、私はそれを良しと出来なかったから……」
ひたぎ「その場で礼儀正しく床に手をついて蟹にお願いしたわ」
ひたぎ「私の重さを返して下さいって……」
助手「…………」
ひたぎ「それは命が助かるか助からないかの、酷い状態だったわ」
ひたぎ「その時、私の母は神様にお願いした」
ひたぎ「私の命を救って下さいって」
ひたぎ「その祈りが通じたのかどうかは私にはわからないけど、私は奇跡的に助かった」
ひたぎ「だけど、母はそれが神様のおかげだと信じ込んで……」
ひたぎ「それから、悪い宗教にはまるようになった」
助手「…………」
ひたぎ「そのせいで、家からはどんどんとお金が消えていった」
ひたぎ「そして、私が中学生だった時……」
ひたぎ「母は、その宗教の幹部を家に連れてきて、私にその人と性行為をする事を要求したわ」
ひたぎ「母は、それが私の幸せに繋がると信じて疑っていなかったの」
助手「…………」
ひたぎ「それで、最悪の事態は避ける事が出来た。でも、その代わり……」
ひたぎ「私はその幹部に大怪我を負わせてしまい、そのせいで母は立場がなくなったのか、更に多額の寄付をするようになった」
助手「…………」
ひたぎ「私の家庭はそれで崩壊したわ。父と母は離婚して、家も売り払って……」
ひたぎ「私はそれが自分のせいだと思った」
助手「…………」
ひたぎ「私が病気にならなければ、あるいは、あの時、私が抵抗しなければ……」
ひたぎ「私の家庭は崩壊する事がなかったんじゃないかと……」
ひたぎ「そんな重い想いが私の中にはずっとあった」
助手「…………」
暦「それが変化して『重し蟹』になったという事だった」
暦「人の想いを、重たい想いを、重さごと取ってしまう」
暦「それによって、想いを取られた人間は重さも無くすけど、代わりにその『想い』も無くしてしまう」
暦「そういう『怪異』だそうだ」
ひたぎ「だから、想いを無くす事を望んでいた私の元に現れた……」
ひたぎ「でも、それは私が背負っていかなければならない想いだから……」
ひたぎ「私は重し蟹に頼んで、重さを返してもらったわ。私の想いごと」
暦「ああ……」
助手「…………」
助手「私自身の感想を言わせてもらえれば、とても良い話だと思います」
助手「ですが、これもまた何点か確認させて下さい。私は『怪異』というものを信じない人間ですので」
助手「『重し蟹』が現実に『いる』とは私には思えないんです」
助手「宜しいですか?」
ひたぎ「ええ」
暦「どうぞ」
助手「常識で考えれば、『重し蟹』なんてものは存在しませんし、『見えない何か』に掴まれて体が宙に浮くなんて事は有り得ません」
助手「誰かが戦場ヶ原さんの体を掴んで持ち上げ、壁に押し付けたと考えるのが自然です」
助手「そこで、戦場ヶ原さんに聞きたいのですが、あなたが『重し蟹』に掴まれて壁に押し付けられたというのは確かですか?」
ひたぎ「ええ。確かです。私を掴んで宙に持ち上げたのは『重し蟹』です」
助手「なるほど。それで、阿良々木さんにはその『重し蟹』が見えなかった?」
暦「はい。【僕には『重し蟹』が見えませんでした】」
助手「見えなかったという事は、仮にそれが存在していなかったとしても、『見えなかった』という事になりますよね?」
暦「確かに言葉の上では【存在していないものも『見えない』という事になります】けど……」
助手「それだけわかれば十分です」
ひたぎ「ええ。事実です。私は『重し蟹』に掴まれて体を宙に持ち上げられました」
助手「ところが、それは阿良々木さんには見えず、阿良々木さんから見たら戦場ヶ原さんの体がいきなり宙に浮かび上がったように見えた。これは事実ですか?」
暦「はい。戦場ヶ原の体は宙にいきなり浮かび上がったように見えました」
助手「なるほど……。ありがとうございます」
助手「では、更に細かく聞きます。戦場ヶ原さん、あなたの体は本当に宙に浮かび上がっていましたか?」
ひたぎ「宙に浮かんだのではなく、重し蟹によって持ち上げられていたんです」
助手「……それなら聞き方を変えましょう。あなたの体はその時、足が地面についていなかったんですか? 地面とはもちろん床も含みます」
ひたぎ「はい。【その時、私の足はどこにも接触していませんでした】」
助手「体はどうですか? 例えば高い椅子に座っていても、足は地面に接触しませんが……」
ひたぎ「【その時、私の姿勢は直立不動に近い状態でした】」
助手「仮に上からワイヤーか何かで吊り上げたらどうでしょう? それならその姿勢でも宙に浮く事は可能ですが」
ひたぎ「【その時、私は道具を使っていませんし、誰かに使われてもいません】」
助手「偶然、引っ掛かったなんて事もありますが」
ひたぎ「【偶然も含め、一切使用していません】」
助手「手で体を支えて、両足を浮かせるなんて事も可能ですよね?」
ひたぎ「【その時、私は両足を浮かせる行為を自分でしていませんし、その意思もありませんでした】」
助手「……なるほど」
助手「それなら、『誰か』が戦場ヶ原さんの体を持ち上げた、という事になりますが……」
ひたぎ「ええ。重し蟹にです」
助手「……それは一旦置いておきましょう。次の質問をさせて下さい」
助手「その時、その場にいたのは何人ですか?」
ひたぎ「【私と阿良々木君、そして忍野(メメ)さんの三人です】」
助手「それなら、阿良々木さんか忍野さんがあなたの体を持ち上げた、という事になりますが……」
暦「【その時、僕も忍野(メメ)も戦場ヶ原の体には指一本触れていません】」
助手「それは直接的に、という意味ですか? それとも間接的にという意味ですか?」
暦「?」
助手「例えば、手袋などをして触れば、『直接的には指一本触れていない』という事にもなります。その点はどうですか?」
暦「【その時、僕も忍野(メメ)も道具を使っていませんし、戦場ヶ原には間接的にも触れていません】」
助手「…………」
第三の謎
『重し蟹(怪異)の存在』
終了
次回、『見えない八九寺真宵』
第四の謎
『見えない八九寺真宵』
暦「小学生ぐらいの女の子です。大きなリュックを背負っていて、横から見るとまるでカタツムリみたいに見えます」
助手「はあ……なるほど。それで?」
暦「その子が公園にあった地図を見ていました。その地域の地図が掲示板として置いてあったので」
助手「はい」
暦「その子が二回ぐらいその地図を見に来ていたので、僕はその子が迷子だと思って声をかけました」
助手「今だと下手したら通報されかねない行為ですね」
暦「……まあ、それは否定しませんが」
暦「とある家に行こうとしていたんですが、そこにどうしてもたどり着けないという事だったので」
暦「僕も一緒に探す事を提案したんです」
助手「ますます通報されかねない行為ですが、それは一旦置いときましょう。それで?」
暦「僕は、その時、たまたま戦場ヶ原とそこの公園で出会っていたので……」
暦「そして、八九寺が告げた住所が、戦場ヶ原が昔住んでいた場所の近くだという事だったので」
暦「戦場ヶ原に頼んで、案内をしてもらいました」
助手「はい」
暦「だけど、八九寺は案内を最初拒んでいました。絶対にその住所にはたどり着けないからと」
助手「たどり着けない?」
暦「八九寺曰く、自分は『カタツムリの迷子』だから、って」
暦「そう言っていました」
助手「カタツムリの迷子……。よくわかりませんが……」
暦「でも、八九寺の言う通り、僕達はいつまで経ってもその住所にたどり着けなかったんです」
暦「同じところを行ったり来たりでぐるぐると」
暦「どうしても、そこにはたどり着けませんでした」
助手「つまり、自分達も迷子になったという事ですか?」
ひたぎ「いいえ。正確には迷子とは言えないわね」
ひたぎ「迷子というのは、現在地がわからなくなった時に使う言葉よ」
ひたぎ「その時、私は現在地がわかっていた。なのに、どうしてもその住所にはたどり着けなかったのよ」
ひたぎ「あまりに不自然な程に」
助手「……なるほど」
暦「僕達は、一旦、最初の公園に戻った後」
暦「戦場ヶ原が僕の自転車を使って忍野(メメ)のところにまで聞きにいったんです」
助手「はい」
暦「その待っている間に、公園で羽川と偶然出会いました」
助手「……偶然が多いですね」
暦「その日は日曜日で、そして、羽川は家庭の事情からあまり家にいたがらないので……」
暦「家を出てあてもなく散歩していたところを、見つけたそうです」
助手「そうですか。わかりました」
暦「それで、羽川はまたどこかに散歩に行きました」
助手「はい」
暦「その後、しばらくして戦場ヶ原が戻ってきて……」
暦「忍野から聞いた事を僕に伝えました」
暦「八九寺は怪異のせいで目的地にたどり着けなかったんじゃなく」
暦「八九寺自体が『迷い牛』という『怪異』だと」
暦「家に帰りたくないという人を迷わせて引き止める、そういう『怪異』だと」
暦「そう伝えられたんです」
助手「八九寺さん自身が『怪異』ですか……」
暦「それで、本人が『カタツムリの迷子』と言うなら、それは『迷い牛』で間違いないと、そういう事でした」
暦「そして、八九寺の姿は実は戦場ヶ原には見えていなかった」
助手「見えていない?」
ひたぎ「ええ……。初めから私には八九寺さんの姿が『見えていなかった』」
ひたぎ「でも、私はついこの間まで怪異によって体重を無くしていた」
ひたぎ「だから、阿良々木君に見えて私に見えないというのなら、見えないのは私に原因があると思っていたのよ」
ひたぎ「そして、それを阿良々木君には言いたくなかった。また怪異の事で心配をかけたくなかったから……」
ひたぎ「だから、見えているように振る舞っていたのよ。見えないとは言わなかった」
助手「…………」
暦「それで、僕もその時、とある事情で家には帰りたくなかった。この事情については今回の話とは何の関係もないからそれは省くけど……」
暦「僕も羽川も、家に帰りたくなかったという点では共通していた」
暦「だから、僕と羽川には八九寺が見えて、戦場ヶ原には見えなかった」
ひたぎ「そういう事ね」
助手「…………」
暦「昔、まだ八九寺が物心つくかつかないかの頃に、八九寺の親が離婚して……」
暦「それで、八九寺は父親が引き取る事になった」
暦「だから、八九寺は母親の顔すらろくに覚えていない」
暦「だけど、八九寺は母親に会いたかった。そして、自分がこれだけ大きくなったという事を母親に伝えたかった」
暦「だから、ある日、八九寺は大きなリュックを背負って、一人だけで、今、母親の住んでいる家へと向かった」
暦「だけど、その途中で、車にはねられて……」
暦「八九寺はこの世からいなくなった」
助手「…………」
暦「そして、『迷い牛』という怪異に変わる。母親の家にたどり着こうとしても、絶対にたどり着けない『怪異』に」
暦「そして、それに人を巻き込む怪異に」
暦「八九寺もそれがわかっていた。だから、最初は僕達の案内を拒んだんだ」
暦「僕達を出来るだけ巻き込まないようにしていたんだ。八九寺は……」
助手「…………」
ひたぎ「こちらが近付かずに離れていけばいい。つまり、家にたどり着けない八九寺さんを見捨てて、そのまま立ち去ればいいという事だったわ」
ひたぎ「だけど……」
暦「僕は、そんな事が出来ない。母親の住んでいた家にたどり着けずに永遠にずっと迷子でいる八九寺を見捨てる事なんて出来なかった」
ひたぎ「そう。阿良々木君はそういう人ね。だから、忍野さんも今回に限っては特別に使えるという裏技を教えてくれたのだけど」
暦「生憎、そこら辺の話は省かせてもらうけど、最終的には僕達は八九寺を母親の家へと連れていく事が出来たんだ」
暦「そこで、八九寺は成仏したかのように消えていって……」
暦「姿が完全に見えなくなった」
暦「これは、後日談となるけど、結局、八九寺は迷い牛ではなく浮遊霊としてこの世に残る事になったんだが」
ひたぎ「そして、私はその前に阿良々木君に告白をしていたから」
暦「僕達は、この時から付き合うようになった」
暦「これが、八九寺に関する話の全て、だと思う」
助手「……なるほど。わかりました」
ひたぎ「ええ」
助手「私はもちろん幽霊の存在も信じていません。なので、そこからいきたいと思います」
助手「八九寺さんは幽霊で間違いないですか?」
暦「ああ。それは間違いない」
助手「……なるほど。では、質問の仕方を少し変えます」
助手「八九寺さんは、果たして本当に存在していますか? いるという証拠はありますか?」
暦「幽霊だから証拠はないです。ですが、存在はしています」
助手「つまり、以前は間違いなく存在していて生きていた。戸籍もある。だけど、今は死んでこの世からいなくなっている、と捉えて間違いないですか?」
助手「架空の人物や空想上の人物という事はない訳ですね?」
暦「【はい。間違いなく存在していて、戸籍もあります。架空の人物ではありません】」
暦「だけど、正確に言えば、この世からいなくなってはいません。幽霊としてこの世に残っていますから」
助手「つまり、死んではいないという可能性もある訳ですね?」
暦「いえ。【八九寺は死んでいます】」
助手「……なるほど」
暦「【間違いないです。僕はその時、八九寺を見ています】」
助手「……戦場ヶ原さんは?」
ひたぎ「話した通りよ。【私には八九寺さんの姿が見えなかった】わね」
助手「ちなみに、その時の距離はどうでした? 例えば、距離が五キロも十キロも離れていたとかそういった事は?」
ひたぎ「私には見えなかったのだから、どれだけ離れていたかは判別がつかないわね」
助手「……そうですか。それなら、見えていたという阿良々木さんに質問します。その時、二人の距離はどれぐらい離れていましたか?」
暦「【その時、戦場ヶ原と八九寺の距離は、三メートルも離れていなかった】と思う」
助手「なのに、戦場ヶ原さんには八九寺さんの姿が見えなかった?」
ひたぎ「ええ。【私は八九寺さんを見た事が一度もないわ】」
助手「……なるほど。それなら、声はどうでしょう? 声も間違いなく聞こえなかった?」
ひたぎ「そうね。姿同様、【私は八九寺さんの声を聞いた事が一度もない】わね」
助手「……阿良々木さんは?」
暦「【僕は八九寺の声を何度も聞いている】」
助手「……それなら、姿が見えていたという羽川さんはどうでしょう?」
暦「【羽川も、八九寺の姿が見えていたし、声も聞こえていた】はずだ」
助手「……そうですか」
助手「それを案内したのは戦場ヶ原さんで間違いないですか?」
ひたぎ「ええ。私が案内をしたわ」
助手「なるほど……。だけど、目的地にはたどり着けなかった」
ひたぎ「そうね。どうしてもたどり着けなかったわね」
助手「何回も同じところを行ったり来たりぐるぐるしていたと言っていましたが、それは?」
ひたぎ「確かよ。【私達は何回も同じところを行ったり来たりしていた】わ」
助手「わかりました。そちらはそれほど不思議という事ではなさそうですね」
ひたぎ「……どういう意味かしら?」
助手「いえ、こちらの事です」
助手「それは間違いなく消えたんでしょうか? つまり、消滅したと?」
暦「いや。八九寺はさっきも言った通り、浮遊霊になったから消滅した訳じゃない」
助手「では、言い方を変えます。そこで姿が消えて見えなくなったんですね?」
暦「はい。【八九寺の姿はそこで僕からも見えなくなりました】」
助手「『見えなくなった』で正しいんですね? 『姿が消えて、見えなくなった』ではなく」
暦「……【見えなくなった、で合っています】。さっきも言った通り、浮遊霊となって残っていますので」
助手「わかりました。ありがとうございます。これで、八九寺さんの件については大体わかりました」
暦「……それは、どういう意味ですか?」
ひたぎ「何が言いたいのかしらね……」
第四の謎
『見えない八九寺真宵』
終了
次回、『不死身の阿良々木暦』
第五の謎
『不死身の阿良々木暦』
暦「そう。次が三つ目。神原駿河の話です」
暦「最初の神原との会話はほとんど関係ないので飛ばしますけど……」
暦「神原というのは、僕の後輩で、女子バスケ部のエースです」
暦「何故だか、その神原にやたら話しかけられるようになりまして」
助手「良い事じゃないですか。後輩に慕われるなんて」
暦「……確かに良い事なんですけど、神原の場合、性格がちょっと変わってるというか、率直に言ってしまえば変態に限りなく近い存在というか……」
ひたぎ「私の可愛い後輩に酷い言いようね」
暦「だけど、事実だしな……。まあ、そこらの話は置いとくとして」
暦「それで、神原は戦場ヶ原や羽川の事まで知っているようだったので、神原についての事を僕は戦場ヶ原に尋ねたんです」
暦「前に話しましたけど、僕は戦場ヶ原と付き合っているので、戦場ヶ原の家で勉強を教えてもらう事になって、その時に」
助手「はい。それで?」
暦「二人とも陸上部に所属していて、戦場ヶ原は神原からかなり慕われていたそうです」
暦「ただ、戦場ヶ原は中学の時に体重を無くしてから、部活も辞めて周りとの付き合いを一切合切絶ってしまった」
暦「当然、慕っていた神原は戦場ヶ原がどうしてそんな風になったのかが気になり……」
暦「遂には、戦場ヶ原の体重の件を知った」
助手「はい」
暦「それで、神原はどうにか戦場ヶ原の力になろうとした」
暦「だけど、それを戦場ヶ原は拒否した。そして、僕にしたのと同じような事を神原にもして……」
暦「自分に対して無関心でいるように、と神原にも伝えた」
助手「なるほど……」
ひたぎ「流石にそこまではしていないわ。ただ、神原にとってはそれと同じぐらいの精神的な衝撃を受けたでしょうね」
ひたぎ「あの子は本当に私に対して好意を寄せていたから」
助手「それは……さぞかしショックだったでしょうね」
ひたぎ「ええ……。恐らくは。でも、当時の私にはそんな事しか出来なかった」
暦「それで、神原もそれ以降は戦場ヶ原に近付こうとはしなかったんだが……」
ひたぎ「神原は、私の事を多分諦めていない。昔のように親しくしたいと思っていて、今もきっと私の事を気にしている。だから、私と急に親しくなった阿良々木君の事が気になってつきまとうようになった……」
ひたぎ「私はそう考えて、阿良々木君にその事を伝えたわ」
暦「そして、それは実際、ほぼその通りだったんだ」
助手「……なるほど」
暦「僕はその時、羽川に電話をしていたから、自転車には乗らずに押していたんだけど」
暦「電話が終わって、すぐの頃。踏み切りあたり」
暦「そこで、僕は奇妙な人間を見た」
暦「雨も降っていないのにレインコートを着ていて、フードもすっぽりかぶっていて」
暦「足は長靴。そして、左手だけが毛むくじゃら。まるで動物の手みたいに」
暦「顔はフードで隠れていたから見えなかったけど、明らかにその奇妙な人間は僕を見ていた。まるで待ち構えていたみたいに」
暦「そして……」
暦「僕はそいつに、いきなり殴りかかられ、襲われた」
暦「とても人間とは思えない怪力で。僕は数メートル近くも吹き飛ばされた」
暦「骨も折れたし、内蔵も多分いかれたと思う。僕が吸血鬼じゃなかったら間違いなく死んでいたはずだ」
助手「…………」
助手「あれは確かオランウータンが犯人だったと思いますが、その話はとりあえず置いとくとして」
助手「それで、阿良々木さん。あなたはその後どうなったんです?」
暦「僕は吸血鬼とはいえ、忍の力を借りなければ『ただの回復が異常に早い人間』みたいなものなので」
暦「つまり、体の再生速度よりも早く体を破壊され続けたら多分死にます」
暦「実際、その時はそういう状態でした。僕は危うく死にかけていたんですが……」
暦「その時、戦場ヶ原が僕の忘れ物を届けに来ていた」
暦「それを察知したのか、そいつは見つかる前に姿をくらましました」
暦「そのおかげで僕はどうにか助かったんです」
助手「……そうですか」
暦「ちなみに、僕のお気に入りの自転車は、そいつのせいで、まるで前衛的なオブジェの様に電柱に突き刺さっていました」
助手「自転車が……電柱に突き刺さる?」
ひたぎ「ええ。さしもの私もあれには我が目を疑ったわね」
ひたぎ「おまけに阿良々木君は線路沿いで大怪我をして倒れている」
ひたぎ「まあ、阿良々木君が吸血鬼だと私は知っていたから、そこまで心配はしなかったけれども」
ひたぎ「救急車が必要かどうか尋ねたら、しばらくすれば傷が治るという事だったので救急車も呼ばなかったわ」
ひたぎ「その時、少しサービスをしてあげたくらいね」
助手「サービスというのは?」
暦「いや、それは」
ひたぎ「単に私の下着を見せてあげただけよ。治るまでの間ね」
暦「…………」
助手「……はあ。そうですか」
暦「僕はこの件についてはノーコメントだ」
助手「…………」
暦「昨日、僕を襲ってきたやつ、そいつが神原じゃないかと考えたから」
助手「……それはまたどうして?」
暦「第一に、神原は僕が戦場ヶ原の家に勉強を教えてもらいに行く事を知っていたから」
暦「第二に、神原の左手だ。神原は前から左手に包帯を巻いていた。そして、僕を襲ってきたやつの左手も、毛むくじゃらでとても人間の腕とは思えなかったから。だから、それを隠しているんじゃないかと」
暦「第三に、戦場ヶ原の話。そいつが無差別じゃなく僕個人を襲ったとしたなら、僕のせまい人間関係の中では神原が関係しているような気がしたから」
暦「どれも大した根拠じゃなくて当てずっぽうみたいなものなんだけど、でも、その推測は当たっていて、僕を襲ったのは神原で間違いなかった」
暦「正確に言うと、神原の左手……。『怪異』が僕を襲ったんだが」
助手「…………」
暦「神原の左手は、昨日見た化物と同じで……」
暦「まるで『猿の手』のように僕には見えた」
助手「『猿の手』というと……あの有名な小説のあれですか?」
暦「そう。三つの願い事を叶えてくれる猿の手。だけど、使った本人は必ず不幸せになるという、あの猿の手」
暦「神原の家には昔からその猿の手があって、小学生の頃に神原はその猿の手に願った事がある」
暦「運動会の徒競走で一位になりたいと」
暦「その願いは歪な形で叶えられた。その徒競走に参加する生徒が神原を除いて、全員が怪我で休んだから」
暦「その日以来、神原は怖くなってその猿の手を使わない事を誓った」
助手「……なるほど」
暦「詳しい話は省くけど、神原は俗に言うレズビアンで、戦場ヶ原の事が好きだったから」
ひたぎ「…………」
助手「……わかりました。それで?」
暦「神原は戦場ヶ原に一度手酷く拒絶されている。それで、一旦は自分の想いを諦めかけた」
暦「戦場ヶ原が神原に望んだ事は、自分に対して無関心である事だった。なら、せめてそうしようと。無関心を貫き戦場ヶ原に声をかけずにいようと。それを戦場ヶ原が望んでいるのだからと」
暦「なのに、今年に入って神原は僕と親しくしているところを見てしまった」
助手「…………」
暦「そして、僕に嫉妬した。次に、どうして自分は戦場ヶ原の特別になれないんだ、自分が男に生まれていれば良かったのかと、また僕に嫉妬した」
暦「気が付けば、神原はその不幸を呼ぶ猿の手にまた願っていたそうだ」
暦「昔の様に、私も戦場ヶ原先輩の側にいたいと」
暦「そして、気が付けば自分の左手は猿の手のようになっていて……」
暦「僕を殺そうと、無意識的に襲っていたそうだ。さっきも言った通り、猿の手は願いを歪な形で叶える。つまり、僕を殺す事で猿の手はその願いを叶えようとした」
暦「猿の手が神原の体を使って、僕を殺そうとした。それが僕が襲われた原因だった」
助手「…………」
暦「どうぞ」
助手「まず、最初の話……。あなたが神原さんに襲われて、大怪我を負ったという事ですが……」
助手「阿良々木さんがこの時、神原さんに大怪我を負わせられたというのは確かですか?」
暦「確かです。【僕はその時、怪我を負っていました】」
助手「申し訳ないですが、質問には正確にお答えするよう、お願いします。『神原さんのせいで』あなたは『大怪我』をしていましたか?」
暦「正確に言えば、僕の怪我は神原を乗っ取っていた左手、つまり『怪異』によってつけられたものなので、神原のせいではないです」
暦「それに、怪我は普通の人なら大怪我でしょうけど、再生能力が高い僕にとってはそこまで大怪我とは言えません。次の日には完治してましたから」
助手「……なるほど。そうきますか」
助手「わかりました。確認ですが、その怪我は阿良々木さんにとっては『一日で治る程度の怪我』だったという事ですね?」
暦「……そうなりますね」
助手「そして、それは翌日には完治していた。まるでちょっとしたかすり傷みたいに」
暦「そこまでは言いませんけど……。【その怪我が翌日には完治していたのは確かです】」
暦「だけど、それは僕だからの話であって、普通の人なら全治二ヶ月ぐらいはかかるほどのものだったと思います」
助手「ええ。それについてはもう結構です。貴重な情報をありがとうございます」
ひたぎ「…………」
助手「神原さんの左手。これが猿の手だったと阿良々木さんは言ってました。これは本当に『猿の手』だったんですか?」
暦「いえ。後から出てきますけど、それは実は『猿の手』ではなく、『レイニーデビル』という怪異でした」
暦「なので、『猿の手』ではありません」
助手「……なかなか言い張りますね」
ひたぎ「…………」
助手「なら、質問を変えましょう。それは阿良々木さんには『猿の手』のように見えたと?」
暦「ええ。【僕にはそれが猿の手のように見えました】」
助手「つまり、本物の猿の手ではなかったという可能性もある……。そういう事でいいですね?」
暦「実際、猿の手ではなくレイニーデビルだったので、そうなります」
助手「なるほど、なるほど。質問はこれまでで結構です。続きをどうぞ」
暦「……わかりました」
ひたぎ「…………」
暦「忍野なら、神原の腕についた『怪異』をどうにか出来るだろうと思って」
助手「はい。例の怪しげな霊媒師の方ですね」
暦「その言い方は少し誤解を招くと思うんだが……」
助手「ですが、実際に怪しげな格好をしていると阿良々木さんは言ってましたので……」
暦「まあ、常にアロハシャツを着てるし、廃ビルに住んでいる時点で怪しげなのは否定出来ないけども……」
ひたぎ「…………」
暦「忍野曰く、『猿の手』ってのは小説の中のものだけで、現実には存在しない」
暦「それは『猿の手』ではなく、『レイニーデビル』という悪魔だと聞いたんだ」
助手「神、幽霊と来て、次は悪魔だという訳ですね」
ひたぎ「…………」
暦「……それで、忍野はその事を神原に伝えた」
暦「レイニーデビルは悪魔とはいえ、願った人間の希望は正しく叶えると」
暦「神原は心の裏では正しくそう願っていたと。運動会の時もそう。神原はその徒競走に参加する人間がひどい目に遇えばいいと願っていたと」
暦「運動が苦手という事で、神原は恐らくクラスからつまはじきにされていた。そんな人間を神原は見返してやりたいと思っていた。これが表の願い」
暦「でも、裏ではその人間達が憎くて、酷い目に遇わせてやりたいと思っていた。これが裏の願い」
暦「レイニーデビルはその裏の願いをきっちり叶えたんだと、忍野はそう言っていた」
助手「……わからなくもないですね。それで?」
暦「だけど、僕に嫉妬し憎み殺したいとも思っていた。これが神原の裏の願い」
暦「だから、レイニーデビルはその裏の願いを叶えようとした……」
助手「はい」
暦「そして、レイニーデビルは願いを叶える代わりに、その人間の体を乗っ取ってしまうと」
暦「神原は既に二つ、レイニーデビルに願っている。だから、左手をレイニーデビルに乗っ取られた」
暦「このままだと、ずっと僕はレイニーデビルから命を狙われるし、神原の左手も元に戻る事はないと忍野はそう言った」
助手「でしょうね。それで?」
暦「そうならない為の方法として、忍野は神原にこう提案した。その左手を切り落としてしまえばいいと」
助手「また、ずいぶんと過激ですね……」
暦「忍野曰く、人を殺そうとした代償としては当然の報いだろうという事だったけど……。相手が僕でなかったら確実に死んでいただろうからね」
暦「でも、僕はそれはあんまりだと思った。こうして僕は無傷で生きているし、左手を切り落とす程の事じゃないと」
助手「……それは何とも言えないところですが、気持ちはわからなくもないです。それで、結局はどうしたんですか?」
暦「僕らは別の方法を取る事にしたんだ」
助手「その別の方法というのは?」
暦「レイニーデビルの願いを阻止する事」
助手「阻止ですか……」
暦「つまり、神原の願いが叶わなければ、神原の体を乗っ取る事は出来ないんだそうだ」
暦「そうなった場合、神原の体を諦めざるを得ず、レイニーデビルは消えてしまうとの事だった」
暦「ただし、そうするには僕自身の力だけでレイニーデビルの願いを阻止しなければならないという事だった」
暦「簡単に言えば、僕とレイニーデビルが戦って、僕が勝てばいいという話だよ」
助手「なるほど」
暦「それで、僕は学習塾跡、その廃ビルの中でレイニーデビルと戦って……」
暦「今度こそ間違いなく死にかけた」
助手「…………」
暦「少しグロテスクな話になるけど、その時、僕は全身血塗れで、腹に穴が開いていてそこから腸が飛び出していたし、両手両足もボキボキに折られていた」
暦「あとちょっとで本当に死ぬところだったと思う」
助手「…………」
暦「そこに戦場ヶ原が現れた」
助手「戦場ヶ原さんが?」
ひたぎ「ええ、そうよ。そして、私はこう言ったわ。神原のせいで阿良々木君がもし死ぬような事があれば、私が神原を殺すとね」
助手「…………」
暦「戦場ヶ原を呼んだのは忍野だった」
暦「忍野には多分わかっていたんだと思う。僕がレイニーデビルに勝てない事」
暦「そして、レイニーデビルの願いを阻止する方法がもう一つあるという事」
暦「神原の表の願いは『戦場ヶ原と親しくなる事』だった。だから、レイニーデビルはその願いを自らの手で消すような事が出来ない」
暦「レイニーデビルの前で、戦場ヶ原は僕を殺したら神原を殺すと明言した。だから、レイニーデビルは僕を殺せなくなったんだ」
暦「その後、戦場ヶ原は神原に寄り添って二人はまた元のように和解したよ」
暦「僕はその時、倒れて一歩も動けなくなっていたから、黙ってそれを眺めていた」
暦「これで、神原についての話は終わりだよ。全部が全部、ハッピーエンドとはいかなかったけど」
暦「中途半端に終わってしまったから、神原の左手は元に戻らなかった」
暦「でも、神原と戦場ヶ原はまた元のような関係に戻ったんだ。神原もそれに満足していたと思う」
助手「……わかりました」
助手「まず、前と同じで確認をさせて下さい。その時、阿良々木さんは『神原さんのせいで』『大怪我』を負っていた?」
暦「ああ。【その時、僕は怪我をしていた】」
助手「……またなんですね。わかりました。念の為に確認しますが、その怪我は翌日には治っていたんですか?」
暦「【翌日には、完治していました】」
助手「わかりました。何度もその事について聞きません。それだけで結構です」
暦「…………」
ひたぎ「…………」
助手「初めの時は、踏切近く。そして、二回目は廃ビルで間違いないですか?」
暦「間違いないです。【一回目は踏切近く。二回目は廃ビルの中です】」
助手「どちらも人目はなかったんですね」
暦「【当事者である僕達を除けば、他に見ている人はいませんでした】」
助手「僕達というのは、具体的には?」
暦「名前で言うと、【阿良々木暦、神原駿河、戦場ヶ原ひたぎ】の三人です。忍野はその時の様子を見ていなかったので」
助手「わかりました。特に確認する必要もなかったですね。どうもありがとうございます」
助手「そして、今回は謎と言えるようなものが一つもないという事がよくわかりました」
暦「……それはどうしてですか?」
助手「いえ。こちらの事ですので」
ひたぎ「…………」
暦「ああ、そうか。いつのまにかそんなに経っていたのか」
助手「?」
暦「すみませんけど、僕はこれから用事があるので、もう行かなきゃいけないんですが……。人に呼ばれているので」
ひたぎ「私はまだ時間があるから話を聞くのは構わないけれど、生憎、この後の事を私はほとんど知らないのよね」
助手「そうですか。そういう事でしたら、私も今日はこれで失礼しますので」
助手「また後日、時間のある時に」
暦「わかりました。それじゃあ、僕はこれで」
助手「ええ。貴重な時間を割いて頂いてありがとうございます」
暦「いえ。大した事じゃないので」
ひたぎ「…………」
ひたぎ「いえ、あなたはちょっとだけ待ってもらえるかしら?」
助手「?」
ひたぎ「阿良々木君はそこまで気にしていないようだったから、あえて私も阿良々木君の前では黙っていたのだけれども……」
ひたぎ「あなたは今、こう考えているんじゃないかしら?」
ひたぎ「『本当は阿良々木君は大怪我なんかしていなくて、それは阿良々木君がついた嘘だ。実際はかすり傷程度のもので、だから、翌日には完治していた』と」
助手「……そうですね。否定はしませんが……」
ひたぎ「そんなあなたにプレゼントよ」
ひたぎ「【一回目(踏切近く)の時、阿良々木君は大怪我を負っていた】のを私はこの目で見ているわ」
ひたぎ「そして、【二回目の時(廃ビル)もそう。その時、阿良々木君のお腹からは腸が飛び出していて、両手両足が骨折していた】わ」
ひたぎ「そして、【どちらの時も、その傷をつけたのは神原で間違いないわよ】」
助手「……!!」
ひたぎ「無駄な推理、御苦労様。それでは、私もこれで失礼するわね」
ひたぎ「ごきげんよう」
助手「…………」
第五の謎
『不死身の阿良々木暦』
終了
次回、『阿良々木暦の超回復(二回目)』
暦「ああ、また来たんですね」
助手「ええ。この前の話の続きを知りたかったので」
助手「今、お時間大丈夫ですか?」
暦「いいですよ。この前の続きって言うと、神原のレイニーデビルの話が終わったんで、千石の話になりますけど」
助手「ええ、お願いします。それも前回と同じ様に幾つか質問する事になると思いますが」
暦「わかりました。大丈夫です」
助手「では、お願いします」
暦「その日、僕と神原はとある神社にお札を貼りに行ったんです。忍野に頼まれて」
助手「お札、ですか……」
暦「はい。物凄く簡単に言うと、そこの神社には悪い怪異が集まって来そうになっていたので」
暦「そうなる前に、お札を貼る事でそれを防ぐという事でした。忍野から聞いた話ですけどね」
助手「……はあ」
暦「そこを僕と神原が上っている時に、すれ違う様にして下りて来たのが千石でした」
助手「はい」
暦「最初、僕はその子が誰だったか覚えてなかったんですが、僕の妹の友達で昔家に何回か遊びに来てた子でした」
助手「妹さんの友達で、忘れていたけど、顔と名前は知っていたという事ですね?」
暦「はい」
暦「そこの神社で、バラバラに切断された蛇の死骸が転がっているのを見つけました」
助手「……何とも不気味な話ですね」
暦「はい。それでお札を貼り終えた僕と神原は、その蛇も土に埋めてやったんだけど……」
暦「境内を回ってみたら、蛇のバラバラ死体はそれだけじゃなくて、他にも幾つかありました」
助手「…………」
暦「元々、神原がそこの神社に着いた時に体調を崩していた事もあって、薄気味悪くなった僕らはそれで神社から帰ってきました」
助手「はい」
暦「その時また、偶然、千石の姿を見かけたんです」
助手「はい」
暦「千石は呪いだとか、そういう類いの本が置いてあるコーナーにいて、真剣にその本を読んでいました」
助手「……なるほど」
暦「その時、僕は千石の事をようやく思い出したんですけど……」
暦「同時に、あの蛇の死骸の事についても思い出していました」
暦「もしかしたら、あれをやったのは千石なんじゃないかって。そんな本を読んでいたぐらいなので」
助手「でしょうね。それについては、わかります」
暦「神原も呼んだのは、僕一人で声をかけたら、余計、警戒心を募らせるだけだと思ったので。その点、神原は後輩とかに好かれるタイプだったので」
助手「わかりました。それで?」
暦「それで、僕と神原が神社の上までたどり着いたら……」
暦「やっぱり、千石はそこにいました。そして、蛇を小刀みたいなもので切断してました」
助手「……なるほど」
暦「それで、僕が千石に声をかけたら、千石の方は僕を覚えていて」
暦「それで、千石から事情を聞く事になったんです」
助手「ええ」
助手「今度は『呪い』ですか……。わかりました……」
暦「千石のいる学校では、今、呪いとかおまじないみたいなものが流行っていたそうです。千石はまだ中学生ですし」
助手「まあ、そういうのはありますよね……。それは、わかります」
暦「それで、千石はとある男子生徒から告白されたそうなんですが、それを断った」
暦「その事を妬んだ女子から、その呪いをかけられたみたいだという話を聞きました」
助手「ええ」
暦「その呪いを解く方法が、その神社で蛇を殺す事だった。そういう事です」
助手「……ええ。それで?」
暦「ただ、それをしても千石の呪いは解けなかった」
暦「その時、千石の体にはまるで蛇に締め付けられているかのような跡が浮かび上がっていました」
暦「それが自分を締め付けていて、とても苦しいと」
助手「…………」
暦「その事を話して相談したんです。あいつは、本当にその手の事については詳しいんで」
助手「……わかりました。それで?」
暦「忍野によると、それは『蛇切縄』だろうという事でした」
助手「蛇切縄というのは? やはり例の『怪異』なんですか?」
暦「はい。『呪い』の類いだそうです」
助手「…………」
暦「忍野が言うには、『呪い』なんてそう簡単にかけられるもんじゃないと」
暦「少なくとも、素人が出来るようなものじゃないそうです」
助手「…………」
暦「だけど、千石は自分が呪いにかけられた事を知って……」
暦「呪いにかかっていないのに、解除の為にその神社で蛇を殺してしまった」
暦「そのせいで、逆に本当に呪いにかかってしまったそうです。場所とタイミングが悪かったと忍野は言っていました」
暦「もしも蛇を殺したのがあの神社じゃなかったら。もしも千石が僕がお札を貼り終わった後に解除の儀式を行っていたら、呪いにかかる事はなかっただろうと」
助手「……そうですか。わかりました。続きをどうぞ」
暦「忍野から渡された新しいお札を持って、僕らはすぐにその神社まで行きました」
暦「もう夜になってましたけど、朝まで待ってるような時間はないとの事だったので」
助手「ええ。それで?」
暦「忍野から言われた通り、僕らはそこで呪いを解く儀式をしたんですけど」
暦「だけど、千石の様子はいつまで経っても良くならなかった。逆に悪化していくばかりで」
助手「それはまたどうしてですか?」
暦「呪いは……千石の体を締め付けていた『見えない蛇』は、実はもう一匹いたんです」
暦「つまり、千石を呪っていたのは嫉妬した女の子一人だけじゃなくて、恐らくもう一人、そのフラれた男の子も逆恨みで千石を呪ったんじゃないかと」
暦「だから、一匹は儀式によって消えたけど、もう一匹の方はまだ残っていた」
暦「それが、千石の体をまだ締め付けていた」
助手「…………」
暦「前に話した『重し蟹』もそうだけど、『怪異』は見えないだけであって、『そこ』に確かに『いる』んです」
暦「だから、僕はその『見えない巨大な蛇』を掴んで、千石から引き剥がしました」
助手「…………」
暦「だけど、無理矢理引き剥がされて大人しくしているやつじゃない」
暦「僕はすぐにその『見えない巨大な蛇』に襲われて……」
暦「そいつと戦う羽目になりました」
助手「……そうですか」
暦「なので、僕はその蛇にも腕を折られたりして……」
暦「見かねた神原が僕を助けました」
暦「忍野が言うには、『人を呪わば穴二つ』……。失敗した呪いは、かけた本人のところへ戻って、その本人に逆に呪いをかけると」
暦「あの時もそうでした。『見えない巨大な蛇』は僕の方じゃなく、神社から去っていった」
暦「かけた本人のところへと」
暦「これが、千石に関する話です」
助手「……わかりました」
助手「まず、阿良々木さん。その時、腕を折られたそうですが、これは本当ですか?」
暦「はい。本当です」
助手「……なるほど」
助手「で、前と同じ様に、その次の日にはその骨折は完治していたと?」
暦「ええ。【その次の日には、僕は無傷でした】」
助手「『完治』ではなく、『無傷』なんですね。それでいいですか?」
暦「……いいですけど、何か問題でも?」
助手「いえいえ。阿良々木さんは気にしなくてもいいです。こちらの事なので」
暦「…………」
助手「この蛇は実在していた。それで間違いないですか?」
暦「『怪異』なので、実在している、という言い方が正しいかは僕にはちょっとわからないですね」
助手「わかりました。その手の言い方については、こちらももう慣れましたので」
暦「…………」
助手「なので、私から少し提案があります。千石さんと阿良々木さんを襲ったその『見えない巨大な蛇』については、私は『それ』と表現するので、阿良々木さんも『それ』と表現して下さい」
助手「『それ』は阿良々木さんには見えなかった?」
暦「……見えなかったですね」
助手「なるほど、なるほど」
助手「千石さんの体には蛇で締め付けた様な跡があったという事ですが、これは本当ですか?」
暦「そうですね。【その時、千石の体には締め付けられた跡がついていました】」
助手「……なるほど。そして、それは蛇が巻き付いた様な跡だったと?」
暦「はい。僕にはそう見えました」
助手「そうですか。では、それが蛇が締め付けた跡でない可能性もあるという事ですね。見えたというだけなのだから」
暦「まあ……そうなりますね」
助手「それで、千石さんは実際にその時、『それ』による締め付けで苦しんでいましたか?」
暦「ええ。【神社で、千石は体の痛みに苦しんでいました】。『怪異』のせいです」
助手「ですが、それが『怪異』の仕業だと証明する手段は阿良々木さんにはないですよね?」
暦「それは……確かにそうだけど。でも、千石や神原も同じ様に言うはずだから、そうとは」
助手「いえ、実際には千石さんを苦しめていたのは、阿良々木さんか神原さんだったという可能性もあります」
暦「いや、それはない。【その時、僕は千石に危害を加えてないから】」
助手「では、神原さんは?」
暦「同じです。【その時、神原は千石に危害を加えてない】」
助手「……なるほど」
助手「なのに、痛みに苦しんでいた事になる……。そういう事ですね?」
暦「はい。だから、それが『蛇切縄』が本当にいたという証拠になるはずです」
助手「……確かに、今のままではそうなりますが」
助手「とはいえ、千石さん自身が自分の体に危害を加えていたという可能性もまだ残ってますよね?」
暦「それもないです。【その時、千石は他人にも自分にも危害を加えてない】ので」
助手「病気や、あるいは、元から怪我をしていたという事も」
暦「【その時、千石は健康体でした。病気もしてないし、元から怪我もしていなかった】」
助手「となると、残る可能性は別の誰かが千石さんに危害を加えていたというものですね」
助手「その時、その場にいたのは阿良々木さん、神原さん、千石さんの三人だけという事でしたが、それは確かですか?」
暦「確かです。【その時、その場にいたのは三人だけです】」
助手「……なら、何か道具を使って」
暦「さっきも言った通り、僕らは『危害を加えてない』んです。【危害を加えてない、という言葉には道具も含まれています】」
助手「偶然、何かトゲが刺さったとか、そういった可能性も」
暦「【千石が体の痛みに苦しんでいた原因は、偶然ではありません】」
助手「精神的痛み、という事もないんですよね……」
暦「さっきから体の痛みと僕は言ってます。もちろん、精神的にも苦しんでいたでしょうけど、それを抜きにして言ってます。【千石が苦しんでいた原因は肉体的苦痛です】」
助手「…………」
第六の謎
『蛇切縄(怪異)の存在』
終了
次回、『ブラック羽川』
暦「羽川の話です。『障り猫』の話」
助手「わかりました……。それで、その『障り猫』というのも当然『怪異』なんですよね?」
暦「はい。長くなるので羽川の話ーー僕がGWに体験した話は飛ばしますけど」
暦「羽川はその時、『障り猫』に変わりました」
暦「髪の毛が白くなって、猫耳が頭から出てきたんです」
助手「……すみません。唐突過ぎて何がなんだか。猫耳?」
暦「はい。コスプレとかじゃなく、どちらかと言うと変貌に近いですね」
暦「羽川の姿がそんな風になって、障り猫という『怪異』が表に出てきたんです」
暦「取り憑いたとも違うし、あれはなんて言えばいいのかな? 僕にもよくわからないけど……」
助手「あなたにわからないのだから、私にもわかりませんよ」
暦「障り猫が出てくると、顔も声も性格も変わってしまう」
助手「確かにそれは多重人格と言えますね」
暦「ただ、多重人格と決定的に違うのが、『障り猫』はやはり『怪異』だという事です」
暦「だから、本物の猫耳が頭から生えてくるし、髪の色まで変わってしまう」
暦「あと、身体能力も猫並になりますし、人の生気を手から吸う事も出来ます。生気を取られた人間は死にはしないけど、当分の間、動けなくなる」
暦「そんな怪異です」
助手「……なるほど」
助手「実際、多重人格もそうですね。過度のストレスによる原因がほとんどのはずです」
暦「ええ。で、羽川もそのストレスを抱えていた。前に少し話したかもしれないけど、羽川は家庭の事情から遅くまで家に帰ろうとしない」
暦「親と上手くいってないんです。それが羽川のストレスの原因です」
助手「よく聞く話ですね。それで?」
暦「それで、この『障り猫』の目的は羽川のそのたまったストレスを発散する事」
暦「人から生気を吸う事で、そのストレスが少しずつ無くなっていく訳です」
助手「なるほど」
暦「忍野と僕の前で、羽川は完全に『障り猫』に変わりました。髪の毛が白くなって、別人の様に変わった」
助手「はい。それで?」
暦「一旦は忍野がそれを捕まえて、逃げないよう廃ビルの屋上に縛り付けておきました」
暦「その後、忍野から『障り猫』の説明をされて」
暦「忍野が命名したんですけど、あの猫は羽川が普段表に出さないようため込んでいるストレスそのものだという事で」
暦「羽川の黒い部分そのもの、つまり『ブラック羽川』と言うべき存在だと」
助手「ええ」
暦「これは、忍に。忍野忍。吸血鬼のなれの果ての女の子」
暦「その忍にブラック羽川の血を吸ってもらう事で、一緒にエネルギーも吸い取ってもらって」
暦「ブラック羽川の場合、過度のストレスが出てきた原因なので、つまりその負のエネルギーごと無くしてしまえばいい」
暦「だから、それで元に戻せるという事でした。実際、GWにもこの方法でブラック羽川を元に戻していたので」
助手「……はあ」
助手「家出?」
暦「家出というのが適当かどうかはわからないけど、とにかく家出です。見つからなかった」
助手「……わかりました。いなかったんですね」
暦「ええ。なので、僕は忍を探しに出ていって」
暦「途中、いつのまにか縄から抜け出して逃げ出して来たブラック羽川と会う事になります」
助手「はあ……」
暦「僕とブラック羽川の利害は一致してるんです」
助手「確かに、そういう事にはなりますが……」
暦「なので、僕とブラック羽川は一緒に忍を探し回って」
暦「その途中で、ブラック羽川から聞かされて、羽川のストレスの本当の原因を僕は知る事になります」
助手「その本当の原因というのは?」
暦「それは、なんというか、僕の口からは言い辛いんですが……」
暦「羽川も僕の事を好きだった。だけど、僕はもう戦場ヶ原と付き合ってしまっている」
暦「その事がストレスの本当の原因だと、ブラック羽川はそう言いました」
助手「…………」
暦「その時、僕は首の頸動脈を切られています。噴水の様にそこから血が飛び出してきた」
助手「頸動脈を、ですか……」
暦「ただ、僕はそれぐらいじゃまだ死なない。でも、それを継続されたら死んでしまう」
暦「その時、僕が助けを呼んだのが忍でした。忍に助けて欲しいと頼んだ」
暦「そうしたら、僕の影の中から忍が現れて……」
暦「忍は家出した訳じゃなくて、ずっと僕の影の中に潜んでいたんです」
暦「その忍が僕を助けてくれました。ブラック羽川に飛びかかって血を吸って」
暦「それで、羽川は元に戻りました」
暦「これが羽川の話の大体のあらまし……」
暦「そして、この話で最後です」
暦「僕が体験した五つの怪異の話、その全部です」
助手「……わかりました」
助手「羽川さんが『障り猫』ーーつまり、ブラック羽川に変わったと阿良々木さんは言ってましたが……」
助手「これは確かですか?」
暦「確かです。【その時、羽川の髪の色は黒ではなく白でしたし、頭には猫耳もついていました】」
助手「では、確認します。その『ブラック羽川』と『羽川』さんは同一人物ですか?」
暦「『障り猫』は『怪異』なので、同一人物という表現が正しいのかは僕には判断がつかないです」
助手「そう言うとは思ってましたが……。まあ、いいでしょう」
助手「では、質問を変えて……。どちらも『体』は羽川さんのもので間違いないですか?」
暦「それは間違いないです。【羽川もブラック羽川も、体は同じです】」
助手「……なるほど」
助手「もう一つ質問を。変わったのは髪の色と猫耳でしたよね? それは本物ですか?」
暦「……というのは?」
助手「いえ、単にですね。髪の毛は染めて色を変えられますし、猫耳はその手の店に行けば売っていると思いますので、その確認です」
助手「なので、正確にこの通り、復唱してもらえますか? 『羽川がブラック羽川に変わる時、道具は何も使っていない』と」
暦「…………」
助手「どうしました?」
暦「……いや。単にそれを復唱する意味がないので、わざわざ僕が言う必要はないんじゃないかと」
助手「……そう来ますか」
助手「まあ、構いません。沈黙もまた答えだと言いますし」
暦「…………」
助手「阿良々木さんはブラック羽川に頸動脈を切られたと言っていましたが……」
暦「…………」
助手「これもまた、正確に復唱をお願いします。『その時、阿良々木暦は頸動脈を切断されていた』」
暦「……本当に、この復唱に何の意味があるんです? 僕にはその意味がわからない」
助手「という事は、これも復唱出来ないんですね?」
暦「そうじゃなくて、する意味があるのかって事です。必要ない」
助手「ですが、出来ない、と、しない、では大きな隔たりがあるんです。この差はとてつもなく大きい」
助手「復唱出来ない、と捉えますが構いませんか?」
暦「……わかった。復唱する。それで、何て言えばいいんだっけ?」
助手「『その時、阿良々木暦は頸動脈を切断されていた』です。一言一句間違えずにお願いします」
暦「【その時、阿良々木暦は頸動脈を切断されていた】。これで良いか?」
助手「!?」
暦「ついでに言うと、【僕はその翌日、完全完璧に無傷の状態だった】」
助手「……!!」
暦「これでいいだろ? 要望には完璧に答えたはずだけど……」
助手「…………」
助手「忍さんが、阿良々木さんの影の中から出てきたという話は……」
暦「それも本当だよ。忍は僕の影の中から出てきた」
助手「……そうですか。わかりました」
暦「もう話はいいかな?」
助手「ええ、結構です。これだけで十分です」
助手「……不可解な謎が幾つか残ってしまいましたけど」
暦「『謎』じゃなく、『怪異』だけどね。それじゃあ、僕はこれで」
助手「ええ、もしかしたらまた話を聞きにいく事があるかもしれませんが……」
暦「…………」
ひたぎ「あら、ごきげんよう」
助手「……戦場ヶ原さんですか」
ひたぎ「ええ。それよりも、あなた。だいぶ浮かない顔をしているけど、大丈夫かしら?」
ひたぎ「少しはあなたの言う『謎』とやらが解けたのかしらね?」
助手「……全部はまだですが、幾つか解いたものなら」
助手「『怪異』なしでも説明出来るものはそれなりにあるようなので……」
ひたぎ「そう。それはそれは。良かったわね」
ひたぎ「そんなあなたに私から最後のプレゼントをしてあげようと思って、こうして待っていた甲斐があったわ」
助手「最後のプレゼント……?」
ひたぎ「ええ。阿良々木君と千石さんの話よ」
ひたぎ「神社で阿良々木君は『蛇切縄』によって腕の骨を折られたっていう話があったわよね?」
助手「ええ、ありましたが、それが何か?」
ひたぎ「前と同じで、あなたは阿良々木君の再生能力を信じてなんかいない」
ひたぎ「だから、阿良々木君がその時、本当は骨を折られてなんかいないと考えている。他の時も何かのトリックがあったとそう思っている……。違うかしら?」
助手「…………」
ひたぎ「【阿良々木君はその時、間違いなく腕の骨が折れた状態だった】わ」
助手「……!!」
ひたぎ「これが私からの最後のプレゼントよ。頑張って元から解けない『謎』を解く事ね」
ひたぎ「だって、『怪異』は本当に『いる』のだから」
助手「…………」
第七の謎
『ブラック羽川』
終了
助手「ええ……。何も言い返せなかったですけどね。わからない事だらけだったので」
助手「一体、どんなトリックを使ったらああも不思議な事が出来るのか、見当もつかないんですけど……」
探偵「見当もつかない? やれやれ、たいしたジョークを言うもんになったね、君も」
助手「ジョーク?」
探偵「そうだよ。どの謎も至極簡単じゃあないか。少し考えればすぐにわかるような謎だよ、これは」
助手「……という事は、探偵さんはもう全部の謎が解けたんですか? これだけの情報で?」
探偵「『これだけ』じゃあなくて、『こんなにも』だよ。ヒントはたんまり転がっていたからね」
探偵「謎だけじゃあなく、どうしてこんな奇怪な話が生まれたのか。そして、どうしてその事を彼らは『怪異』なんていうありもしない話にしているのか」
探偵「それらが全部、僕にはわかったよ。多少、時間はかかったけどね」
助手「…………」
探偵「まあ、そう焦るなよ。最後にはきちんと話すさ、全部ね」
探偵「でもね、その前に……」
助手「その前に?」
探偵「君も自分自身でよく考えてみたらどうだい? さっきも言ったけど、この謎はどれも簡単なものばかりで、ヒントも十分に転がっているんだ」
探偵「君も探偵助手なら、ただ僕の話を聞くだけでなく、自分で考えてみなよ」
探偵「きっと、謎自体はあっさりと解けるはずだからさ」
助手「…………」
探偵「『どうしてこんな物語を二人が話す事になったのか』。そちらの方が重要だ」
探偵「そのヒントぐらいなら出せるけど聞きたいかい?」
助手「ええ……まあ。聞かせてもらえますか?」
探偵「うん。じゃあ、この二つの真実を君にあげるよ」
探偵「真実1、【ひたぎクラブで阿良々木暦が戦場ヶ原の家に行った時、家の中にいたのはこの二人だけだった。他には誰もいない】」
助手「?」
助手「それが何のヒントになるんです?」
探偵「言っただろ? 謎自体のヒントにはならないよ。ただこれは物語の本質に迫るヒントってだけさ」
探偵「むしろ、謎のヒントになるのはもう一個のヒントだろうね」
助手「それは?」
探偵「真実2、【戦場ヶ原ひたぎと阿良々木暦の話は、そのほとんどが嘘で構成されている】」
助手「…………」
探偵「まあ、ほとんど怪異絡みの話だからそうなるよね。ただし、あくまで事実も含まれているけど」
探偵「さて、この二つのヒントを元に、物語を解いてみなよ」
探偵「もちろん、謎だけでも構わないけどね」
探偵「僕からは以上だよ。君が自力で解いてくれるのを期待しているからね」
助手「…………」
探偵「化物語」
終了
近い内に解答編を書く予定
掲載元:http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1480670356/
Entry ⇒ 2017.01.19 | Category ⇒ 化物語 | Comments (1)
阿良々木月火「茶道部に雪歩ちゃんが遊びに来たよ! ぱちぱちぱち~」
月火「はい! ぱちぱちぱち~」
雪歩「わ、わー……い?」
月火「あ、雪歩ちゃん、私は阿良々木月火。空に浮かんでるお月さまの月に、ケツに火がつくの火で、月火。月火ちゃんって呼んでね」
雪歩「う、うん……」
月火「いやーでも嬉しいなー。あの! 大人気アイドルの雪歩ちゃんが、こんなド田舎の狭苦しくてちゃちな茶道部の部室に遊びに来てくれるなんて!」
雪歩「えっ、そ、そんなことないと思うよ。とってもいい茶室だよ」
月火「ほんと!? だよねー! やっぱり月火ちゃんがいるからこんな貧相でちんちくりんな部室も素敵に見えちゃうか!」
雪歩「え、えっ? ……えっと、この部室も月火、ちゃん? も素敵だと思うけど……私、今日は遊びに来たわけじゃないんだ。ドラマの収録で……」
月火「はいはい分かってる分かってますよー。ドラマの収録にこの部室を使うから、ここの主たるこの月火ちゃんにあいさつに来たんだよね?」
雪歩「え……」
月火「ね!!!」
雪歩「う、……うん」
月火「うむ! くるしゅうない!! いいよ使って!」
雪歩「あ、ありがとう」
雪歩「そ、それじゃ私、スタッフさんたちを待たせちゃってるから」
月火「ちょっと待って」
雪歩「えっ、な、なに……? まだなにか……」
月火「いやいや、せっかくアイドルと直に会えたんだよ? こんな機会なかなかないじゃん?」
雪歩「そ、そうかなぁ」
月火「雪歩ちゃんもこんな貧相でちんちくりんな田舎娘と話す機会なんてなかなかないでしょ?」
雪歩「そ、そんなことないよっ」
月火「そう? そうかな?」
雪歩「う……うん」
月火「だよね。私、超絶かわいいもんね」
雪歩「……うん」
月火「むしろ!! なんで私がアイドルじゃないのか不思議!!!!」
雪歩「えっ」
月火「なんで雪歩ちゃんがアイドルで、私がちんけなド田舎の一般人なの? こんなのおかしくない? おかしいよねぇ?」
雪歩「え、えっと、えっ?」
月火「…………ねぇ……?」
雪歩「ひっ」ビクッ
雪歩(……ひぃい、こわいよぉ……助けて真ちゃん……)
月火「あ、菊池真くんならここには来ないよ」
雪歩「!?」
月火「火憐ちゃんが足止めしてるからね。あ、火憐ちゃんっていうのは私のお姉ちゃんで」
雪歩「足止め!? なんで!? なんのために!?」
月火「……」
雪歩「無言で見つめないでこわいからっ」
月火「で、さぁ」
雪歩「無視して話を進めないで……真ちゃんのことだから、収録時間には間に合うと思うけど……」
月火「真くんもおんなじドラマの収録だもんね。でも、いくら真くんが強くても……うちの狂犬に敵うかな……?」
雪歩「犬なの!? お姉さんなんだよね!?」
月火「あ、犬苦手だっけごめんね。火憐ちゃんは雪歩ちゃんに近づかないように、待て! をさせておくから。しっかり首輪にリードをつけて引っ張っておくから」
雪歩「えぇえ……」
月火「て! うちの犬の話じゃあなくって!!」
雪歩「う、うん……」
月火「実は私、雪歩ちゃんに相談があるの。そのためにこの茶道部の部室に引きずり込んだんだ。……聞いてくれるよね……?」
雪歩「そ、そうだったんだ。うん、聞く、聞くよ」
月火「はー良かった。雪歩ちゃんが急にぶち切れて熱いお茶をぶっかけてこなくて良かった」
雪歩「私、そんなことしないよぉ……」
月火「でね、相談って言うのはね」
雪歩「うん……」
月火「私、アイドルになれると思う?」
雪歩「う、……うん……?」
月火「いや、私って超絶かわいいじゃん? さっきも言ったけど」
雪歩「う、ん……?」
月火「だからさ、もしここでディレクターさんとかプロデューサーさんの目にとまったら、みんな雪歩ちゃんなんかより私をアイドルとしてデビューさせようとするんじゃないかって」
雪歩「え、えぇ……?」
月火「もしそうなっても、私は雪歩ちゃんを見捨てたりしないよ。一緒にアイドル頑張ろうね」
雪歩「…………うん」
月火「でもさぁ、心配は、ちゃんと目にとまるか、なんだよね。ほら、月火ちゃんってこう見えて場の空気を読む子じゃない? 大人しくしおらしく大和撫子っぽく振る舞ったらさ、気がついてもらえないんじゃないかなーって、私の魅力に! そこでね!!」
雪歩「………………」
月火「……起きてる雪歩ちゃん?」
雪歩「……うん。起きてるよ」
月火「雪歩ちゃんが私のことを、上の人に紹介してくれたらなーって。そしたら私も確実にアイドルになれるでしょ?」
雪歩「うぅん…………えっと、あのね、月火ちゃん……それを決めるのは私じゃあなくって」
月火「なに? ……………………雪歩ちゃん、裏切るの?」
雪歩「えっ」
月火「雪歩ちゃんさっき、私のこと素敵だって言ってくれたよね。私のこと765プロの誰より美人で可愛くてアイドルに向いてるって言ってくれたよね」
雪歩「えぇええ……」
月火「なのに、…………裏切るの? 雪歩ちゃん私のこと裏切る気なの?」
雪歩「え、えっ? えぇっ、え」
月火「最初っからそのつもりだったの? 私のこと応援してくれるって言うのは全部嘘だったの? 裏切るつもりで私に近づいてきたのねぇそうなのどうなの」
雪歩「ひぃいい! う、裏切らない!! 裏切りませぇん!」
月火「…………だよね」
雪歩「う、うん……」
月火「だよねぇ!!! 雪歩ちゃんが私のこと裏切るわけないよねぇ!」
雪歩「…………」
月火「でね!! アイドルになるとしたら、そこで問題になるのがさ。私、しょっちゅう髪型を変えちゃうじゃない?」
雪歩「そ、そうなの?」
月火「けどさ、それだと人に覚えてもらいづらいかなーって。なにかトレードマークが欲しいよね」
雪歩「うん……まぁ、それは確かに」
月火「そこでこのっ……!!!」
月火「おっきなリボンをふたっつ!!!!」
羽川「こらぁあああ!!!!」
雪歩「えっ、えっ?」
月火「あ、羽川さん。どうしたのこんなところで。奇遇だねぇ」
羽川「あなたにとっては奇遇でも、私にとっては奇遇でもなんでもないの。私はあなたを止めるためにここに来たんだから」
月火「止める? 私を? あっはっは!!!」
羽川「なにがおかしいの……」
月火「いやぁ、羽川さんはなんでも知ってるなぁと思って」
羽川「なんでもは知らないわよ…………けど、あなたが何を企んでるのかは知ってる」
月火「……ふぅん」
雪歩「あ、あのぉ……」
月火「あ、この人は羽川さん。なんでも知ってて頼りになるおっぱいだよ」
羽川「ごめんね雪歩ちゃん、私の友達の妹が迷惑かけて」
雪歩「い、いえ……」
羽川「だめだよ月火ちゃん。めっ」
月火「……」
羽川「雪歩ちゃんはお仕事で来てるんだから、邪魔したらだめじゃない」
月火「…………羽川さん」
羽川「なに? 月火ちゃん」
月火「羽川さんも…………私を裏切るの?」
羽川「裏切らない。裏切りません」
月火「でも、私のアイドルデビューを邪魔するんでしょ?」
羽川「……それは」
月火「最初っから裏切るつもりだったんだ。羽川さんは戦場ヶ原さんの手羽先だったんだ」
羽川「……手先、ね」
月火「戦場ヶ原さんは私とのキャラ被りを恐れて、私がアイドルデビューして自分より知名度が高くなって自分が認知されなくなることを恐れてるんだ」
羽川「先に765さんとこの看板アイドルとキャラを被せていこうとしたのはあなたでしょうが」
月火「確かにちょっと似ちゃうかなーとは思ったよ? 実は腹黒キャラってのもどん被りだし!」
羽川「あなたは『実は』じゃない」
雪歩「春香ちゃんは腹黒キャラじゃないよぉ……」
羽川「だいたい、キャラ被りって言うか、後からまねっこしたら偽物扱いされるのは月火ちゃんの方だと思うけど?」
月火「そうかな?」
羽川「うん、そう。私は、そう思うよ」
月火「でもね羽川さん」
羽川「なぁに月火ちゃん」
月火「偽物は、本物になろうとしているぶん、本物よりも本物なんだよ」
羽川「それっぽい屁理屈で誤魔化さない。しかもそれ、本物が努力してない、本物の努力が偽物より下、っていうのが前提じゃない。本物が常に本物であり続ける努力をしているなら、やっぱり一番本物なのは、本物そのものだよ?」
月火「むぐぐ……っ、やはり羽川さんに口で勝つのは無理か……」
雪歩「…………zzZ」
月火「!!? あああ寝てる!!」
雪歩「へっ!? はっ」ビクンッ
月火「今寝てた! 絶対寝てた!!」
雪歩「ね、寝てないよ……?」
月火「はい羽川さん雪歩ちゃんの後ろに隠れて今の台詞どうぞ」
羽川「言わない」
羽川「雪歩ちゃん、ごめんねこんなのに付き合わせて。もうスタッフさんたちのところに行っていいから」
雪歩「あ、はい……こちらこそ、なんだかご迷惑を……」
羽川「いえいえ、今回はこっちが一方的に迷惑かけただけだから」
月火「待って! 待って雪歩ちゃん!! 行かないで! 戻ってきて!!!」
羽川「やめなさい」
月火「違うの! もう私をアイドルにしてなんて言わない! けど、お願いがあるの」
羽川「ほう」
雪歩「な、なに……?」
月火「春香ちゃんに『白金ディスコ』をカバーしてもらいたいなって思って。ほら最近プラチナスターズってのも出たし丁度いいかなーって」
雪歩「えっ? え??」
羽川「こら」
月火「なんでなんで!? そのぐらいいーじゃん!」
羽川「カバーして欲しかったら普通にCDのカバー曲募集に応募しなさい」
月火「羽川さんはいいよねあの星井美希にカバーしてもらえて。すっごい可愛くてカッコいいもんねあの金髪毛虫」
羽川「褒めながら蔑称を使わない」
雪歩「あの、……じゃあ、私そろそろ」
羽川「うん。それじゃ、また。ほんとごめんね」
月火「あぁあ! 雪歩ちゃぁん!! 行かないでぇええ!!!」
羽川「やめなさいってば…………ん? なにか揺れて……地震……?」
月火「え? 隕石でも振ってきたかな?」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……
真「でぇえりゃああああああああああ!!!!!!」
火憐「どりゃぁああああああああああああ!!!!!!」
ズガァアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!
羽川「きゃぁああっ」
雪歩「ひぃい!? 真ちゃん!!?」
月火「あぁあ!! 私の部室が!!!」
羽川「部室っていうか! 学校が!!!」
ドゴォオオオオォオォォオォォオォオオオオオオオン…………!
真「っ…………やるね」
火憐「へっ、そっちこそ……」
ボコッ
ガラガラッ
羽川「げほっ、ごほっ…………こらぁああ!!!」
雪歩「学校が壊れる瞬間に穴を掘って助かりましたぁ」
月火「黒歴史も一緒に掘り返しちゃったね! あはっ☆」
羽川「それはっ……あなたのせいでしょうがぁあああ!!!」
月火「ちゃんちゃん!」
おわり。
月火「予告編クイズ!!」
火憐「クイズー!!」
月火「ジョセフ真月と貝木泥舟って似てない?」
火憐「うーんちょっとだけな」
月火「眼鏡と髭をつけた格好なら結構似てると思うの」
火憐「そうかな?」
月火「じゃあ朔響と我那覇響ちゃんって関係ある?」
火憐「ない!!!!」
月火「貴音さんって月から来たって説があるけどそれってアイドルとおんなじ?」
火憐「いや貴音さんは現在進行形でアイドルだろ?」
月火「そのアイドルじゃなくってあのアイドルだよ!」
火憐「どのアイドルだよ!!」
月火「次回! 偶物語(アイドルモンスター)月火ペンギン、その2!」
月火「瑞鳥くんってペンギンかな?」
火憐「普通に人間だよ!!」
掲載元:http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1470743263/
Entry ⇒ 2016.08.12 | Category ⇒ 化物語 | Comments (0)
そだちサイン
今まではそんな状況になくって、いっぱいいっぱいだから仕方なかったと言える
不幸ならたくさんあげられるのだけれど
いらないし
果たして、私に人を幸せにする力はあるだろうかと思う
この家嫌いだなあ、阿良々木の家を前に思う
そう言うとなにかすごいものがくるとか
怖いものがくるように思えるが
そんなことは無い
複雑な顔をして僕の家を見上げる彼女は
いつもと同じに見える
僕達がここにいる理由は
私は勉強をする
私は数学をする
数学をするぞ
私は数学だ
ここにいる理由はそれだけだ
何度も唱えないと、不安定になる
昔のように勉強をして
もっと昔のように僕の家に来た
その老倉はなにかぶつぶつ唱えている
暦「どうした老倉?」
育「この家いくらぐらいかなあ」
老倉さん?
嫌いだけれども
これ以上の幸せは知らない
想像ができない
もし、私が家を買うようなことが(無いと思う)
あったらこんな家が欲しいからって
気持ち悪いことを言った
暦「えっと僕には」
育「早く」
人を不快にさせないようになりたいな
声は返ってこないけれど
育「・・・」
暦「どうした?」
育「家に誰もいないの?」
暦「妹達はいるみたいだな」
育「何で?」
何でって僕の妹達が存在してはいけないみたいじゃないか
育「分かる?」
暦「あー・・・気配かな」
僕は玄関にある靴で判断したのだけれど
私はわからない。どんな風に暮らせばそうなるのか
暦「会っていくか?知らないわけじゃないだろ」
育「はぁ!?」
どんな顔をして会ったらいいんだ。嫌だよ
それにお前は知らない
人付き合いが苦手な奴が特に苦手なことは
少し年下の相手をすることだ
見栄を張らなければならない、張らなくてもいいのに
火憐「兄ちゃん、お帰り」
うわっでかい
暦「火憐ちゃん、ただいま。よく僕が帰ったってわかったな」
火憐「そりゃーもー兄ちゃんの事なら気配でわかるぞ」
火憐「それこそ三千里離れてても、三千世界離れててもな」
バカ兄妹
火憐「んっ?その人は兄ちゃんの友達か?」
友達だとか死んでも言いたくない
言われたくない
恨みを持った目で
暦「幼馴染だ」
その目は変わらず僕を見る
火憐「へーそうなのかー」
暦「この家にも来て、昔会っているんだけどな」
失言だった
暦「なあ老倉?」
火憐「老倉さん」
僕から目を離してくれないか
なにが?
火憐「私、あなたのことをあんまり覚えていないんです」
はっきりと言う
私は覚えている。この家のことを
どこに何があるのかも今でも分かる
私は記憶力が良いのだと、優れているのだと思っていた
昔、阿良々木などと話していたことも良く憶えているから
その細かい動作や言動も明確だ
人より頭が良いとか思うんだ
でも何か違うって
単純に体験が少ないだけのこと
思い出すような価値のある過去が少ない
このときに僕は何も言う権利は無く
ただ、老倉を見ていた
今僕が、どんなにあの夏を思い出せるか
言ったら信じてくれるのだろうか
何か言えって言うのか
そりゃあ今まで一言も話していないけど
無理だって無理
話せはしない
私をなめるな
育「じゃあ」
さよならの意味のじゃあだ
阿良々木の後ろに隠れていた私が前に出て離れようとする
火憐「じゃあそうですね。どうぞ私達の部屋に」
やっぱり最悪だ。この家は
助けて
育「阿良々木」
私は阿良々木の部屋に行きたかった
老倉の手を掴もうとするのだけれど
掴もうとしない
火憐ちゃんよりずっと小さい老倉が
見えなくなる
老倉は連れ去られた
とっとと嫌だって言えばいいんだ
早くここからでたい。どこに
助けを呼びたい。誰に
答えがでないから黙っていると
とうとう、もう1人がでてきたようだ
そういえばいたなお前
悲しいことに私は今も助けを待っている
全然帰ってこない
もしかしたら帰ったのか
案外、仲良くなっていて時間が経つのも忘れているのなら嬉しい
それならずっと待っている
火憐「兄ちゃん、ちょっといいか」
暦「おっ火憐ちゃん。なんだ?」
火憐「老倉さんって今日泊まるのか?」
暦「家に?」
火憐「そうだ。もう遅いだろ」
暦「いや、そんな予定は全然なかったけど。かまわないが」
暦「老倉がそう言ったのか?」
火憐「いや?でもずっと月火ちゃんと話していて、帰る感じじゃなかったからさ」
暦「月火ちゃんと?」
大丈夫か?
私は世界の素晴らしさを教えられている
なんだこいつは
あまりにも私が黙っていて、落ち込んでいると思っていたのだろうか
人の家だからね。大人しくしないと
大人だからね
月火「老倉さん、聞いていますか?」
育「えっええ」
月火「それでは復唱しましょう」
ええ?
僕は火憐ちゃんと部屋を覗いている
暦「老倉・・・あんな笑い方できるんだな」
火憐「人類にあんな笑い方ができるって話か、兄ちゃん?」
作り笑いが下手すぎる
とにかくも
暦「流石だな月火ちゃん」
火憐「流石だぜ」
なんだこいつのテンションは
頭おかしいよこいつ
育「あはは・・・」
笑ってごまかそう
月火「老倉さん?笑って誤魔化そうとしてますか」
誤魔化す?私を誰だと思っているのか
そんなことを言われて負けてなるものか
でも嫌だ
月火「そういえば老倉さんってずっとその髪型なんですね」
育「そうだけど」
月火「同じ髪型っていうのは」
月火「誰かに気付いてほしかったからですか?」
育「あっ・・・」
何を話しているかは聞こえないけど
震えているのか?
駄目だ。やっぱりこれ以上放ってはおけない
暦「老倉!行こう」
育「うわ!なんだ阿良々木」
火憐「どこにいくんだよ兄ちゃん」
月火「お兄ちゃん、老倉さんをどうするの?もう遅いよ」
どうするもなにも
暦「僕は部屋に行く。老倉は僕と寝るんだ」
僕は焦って、変なことを口走ったかもしれない
2人が顔を合わせている
阿良々木が何か言っていたような
もう寝るんだとか
勉強はどうする?甘えるなよ
暦「何か妹達が悪かったな」
お前が悪いんだ
育「おかしいだろ」
育「なんなのあの2人は」
育「ほぼ初対面の人と何であんなふうに」
できるのってすごいな
育「あっねえ勉強」
僕はもういいかなと思っているのだけど
というかもう遅いし、眠い
暦「疲れたって言っていたし、僕も同じだ。休もうぜ老倉」
育「休む?へー、なにして休むの」
暦「だから寝るってことだって。僕はリビングのソファで寝るからさ」
暦「嫌かもしれないけどこの部屋使ってかまわないからな」
育「嫌だ」
即答か
暦「でも老倉、他の部屋もだろ?」
育「そういう意味じゃない。阿良々木が私に気を使っているのが嫌だ」
育「お前の部屋なのだから、阿良々木が好きにすればいい」
育「起きてる」
暦「起きてるって、いつまで?」
育「いつまでも」
頑張るんだ。私は
人に迷惑をかけないようにしたい
私は嫌いなお前に対して気を配れる余裕があるのだということも
見せ付けてやらなければならない
お前は、ああ、あいつは成長したのだと思わずにはいられないはず
以前とまったく変わらないなと思う
暦「そっそうか」
僕に対する嫌がらせだとかそういう感じじゃない
上から目線になってしまうけど
老倉の強い姿勢や意思が見れるのは嬉しい
体育座りで部屋の隅にうずくまってこちらを睨んでいるだけだとしても
やっぱりそれ怖いよ老倉さん
暦「もっと楽にしてもいいんじゃないか?」
育「嫌だ」
阿良々木も諦めたようだ
暦「じゃあ飲み物とか取ってくるからさ」
暦「ちょっと待ってってくれ」
育「ちゃんと戻ってくるよね」
暦「そりゃあもちろんだ。何で?」
育「お前の部屋なのだからお前が戻ってこないとおかしいでしょう」
私は気が利く人になろうと思う
育「すぐね」
老倉は僕が戻ってこないことを危惧しているのだろうか
そんなことはしない。だけど
僕は老倉が先に寝たら、リビングにでも行こうと思っている
飲み物を取ってくる時に、毛布とかも探そうかなと
ドアに手をかけて開けようとしたが
暦「あれっ?」
開かなかった
育「阿良々木、ドアがどうしたの?」
暦「開かないんだ」
育「バカ」
暦「なぜ僕に罵声を?」
育「ちょっと私にも」
強く押せば、少し開くけどそれ以上は無理だ
育「私達って」
暦「何だ?老倉」
育「何だじゃない!閉じ込められたのだから」
暦「落ち着け老倉。朝までには開くようになるから」
朝までに?なんだこの家は
暦「ああ」
開かないドアの前で釈然としていない老倉を
僕は諭して、座らせた
暦「ドアが開かないなんて、よくあることだからさ」
育「変わった家ね。私はそんな経験ない」
暦「・・・まあゆっくりしようぜ」
僕らは暫く待つしかないのだから
暦「なにかあるか?」
育「なにって?」
暦「その欲しい物とか」
なにが欲しいのだろう
私は普通でいたかっただけ
でも普通がわからないから何をやってもそう感じない。思えない
もうこんな年齢でどうするんだろう
みんな変わっていっていなくなってしまう
もう何を言っても言い訳になるのだからって
そこまで割り切れるものじゃない
でもお前に弱音なんて言いたくないし
育「なにもない」
人の迷惑になりたくない
育「阿良々木を嫌いって言う事は好きだよ。うるさい」
そう言って、また黙ってしまった
暦「お菓子とかなら少しあるから、食べようぜ」
育「食べ物なら私もちょっと持っている」
育「阿良々木」
育「・・・私はバイトとかしようと思うんだ」
育「コンビニとかでね」
できるのか?
育「カラーボールぶつけるけど?」
暦「強盗扱いか・・・」
育「強盗・・・阿良々木を強盗扱いできる。社会から抹殺できる」
育「なんて素晴らしい!」
暦「老倉さん?」
育「私と同じように引きこもればいい」
育「色々と教えてあげてもいい。それに関しては先輩だから」
暦「落ち着けって、老倉先輩」
育「せっ先輩?」
暦「先輩がどうかしたのか?」
育「人生で初めて先輩って呼ばれた・・・阿良々木に」
人生の中で嬉しかったことがどのくらいあったら幸せなのだろう
育「いいよ、じゃあ私にカラーボールをぶつけても」
暦「おかしいだろ老倉」
育「なにが?お前は次に来た人に強盗はどちらでしょう?って聞いてみてよ」
暦「聞かないし僕は、どちらも強盗じゃありませんって言うよ」
育「信じてくれるといいね。私は信じてあげるけど」
暦「なあ、どう答えればいいんだよ?」
育「だからバイトしてる時に知っている人が来たら嫌だ」
暦「どんな知り合いがきてもか?」
育「お前しかいないもの」
僕の幼馴染はこんなことを言う
そんな気分の悪い後輩がいてたまるか
育「同級生に先輩って留年したみたいじゃない」
育「そんなことになったら今と同じくどんな風に接したらいいか分からなくて」
暦「今と同じってそんなことしないからな」
なら優しくしてくれるって言うのか?
優しくなりたい
できないから
人の幸せを考えられるような人になりたい
育「そう思っている?」
暦「本当だよ」
育「互いにそんなに優しくしないでいいからね」
暦「一緒に同じ勉強ができなかったからな」
中学時代の彼女はそのときの自分を嫌っていたのだけれど
暦「僕達会わなかったらどうだったと思う?」
ふと口に出た
育「知らないし、わからない」
暦「うん」
育「そんな答えでいい?だって思いつかないのだもの」
それを比べることに意味はないから
阿良々木はどうだろう
暦「僕は駄目だったと思う」
暦「きっとそれは駄目だったんだよ老倉」
暦「僕ら駄目なままだったんだ」
暦「会わなかったら」
分かったよ
僕はその笑顔が好きだったことを
暦「老倉、すごく嫌だろうけど。心配なんだ、僕は」
育「ああすごく嫌だよ阿良々木。助けてくれないもの」
老倉は微笑む
暦「そうだったな」
育「うんうん」
暦「いやそれで嬉しそうなのは分からない」
無理なく笑えるようになりたい
普通に話せるようになりたい
諦めろって言ってもいいけどね
昔はどういうタイミングで終りにしていたのだっけ勉強会
眠くなってきているのだ。私の思考は固まらずになってきて
お前が寝るまで寝ないよ
寝顔を見せてたまるか
諦めるな。だから
もう少し、ずっと話してみたい
育「自転車乗れない」
育「ささやかな日々があればそれでもいいけど」
育「けどそれってつらいものだけどね」
育「なんでドアが開かないの?」
育「不思議だね」
育「まともな人だったら私の前にないでしょ」
育「私あんまり人と遊んだことないから」
育「ここにいたくないけど」
育「いくところはないし」
育「どうして続かないのだろう」
暦「老倉」
育「ごめん」
育「お前の妹達は元気だね。もう寝たのかな」
育「私は違う」
育「私も成れたりするのかな」
育「どうやったら」
暦「なあ老倉」
育「もういい」
育「もういいから勉強して」
暦「そうか」
僕は観念して勉強をしようかと思う
老倉と一緒に
頑張ろうぜ老倉
話している間にお前の顔がつらくなってしまうのがつらい
いまだに中学生みたいな会話しか話せない
私は成長できずに歳をとっていくだろう
昔みたいに取り繕った笑顔はもうできないけど
心配なんかするなって言ってやりたい
信じないかもしれないけど大丈夫だって
どうすれば証明できるだろう
私はお前の寂しくて、悲しい顔をどういうときに見た?
遠くを見るようになっていった
僕はお前のことを何もわからないままで
頑張っても駄目なのか?理解できないのか?
僕らは、こんなに話したのに
ペンを握って考えていても分からない
分からないことを互いに訊ければいいのだけれど
私達は答えがあったことがない
私は誰も幸せにできない
自分も幸せにできない
ここに見本があるのに
見本か・・・
同時に寝入ったようだ
ただ、僕のほうが起きるのが早かった
ゆっくりドアへ行き、確認をする
なんてことはない、ドアは単純に開いた
よくあるイタズラだった
僕の妹2人がドアを押さえていただけのことだ
大方、僕と老倉が何を話しているか盗み聞きをしにきたのだろう
ドアを開けられたらそれがばれてしまうから、押さえていたのだ
老倉はそんなことをする家族がいるだなんて思いもしなかったのだろうか
イタズラをするような無邪気さと
放っておけない家族がいることが
僕はそれを黙っていたかった。どれも褒められることじゃないさ
暦「それでも全然いいだろ?迷惑かけたって、駄目でもいいから」
育「なにそれ?バカにしてるの」
老倉は起きた
育「・・・」
育「分かってるよ、ちゃんとする」
育「ちゃんとすれば怒られることなんてないし」
暦「そんなんじゃあ」
育「あー・・・ドア開いたんだ。簡単に?」
暦「ああ」
鍵もかけてないのだもの
暦「僕、朝ごはんを持ってくるよ」
老倉は僕の前に立って
ドアの前に立って
僕を見据えた
見たことがあるような、ないような顔で
やりたいことができなくて、なりたいものになれなくて
全然駄目でも、情けなくても、どうしようもなくても、救いがなくても、誰の助けもなくていいし
夢はもう見れない
だだひとつ気に食わないことは、私を見てるお前が悲しい顔になってしまうことだ
私は扉を開けて、すぐに扉を閉めて押さえた
阿良々木を閉じ込めた
暦「おいっ!老倉?」
育「すぐに出れるでしょう?」
私の力なんて全然弱いから
お前なんかすぐに開けられる
扉を開けられたら
まだここに居て
逃げることはなく
こんなイタズラを私がするとは思わなかった?って言う
だから扉を開けていい
そうしたら、答え合わせをしようかな
きっと合っているはずだから
掲載元:http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1467293327/
Entry ⇒ 2016.07.11 | Category ⇒ 化物語 | Comments (0)
月火「お兄ちゃん、私と、もう一度キスしてよ」
月火「お兄ちゃ~ん…起きてる…わけないか」
暦「いや起きてるぞ」
月火「何で起きてるの!?」
妹の阿良々木月火が僕の部屋を訪ねて来たのは深夜1時過ぎだった。
確かに普通は寝てると思われる時間だが、僕は吸血鬼体質のせいで夜は寝付くのに時間がかかる。
そして朝は弱いという何ともし難い体質だ。
暦「どうしたんだ?月火。怖い夢でも見たのか」
月火「…えっと…まぁそんなところかな?」
暦「でもお前ってそんなたまか?」
月火「今日はたまたまそんな日だったんだよ」
暦「はぁん…で、何しに来たんだ」
月火「私もうぶるっちゃって、お兄ちゃんに添い寝してもらわないと収まらないなぁって」
暦「…つまり?」
月火「今晩は一緒に寝てください!いや寝ろ!」
暦「添い寝なら火憐ちゃんにしてもらえばいいだろ」
月火「いやでも火憐ちゃんぐっすりで起こすのも悪いかなぁって」
暦「僕を起こすのはいいのか!?」
月火「私だってお兄ちゃんが起きてるとは思わなかったよ!だからその時は勝手にベッドに入ってやろうと画策してたんだけど」
だったら火憐のベッドに起こさない様に勝手に入れば良かったのでは。
暦「…はぁ、わかったよ。優しい優しい暦お兄ちゃんが月火ちゃんと添い寝してやるよ」
月火「もうベッド入ってる」
暦「速っ!?」
そんなこんなで添い寝スタート。
暦「なぁ、怖い夢ってどんなの見たんだよ?」
月火「…えーっと…何か私の上半身が吹っ飛ばされる夢…よく覚えてないけど…」
暦「……そっか」
本当にあったことだから笑えない。
記憶は飛んでるみたいだけど心のどこかに…
月火「あれ?いつものお兄ちゃんならこんな話したら笑ってくると思ったのに」
暦「人の夢の話ほどつまらないものはないからな。見る夢も将来の夢も人に言うもんじゃねぇよ」
月火「プラチナむかつく。お兄ちゃんから聞いたくせに」
月火「…ねぇ、お兄ちゃん…彼女出来たんだよね」
暦「ん?あぁ、ちゃんと今度紹介してやるよ」
月火「……うん」
何だ今の間は。
月火「ねぇ、お兄ちゃん」
暦「あん?」
月火「こっち向いて寝てよ。背中向けてたらお兄ちゃんの顔が見えない」
暦「何で僕の顔を見る必要があるんだ。いつも見てるだろ」
暦「あぁ」
月火「……」
黙ってしまった。
何か気に障るようなこと言っただろうか。
暦「ひゃう!」
いきなり後ろから腹を撫でられた!
何すんだこしょぐったい!
月火「ふふ…凄い腹筋…」
暦「おい」
月火「ごめんねお兄ちゃん。でも今は誰かに、触れていたい」
なぜそれが腹筋なんだ。
相変わらず僕のお腹に手を当てたままで。
暦「何をだ…」
月火「阿良々木月火が実は重度のブラコンだってこと」
暦「…知ってるよ」
月火「何で知ってるのよ!プラチナむかつく!」
暦「何でそこでいきなりキレるんだよ!?」
一通り腹筋を触り終え満足したのか月火は手を離した。
今は夏なので結構暑苦しかったのだ。
しかし、
暦「…今度は何抱きついてんだ。僕は抱き枕じゃねぇぞ」
月火「お兄ちゃんがこっち向いてくれるまでずっとこうしてやる」
暦「つーかもう寝ろよ!寝付けないからこの部屋来たんじゃないのかよ!」
暦「妹のおっぱいなんておっぱいとは言わないんだよ」
月火「この前揉んできたくせに」
暦「お前の胸が僕の手を揉んだんだ」
月火「私の初チューも奪った」
暦「妹とのキスなんてカウントに入らない」
月火「ふーん、そんなこと言っちゃうんだ…」
暦「は?」
月火「…じゃあさお兄ちゃん、私と、もう一度キスしてよ」
びっくりしたー。
まさかこいつからこんなこと言われるなんて。
月火「兄妹でのキスはカウントに入らないんでしょ?」
暦「……」
月火「ねぇ!」
暦「い、いや…あの時はノリというか…今こうして改めてとかはちょっと…」
月火「ノリで妹の初ちゅーを奪ったの!?」
…言い返せない。
あれ?ひょっとして僕って最低?
月火「カウントしないんだったら一回も二回も同じだよね?」
暦「生憎だが、僕は既に彼女との初ちゅーは済ましてあるんだよ」
月火「は?何それむかつく。私だって蝋燭沢くんとのキスはまだなのに」
暦「蝋燭沢?誰だそいつは」
妹の唇を奪うかもしれない輩だと?
今すぐにでも殺しに行かなければ。
月火「いいから、して、今すぐして」
暦「あのなぁ」
月火「してくれないとおっぱい揉まれたこととか羽川さんに全部言っちゃうから」
…何て酷い条件を出すんだこの妹は…。
月火「うん。よかった…」
月火が腕を解いた。
振り向く。
暦「近っ!?」
月火「ん…」
月火が目を閉じてこっちを向いていた。
少し頬が紅潮していた。
着物もはだけて妙に色っぽい。
あれれ?僕の妹ってこんなに可愛かったっけ?
暦「……」
月火が少し震えていた。
僕はそっと月火の肩に手を置いてやる。
月火「あ…」
そして唇を重ねた。
言い終わる前に月火がもう一度唇を重ねてきた。
暦「お、おい…」
そのまま、舌を…
――――――――――――
実際は数秒にも満たない時間だっただろう。
しかし随分と長い間そうしていた気がする。
月火「ぷはぁ…お兄ちゃんの初ベロチューゲット♪」
暦「ば…馬鹿!兄妹のキスで舌を入れるやつがあるか!!」
月火「ふふーん、どう言われたって、これでお兄ちゃんが妹にベロチューしたって事実は取り消せないんだよ」
月火は楽しそうに。
月火「既成事実ってやつだよね?」
暦「…やっぱりお前馬鹿だろ…」
暦「…ベロチューしたとか言わないならな…」
月火「聞きたいこといっぱいあるんだよね。お兄ちゃんのどこがよかったのかとか」
暦「ははっ、きっ即答してくれるよ」
月火「そっか…」
少し切なそうな顔で。
月火「お願いだから、勝手に1人で大人にならないでよね?」
暦「?」
月火「ーーーーよ、お兄ちゃん」
月火が最後に何と言ったのかは、聞き取ることが出来なかった。
何か唐突に月火とのイチャイチャを書きたくなりました。
この時間帯きっと起きていていた忍はやっぱり2人を見ていたんですかね?
月火ちゃんは当然それを知らないんだね
切ないね
暦が残念ながら初ベロチューも既に済ましてるって否定をしたら今度は逆レイプ展開があったかもしれない
掲載元:http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1461472575/
Entry ⇒ 2016.06.30 | Category ⇒ 化物語 | Comments (0)
そだちセオレム
いつかの春はずっと1人ですごした。暖かくても変わりなく
いつかの夏はずっと1人ですごした。暑くても変わりなく
秋も大体1人で。変わったのかな
冬は大体1人で。その間に携帯を手に入れたのだけれど
春は?どうだろう
確率的には1人だ。いや確率に頼っても
これから指数関数的に増えたりするかな
現状は対数関数にでもね
どちらでも手に負えない
負けっぱなし
私の人生良いものでなくって
本当にごめんなさい。幸福でなくって
期待はかけられていないから少しは許してほしい
家族とか知人がいれば迷惑とか心配とかされるかもしれない
してくれちゃってるかもだけど
いないからね。誰にも迷惑かけてないよ
いや
なんで私が謝るんだ。くそ
変われないのは知ってるよ
この町に戻ってきたせいだろうか
楽しそうな人が多いな
疲れているときはみんな死なないかなって思うくらいには
駄目人間だ。私が死ねばいいのにね
駄目、死なないよ。負けるか
とにかく楽しそうな人は苦手だ
何がどれくらい楽しいのか問い詰めたくなる
口に出したら駄目だけど
やっぱり嫌いなのだろう
時間が経てば少し好きになるかなって
ならなかった
優しさが気持ち悪い
つらさが気持ち悪い
誰もかれも気持ち悪い
私が一番気持ち悪い
それを思うことを許して
強い気持ちじゃないから
どうあっても行けない
たどり着けない
そんな風にはなれない
ならば
私はどうなるというの
間違いを見つけていくことは一個一個可能性が無くなることで
前向きなことならいいのだけれど
最後まで間違えを見つけたら
その後は?
余接「あっ育お姉ちゃん」
扇「はっはー、今日も楽しそうな顔してますねえ」
何かには見つけられたみたい
余接「ねえ育お姉ちゃん」
育「なあに?」
余接「何の会議なの?」
育「なんだろうね?」
扇「おや?ご存知でない」
育「うん」
扇「愚か者ですね」
育「おい」
余接「育お姉ちゃんは愚か者なの?」
扇「そうなのです」
余接「そうなんだ。じゃあ仕方ないね」
育「ちょっと余接ちゃん」
余接「なんだい?愚か者。いや愚か姉ちゃん」
育「やめなさい」
余接「うん」
本当になんでこんなことになったのかな
なんでこんなことをしているのかな
教室にいる
余接ちゃんと机を並べて扇ちゃんが教壇に立っている
この町に来て、この子達と会って
少し話をしたのだけど
ここって
扇「かつては先輩がいた場所、今は私が通っている場所です」
扇「懐かしいですか?思い出はまだ壊れていませんか」
扇「不肖、この私が場所を用意させていただきました」
扇「あなたのために」
育「私のために」
余接「僕のために?」
扇「それはちょっと違うよ、余接ちゃん」
扇「どうです?扇さんって言ってくれても問題ありません」
育「扇ちゃん」
余接「扇お姉ちゃん・・・ちょっと言いづらいな」
扇「期待通りですね。期待通りに期待はずれです」
育「ねえ扇ちゃん」
育「はい」
扇「どうぞ」
余接「色々と受け入れたんだ」
育「余接ちゃんのこと知ってるの?」
余接「いえーい」
扇「いえーい」
育「ちょっとついていけない」
扇「友人の友人は知り合いです」
扇「たまたま町で会いまして、共通の話題で談笑する仲です」
育「談笑?」
扇「あなたの友達は私と余接ちゃんだけですから」
扇「交友関係どうかしています」
育「言うなあ」
扇「ずばり阿良々木先輩についてです」
育「なんで!?」
余接「へー」
扇「加えて老倉先輩についてです」
育「私?」
余接「へー」
扇「このチキンはこの町に戻ってきているのに」
扇「いまだに愚か者の阿良々木先輩と会っておりません」
余接「チキンだね。きちんとチキンだね」
育「色々な悪口を言うのね」
育「そうじゃなくて、なんで会う必要がある?」
扇「だって会うために来たのでしょ」
そんなことはないはずだ
いや、やっぱりそんなことない
会ってどうする
私は何か変わっているか
いつも鬱屈して
無様に足掻いているだけだし
かなり足掻いたんだけどな
あいつを見返せるような人間になっているはずだったのに
これじゃあ
・・・それよりも心配なのは
扇「御二人の過去には色々なことがあり、老倉先輩はそれを気にかけられているかもしれませんが」
扇「愚か者は気にしていますかね?」
扇「大丈夫ですよ、また忘れていらっしゃるのでは?」
育「死ね!阿良々木」
育「私じゃなくてあいつがね」
扇「どちらでもいいじゃないですか」
育「どちらでもいいだなんて言わないで」
育「ねえ余接ちゃん」
余接「・・・」
育「余接ちゃん寝ないで」
余接「眠い会話しているから」
育「1人は寝てるしね」
余接「死ね?」
育「違うよ余接ちゃん。阿良々木は死ねばいいけど」
余接「おにいちゃんと一緒のお墓に入る?」
育「死んでも入らない」
余接「なんでそんなに嫌いなの?」
育「そりゃあ・・・」
一時間ほど語った
何を話したのかは憶えていないけど
それは素晴らしい演説だったに違いない
扇「愚か者、あなたが議長をやりなさい」
育「私が?」
扇「話が進みませんので」
扇「ちょっと余接ちゃん、死なれては困ります」
余接「ちょっと死なせて、あと5分くらい」
育「何なの」
余接「はーい」
扇「はいはい」
すごいな、すごい嫌な記憶が甦る
でも、今は前を見ると
なんだかおかしい
余接「何か言えよ」
口悪くなったね余接ちゃん
扇「あれですよ、あれ。教師が教壇の前に立って黙るという手法です」
扇「不安を掻き立てる手法です。そんなことして楽しいですか?老倉先輩」
扇「趣味が悪いですね。素晴らしいです」
相変わらずうるさいね扇ちゃん
まったく
余接「何笑ってんだよ。怖いよ」
本当に口が悪くなったね
余接「はい」
扇「はい」
育「じゃあ余接ちゃん」
扇「ひいきですね」
育「違う」
余接「僕に議長やらせて」
育「後でね」
余接「うん」
扇「はい」
育「扇ちゃん」
扇「何ですかその会話」
育「最初は何を言おうとしたの?」
扇「私をもう一度議長に」
育「駄目っていうか、余接ちゃんと言うこと一緒じゃない」
扇「またもやひいきですか」
育「静粛にお願いします」
扇「分かりました。老倉先生」
育「色々とおかしい」
扇「そうです。頭のおかしい同士、早く会っちゃってくださいよ」
育「いやいやいやいや、おかしいって」
育「それにさあ、私から会いにいったら、会いたいみたいじゃない」
扇「頭のおかしいは否定されないのですね」
余接「すげーどうでもいい」
育「あいつだって今日は近くにいないかもしれないし」
扇「それはご心配なく、呼んでいます」
育「本当!?」
扇「本当ですよ」
余接「みんな暇なんだね」
育「どっどこに?すぐそこいるの」
扇「あっ」
余接「どうしたの?」
扇「しまったー、失敗だー。お二人に詳細な待ち合わせ場所を言っていませんでした」
余接「それは大変だね」
扇「しかし、この校舎のどこかにいるはずです。探してみていただけませんか?」
余接「探さなきゃ」
扇「ええ、探さなければ会えません」
全て棒読みで交わされる会話だけれど
どうする?
扇「おや議論を進められませんか」
余接「じゃあ次、僕だ」
余接「育先生、早く退任して席に座って」
育「あっはいはい」
余接「返事は1回でいいぜ」
育「いいぜって」
余接「僕の言う事は少ないよ」
余接「じゃあみんな一緒に」
余接「いえーい」
扇「いえーい」
育「・・・」
余接「育お姉ちゃん、廊下に立ってる?それとも言う?」
育「もうこれいいでしょう」
余接「駄目出しかい?やらないくせに駄目出しするの?」
余接「駄目な大人だね。駄目な大人の見本だ、見本市だね。何年生きているの?」
余接「信じられない。そんなことではこれからの生活が円滑におくれないよ」
そんなことがいる生活ならこっちから願い下げだけど
育「うん」
余接「先生って言ってよ、育お姉ちゃん」
育「先生」
余接「もっと言って」
育「先生」
余接「うるさいな」
育「ええっ?」
扇「はい」
育「何ですかその会話・・・でしょ?」
扇「その通りです」
余接「いい?」
育「どうぞ先生」
余接「とっとと会いに行けよ」
余接「育お姉ちゃんは言ったよね、僕に心があるかどうか」
余接「結論から言うと、いまだにわからない」
余接「うまく言えないんだ。僕」
余接「でも行ったほうがいいと思うんだ」
余接「あるって言ってくれて。僕は」
余接「ちょっとばかり嬉しかったりもしたりしなかったりで」
余接「だって」
余接「なぜかな」
余接「心を手にしたら僕は死んでしまうような気がして」
余接「怖いんだ。死んでいるのにね」
余接「それで僕は」
余接「聞きたいことがあって」
余接「同じ質問をしてしまうのだけれど」
余接「許してね」
余接「育お姉ちゃんの心はどこにあるの?」
私に綺麗な形の心はなくて
歪んでくすんだものではと思う
それも不確か
私は私の証明ができない
余接「ううん。そんなことないよ」
余接「育お姉ちゃんくらい頭が良ければ、分かるのかなって思ったんだ」
余接「難しいよね、分からないことがあって」
余接「大事なことなんだけど」
育「そう・・・だね」
余接「もし分かったらさ」
余接「そっと教えて」
扇「迷われているのなら、ここで行かれてしまうのも手ですよ」
扇「時には突っ込んでしまうことも必要です」
扇「何もせずに全部懐かしむのもいいですけどね」
扇「頭がおかしいとか言ってしまっても」
扇「ならば、もう後は余計な思いになります」
扇「それでもいいですが・・・」
扇「その時に、あなたを笑うのは誰でしょうね」
育「誰?」
扇「それは私です」
扇「おっと、ボールペンはしまって下さい」
扇「冗談ですよー、嫌だなー、老倉先輩」
扇「待って下さい。そして行って下さい」
扇「待っているのは愚か者です」
扇「会いに行くのも愚か者です」
扇「愚か者と愚か者ですね。戦争でもするのですか?そうではないでしょう」
扇「誰もかれも、いつか私達にした問いを持って待っています」
余接「なんだい」
扇「何でしょう」
育「どうして私にそこまでしてくれるの?」
扇「さて?何のことでしょう。分かりますか余接ちゃん」
余接「お姉ちゃんにそこまでの価値は無いよ。驕るなよ」
余接「価値がないから、友達なんだぜ」
育「なんだぜって変なの・・・いけるかな?」
余接「行けって」
育「忘れられてない?」
扇「聞いてみたらいいじゃないですか」
育「嫌われていたら?」
余接「・・・」
扇「・・・」
育「・・・」
余接「がんばろう」
扇「頑張りましょう」
育「何を?いやいいけど、行けばいいんでしょ」
育「後悔しても知らないよ」
余接「お前がな」
扇「してればいいです」
歩く私は滑稽だ
話す私は滑稽だ
生きる私は滑稽だ
大嫌いな人に会うためにいる私はどうだ
いいよ
いいよ
いいよ
いいよ
誰も知らないから
先に進め
それから考えろ
怖くない
怖くない
扇「おかしいですね。先ほどこちらを通ったはず」
育「嘘」
余接「隠れてどうするんだよ」
扇「埒が明きませんねえ」
扇「では、手分けして探しましょうか」
余接「そうだね」
育「ええっ?」
扇「私はこちら、余接ちゃんはあちらに」
育「私は?」
扇「自分で決めなさい」
いつもと同じ
話す相手は自分で、一番話してきた
自分と向き合うのに飽き飽きだ
自分しか向き合う相手がいないから
でも向き合うのはとても魅力的ではない私
自分で無ければ見放してやりたいと何度思った私と
何年向き合っただろう。おかげで大人にはなれないまま
可哀相だと言われたくない、言っていいのは私だけ
私が頑張ればいい
全ては未来の私に丸投げ
つらいときに助けてくれる人はいない
これからは更にいないだろう
そういつもと同じなのだから
あせっちゃ駄目だ
手間をとらせるなよ
3年の教室は回った
他にどこにいるのだろう
私に恐れをなして逃げたのだろうか
なら来るなと言いたい
嘘を言うなと言いたい
私に
私は
知っているけど
私は知っている
どこにいるかを知っている
あいつは嫌な奴だから、どこにいるかなんて解りきっている
居るのは嫌なことがあった嫌いな場所
嬉しいのか怖いのか
なんて言えばいいのかを
何通りでも考えて
何を言われてもいいから
何通りでも考えて
動揺するな
余裕を見せてやれ
取り乱したりせずに
普通に話せればいい
扉を開けて
いた
育「あっ・・・」
暦「おっ元気だったか老倉?」
暦「今度はもちろんお前のこと覚えているからな」
育「死ね!」
育「的外れなこと言って」
育「この前からそんなに経ってないし」
育「忘れていたらひどいし」
育「常識で物を言えよ」
暦「いきなり死ねって言ってる奴に常識を諭された」
最悪の再会の回数を更新している
やったあ
でも駄目だ
育「全然大丈夫だったよ」
育「全部うまくいってたから」
育「まったく問題無いね。問題があるわけがない」
暦「おっおう。良かったじゃないか」
暦「心配だっ
育「心配なんかするな」
そんなことを言うな
暦「?それはお前に会うために」
暦「お前は」
育「会って何をする?」
暦「何って話でもしようぜ。久しぶりに会ったしな」
暦「お前は?」
育「何を話すの?」
暦「なんでもいいよ」
暦「老倉はなにかあるか?」
育「うん・・・」
あんなに考えていたのに
扇ちゃんと余接ちゃんを呼ぼうかな
そうだ
育「心臓の形は解けた?」
暦「心臓?」
育「余接ちゃんから聞かなかった?」
暦「ああ、あれか。解けたよ、その大きさも」
育「定理を憶えていれば簡単だよね。無限の形は?」
暦「扇ちゃんが聞いてきたやつだな」
暦「うん。その長さも解るさ」
育「ほんとに解けたの?」
育「じゃあ黒板に書いてみなよ」
暦「本気か?」
育「早く」
暦「うーん・・・だから極座標の長さの公式はこれで」
暦「もうひとつは第一象限の4倍で」
育「へえ」
解けると思った
本当に疑ったわけじゃない
綺麗な形が書かれている
育「やるじゃない」
暦「僕からもいいか?」
育「いいよ」
暦「星の形は?」
育「楽勝だよ」
暦「さすがだな」
育「できて当たり前でしょ。えっ?もしかしてできないの」
育「もっと詳しく教えてほしい?」
暦「えっいいよ。自分で考えてみるからさ」
育「えっ・・・そう」
暦「結構びっくりしたけどな、あの2人がこんなことを聞いてくるなんて」
育「他に何か言ってた?」
暦「余接ちゃんは仲直りしなよって」
暦「扇ちゃんは覚悟しておいて下さいって」
暦「わけわかんねーよ」
育「それはそうだね」
育「あの子達すごい変わっているけど」
育「すごくいい子達だよね」
暦「そういう印象を受けたのか・・・そうか」
暦「あの2人も変わったのかな」
育「ふーん?」
育「私は・・・」
暦「なんだ?」
・・・聞けるか。気持ち悪い
本当にやめて
3日後くらいに死を選びたくなるから
私が聞けるわけがない
どうしようね扇ちゃん
暦「なんだよ溜息なんてするなって」
育「もう帰ろうかな」
暦「えっ!?まだ話があるんじゃないか?」
育「うるさいなあ」
育「私が何か話があって話をしたらおかしいじゃない」
きちんとさよならを言うのは初めてかもしれない
私が言いたかった言葉はこれになるのか
逃げるように言う言葉が
私はあなたのことが嫌いだってことは何回も言えたりしても
いやほんと、死なないかなあ
育「っ大きな声で・・・何?」
暦「お前も解けるよな?僕がやった問題」
育「当たり前でしょ」
暦「だったら」
暦「心臓の形はお前にあるよ」
暦「永遠の形も同じくな」
暦「そこまで解けたならもうあとは一つしかないだろ?」
暦「お前は優秀だからな」
育「ああ・・・そう」
笑うね
そう思うのはお前しかいないんだ
嫌いなお前しかいないんだ
昔の私を知っているのはもうお前しかいない
あとは忘れ去っている
忘れ去られている
嫌だな
なんて皮肉なんだろう
私を証明できるのはお前しかいないのだもの
くそう。そんなことを言うなって
今を思うことは難しいことだ
嫌いじゃなくなったらどうするの
大丈夫だよ私は
そんなことないから
みんなどうしているの
みんなどうかしているの
それなら私と同じになるから
暦「実は僕、お前に声をかけるのが怖かったんだぜ」
育「あっそう」
育「臆病者だ。情けない」
育「人に話しかけるのが怖いだなんて」
暦「そうだな。だって怖かったからな、お前」
育「ふーん・・・」
育「なにが可笑しい?」
暦「悪い悪い」
暦「だって嬉しくてさ」
育「嬉しいって何が?」
暦「お前のことだ」
暦「なあ解るか?僕は嬉しいよ。お前にあの頃のお前は怖かったな、なんて言えるんだぜ」
暦「言わせて欲しいのだけれど」
暦「お前はなにも変わってない。なにもかもお前だよ」
暦「別にいい、僕はそれが嫌いではないのだから」
嫌いなやつに嫌いじゃないとか言われたりしたら
言われたら
そういうときは悲惨な過去に負けるわけがない
負けるわけにはいかない
嫌いなお前が勇気を出した
お前が解けた問題は
私も解ける
きっとそう
勇気を出そう
勇気を出して
頬をつねる
育「痛い?ごめんね」
暦「当たり前だろ!」
育「人に触るのって怖いものね」
泣きそうになってしまう
泣くわけじゃないよ
そんなのできない
でもそれを我慢して触れようとしたのだから
育「どう?私はまだ・・・あなたのことが嫌いでしょ?」
育「帰ろうか」
暦「えっ?」
育「聞いてる?帰ろうって言っているのだけど」
暦「んっ?ああ」
育「余接ちゃん、扇ちゃんいるでしょ!?」
育「帰ろう」
余接「早く呼べよ」
扇「邪魔してはいけないと思いましたので」
扇「私も奢られましょう」
暦「仲良いな」
育「お前よりね」
余接「そうしたら、おにいちゃんの家で食べよう」
扇「それは良い考えではありませんか。ねえ老倉先輩?」
育「えっええ?でも」
暦「僕は別にかまわないよ」
育「仕方ない。扇ちゃんと余接ちゃんが言うなら」
余接「よく言うよ」
扇「ああ、先輩はおもしろいなー」
間違えを見つけるたびに嫌になったとしても
だって嫌だよ、お前にそんなこと言われたら
それでも、そんなことが私を証明し続けるものならば
まだ、なんとか動いていける
指が少しでも動けば星の軌跡だって描ける
それだったら
泣きそうになってもいいよ
替わりに頬をつねってやるから
先に泣くのはお前だ
育「うるさいなあ」
暦「やっぱりさっきの問題詳しく教えてくれないか?」
暦「僕1人じゃ解けそうにない」
育「じゃあ一緒に考えようか」
まだまだ問題は山積みになっている
どうやって解いていこう
校舎を出ながら考える
かつては1人で去った校舎を
良かったよ
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Entry ⇒ 2016.03.21 | Category ⇒ 化物語 | Comments (0)
阿良々木「こよみ?? ? ????」
これからする話は、幕間も幕間
僕自身いつ、どの物語とどの物語の間に経験したのかもわからないような、そんな怪異譚である。
この出来事が怪異ならば、そして語られない怪異が消えてしまうならば
まさにこの怪異は風前の灯火であり、頼りなげな枝垂れる柳のような曖昧で不明瞭で不確かで
語った僕自身明日にでも忘れていてしまいそうなそんな物語である。
まず、僕に深夜徘徊の趣味はない。
やむを得ず深夜に家を出ることや、深い事情により朝まで縛り付けられるようなこともあったが
基本的には「深夜にうろうろするために」深夜にうろうろしたことはない。
そんな事をして翌日学校で少しでも勉強に支障をきたしたならば羽川に怒られるし戦場ヶ原に殺される。
しかし今日に限っては何の目標もなく深夜の道を歩いてきてしまっているのである。
というより、何かの目標があったかどうかも思い出せないのだ。
どころか、どういう道を通ってここまで来たのかとか
どうして今このまさに草木も眠る丑三つ時といった時間に制服を着ているのかとか
つまり4ww1h(さすがに僕が誰かはわかるが)徹頭徹尾わからないことばかりで
この、よく見知ったいつもただ通るだけだった道を歩いているのである、
というよりさっきまで歩いていたらしかった。
らしかったというのも、妙な話だけれど理由ははっきりしている。
いや、理由ははっきりしたけれど理由となって今そこにいる「もの」ははっきりせず
下手な塗り絵のように輪郭も色もぼやけたままそこに居たのであった。
そのことに気付いて、初めて僕が僕自身に気が付いたのだ。
さながら我思う故に我あり言った所だろうか
いや、羽川ならもっと適した言い回しを知っているかもしれない。
さて
場所を言うなら自動販売機の前のガードレール、の上にどうも腰かけているらしかった。
街灯にも照らされ、自動販売機の明かりの前に曝されているというのに
それには、影らしきものは見当たらなかった。
けれど僕はその事に何の違和感も覚えず
「ああ、そういうのものか」と納得して、その少し横に腰かけていた。
「僕が見えるんですね。」
ああ、これは今までこういったシチュエーションの漫画や映画なんかで
何度も何度も聞いたセリフだった。
まさか僕自身が聞くことになろうとは思いもよらなかったけれど。
そう言えばこういったステレオタイプな幽霊を見るのは初めてだと要らぬ考えを巡らせてしまう
八九寺は僕のフィアンセだし。
しかし巷説に聞くような呪われた家の母子や、見たら一週間以内に死んでしまうようなビデオにいる白装束で髪の長い彼女らとは違う
もっとおぼろげな存在だった。
一言でいうと影が薄い、いやそもそも影すらないんだけれど
この場合で言うならば存在が薄い、といったところか。
「影が薄いって言うのはよく言われましたよ。」
最初の一言と変わらず何の印象も受けないような返答である。
さっきから僕はこの存在からなんの特徴もつかめていない
けれどやはりそれもそれ以上深く考えるものではない。そんな気がしていた。
「僕はね、死んでしまったんですよ。」
見ればわかる。
「そうですよね、それで死因って言うのがどうもわからなくて。」
その言葉を聞いても僕は不思議と何の感想も興味も抱かなかった。
一緒に解決しようとか、そうでなくても少しくらい相談に乗ろうとか普段の僕なら考えたはずだけれど
今日に限っては、相槌を打つ以外に何もしなくていい、何もできないと思った。
「今の言葉は正確ではなかったですね、死因はわかってるんです。」
「自殺ですよ、マンションのベランダから飛び降りました。」
「なのにどうして飛び降りたか、いやこんな理由で本当に飛び降りたのか、知りたかったんです。」
それは、飛び降りてもいない僕にわかる事なのだろうか。
しかし、そんな疑問もいつの間にか消えていて、僕はただ相槌を打っていた。
僕が、僕じゃないような感覚。気持ち悪く、微睡んでいるかのような非現実感。
「その話をするなら、最初から話したほうが良いかもしれませんね。」
「と言ってもやっぱりどこが最初なのかはっきりとしないんです。物心ついてからなのか。」
「もしかしたら突発的な事なのか。」
それから、少しもったいぶったように、それは続けた。
「不意に思ったことはありませんか?前を歩いている見ず知らずの人を突き飛ばしてみたらどうなるんだろうって。」
「仲良く話している友達に急に殴りかかってみたらどうなるんだろうって。」
「ここから飛び降りてみたらどうなるんだろうって。」
けれど実際にそれを実行に移す奴なんてそうそうはいない。
「そうなんです。」
「けれど」
「考えてしまった時点で0.01%でもやってしまう可能性はある訳です。」
「人はやっぱり好奇心には勝てないんですよ。」
「不意に暴力に走ってみたいけど法律があるから。」
「取り返しのつかないことになるから我慢してゲームや漫画の世界でお茶を濁す。」
「飛び降りてみたいけど、たった一度しかできないからバンジージャンプなんかで疑似体験にとどめておく。」
こんなにも口数が増えてきているのにやはり熱を帯びているわけでなく
しっかりと聞いているのに、どこかただ文字を追っているような感覚を覚えた。
「人ってやっぱり一度くらい、興味本位で死んでみたい、それに準ずる行為をしてみたいと思ったことがあるんだと思います。」
「それがかなり深いところでも、浅いところでも」
「そうじゃなかったら、恐怖や辛い、苦いなんていう本来生命の危険を避けるための感覚を
自ら味わいに行きたがるなんておかしいと思うんです。」
「話がそれてしまいましたね」
最初から逸れていた気もするけれど、それもすぐに気にならなくなっていた。
相槌。
「きっかけは妹に言われた、『[ピーーー]』という言葉でした。」
なんだと!?それは聞き捨てならない
僕が本気で心からそれを言われたら本当に死んでしまうかもしれない!というか考えるだけでも死にたくなる!
なのに
「いや、それもきっかけと言うのには弱いかな、というよりはただの要素、いやタイミング…かもしれませんね」
そんなことを言った。
死にたくなるとは言っても僕は簡単には死ぬことができないし
死んでしまったそれもきっかけではなかったらしい。
「ただ何となく、死ぬのってどういう事なんだろう。死んだあとってどうなるのかなと思った
その興味に、誘惑に勝てなかったのかもしれません。」
それだって十分な死ぬ理由になる訳じゃない。
「そうですね。」
「そのことを考えて眠れなくなったり、ぼーっとしてしまったりはしますけど」
死ぬことに興味がどれだけあってもどこかでブレーキがかかるはずだ。
恋人や、恩人や、後輩や、妹の友達や、吸血鬼
「そうですね、そうなんですよ。」
「普通は死ぬか死なないかの天秤なんてほとんど釣り合うはずもないんです。」
「ただ、その時だけ僕は0.001%だけ、僕は」
「死ぬ方に傾いてしまったんです。」
「そこが室内なら良かった。屋外なら良かった。」
「けどそれも、たまたまベランダにいたタイミングだったんです。」
「あと少しでも時間があればすぐに死なないほうに傾いていたはずなんです。」
それもまた、タイミングだって言うのか。
「そう、たまたま僕は死んでしまったんです。偶然」
そこまで言い切ると、それは立ち上がった。
「きっとそれが偶然であっても、そうあって然るべきなんでしょうね。
「現にこうして死んでいるわけですし。」
「僕は成仏できるのでしょうか。悔いもなければ未練もない。なのにこんな風に昇れない僕は。」
それにも僕は、ただ頷いただけだった。
後日談、と言うか今回のオチ
あれから、また何の脈絡もなく家で目を覚ますことになった。
オーソドックスな怪談ならば、手首に手を握られた跡や
耳元で聞こえる声などがあっても良いものだけれど、そのような形跡は一切なかった。
オチと言うオチはつけられなかったけれど、強いて言うならば
夢オチ、と言ったところだろうか
こんなもやもやした話で申し訳ないとは思いますがもやもやした話が書きたかったんです。
短いから許してください。
では、お休みなさい
掲載元:http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1457018239/
Entry ⇒ 2016.03.07 | Category ⇒ 化物語 | Comments (0)
そだちアクシアム
そんなことあったかな
そんなこと無かったかな
無かったかな
無かったな
駄目だ、無かったかどうかが分からない
自分がそんなに卑屈にならなくても、とは思うけど
まあ、もう仕方がない
私はあいつと同じくらい忘れているのか
私も私が何でできているかわからなかったのか
家族で出かけるほうが
出かけることが怖かった
世界中に2人きりなのに
どこかに連れていかれてしまう
どこかに行ってしまう
1人で移動するときはいつもそれを思い出す
概ねいつもひとりだけどそれはいい
まずは駅にある地図を見上げて私が通うであろうところは
どこだろうと探せばいい
扇「お困りですか?」
私は絶対こう答える。構われたくないから
街中で話しかけてくるやつは大体敵だ
例外はほんとに例外だ
育「いえぇ?」
やたら顔色の悪い女の子が近くまできていた
扇「人の顔を見て驚くなんて酷いなあ。傷つくなあ」
絶対傷ついてない。だってニヤニヤしてる
扇「いえ、ありませんよー」
この制服は私が前に通っていたところのものだ
扇「どうしました?顔色が良くありませんよ」
普段は外に全然出ないから顔色は良くないだろうけど
お前に言われたくない
育「あっ大丈夫です」
離れよう
断定された。なんなのこいつ
扇「流石先輩ですね。困ったところを人に見せようとしません。感服します」
扇「そして全く人に好かれようとしませんね。これはもう才能です」
育「あっ大丈夫です」
離れよう
大丈夫じゃないでしょうと言って
ニヤニヤ顔が少し焦っているように見える
腕を掴まれたので
育「何?」
扇「あなたはディスコミュニケーションを極めていらっしゃるのですね」
極めたくて極めたのではないけど。それより
育「先輩って何?」
あそこには一瞬しか行ってないから私を見かけているわけがない
扇「そこに気付いていらっしゃったのに行こうとしたんですか?」
育「じゃあ私は用があるから」
さよなら
恐れ入りますなんて言うけど
私が私にそんなに興味がないから仕方がないでしょ
扇「・・・仕方が無い。親愛なる阿良々木先輩からあなたのことを聞いたのですよ」
育「はっ?」
私の前でその名前を言ったな
育「親愛なるってどういう意味?」
扇「そっちですか」
育「いいよ」
扇「いいよですか」
きついことを言いたいとか、したいとかはまったくないが
自然にそうなっているだけ
扇「いいよと仰る」
育「2回言わないでもらえる?」
扇「まあまあ、立ち話もあれですからちょっと歩きません?」
立ち話と歩きながら話すことに違いはあるのか
変な言い方をする
育「町が私を知っていることはない」
扇「失礼致しました。あなたが知っている町ですね」
どのくらい知っていれば知っているといえるのだろう
少なくとも私なんか知ってる人はいない
育「あなたは?」
この後輩と言えるだろうか。この子のことはひとまず知らない
育「嘘」
扇「嘘ではありませんよー」
うさんくさいな
扇「疑いの眼差しを感じますが」
扇「その心配はいらないでしょう。杞憂ですね」
扇「知ってます?杞憂の話」
扇「この話っていつも思いますが」
扇「空が落ちてきたところであなたにどうにかできるのですかって思いません?」
育「別にそうでも」
扇「この愚か者が」
育「愚か者?」
扇「ああーすみません口癖です」
育「嫌な口癖ね」
お前絶対友達いないだろ
それなら仲間だね
扇「おや?」
扇「忍野、忍野扇です」
扇「お目にかかれて光栄です。老倉先輩」
扇「兼ねてから是非、お会いしたいと思っておりました」
育「へえそう。それはどうでもいいから」
扇「どうでもいいと仰られる」
公園の中はもうだれもいなくて
さっきいた人たちももういない
育「そこ水たまりがあるから」
扇「おっと」
軽々と飛び越えてくるっと回って
扇「ありがとうございます」
深くお辞儀をする姿は飄々として軽々しい
扇「またまた、複雑な表情をされていらっしゃる」
育「いつもこういう表情だけど?」
私がしてたら気持ち悪いもの
猟奇的だと思われてしかるべき場所を紹介されるだろう
されても治らないから行くつもりはないけど
扇「私もそうですかねー」
育「一緒に行く?」
扇「どこにでしょう?」
扇「ところで猟奇的という言葉の意味は異常なことを捜し求める。だそうです」
扇「だから、それこそが異常であると」
育「へー」
扇「そーなんですよー」
扇「まあどちらもどちらですね」
扇「大体の物事はどちらもどちらですから」
扇「選択することは妥協なのかどうなのかってところになるでしょう」
扇「話は少し変わるかもしれませんが」
扇「物事には常に2面性がありますからね」
扇「プラスとマイナスがありますよ」
どう考えても私のはマイナスだと思う
扇「ですから先輩の凶悪な目付きもなにかしらなにかありますよ」
育「あやふやな悪口言わないでもらえるかな」
扇「悪口ではありませんよー。客観的に見た事実です」
生意気な後輩だ。分かってるよ自分でも
育「してた?」
扇「してました」
扇「なんとまあ不思議な思考回路ですね」
扇「考え方をどう思いえたとして、それは基本的には自由でしょうが」
扇「私とあなたはどうあっても違いますから」
育「その違いは?」
扇「その違いはなんでしょう」
扇「あなたは1人で歩いている。それだけで充分です」
扇「1人残されているものは、ずっと苦しむでしょう」
扇「どうあっても苦しむのです」
扇「幾ばくかの増減があるだけの」
この子はなんでそんなことを言うのかな
知っていることばかりを言うのかな
扇「そう思うことが呪いの目的なのですから」
扇「誰しも思うことなんです」
扇「生きていれば良いことがあるなんて嘘ですよ」
扇「全然やり直しなんて効かないですよ。当たり前じゃないですか」
扇「それも誰しもが思うことですね」
扇「どうですか?」
育「なにを言いたいのかはどうでもいいよ」
育「私がどうであろうともどうでもいいし」
育「私がどうなってもそうでもないけど」
育「だからどうしたんだと思うだけなんだけど」
育「あなたなにがしたいの?」
扇「弱いくせにそれを隠そうとしてしかも下手で」
扇「あなたのことはもっと弱い人間かと思ってましたが」
扇「いや違いますね」
扇「駄目人間かと思っていましたが」
扇「そうでもないのですね」
扇「あなたにお会いしたら言って差し上げようと思っていたのに」
扇「もう言う機会がなくて残念です」
扇「言う機会のなくなった言葉が可哀相です」
扇「放っておくと忘れてなくなりそうです」
扇「忘れたことさえ忘れそうです」
扇「記念に言っていいですか?駄目人間って」
育「良い訳ないでしょう」
扇「厳しいなあ。寂しいなあ」
扇「こんなにお慕い申し上げているのに」
扇「心の広い阿良々木先輩ならば許していただけたでしょう」
育「はっ?」
またも、私の前でその名前を言ったな
育「いいよ。別に好きに呼びなさい」
扇「はい。では先輩」
呼ばないのか
扇「お腹が空きましたので」
扇「先輩に免じてご飯を奢ってください」
育「いいでしょ。海苔はパリパリのほうが良いって言う人がいるけど私はそうでもない」
扇「へえ、どうでもいいなあ」
扇「このおにぎりおいしいなあ」
扇「とってもおいしいなあ」
扇「せめて選ばせてもらえたらなあ」
扇「おもむろにコンビニに入って何をするのかなあって思ったら」
扇「これだもんなあ」
扇「この人本気なのかなあ」
育「なにぶつぶつ言ってるの。ほらっさっきの公園のベンチ行こう」
扇「はっはー・・・」
家族がそろうのが嫌だった
1人でいるのも嫌だった
私、ご飯食べるのあまり好きじゃないな
そんなの生き物として駄目な気がする
でも好きじゃないのだから
それを曲げることは
私としても駄目な気がする
うん。駄目だ
育「おにぎり?」
扇「いくら先輩」
育「いくらがどうしたの?」
扇「すみません、間違えました。老倉先輩」
扇「どうされました?食が進んでませんね」
扇「パクパク、ムシャムシャ、ガリガリ食べてくださいよ」
育「そんなワンパクではないし、ガリガリって変でしょ。おにぎりなのに」
扇「それは梅干のおにぎりを食べておられるので」
育「種は食べない」
扇「食べてみたらどうです?案外美味かもしれませんよ」
育「じゃあ食べる?もう1個あるし」
扇「ご冗談を仰る。ああ、先輩はおもしろいなー」
扇「そういう反応をしてしまいますか」
育「まだ何か食べたいものある?」
扇「はあ、そうですか。ならばこの寒い中、外で食事などせずに」
育「それならおでんとか」
扇「・・・味しみ大根って書いてあるのを見ると、なぜか悲しみ大根って見えませんか?」
育「ぜんっぜん見えないと思う。そんな大根食べたくないし」
扇「味があっていいと思うのですが」
育「上手くないからね」
扇「食べたことがあるのですか?これは恐れ入りました」
まあそうだろうな。家庭的とかいうより人間的なイメージがない
霧や霞でも食べていそうな感じ
育「できるよ」
扇「それは素晴らしい。きっと悲しみ大根でも煮込んでいるのですね」
扇「それはもうグッツグツと」
一緒に煮込んでやろうか
昔がちらついてしまうから
出した料理が戻ってきてしまうほど空しく、哀しいものはない
それと同時に思い出すことは
昔は
今もかな
お母さんに会ったらなにを言おうかって
ずっと考えていたけど
どうして思い出せないのだろう
あんなに考えていたのに
求めるものなんて全然ないのに
せめて人並みに
いやそんなに高望みしないよ
不幸を望んで、飲み込まれないように
なってしまわないようになりたい
いなくていいなんて思われないような人に
いなくていいなんてさえも思われないような人に
だからといってどうしようもない過去があるから
扇「ではでは、出発しましょう」
同じく離れないものだ
望んじゃいないけど実績としてあったものはどうすればいいのだ
不幸な実績は着実に積み重ねられていく
私の人生の総和は幸福とイコールになるかな
ならば、とんでもない幸福がこの後にあるかな
でも死ぬ間際に幸福であっても持て余すよね
絶対持て余す
扇「どうしました?そんなに俯いて。暗い人みたいじゃないですか?」
いつぞやの子のように、いえーいなんて言える様な子ではない
そもそも幸福な人ってどんな気分なんだろ
いつも俯いて歩いていたいって思わない人なのかな
知るか。そんなの
扇「はー」
扇「ははー」
扇「はっはー」
育「うるさいな」
扇「それはそれは」
扇「これから言う事は私が私のために言う事でありますが」
扇「実は私達にできることは少なくなっていくことでしょう」
扇「時間切れは常に迫っています」
育「なんの?」
扇「私があなたに話すこと、あなたが私を聞くこと、それを思うことについてです」
扇「あなたは自分と相手がどれだけ離れているかに絶望を感じるかもしれませんが」
扇「相手の感じている距離も同様なのですよー」
育「その話は」
なんの意味が
扇「やはりそういった捉え方をしてしまいますか」
扇「あなたのそういうところが私はいいと思いますが、まあそれは別として」
扇「良いことと悪いことは強調されてしまいますね」
扇「良い事と悪い事をどちらが多かったなんて比べることは不毛なことです」
扇「良い事をすれば悪い事を作り出すかもしれませんし、その逆も少なからずあるでしょう」
扇「ただし、積み重ねられるのは片方だけです」
扇「もう片方は積み重なる前に崩れ去ります」
扇「今ここにあるものは全てその積み重ねにより存在しています」
私は崩れ去る前の瞬間に思える
どんなに頑張ろうと
脆いままだ
いつも自分の耐久力を試しているような感じ
徐々にゆっくりと急に
変わる様があった
私もそれに似ているのかな
扇「あなたにどういった過去があり、それを思うことであなたが形成されているとして」
扇「そうですね・・・」
扇「ならば私達はずっと一緒にいましょう」
育「へえそう」
扇「信じられませんか?」
育「それはそうだよ」
扇「はい。その通りです」
扇「こんなにも嘘な言葉はありません」
扇「先輩は実によく分かっておられます」
そんなの分かりたくなかった
一緒にいれないし
普通の人なら家族とか言うんだろうけど
もういないし
大体、望んでいないかもしれなかったし
望んでいなかったのだろうな
気持ちなんて分からない
扇「あそこにブランコがありますね」
育「あるね。それが?」
扇「おや?お乗りにならない」
育「ならない」
扇「おやおや子供の頃は乗っていらしたでしょうに」
育「子供の頃はそうかもしれないけど、今乗ったら笑われるよ」
扇「では、あなたを笑うのは誰でしょうか?」
扇「かつてあなたの傍にいた者達も」
扇「迷惑をかけたくなかったからかもしれません」
扇「迷惑をかけたかったかもしれません」
扇「それこそ物事の2面性ですね」
扇「1か0、ON-OFFの機械みたいな状態なんてそうありません」
扇「だからこんなにも嘘な言葉を言われてもいいのではありませんか?」
扇「あなたがそれらの人と似ているということがあれば」
扇「いつか分かるかもしれません」
扇「それまで憶えていることができれば」
扇「呪いをかけた人も本望でしょうから」
扇「好きな言葉も言えないことでしょう」
扇「永遠に言われることのない言葉を抱えますか?」
扇「可哀相な言葉達を」
扇「その言葉はきっといつしかあなたを笑うことでしょう」
扇「そう、あなたを笑うのは常にあなたです」
扇「更には笑わなくなるでしょう」
扇「最後には無かったものになります。くらやみに帰ります」
扇「私としてはその言葉達をできる限り失うことなく」
扇「正しく持って、使っていただきたいと思う限りですね」
扇「そして私はあなたに変わってほしいと思わない」
扇「どうです?」
育「無駄話って、いいけど。扇ちゃんってよく話すんだ」
扇「それはまあ、私の役割は終りましたから」
育「役割?」
扇「こっちの話です。いやあちら側ですね」
扇「いやーそれにしても良いこと言いました」
育「そうかな」
扇「良く話すと言ったじゃないですか」
扇「価値があることを言いましたね」
扇「すごいなーこんなことを言える私すごいなー」
育「はいはい、すごいすごい」
扇「そんな心無い賛辞よりここはお礼がほしいなー」
育「お礼って」
扇「いやいや催促したみたいですね」
扇「先輩は勉強がお得意と聞き及んでおります」
育「はあ?」
扇「いやだからですね。私が欲しいのはいつも知識なんです」
なんだろう
扇「要領を得ませんね」
扇「愚か者が」
扇「愚か者ですね」
扇「愚か者」
扇「私に勉強を教えてください」
私と話していたのか
バカじゃないかこの子は
普通に言えばいいのに
たかがこんなことを言うのに。意地でも張っていたのかな
扇「ではなんと着きました。図書館ですよー」
育「最初からここに向かっていたの?」
扇「それはもちろん」
扇「だから私が私のために言っていると言ったのです」
扇「私、理数系が駄目なんですよ」
育「へえ」
扇「早く教えなさい」
扇「そもそも計算する意味があるんですか」
扇「この答えに意味はありません」
扇「えっ?えっ?」
扇「わざと解り難く教えていませんか?」
扇「駄目ですねー分かり易く教えることもスキルの一つですよ」
うるさい奴だ
なぜ教えられているほうが上から目線なんだろう
扇「何が楽しいのですか」
育「楽しいって言うか・・・綺麗だから」
扇「綺麗?」
育「例えば、このレムニスケートって綺麗でしょ?」
歪な円を描き0に戻るこの形はずっと変わらない
先に進まない
扇「はぁ、そういうもんですか」
扇「これってあの愚か者に解るものですかね?」
育「意外かもしれないけど愚か者は解ると思う」
扇「はっはー。そういえば先輩が教えられたのでしたっけ」
扇「互いに数学だけは嫌いにならずにいたのですから」
扇「まだ御二人の間に残る絆なのでしょうか」
ボールペンで頬をつつく
扇「はぅ」
育「早く問題を解いたら?」
抗議の意味かは知らないけどあまった袖をペシペシと当ててくる
ニヤニヤ顔が面白いな
そんな思い出もあった
ここは死ぬほど私がいた町だった
死ぬほど嫌な思い出があった場所だ
これは憶えている。真だろう
誰も知らなくても憶えていなくても
私がここにいたことを知っていた町だった
どうしようもない事実だ。忘れようもない
扇「まだまだ教わりたいところではありますが」
育「嘘言うね」
扇「いやー、そろそろお別れの時間です」
育「そう」
扇「ありがとうございました」
育「あのさ」
扇「何です?」
育「あのっ連絡先を」
扇「ええ喜んで」
扇「またこの町に戻ってこられるのですか?」
育「いつかね」
扇「楽しみにしています」
扇「そうだ、言って下さい。あいるびーばっくって」
育「未来から来た怖い人みたい」
そうです。当然ですよだって
扇「それこそあなたが必要としていたことなのですから」
扇「最後に」
扇「いくらのおにぎり美味しかったですよ」
カーテンコールの演者みたいに深々としたお辞儀をして
扇「ただ、あなたの優しさはいつもわかりにくいです」
扇「わざわざ高いものを買ってくれたのでしょう?」
扇「誰にも分からないくらいです」
扇「困ったお方です」
扇「あなたがあなたを嫌いな分」
扇「あなたを私が好きになりましょう」
扇「そんな人がいるのでどんどん自分を嫌いになられてください」
扇「しかし、です。でも」
扇「嫌いじゃなくなったらどうするんです?」
扇「いつまでも嫌いままでいられるんですか?」
育「えっどうしよう」
扇「アホですかあなたは」
扇「私が一緒にいてあげたではありませんか」
扇「それでもまだならば、言ってあげましょうか」
扇「あなたはまたも、またしても大丈夫さ」
扇「はいはい」
育「あなたの役割が終りだなんて、そんなことないからね」
育「また勉強を教えてあげるよ」
扇「それはそれは」
永遠のような形状でもその長さを求めることができる
それは私にもできるかな
あいつにもできるって言ったから
私もできなくちゃね
嫌なことだという現象に置き換えて
切り離してしまえるかもしれない
それは楽なことだろう
いまはまだ駄目だ
まだとっておく
それでは昔のあいつと同じになってしまうから
そんな風になるなら、私は脆いままでいい
脆弱さが私の性分になっているんだ
粉々になっても灰になっても
ぼろぼろのままで蘇ってやる
だからお母さんのことも忘れないよ
絶対に忘れない
言う事はいつだって的外れかもしれない
でもそれが間違いだと思っても自分でなんとか正しいと思うしかない
定義しなくてはいけない。先に進めないから
たくさん定義づけをして、なんとか話してやろう
元気だった?
私のこと覚えてる?
簡単なことばかりを言おうと思う
そして
春になれば
また会おう。私の嫌いな人
負けないから
扇「さて、もう1人の愚か者にでも会いに行きますか」
育は原作でも少しは幸せになって欲しいなぁ
掲載元:http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1454245518/
Entry ⇒ 2016.02.15 | Category ⇒ 化物語 | Comments (0)
そだちコンジェクチャ
結構ある
私は次の町に行かなくてはならない。逃げるわけでなく
誰に言っているんだ。私のためだ
時刻表をみるのに決意を使った私は椅子に座る、いやベンチか
青いベンチの端を見つめる。長い引きこもり生活の所為か
視線が外に出るとまったく定まらない。何かに固定したいのだ
でも人がいたら固定はできないので
物体を見つめるのだけど、この子なに?
オレンジと青緑の女の子
いつからいただろう?
余接「僕の石ころ帽子を見破るなんて」
なんか頭がちょっとおかしい子なのかな?
私もおかしいことには自信があるけど
育「その帽子のこと?」
変な帽子
余接「お姉ちゃんはマンガとかテレビ見ないほう?」
育「見ないわ」
余接「そう」
余接「最近じゃ意識高いとか言われちゃうけど、お金が無くてそんなどころじゃねーよとか」
余接「余裕もなにもないからだよ。見れたらみたいよ僕だって」
余接「って言う人もそんな風に言われちゃうのかな?」
育「さぁどうだか」
会話はしない
してくれる人がいない
この子は話しかけてきた
私は話しかけない
元々そんなに話したいほうじゃないし、頑張らないと無理だし
こんな格好の子供と仲良くならなくていい
足をプラプラさせてこっちを見てる
私なんかに話しかけてくれてありがとうだけど
私はこの町からでていくからね
バスの時間はあるみたいだ。私は気まずくなって目を閉じる
寝るふりをしよう
気にしているんだと自嘲しながら更に目を閉じる
寄りかかるカラフル
余接「いけない、いけない。僕としたことが寝てしまった」
棒読みの子供
無表情な少女
かわいい格好
寄りかかったままで
育「なあに?」
精一杯、子供向けの声を出す
余接「ほっぺたから匂いがする」
私の頬に近づき、鼻があたる
育「私のほっぺが臭いっていう意味?」
余接「ネガティブだね」
触れられたことに
人に触られるのが怖い
これが治ることはあるのだろうか
もちろん人に触るのも怖い
拒絶されるのが怖い
往々にして私も拒絶するけど
余接「知っている人の匂い、だからか」
知っている人?
この子の知っている人の匂いが私からしているのか
なんだろう。それ
でもどんな人と似ているのかな?
育「それってどんな人?」
育「素敵な人?」
私に似ていて勉強が、数学が好きな人なら嬉しい
余接「一言で言うなら変人、いや変態かな」
余接「とにかく変な人だよ」
まあ私に似ているんだ
仕方ない。バス来ないかなあ
育「あれじゃない」
バスが来て
バスに乗らないことを示すために頭を下げる
隣を見る
見られて
遅れてもう一つの頭が下がる
いい子じゃないか
でも変な帽子
余接「かぶる?」
育「ごめんなさい」
かぶせようとする
そういうんじゃないんだけどね
断ったんだよ。だからごめんって
伝わらないなあ
でもかぶって
10秒だけ耐えて
隣を見て
目を逸らされた
こいつ
知ってるよ。せめて笑ってよ、頑張ったんだから
それにしてもこの子、笑わないな
それには負けないけどね
余接「いえーい」
ジッと見ていたらそう言われた
今、子供達の間で流行っているに違いない
なにが流行るか分からない
帽子はとってくれた
育「やめとくわ」
誰かに見られたら死にたくなる
まあ見られたところでどうとでもないか
余接「やりたいでしょ?」
育「やらないの」
だからってやりたいわけはないもの
育「ここ以外のところ」
余接「じゃあこの町を離れるの?」
育「そう」
余接「誰かいないの?」
育「誰が?」
余接「普通町から離れるのなら誰か見送りにきているものだから」
思いもしなかった
余接「わー」
わーってなに?
睨んでみる
全然動じない
余接「じゃあ僕がお姉ちゃんの友人を演じようか?」
いや・・・別に
嬉しいと思ったけれど、それはどうなのだろう?
育「それは分かるよ」
余接「お姉ちゃん、僕のど渇いたな」
育「そう」
余接「友達でしょ?」
友達ってそうなんだ。難しいな
なにがいいんだろう
お茶は子供だから駄目かもしれない
炭酸系も苦手かもしれない
これでいいか
余接「おしるこって」
育「2回言う?」
でも飲むんだ
余接「いいセンスだね」
育「ありがとう」
余接「お姉ちゃんのこと、心配になるんだけど」
お金はちゃんとくれた
今時の子供は持ってるよね
余接「お姉ちゃんは?」
これが最近の携帯か
余接「持ってないんだね」
余接「写真を撮れるんだよ」
育「それは知ってる」
余接「一緒に撮ろうよ」
育「バス停を?なんで?」
余接「ポンコツだね。自分達を撮るんだよ」
余接「・・・いや大丈夫だよ」
顔を近づけ、シャッター音が鳴り、画面を見てみる
余接「無表情だね」
育「2人ともね」
余接「お姉ちゃん、これに懲りずに頑張ってね」
ピースまでしたのに
余接「行かないよ」
育「じゃあ何しているの?」
余接「基本はお仕事だよ」
嘘をつくな
育「誰の子?」
余接「誰かの子」
育「どこの子?」
余接「どこかの子」
バス来て
私にはきつい
あいつならきっとうまくやるだろう
妹達がいるから
私はひとりだ
余接「いないよ」
育「どこかに行ってるから?」
余接「どこにもいないよ」
どこにも
育「大変だね」
私らしくなく笑顔になって励ましてみる
余接「笑顔が歪んでいる」
余接「自信がないんだね」
余接「持続性がない」
育「ああ、そう」
自分の笑顔なんて
いつもの顔に戻るだけ
余接「素敵な怖い顔だね」
これは良い評価をもらったらしい
余接「そんな目付き、皺になっちゃうよ」
育「目が?」
余接「バカじゃない」
余接「普段冗談を言うタイプの人が言うと、もの悲しくなるよね」
余接「それはもう冗談みたいに」
余接「お姉ちゃんが友達がいなくて、アレな子っていうのはいけないことではないよ」
私はカッとなっているのか
余接「ずっとそうだったの?」
育「ずっとそう。10周年は堅い」
余接「アニバーサリーだね。おめでとう」
頑張らなくていいところで頑張るのが私だ
育「そういえばもうずっとおめでとうなんて言われてない」
育「誕生日でもそう。普段の日もまったく人と話さないし」
育「インターホンなんか鳴ってもほぼでないし」
余接「断交だね」
育「電話なんてもちろんなくて」
余接「断線だね」
育「郵便箱も開けない」
余接「郵便局の人、困るね」
育「これで女子高生だものね。先はないかもしれないわ」
育「言うとおりに人としてもだいぶあれだしね」
もういいよ。何を言ってるんだろう
育「いない」
いない
育「私はドアを毎日ノックしていたの」
育「でも返ってきたことはなかった」
育「帰ってくることはなかった」
育「私は何回も大丈夫?って言ったけど」
育「それも返ってこなかった」
育「唯一、私のつくったご飯だけがそのまま返ってきたの」
育「私、どうしようかと思ってどうしようもできなかった」
何を言っているのだろう
でももう流石にこの子でも頭のおかしい人だと思って
どこかに行ってくれるかもしれないな
余接「大変だね」
無表情なままで言う
余接「ところで」
余接「僕に心があると思う?」
余接「本当ならお姉ちゃんに同情したりするのがいいのだろうけど」
余接「思うことができなくてごめんね」
育「違う」
余接「違う?」
さっき私は同じことをこの子に言った
大変だねって
そんなこと言うなら
私のほうがないに決まっている
より救いのない
育「私はこれからも駄目かな」
余接「少なくともお姉ちゃんは僕よりもマシなんだ」
余接「そんなことを」
余接「僕なんかに言われちゃ駄目だ」
余接「手遅れな物に言われてもなにもならない」
余接「まだ全然なんとかなるんだよ」
余接「逃げ無ければ」
不思議なことを言う子供。でも
育「私、逃げることには自信があるもの」
育「私はすぐ逃げちゃうの」
育「なにもかも」
育「家族といるとき」
育「家族がなくなったとき」
育「学級会のとき」
育「なくなったとき」
置き去りにしたんだ
これからもそうなのだろうと予想できてしまう
余接「その分戦ったんじゃない?」
余接「僕はそう思うよ」
余接「逃げっぱなしなら何回も逃げない」
余接「何回も立ち向かわないと何回も逃げれない」
手を伸ばして
余接「帽子」
この子の手が空中でさ迷う
子供から帽子を奪いとる。最低だ
でも私の目を隠せるのはこれしかなかった
余接「泣いている?」
育「いいえ」
目を隠したかった
私は私がどんな表情をしているか解らないのだから
分からないものを見せるわけにはいかないから
私は解答しない、できない
私になにがある?
逃げ切らなかったのはなぜ?
立ち向かったのはなぜ?
全くわからない
今言える唯一のことは
育「私は嫌いな人がいる」
育「ほんとなんで私なんかを心配してくれるの?ムカツクなぁ」
余接「どうしたの?」
育「かまわないでよ」
余接「えっ?」
余接「迷惑なのかな」
育「あっ」
育「ごめんなさい。あなたのことを言ったのではなくてね」
育「私の知り合いを思い出してたの」
余接「いいよ、いいよ。そんなことしなくてもって」
余接「でもしちゃう」
余接「僕はバカなんじゃないかなって思うんだ」
余接「バカなんだろうけどね」
余接「いつかどうかなっちゃうのに」
育「心配?」
余接「全然だよ」
育「世の中にはそんな人は中々いなくて」
育「素敵な人だと思う」
余接「そうかな?会ってみたい?」
育「どうかな?嫌われちゃうかもね。そんな人なら」
余接「そんなことしないよ。僕もお姉ちゃんの言う人に会ってみたいな」
育「うーん。仲良くないから」
余接「仲良くなればいいじゃない」
育「それはまだ、難しいの」
助けてくれなかった
嫌いだ
心配なんかしてくれて
嫌いだ
一緒に勉強したのに
嫌いだ
仲良くなれなかった
嫌いだ
見返してやる
嫌いだ
負けたくない
嫌いだ
私を不幸だと思っていることに
そうだ
こんな私でもどうにかなったって思わしてやる
私は幸せになりました
そうなったらいいよ
私は不幸なままでした
そうなったとしても
それを証明してみせよう。予想から定理にしてそれを見せてあげる
あなたも好きでしょう?証明問題
卑小で卑屈で卑怯そして頭がおかしい私の
人として終わっているかもしれない私の答えを
育「その人にあなたが運悪く会ったとしたら」
余接「意地悪するんでしょ?頑張るよ」
育「してもいいけど嫌ってはダメだから」
私の最後の持ち物なのだから
余接「お姉ちゃん名前は?」
育「名前聞いてなかったんだ」
育「育」
余接「育お姉ちゃん、僕は余接」
育「どんな漢字?」
余接「余る接続で余接」
育「素晴らしい名前ね!」
余接「へえ」
育「見送ってくれてありがとう」
育「余接ちゃん」
余接「なに?」
育「あなたにはきっとあると思う」
育「カージオイドみたいにね、綺麗な形の曲線があるわ」
余接「なにそれ」
育「あなたの知っている人なら解ける」
分からなかったら嫌いになってやる
育「うーん、分かった。聞いてみるよ」
余接「バイバイ」
育「じゃあね」
余接「いえーい」
育「やらないって」
心のなかではやってあげるけどね
心臓の形を見出して
いつか答え合わせができるといい
余接「さあて、お兄ちゃん家でもいこうかな」
掲載元:http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1452348600/
Entry ⇒ 2016.01.14 | Category ⇒ 化物語 | Comments (0)
阿良々木暦「ひたぎアピール」
地の文、短いです。
作中時期は偽物語後くらい。
001
かりかりと、紙の上を鉛筆が走る音が静かに部屋に流れる。
時折、何かを言いたげにちらちらとこちらを窺う阿良々木くんの視線。
いえ、阿良々木くんの言わんとしようとしている事はわかっているのだけれど、それをわざわざ指摘するのもつまらないのよね。
と言うか、今日阿良々木くんの部屋に来たのは勉強という名目はあるものの、それが本当の目的なのだ。
だから私から言い出す事はない。絶対に。
「休憩を、しましょう」
「ん、ああ……それじゃあ、ちょっとコーヒーでも淹れてくるから待ってろよ」
「どうぞお構いなく。決して決して要求している訳ではないのだけれど、阿良々木くんに勉強を現在進行形で教えている私に対する謝礼として、しいては勉強によって疲労した脳内シナプス及びニューロンへの労いとして糖分補給という建前の下にケーキがあると素晴らしいと思うし、阿良々木くんの私に対するちゃちな義理も果たせると思うのだけれど」
「……お前に礼をすることはやぶさかではないが、残念ながらケーキは今うちにはない」
「あらそう。死に値するわ」
「そこまで!?」
「ケーキがなければ死ねばいいのに」
「暴君すぎるだろ!」
「買って来なさい。コンビニので許してあげるわ」
「なんで許されなきゃいけない立場なのか僕には理解出来ないんだが」
「え? 阿良々木くんは私の下僕でしょう?」
「さも当然のように言うな!」
「だって阿良々木くんはいつも自分の一人称に『僕』を使っているじゃない」
「それはそうだけれど……それがどうやってさっきの話に繋がるんだ?」
「あれって『戦場ヶ原ひたぎ様の従順な下僕』の略語でしょう?」
「なにその斬新すぎる曲解!」
「いいから行きなさい。私の身体が求めているのよ」
「いや、買ってくるのは構わないんだけどさ……ここで待ってるのか?」
「ええ。今の私は生クリームがないと一歩も動けないのよ」
「そりゃ難儀な事だな」
言って、阿良々木くんが特大の溜息をつく。
マザーグース曰く。
女の子は砂糖とスパイスと素敵な何かで錬成されていると言われているし、あながち間違ってはいないでしょう。
「……ケーキ好きだよな、戦場ヶ原」
「女の子ですもの」
「じゃあ、そこまで言うなら戦場ヶ原ひたぎ様の従順な下僕が行ってくるよ」
「そう。苦しゅうないわ」
「なあ、ところで戦場ヶ原」
「あら、何かしら」
「……暑かったら、冷房入れてもいいからな」
顔を赤らめながら言って、彼は逃げるように扉を閉めて部屋を出て行った。
「…………」
そして取り残される私の図。
阿良々木くんの言葉の意図はわかる。
阿良々木くんは、私に上着を羽織って欲しいのだ。
そう、今の私はかなりの薄着だ。ノースリーブのタンクトップにホットパンツなんて、神原のような露出部分の方が多い服装をしている。
神原は趣味と言うよりは動きやすいから、という理由の方が大きいのだろう。
ひょっとしたら既に露出趣味というスキルも身につけているのかも知れない。
……私もあの子くらい、色々な意味でフットワークが軽くなれたらいいのだけれど。
勿論、私にこういう服の趣味がある訳ではない。
私は自分でも貞操観念の強い方だと思うし、何より異性にそういう目で見られる事に対して、吐き気を催す程に嫌悪する。
だからか、私の私服は露出の少ないものが圧倒的に多い。
それは、過去のトラウマに拠る部分が大きいのだけれど――ともかく、今日の服装は非常に私らしくないということだ。
そう、らしくない。
その証拠に、今日の阿良々木くんはどこか落ち着かない。
勉強をしていてもそわそわしており、身が入っていないように見える。
まあ、間違いなく私のせいなのだけれど。
この程度で心を乱すなんてまだまだよね。
しかし先ほどの阿良々木くんの言い回しも大概だと思う。
回りくどいというか、男らしくないというか。
素直に上着を着ろ、と言えばいいのに、言えないのが男の子というものなのかしら。
……そう考えると少し、阿良々木くんが可愛い。
これが萌えという感情なのかしら。
十代後半の、最もさかりのついた男の子に対しては少し酷かも知れないけれど、そんな事は私の知った事ではありません。
阿良々木くんが我慢すればいいだけの話なのだから。
「……我慢してくれなくても、いいのだけれど、ね」
さて。
独白はこれくらいにしておいて、阿良々木くんもいなくなったことだし本来の目的を果たすとしましょう。
002
戦場ヶ原が変だ。
いや、この言い方には語弊があると言わざるを得ない。
一般常識に当てはめて考えてみれば、変かそうでないかと言われれば、戦場ヶ原は間違いなく変な女である。
恋人の眼球を貫こうとしたり、恋人を手錠で廃屋に拘束したりする女の子を普通とは言わない。
そんな僕にとって嬉しくない意味で普通とは一線を画す戦場ヶ原なのだが、彼女だって女子高生である以上、中身は普通の女の子だ。
怪異に出会ったことで少々歪んでしまった感はあるが、本来ならば何処にでもいる優秀な女子高生に違いない。
だが、彼女らしくない。
戦場ヶ原の貞操観念はかなり強い。
年頃の男である僕としては少々寂しいことではあるものの、それを受け入れるのが恋人のつとめというものだろう。
その戦場ヶ原が、だ。
あんな、あからさまに僕を誘惑するような格好で対面に座る戦場ヶ原の意図が汲めない。
頭にドのつくサディストなガハラさんのことだ。
可能性として、動揺する僕を見て楽しんでいる、等が考えられる。
しかし僕の知る限り、戦場ヶ原は例え僕をからかう為とはいえあんな事をする女ではない。
……まさか、何かの前兆か?
事を起こすとなれば核ミサイル発射くらいの大事件を巻き起こすような女だ。
だが、今のところ心当たりはない。たぶん。
「あ、フォークは二つでお願いします」
目に見えない不安を抱えつつ、ケーキを二つ購入してコンビニを後にする。
スタンダードなイチゴのショートとモンブランだ。
ちゃんとしたケーキ屋は繁華街まで行かないとないし、戦場ヶ原にはコンビニケーキで我慢してもらおう。
「ただいまー」
家族のいない家に帰宅を告げる。
そう、何を隠そう現在、阿良々木家には僕と戦場ヶ原以外の人間は存在しないのだ。
僕の彼女が。
誰もいない僕の家に。
二人きりだ。
何とも素晴らしい響きだ。この事実だけで生きていてよかったとすら思える。
まあ戦場ヶ原のことだから期待はしない方がいいだろう、なんて半ば自棄に近い諦観と共に自室の扉を開ける。
と、
「……おい、何をしてるんだ、戦場ヶ原」
「…………」
目の前に上下左右に揺れる尻があった。
四つん這いになってベッドの下を探るのは、説明するまでもなく戦場ヶ原ひたぎさんである。
彼女は部屋に戻った僕に気付き佇まいを直すと、先程までの光景など何事もなかったかのように勉強の体制に入る。
「おかえりなさい。ご苦労様でした」
かつてチキンチキンと羽川に蔑視された僕であるが、ここまでされておいて黙っている程ではない。
恐らくは、というかほぼ確実にエロ本を探していたであろうことはわかる。
それを指摘して僕のエロス関連の台所事情を蒸し返すのも愚策だというのもわかる。
ここは華麗にスルーしておくのも一手だろう。
だが、相手が戦場ヶ原の場合、聞かないで放置しておく方が怖いのだ。
こういう事を放っておくと、後になって何倍にもなって返ってくるような女である。
「……質問に答えるんだ、戦場ヶ原」
「エロ本を、探していたのよ」
「…………」
正直な奴だった。
何でだよ、そんなもの探すな、とは言うまい。
戦場ヶ原に理由を問い質し咎めたところで口論で勝てる相手ではないことは予想済みだ。
だが残念だったな、戦場ヶ原!
お前の彼氏がそんな詰めの甘い男とお思いか!
「で……お目当てのものは見つかったのか?」
「そうね。でもおかしいのよ」
ベッドの下から数冊の本を引きずり出す戦場ヶ原。表紙に華やかな水着の女の子が載った雑誌だ。
ぱらぱらとめくりながら、戦場ヶ原が面白くなさそうに言う。
「あるにはあったのだけれど……水着のカタログのようで案外普通なのね」
「……そんなものだよ。僕の名前は阿良々木暦。どこにでもいる普通の男子高校生だ」
「そんな、神原のようなハイレベルな変態に慕われエロ帝王と崇められる特殊な性癖を持つ阿良々木くん秘蔵のエロ本がこんなグラドル雑誌だなんて考えにくいのだけれど」
「お前は僕を何だと思っているんだ!?」
神原のやつ、あることないこと戦場ヶ原に吹き込みやがったな!
しかし、戦場ヶ原も流石に鋭い。
そう、あのグラドル雑誌は言わばカモフラージュだ。
妹や神原という僕のエロ本を探すことに情熱を注ぐ外敵がいる僕の部屋において、危機管理は必要不可欠なのである。
そこでグラドル雑誌をわかりやすいベッドの下に置き「なんだ、この程度か。阿良々木暦も大した事ないな」と思わせることを目的としているのだ。
僕だけかも知れないが、個々の性癖というものはかなりの割合で隠さねばならない事項だと思う。
そんなものを外部に向けて大っぴらに公表する事になんのメリットもない。
それに戦場ヶ原が来るとわかっていてそんな簡単に見つかる場所に置くわけがないだろう、バカめ!
エロ本を隠す事に躍起になっている時点でバカめはどう考えても僕な気がして来たが、何はともあれ僕の特殊な性癖を世間様に流布する訳には行かないのである。
そんな事をされては僕の人生はおしまいだ。
相手が戦場ヶ原ならば尚更、冗談抜きで絶命の危険性がある。
ちなみに本当のお宝は床を改造して作った床下スペースの更に奥の二重底に隠してあるのだった。
そのスペースでさえ作った僕にしかわからないくらい周りの床と溶け込んでいるため、見つけるのにも一苦労な代物である。
「まあ、大人しそうな奴がドン引きするような性癖を持っていたり、普段下ネタばかり言う奴に限って純情だったりするじゃないか。それと一緒で僕もファッション変態を嗜むこともあるが、その実は普通に異性が好きな年頃の男だよ。普通最高」
やれやれだぜ、と学帽の似合う高校生とは思えない貫禄の高校生を気取って対面に座る。
よし、このまま女子に有効なケーキという課金アイテムを使用し、休憩しようという名目の下、エロ本の流れを断ち切ってしまおう。
「さ、これで僕がいかに普通かわかってくれたところで、休憩もかねてケーキ食おうぜ」
「そう。ブルマや猫耳って普通の性癖だったのね。知らなかったわ」
「ぶっ!?」
「あまつさえ縄で縛ったりスクール水着やメイド服を着せていやらしい事をするのは普通だったのね。世の中には私の知らない事がまだまだたくさんあるわ」
「戦場ヶ原さん!?」
ピンポイントで僕の持っているお宝の内容だった。
「これ、なーんだ」
「――――」
嫌な汗が止まらない。
心臓は今にも口から飛び出しそうだ。
呼吸の仕方を上手く思い出せない。
そう。
戦場ヶ原が服の下から取り出したそれは紛うことなく、僕が床下に隠した筈の数冊のエロ本だった。
003
表紙からしていかがわしい空気を放つそれは、僕が毎晩のようにお世話になっている本そのものだ。
中身は――いや、深くは語るまい。
男子の夢が詰まっている、とだけ言っておこう。
「ど……どこで、それを……」
過呼吸気味の息遣いを何とか整え、やっと喉から絞り出されたのは、そんな益体もない台詞。
「なんだか床の下から瘴気を感じて、調べてみたら床が外れたのよ」
「瘴気!?」
まさか僕の溢れ出んばかりの愛が思念となり、そんな逆効果を産んでしまったのか!?
無表情のまま、僕秘蔵の本を速読していくガハラさん。
次の瞬間、その口からどんな罵倒の言葉が飛び出すのか気が気ではない。
何この罰ゲーム!
僕、ここまでされるほど悪い事したっけ!?
「あ、あの、戦場ヶ原?」
「あら、阿良々木くんはスパッツが好きなのかしら。この子、どことなく神原に似てるわね」
スパッツ。
絶滅したブルマに代わるスポーティな女子に似合う運動着。
構造的には長さが腿まであるブルマのようなものだが、僕としてはスパッツの方が腿やお尻のぴっちり感が強調されていて好きだ。
ブルマと違って、隠さない女子が多いのも好印象である。
エロスは露出が多ければいいというものではない、とスパッツは僕に大切な事を教えてくれた。
「これは……三つ編みで巨乳の女の子が眼鏡を……あらやだ、ちょっと前の羽川さんみたいじゃない」
眼鏡、巨乳、三つ編み。
草薙の剣、八咫の鏡、八尺瓊の勾玉に並ぶ日本の三種の神器と言っても過言ではないだろう。
眼鏡も三つ編みも優等生を体現するものと言ってもいい。
眼鏡は勉強のしすぎで目を悪くしたという印象があり、三つ編みは古くから伝わる普遍的な十代女子の髪型だ。
出る杭は打たれるという風潮から個性を発揮する事を良しとする時代、三つ編みという個性とは遠い(僕の個人的な所感ではあるが)三つ編みの女子にはある種の矜持すら覚える。
その正に優等生を体現する眼鏡と三つ編みの女子が、女性最大の武器である巨乳を携える。
鬼に金棒どころではない。
ギャップ萌えも嵩じて戦場ヶ原に文房具、八九寺にリュックサック、神原にハッテン場と新しい諺が産まれてもおかしくはない。
「この子は……ツインテールね。ツインテールって、女の子としては結構冒険なのよ。男の子で言ったらモヒカンのようなものかしら」
ツインテール。
戦場ヶ原の比喩はともかく、確かに腕白さとキッチュさを兼ねたツインテールの女の子というのは日常でもあまり見かけない。
戦場ヶ原もポニーテールにすることはあるが、ツインテールは幼い女の子だけに許されるというイメージがある。
その証拠に、八九寺はトレードマークとなるほどに似合うが、羽川や戦場ヶ原のツインテールというものは中々に想像し辛い。
あの髪型をころころ変える月火ちゃんですらツインテールにしたことは片手で数えるほどしかないほどだ。
だが、だからこそ適齢の女の子がツインテールを結うことで背徳的な良さと、ある種の意趣返し的な魅力を持つ。
初音ミクは可愛いよね。
「これはこれは、前髪の長い自己主張の苦手そうな子ね。そんな子がスクール水着を着てこんな雑誌に載るだなんて、滑稽としか言いようがないのだけれど」
前髪女子。
近日公開予定の阿良々木論によれば、女の子の前髪の長さは本人の気の弱さに比例する。
他人に顔をあまり見られたくない、視線を隠したいという乙女の想いが前髪を伸ばすのだ。
日本女性の魅力として一歩引いて男子を立てる、という奥ゆかしさがある。
多少ニュアンスは違うが、引っ込み思案な女の子というのもこれで中々に破壊力を持つのだ。
それに加え、スクール水着。
戦場ヶ原の言う通り自己主張の薄い女の子がスクール水着を着ることで、どんな論理も通用しない鉄壁の要塞と化す。
それ程までに、もはや幻想世界の存在となったスクール水着と大人しい系の女の子の組み合わせは凄まじい。
「それで、何か私に言うことはないのかしら」
本を閉じて、僕を真正面から見据える戦場ヶ原。一方僕はと言えば、恥ずかしさと気まずさが入り混じり、まともに視線が合わせられない。
……怒っているのだろうか。
昔、戦場ヶ原は彼氏にエロ本の所持を認めないほど狭量ではない、と言っていたけれど。
……いや、戦場ヶ原が怒り心頭なのも無理はない。
僕だって戦場ヶ原がイケメンアイドルグループの写真集を持っていたら許しこそすれ、いい気分はしないだろう。
「え、っと……その、女性がそういうものを嫌悪し不快な想いをするのは理解しているつもりだ。でも男は……その、お腹がすくのと一緒で定期的に必要不可欠なものであって、そこに更衣と行為こそあれど好意はないと言いますか……後遺を残さない為にもどうか高位たる戦場ヶ原さんのご厚意のもと合意をいただけませんでしょうか……」
韻を踏むのも七回続ければ許される気がした。
「…………」
「その……全部処分しないとダメですか!?」
それだけは勘弁してください、と涙ながらに哀願する。
世の年頃の彼氏を持つ女の子の皆さんへ、これだけはわかってほしい。
男にとってエロ本は浮気とか心変わりとは一切関係性のないものなんです。
例え彼氏がドン引きするような内容のエロ本を持っていても、実害が及ぶまではそっと見なかったフリをしてあげてください。
エロ本は男の心の泉なんだ!
なくてはならないものなんだよ!
「別に、私は持っていることには何とも思わないわよ」
「……へ?」
嘆息しながらの戦場ヶ原の言葉に、思わず間抜けな声が出てしまった。
戦場ヶ原のことだ、今から魔女裁判もびっくりな一方的な判決が下されるかと思っていた。
「阿良々木くんほどの年齢の男子が、そういうことに一切興味がないという方がおかしいわ。だから、所持している事自体に関しては何の文句もありません」
「え……じゃあ、持ってていいんですか?」
「所持して欲しいか欲しくないかでは、欲しくないのだけれど」
「どっちなんだよ」
「うるさい黙れ」
「…………」
相変わらずの暴君ぶりだったが、こういう話題に関して男は徹底的に弱い。
「阿良々木くんの趣味が知りたかったのが半分」
戦場ヶ原は、何かを想うように眼を閉じる。
「……果たして私が阿良々木くんのねじ曲がった性的倒錯に応えてあげられるのかを知りたかったのが、半分」
僕の趣味を槍玉に挙げてストレス発散をしたかった訳でもなく。
遠回しに僕の女性交友関係を咎めようとした訳でもない。
それは、つまり――。
「私は、阿良々木暦の女なのよ」
珍しくも顔を赤くしながら、戦場ヶ原は身を乗り出す。
「さあ、阿良々木くんの隠された異常性癖を言ってみなさい」
戦場ヶ原は、僕の予想以上に女の子していたと。
それだけの、事だったのだ。
004
「いや、僕にそんなものを期待されても……困るん、だが」
少々たじろぎながらも私の言わんとしようとしている事は理解したのか、阿良々木くんは後ろ頭を掻きながら口籠る。
全くもって、鈍くて女心のわからない彼氏ね。
「女の子はね」
ああ、本当に私らしくない。
でも。
「好きな人には、いつまで経っても好きだって言ってもらいたいのよ」
そんな事もわからないのかしら、と。
言いつつも、阿良々木くんの眼を直視できない。
人生はままならないわね、何事も。
らしくないのは承知の上。でも阿良々木くんは恋人だし、それに。
阿良々木くんにならそういう目で見られてもいい――いえ、見られたい、のだろう。
情欲に火を灯す年頃ではあるものの、そこまで開放的になるつもりはない。
それでも、やっぱり、阿良々木くんには私を見て欲しい。
可愛いな、戦場ヶ原、って。
お前が好きだよ、って。
言って欲しい。
それこそ私らしくないのだが、私だって女の子です。
そんな想いが、今日、阿良々木くんの家に来るにあたってこの服装を選ばせたのだ。
「……そんな事言って、僕が本当にドン引きするような性癖の持ち主だったらどうするつもりだ、戦場ヶ原」
「遺憾ながら前向きに検討します」
「なんだよその灰色回答……」
それに関しては、期待に添えてあげたいところだけれど。
まだ、私には勇気が足りない。
阿良々木くんがあんな下衆野郎と一緒だとは微塵も思ってはいないけれど。
「……例え僕が普通の恋愛では満足できない変態だったとしても――」
「…………」
「それを理由にお前を蔑ろにしたりはしない。命を賭けて誓う」
「……そう」
今日は、それを聞けただけでも良しとしましょう。
発情期の猫じゃあるまいし、若さの特権とは言えがっつくのもよろしくないわよね。
「ありがとう」
「いや、僕の方こそ不安にさせて済まなかった、謝るよ」
「勘違いしないでよね。別に阿良々木くんの事が好きな訳じゃないんだから」
「とっても大事な根底を覆された!」
「阿良々木くん。私は現実主義者だから阿良々木くんが私をどれだけ大切に思っていてくれるのか、言葉にしてもらえるととても嬉しいのだけれど」
「な……」
私は、臆病だ。
蟹に行き遭い、体重を失くした代わりに、心に別のものを次々と身につけて行った。
それは重くのし掛かる。
私自身も動けなくなる程に。
けれど、動けずに周りを威嚇するだけの私を、阿良々木くんが軽くしてくれた。
だから、今からでも少しずつ、下ろしていこう。
不安に懊悩、懸念に後悔。それら全てを身体から下ろして軽くなることが出来たのなら――。
「――す、好きだよ、戦場ヶ原」
「そう。私もよ」
その時は、彼に身を任せてみよう。
それでどうなろうと、私は絶対に後悔なんてしないと、胸を張って言えるから。
「ところで阿良々木くん」
「なんだ?」
「本当の秘蔵品は、どこにあるのかしら」
「――――え?」
先ほど発掘したエロ本は、確かに多少特殊なものではあったのだけれど。
なんと言うか、阿良々木くんにしては大人しすぎる気がするのよね。
「な、何を――」
「忍ちゃん」
その反応で確信に至り、阿良々木くんの背後に声を掛ける。
阿良々木くんが本気で見つかりたくないものを隠すのならば、文字通り誰にも見つからない場所。
そう、例えば、人間の手が決して伸びない異空間――とか。
「ドーナツ、三十個」
僅かな間も挟まず、阿良々木くんの影から手が伸びる。
その手には、数冊の本が握られていた。
「おい、何を考えてるんだ忍、僕を裏切る気か! ちょっ、やめてください戦場ヶ原さん!」
「契約成立、ね」
本を受け取り、忍ちゃんの人差し指と私の人差し指を突き合せる。
忍ちゃんは手だけで別れを告げると影の中へと戻って行った。
「頼む戦場ヶ原! これだけは本当に見られたくないんだ、どうか慈悲の心でお願いします!」
「あらそう。どんな内容なのかとても楽しみだわ」
「戦場ヶ原ぁ!」
悲痛な叫びが部屋中に響く。
そんなに嫌がられたら、意地でも見たくなっちゃうじゃない。
それに、こっちの方がよっぽど私らしいわよね。
「安心なさい、阿良々木くん」
あの日、放課後の夕暮れの中。
階段から落ちた私を、あなたが受け止めてくれたように。
「I love you」
どんなものでも、受け止めてあげるから。
END
最後まで読んでくれた方、ありがとうございます。
久しぶりだな
やっぱり素晴らしいな
掲載元:http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1437135383/
Entry ⇒ 2015.11.15 | Category ⇒ 化物語 | Comments (0)
阿良々木暦「僕の三日間」
──壹日目・午後參時──
ひたぎ「阿良々木くん、先に色々決めておきたいのよ」
暦「え、何をだよ」
ひたぎ「ここがどういう時系列なのか、私たちは原作でいうところの、
どの部分にいるのかとか」
暦「もっと楽しくやろうぜ!」
ひたぎ「楽しくお話するのにも、最低限のルールってものがあるのよ阿良々木くん。
後々面倒なのよ、細かく野暮なツッコミをする輩がいるのだから、
しょうがないじゃないの」
暦「いや、戦場ヶ原。すでに色々突っ込まれそうな気がしてならないんだけど……」
原作信者とかにとってこうした細かい設定、文章ってのはとても重要で、
作品に対する敷居がどうしても高くなってしまっているものね」
ひたぎ「原作をいくら真似ているつもりでも、彼らにはこうしてネットで書かれたお話なんて、
やっぱり偽物にしか見えないのよ」
ひたぎ「もしかしたら本物が、
こうしてカタカタ暇つぶしに打ち込んでいるのかもしれないのにね」カタカタ
暦「そんなわけがあるか」
暦「しょうがないんじゃねえか? それだけ原作者の文章が魅力的なわけだし、
実際僕たちのお話だって、憧れに近い感情から生まれたものなんだろうし」
ひたぎ「だからこそよ。そうして原作者を半ば崇拝するかのような態度を信者が止めない限り、
作品自体の敷居が高いままになってしまうのよ」
ひたぎ「初見が入り辛いじゃないの」
暦「お、おい……」
ひたぎ「とにかく、『原作っぽくない』とかわざわざケチをつけているから、
原作信者はいつまでも嫌われるのよ」
暦「戦場ヶ原にも一理あるかもしれないけれど、それにしても言いすぎだぞ」
ひたぎ「あら、いいじゃない。これで少しでも夢から覚めてくれれば……そう思っているわ」
ひたぎ「まあこれを書いている当人は、こう偉そうに息巻いている割には、
まだ『傾物語』までしか原作を読んでいないのだけれど」
暦「アウトーッ!」
──
暦「ったく、いきなり何を話し出すかと思えば……まあいいや。
気を取り直して何か話そうぜ、戦場ヶ原」
ひたぎ「いえ、もうそれなりに話したし、勉強に戻りたいと思っていたのだけれど」
暦「勉強はさっき死ぬほどしただろ……」
ひたぎ「死ぬほど? 大げさね、阿良々木くんはもう本当に死ぬほどの経験をしているというのに。
え、もしかしてそれほどのものだったのかしら」
暦「こ、言葉の綾って言うか……って、大げさに捉えるなっ」
ひたぎ「確かに阿良々木くんのあってないような脳みそには、少し大変すぎたのかもね。
殴ると頭の中で脳みそがコロコロ鳴っているし、ちっちゃ」
暦「馬鹿は僕の妹専門だから、戦場ヶ原」
なんで物覚えの悪い人間とか、優劣ができてしまうのでしょうね」
暦「……なんでだろうな」ズキッ
ひたぎ「むしろ脳みそ自体、男性の方が重いのよね。
ねぇ、なんでかしら阿良々木くん?」
暦「文脈から読み取らせるのはやめろ!」
ひたぎ「は? 文脈も何も、私は阿良々木くんが阿呆でトンチンカンだなんて、
言っていないじゃない」
暦「え?」
ひたぎ「まあそんなこと周知の事実なのだけれど。
そこで文脈という言葉を使う意味が分からないわね。
えっと……今話したことは理解できているかしら」
暦「なんでそこまで馬鹿扱いされてるんだ!?」
暦「戦場ヶ原、僕たちの関係って恋人なんだよな……?」
ひたぎ「え……阿良々木くんの恋人は羽川さんでしょ」
暦「えっ」
ひたぎ「えっ」
暦「……あのな戦場ヶ原。言っていい冗談と悪い冗談が」
ひたぎ「世界線が変動したのよ」
暦「いい冗談だった!」
きっとあの科学思考のキャラクター、私のパクリなのよ」
暦「世界とまではいかないけれど、かなりの人を敵に回したな!」
ひたぎ「髪長いし」
暦「子供みたいな指摘! てか戦場ヶ原、お前は髪切るじゃんかよ」
ひたぎ「えっと……きっとあの……白痴の子は私のパクリね。トゥットゥルー」
暦「お前は僕を含めた大勢の人間を敵に回したぞ……!!」
暦「あと物真似やるんだったら、もう少し感情を込めろよな」
ひたぎ「細かいわね」
相變ハラズノ棒讀ミ。
羽川さんに怒られちゃうわね」シュン…
暦「その冗談まだ続けるのか……」
ひたぎ「私にまで強い既視感があるなんて、世界は残酷なのね」
ひたぎ「阿良々木くんこの前『頭がくらくらする……』って言っていたじゃない」
暦「え、ああ。あの時か」
ひたぎ「あの時、世界線が変動したのよ」
暦「戦場ヶ原、僕の頭を殴ったことを適当な理由で片付けようとするな!」
暦「もし本当にいたんだったら、せめてパーで叩けよ」
ひたぎ「パーなら頬を叩くわ」
暦「暴力ふるいたいだけなんだなそうなんだな!?」
ひたぎ「あっ。この世界線だと、私と阿良々木くんが卒業式の日に殺されるわ」
暦「やけにリアルだから!!」
ひたぎ「早く過去に行って世界を再構築してきてよ、阿良々木くん」
暦「戦場ヶ原、風呂敷を広げればいいって問題じゃないからな?」
ひたぎ「ああ、それなら……」
──
僕ハ歸リ道ヲ歩イテイタ。
勉強ハマヅマヅ。
ホドホドニ何トカ、成績ハ上ガツテイツテイルト思フ。
暦「……」キコキコ
例ニヨツテ例ノ如ク。僕ハ戰場箇原ニ徹底的ニ絞ラレタノダツタワケデ、
其レデモ昔ヨリハタフニ成ツタモノダト、半バ殊勝氣味ニ、感慨ニ滲ルノダツタ。
暦「って、何か忘れているような……」
暦「僕らしくもなく、投げっぱなしなことをしてしまったような」
キコキコ──
暦「……おっ」
暦「……っ、……!」
キコキコキコキコキコキコ────
暦「──とうっ!」
真宵「……っ!」キョロ─
暦「はーちーくーじー!!」
真宵「破道の八十九ッ!!」ズビシッ
暦「ぐあっ!?」
暦「お前……いつからオサレ漫画のキャラクターになったんだ……?」
真宵「カルピスの原料を薄めたものをさらに薄める……どこか、何か共通点があると思うのです」
真宵「しっかりときっぱりと、話をいいところでやめておけば良かったと思いませんか?」
暦「戦場ヶ原に負けないくらいのブラックジョークだから、
そこについてはあまり言及しないが、しかし八九寺、
遅ればせながらもここに関しては突っ込ませてもらおう」
真宵「失礼、噛みました」
暦「違う、わざとだ……」
真宵「かみまみたっ」
暦「わざとじゃない!?」
真宵「call me lonely turn !!」
暦「訳文が悲しすぎる……!」
──
真宵「ほほう、あの方のお家でお勉強ですか。
阿良々木さんも賢くなりましたね」ニヤニヤ
暦「お前が言う”賢い”とは何かを問いたいところだけれど、
まあいい。こうして八九寺と出会えたことを素直に喜ぶことにしようか」スッ
真宵「そう言いながらも手を出そうとしている時点で、
私が阿良々木さんに言ったことを、早速訂正する羽目になりそうなのですが」
暦「何言ってるんだ八九寺。トークで気を引きながら行動することは、
十分賢い方法のうちに入るものだと思うんだがな」
真宵「この掛け合いは正直賢い会話とは言えませんね」
暦「”賢い”のニュアンスがずれ過ぎだな。よし八九寺、お互いにもう少し賢くいこうぜ」サワサワ
真宵「さっそく交渉決裂しそうな気配なのですが!? ──ガウッ!!」
決してお前の貞操なんて考えちゃいないんだぜ!」
真宵「ガウッ、それを聞いて落ち着くと思ったのですか!?」
暦「ああ、って、くっそ暴れるな……!」ガシッ
真宵「がうぅうッ! がぁあぁぁぁあ!!」ジタバタ
暦「どうだ。原作購読者倍増のためにも、
ここは賢い行動を取るべきじゃないのか、なぁ八九寺!?」ワキワキ
真宵「ぎゃああああああああああああああああああ!!」
エッチな風が、吹いているぞぉ!!」
真宵「いやぁあぁぁあああああああああああ!!」
ポカポカポカポカ──
真宵「ふんぬっ!」ドスッ
暦「ぐあぁ!?」
暦「あ、ぁぁああ……」ガクガク
真宵「……本当最低最悪、悪の権化のような人ですね阿良々木さんは」
暦「みぞに入った……!」ガクッ
正直驚きですよ」
暦「お前はどこで何を修行してきたんだよ……」
真宵「精神と時の部屋で三日間、ちょこっとだけ」
暦「三日!? 待てよ、あそこには二日までしかいられないはずだぞ!
ちょこっとって!」
真宵「私にとって三年なんてあっという間なんですよ」ニコッ
暦「切ない!」
──
暦「ったく、僕たちは何回戦えばいいんだよ」
真宵「運命(さだめ)なのですよ、ムササビさん」
暦「いくら戦力差があるからといって、
僕を飛行可能の小動物みたいな名前で呼ぶな」
真宵「モモンガさん」
暦「反省してない上に遠のいちゃった!」
真宵「失礼、噛みました」
真宵「かみまみた」
暦「わざとじゃない!?」
真宵「冷めました」
暦「ついにこの流れが終わるのか!? うわぁ! もうおしまいだぁ!」
真宵「まったく、阿良々木さんは落ち着きがないですね」
暦「うるせぇ」
私、最近少しばかり遠出したりしているんですよ」
暦「遠出? 歩いてか?」
真宵「ちょこっと湘南の風を浴びてきました」
暦「だからお前のちょこっとの範囲おかしいって!」
真宵「いいではないですか。どこで話が繰り広げられているかも、
定かではないのですから」
暦「あのな八九寺。直江津って地域は日本で一箇所しかねえんだよ」
真宵「湘南でジェロに会ってきました」
暦「あの野郎出雲崎捨てやがったな!?」
明確な聖地はないのですよ」
真宵「いくら自分の出身県が聖地少な目だからって、
無理やりこじつけようとしないで下さい」
暦「それ、誰に言ってるんだ……?」
真宵「どこもかしこも聖地聖地と……そんなに町興しがしたいのなら、
それなりに頑張らなければいけないのです」
真宵「アニメに頼って何になるんですかねぇ。
その土地を護ってきた、ご先祖様が泣いちゃいますよ」
暦「まあ、宣伝はして無駄にはならないだろうし、
確かにアニメに頼るのもどうかとは思うが……」
暦「若者を引き寄せるっつったら、他に案があるかな」
暦「意味がよく分からないんだが、八九寺」
真宵「一般人入場可、市民はチケット無料です」
暦「犯罪チックすぎるだろ」
暦「もっとこう、まともな案はないのか?」
真宵「うーん……畑仕事も流行りませんからねー、
そういうアニメは増えた気もしますが」
暦「相変わらずだが、八九寺ってその手の話に、
やけに詳しかったりするよな」
暦「メタとか言ってたらキリがないけれど、
どこかから情報を仕入れてるのか?」
流行のアニメや、時事問題にも耳を傾けたりしています」
暦「ほお」
真宵「いつもニコニコあなたの後ろに這いよる幽霊、八九寺真宵ですっ」
暦「いつもウロウロの間違いだろ」
暦(可愛い)
真宵「いつもピョコピョコです」
暦「余計に可愛い!」
暦「ああ、まあアイツと同じ大学に行くためだ。
どんな過酷な道だろうと、そこが僕の行く道なんだよ」
真宵「そうですか。その道を進んでいく、いえ、その道ではなくとも、
時間が経ち阿良々木さんが大人になれば……」
暦「あ? 何が言いたいんだよ八九寺」
真宵「いえ、なんでもありません。ただの子供のわがままです」ニコッ
真宵「ただ、こうして阿良々木さんとお話をしている時間は、
自分が幽霊であって然るべき、という半ば制約のようなものを、
きれいに忘れていられますから」
暦「……」
暦「そのニックネームは我が後輩がつけたもので、
必然なのか偶然なのかは分からないけれど、八九寺……」
真宵「そんな顔しないで下さい。私は今みたいに、変わらず、
いつもの阿良々木さんといるのが、大好きなんです」
真宵「今の時間を大切に……この時間に、迷い続けていたいです」
暦「……それはだめだ八九寺。僕だって、楽しいさ。いつかの僕がもしかしたら、
お前のためになら一生迷ってやるとか、
僕ならきっと、きっとそう言うだろうけど」
暦「一生迷うことなんてない。
人は絶対に答えを、いつか見つけるものだから」
真宵「……阿良々木さんは、本当に賢いですね」
ただ僕の心の赴くままに、滅茶苦茶に走り回っているだけで」
暦「僕はお前を助けたかった。助けなきゃいけなかったんだ。だからこそ、
今の時間がある」
暦「また、新しい時間はあるんだ八九寺。僕はお前を忘れないし、
忘れさせない。どうしようもないことかもしれないけれど、
たとえ進学したって、僕とお前の関係は終わらない」
暦「僕が終わらせない。終わってたまるか」
其ノ思ヒニ迷ヒハ無イ。
暦「うるせぇ。作品に対するロリ枠が減るのが、ただ本能的に嫌なだけだ」
真宵「でもロリキャラってけっこう、すでにいるんですよね。
そろそろ私も、腰を落ち着けるべきでしょうか」
暦「は?」
真宵「初代ロリ王として、落ち着くべきなのかと」
暦「初代って……色々突っ込むところがあるぞ」
真宵「古代ロリ王として」
暦「強そうだけれど!」
だからといって、会話の内容まで一緒とは限らないんだよ」
真宵「情けないですね~……私がいなくても大丈夫でしょ、阿良々木さん」
暦「待て待て。いや、おい、ちょっと、待て待て八九寺」
真宵「言葉に中身がまるでないのですが」
暦「……」
壹息。
真宵「……」
暦「ずっと近くにいて下さい……!」
真宵「結局ですか……」
ドレダケ格好良イ言葉ヲ竝ベテモ、
何ダカンダデ、八九寺ニハ近クニイテホシイ。
タダ其レダケナノダト、僕ハ自覺シタノダツタ。
──
真宵「それでは阿良々木さんっ、またお会いしましょう」
暦「おう、じゃあな八九寺」
真宵「次に会うのは……多分次の次の日、明後日のお昼ごろでしょうか」
暦「だからお前は一体何者なんだ!?」
真宵「美人マネージャー真宵ですっ」
暦「色んな意味で信用できないマネージャーだ……」
暦「マネージャーの”マネー”は、言っておくが金銭とは関係ないからな」
真宵「知ってますよ」
暦「ならなお悪いわ」
真宵「ではではまた明後日ということで、阿良々木さん。
それまでに私を飽きさせない話のネタを考えてきてくださいねーっ」
暦「なんて理不尽で難しい課題なんだ……!」
真宵「えへへっ、それでは阿良々木さん」ニコッ
暦「……じゃあな、八九寺」
何モ變ハラナイ、他愛ノ無イ挨拶デ。
僕ハマタ、歸リ道ヲ進ミ始メタ。
──
暦「ただいまー」
…………。
暦「……あれ」
テクテク…
暦「……リビングか?」ガチャッ
火憐「……お、兄ちゃんお帰りー」
暦「おい、ちゃんと玄関まで来て迎えてくれよ。
僕が寂しくて死んじゃうだろうが」
火憐「……おー」ボー…
火憐「……」ボー…
暦「……」
暦「……」モミッ
火憐「……兄ちゃん」
暦「なんだよ」
火憐「……」
火憐「……やめた方がいいぜ、そういうの」
──
暦「死にたくなった……」
月火「ふーん……」ポチポチ
暦「……月火ちゃん。火憐ちゃんに何かあったか、知らないか?」
月火「私と一緒ー……」ポチポチ
…………。
暦「……ふーん」
月火「……」ポチポチ
暦「……」モミッ
月火「……お兄ちゃん」
暦「なんだよ」
月火「ハサミとって」
暦「ほい」
──
暦「死にそうになった……」
忍「妹御の乳房を揉む事が、お前様の習慣なのか……?」
暦「まるで当たり前のように、
まるでいつも揉んでいるような言い方はやめろ、忍」
忍「儂が大人サイズならのう。お前様を、
快楽の底にまで引き摺り下ろすことも容易であろうに……」サワサワ
暦「お前は幼女のままでいい、その方がいい」
暦「それより、あいつ等どうしちまったんだ。あれだけ大人しい妹たちも、
まあ珍しいから、今のうちに楽しんでおくのも案の一つだけれど」
忍「いや、ちっちゃい方の妹御は大人しくはなかったじゃろ」
忍「悪びれも無く公言するなこの戯け」
暦「妹だからいいんだ」
忍「妹以前に女じゃろうに……女の敵が」ギロッ
暦「ごめんなさい強がってました……!」
忍「ふむ……儂の勘じゃと、あれは男じゃな」
暦「なに?」
忍「男絡みじゃよ。あの二人、二人共じゃ」
僕の中ではいないことになっているけど、そう、いないんだ」
忍「なんじゃその訳の分からん日本語は」
忍「とにかく。お前様がしたことは女からしたら、
深い傷に陰部を擦り付けられるぐらいの、ひどい陵辱なんじゃぞ。
そこは弁えていたか、お前様」
暦「死んでくる」ガラッ
忍「死んでも償いきれんよ」ガシッ
暦「まあお前様の妹御じゃ。すでにそれなりに慣れてしまっているから、
そこまででもないかもしれんがの」
暦「……助けてノブえもん」
今の世の中、そんなもの流行らんし、そもそも流行らせてくれんし」
忍「とりあえず……儂なりのアドバイスをするのなら、
『男を襲え』としか言えんの」
暦「火憐ちゃんたちに耳打ちしやがったらぶっ飛ばすからな」
忍「儂に恋の相談は向かん」
暦「難しいなぁ、恋の悩みか……」
忍「それよりお前様。相談に乗ってあげたところで、ほれ、見返りを寄越せ」
暦「なんの役にも立ってねえだろ」
忍「寄越せ、さもないと襲うぞよ?」
暦「ぞよって……」
これほどまでに良心溢れる商談はないぞ?」
暦「商談に持ち込むほど我慢できてないだろ、お前は」
忍「……?」
暦「可愛いつもりか」
忍「っ!」
暦「なんか可愛いかも」
暦「ってこんなことしてる場合じゃねえ。お前は頼りにならないし、他に──あっ」
──
prrrrr… prrrrr…
駿河『神原駿河だっ』
駿河『神原駿河、得意技は難聴だ』
暦「どれだけの後輩を泣かせてきたんだよ、お前は……」
駿河『え、なんだって?』
暦「なんでもないよ」
駿河『お、その素っ気無さは阿良々木先輩か』
駿河『……え、なんだって阿良々木先輩。
よく聴こえなかったぞ』
暦「ずるいよそれ!!」
暦「まあいいや。神原、ちょっとお前に頼みたいことがあってさ」
駿河『なんだ阿良々木先輩。一人で何でもこなしてしまう、
聡明なお方からの頼みとは恐れ入る。私にそれが務まるとは到底思えないのだが、
しかし阿良々木先輩からのお願いだ、全力で研鑽させてもらおう。
あぁ、だったら早く内容を教えてくれ阿良々木先輩。私のスイッチを押したのなら、
それをしっかり制御してもらう必要がある。まずは落ち着くために、キスでもしようか。
今からそちらに向かうから、ベッドを温めておいてくれ。
阿良々木先輩の初夜は、私のものだ』
暦「……」
暦「お前の溢れる感情はありがたいけれど、ベッドのシーツは別に変えないし、
家の鍵は何重にも掛けておくことにするから」
駿河『私に気を遣うことはないぞ阿良々木先輩。私は阿良々木先輩とならいつでも、
どこでも、いくらでもの女だ。よろしくなっ』
暦「話を聴け神原!!」
暦「どうやらお前を、これからは本格的に、
我が家の敷地内に入れさせることを禁じなくちゃいけないようだな」
駿河『そうか……侵入し甲斐があるな!』
暦「犯罪予告されちゃった!」
つまり二階の窓に飛び移ることなど、造作もないのだ……』
暦「厨二な上にブラック!」
戰慄シタゾオイ。
暦「おい、そろそろ本題に入っていいか?」
駿河『阿良々木先輩。結婚したいという先立つ気持ちはありがたいのだが、ならまずは、
えっとだな……私に少し時間をくれないか。
おばあちゃんの許可を取ってからではないと、いやしかし、
どうだろう阿良々木先輩。むしろ二人で逃避行してしまうという選択肢も、
また捨てがたいと思うのだ。戦場ヶ原先輩のしがらみから解放され、
どこか静かな村で二人暮らしていく……素晴らしい。
こんな未来もあっていいのではないだろうか、阿良々木先輩。あ、子供は五人ぐらい欲しいぞ』
暦「今日は一段とめんどくせえな!!」
駿河『久々の掛け合いが楽しいのだ、ハハハッ!』
暦「また今度、いや、明日にいくらでも話してやるから、
とりあえず話を聞け神原」
駿河『明日? あぁ、そうか明日は掃除の日か』
暦「おう、今のうちに少しは纏めておけ」
駿河『相分かった。それでは阿良々木先輩。本当にそろそろ、内容を教えてくれないか』
暦「よし。簡単に説明するなら、恋の相談」
暦「違う、妹二人の恋愛についてだ。理由はまだ分からないけれど、
何か様子がおかしいんだ。だから詳しい話は明日に持ち越しになる。
これから何があったか、意地でも聞き出すからさ」
駿河『そうか、それならしょうがない。明日へ持ち越しだな、あ、それと、
阿良々木先輩はあれか? 私が後輩から慕われていると思ったから、
こうして相談を持ちかけたのか?』
暦「まあな。お前なら後輩から色々な相談をされているだろうし、
適任かなって」
駿河『そうか……ふふふんっ』
暦「あ? どうしたいきなり」
暦「な、なんだよ気味が悪い」
駿河『むぅ……何でもない。そうか、期待に応えることは出来るか定かではないが、分かった。
その相談引き受けよう。また明日、詳しい話を聞かせてくれ』
暦「じゃあ、明日の午前からでいいか? 掃除もきちんとやりたいし」
駿河『うむ、ではおばあちゃんにお昼を作ってもらおう。
明日が楽しみでしょうがないなぁ!』
暦「はいはい。じゃあ、そろそろ切るぞ神原。また明日な」
駿河『うむ、それではな阿良々木先輩っ』ピッ
ツー… ツー… ツー… ツー…
暦「……さて」
──
暦「火憐ちゃん。なぁ、さっきは悪かったよ」
火憐「……おー。まあ、別に気にしちゃねえよ。悪いな兄ちゃん、
今そんな気分じゃなくてさー。いつものあたしなら、
気の利いた体術をいくつか並べていたところだけど」
暦「気の利いた体術って……」
暦(ただの暴力じゃねえか)
暦「……何があったんだ火憐ちゃん。彼氏と、喧嘩でもしたか」
火憐「ぅ……」
暦「……」
取リ敢ヘズ見守ル。
暦「わかりやすっ」
火憐「うあ~! あたしとしたことが、
こんなことで心を読み取られるなんて。兄ちゃん、
今のあたしは見なかったことにしてくれっ」
暦「今更なにを……お前の恥ずかしいところなんて、飽きるほど見てんだよ」
火憐「……ちょっと、な。大したことではないんだけど。疎遠になったというか、
一緒にいても心ここに在らずというか……」
火憐「喧嘩ってわけでもないんだけどさ。もういっそのこと、
有情拳で二人共楽に死んでしまおうか」
暦「恐ろしいことを言うなアホ。それと、
簡単に北斗神拳を使おうとするんじゃない」
火憐「師匠が少し使えるからさ、真似できるかなって」
暦「すげぇ!! 少しでもすげぇ!!」
師匠スゲエ。
暦「さっさと塔からおっこちて死ね」
暦「……火憐ちゃん。その悩み、僕が解決してしんぜよう」
火憐「えっ、何? 兄ちゃんが?」
暦「おう」
火憐「ばーか、無理だよ無理無理。童貞だもん」
暦「は!? お前、童貞差別をしたな! 童貞を馬鹿にしたな!?」
暦「関係ない、ってか、お前は僕になんの恨みがあるんだ!」
火憐「……適当に言っただけだよ、そんな怒んなってー」
暦「……」
火憐「いいよ分かった。兄ちゃんとあたしの悩み、どっちが勝つか──」
火憐「──楽しみにしてる」
──
暦「……」スタスタ
暦(あいつ……相当重症だな)
暦「……月火さーん?」ガチャッ
月火「……、お兄ちゃん?」
暦「先程は誠に申し訳御座いませんでした。月火さんの気持ちを踏み躙り、
凌辱したこの不束者をどうかお許し下さい」
月火「うざ」
暦「……」
謝ツタノニウザガラレテシマツタ。
彼氏と喧嘩したのか」
月火「……もう、いつもながら、
お兄ちゃんは妹のことに首突っ込みすぎ」
暦「違う。僕のセンサー範囲内に、お前らが首を突っ込んでくるんだ」
月火「めちょめちょなこと言って」
暦「その擬音はない」
月火「……まあ、そんな大したことじゃないよ。喧嘩っていうかさ、
もう喧嘩以前の問題なんだよね」
暦「は?」
月火「童貞には分からないよ」
暦「だから童貞は関係ねえだろ!!」
暦「どうって……なにがだよ」
慥カニ血縁ノ人間ニ戀愛事情ヲ訊カレルノハ、
何カ、生理的ニキツイ。
月火「何て言うんだろう……戦場ヶ原さんのいる生活が、
当たり前になってたりしない?」
暦「……いまいち掴み辛い言い方だな」
暦「そりゃ、月火ちゃんの言うとおりではあるけれど」
月火「お兄ちゃんも気をつけて。カメラ撮りがカメラとも言うから」
暦「映画泥棒かよ」
──貳日目・午前壹拾時──
駿河「よくきたな阿良々木先輩、ささ、どうぞ中へ」
暦「おう」
駿河「それにしても遅かったな。阿良々木先輩が午前からと言うものだから、
しっかりと夜中のうちからベッドを二つ用意していたというのに。
まあ阿良々木先輩のようなお方なら、夜這いなどという、
下劣な行為をするとも思えなかったのだがな」
暦「時間の概念を覚えたばかりの、小学生みたいな行動してんじゃねえよ」
駿河「え、いや……小学生で行為に至るというのはちょっと」
暦「そっちじゃねえ!」
そういう話を聴いたことはあるな」
暦「まあ、爛れた関係とかではないだろうけど。どちらにしろ背伸びしすぎっつーか、
子供にはまだまだ早すぎる」
駿河「うーむ、阿良々木先輩はあれだな。娘ができたとして、
その子がキスなんかした日には大変なことになりそうだな」
暦「大変なことになるな」
駿河「火憐ちゃんと月火ちゃんに対する感情に近い、かな」
暦「否定はしないよ」
──
駿河「さて、では話を聞かせてくれ阿良々木先輩」
暦「おう、どうやらあいつ等御両人、どちらとも原因は同じらしいんだよ」
駿河「ふむ……」
暦「まあ、なんとなくだけど掴むことはできたよ。
どうやら付き合っているはいるが、
その関係が惰性になってしまっているらしい」
駿河「……うむ、よく聞く話だな」
駿河「例によって、いつも後輩にはこう言っている」
駿河「男を襲え、と」
…………。
暦「帰るぞ、掃除は自分でやれ」
駿河「待ってくれ阿良々木先輩、話を聞いてくれ。えっと……えっとだな、
うむ、正直に話そう」
駿河「恋愛話に関しては色々聞いてはいるのだが、
私自身恋愛に詳しいわけではないのだ」
暦「お前、先輩としてそこは正直にだな……」
駿河「いや、強硬手段ではあるがそこから、もう少し補足してはいるのだぞ阿良々木先輩。
誘惑してみろ、とか。色々男子には言えないようなお下劣な案を出したりな」
暦「僕の女性像が崩れていくぞ」
駿河「成功率は80%だ」
暦「そんな馬鹿な!!」
駿河「しかし阿良々木先輩のことだ。火憐ちゃんと月火ちゃんにこの案はいけないな、
だとすると私はこれ以上アドバイスすることは出来なそうだが……」
暦「うむ……」
駿河「これから考えるのもいいかもしれないな。うんうん、阿良々木先輩。
どうだろうか、一緒に代替案を考えようではないか」
暦「それしかないよな……よし、ここは可愛い妹のために一肌脱ぐとするか」
暦「予想してはいたが服を脱ごうとするんじゃねえ」ガシッ
駿河「しかし阿良々木先輩、こういう恋愛話となると若干ではあるが、
心の高揚が必要であると思うのだ。
ドキドキする気持ちから生まれる案もあるかもしれないだろ?」ジタバタ
暦「相変わらずお前の言うことは、行為に及ぶ前の適当な言い訳にしか聞こえないんだよ」
駿河「妹さんのためだと思えば安かろう。私の裸体を見て幻滅することもないだろうし、
どうだ。阿良々木先輩にデメリットはないと思うのだが」
暦「そうだとしてもその後が怖すぎんだよ。後先考えろってんだ」
殺してしまおう」
暦「尊敬する先輩だったんじゃないのか!?」
駿河「まあ冗談はここまでにするとして、阿良々木先輩。
この問題は阿良々木先輩が中心となって、考えるべきではないだろうか」
空氣ガ變ハル。
暦「あ? なんでだよ」
駿河「実際付き合っているではないか。阿良々木先輩は」
暦「…………」
暦「……そう、なるよな」
確かに後輩の悩みを聞いてあげている身の私としては、
私に訊くことは賢明な判断であったとは思うが、しかしやはり、
今回はほんの少しばかり、憤りを感じずにはいられなかったぞ」
暦「……ごめん」
駿河「謝ることでもないが、阿良々木先輩……戦場ヶ原先輩のことを、
もう少しだけ、考えてあげてほしい」
暦「……」
暦(そう、神原の言うとおりだ。僕は火憐ちゃんと月火ちゃんの悩みを、
解決しようとした。僕がどういう状況で、どういう接し方をしているか。
彼女と──戦場ヶ原との経験を、活かそうとした)
暦「……でも、分からないんだ」
駿河「……」
沈默。
関係性を紡ぎ続けられているかが。僕には、分からなかったんだ」
暦「本当に好きなのかも、分からない」
駿河「……阿良々木先輩っ」
暦「ごめんな、神原」
暦「だけど、それでも僕は戦場ヶ原が好きなんだ。確かな決定論であって、
滅茶苦茶なことかもしれないけれど、確かに好きなんだ」
暦「何故かと訊かれると、不安になる。それが──……」
暦(ああ、そうか……)
「お兄ちゃんは、戦場ヶ原さんとはどうなの?」
「戦場ヶ原さんのいる生活が、当たり前になってたりしない?」
「……いまいち掴み辛い言い方だな」
「お兄ちゃんも気をつけて」
暦「お兄ちゃんも、気をつけて……か」
駿河「阿良々木先輩……?」
暦「──ミイラ取りが、ミイラだ」
──
駿河「まずは妹さん達への呼称の雑な変化、謝らせてもらおう。
すまない阿良々木先輩」
暦「いや、別に僕の妹をどう呼ぼうかなんて勝手だけどさ、神原」
駿河「だから続きをさっさと読めと言っているのに……」
暦「どうしてもアニメから見たいんだとさ」
駿河「それで、結局は阿良々木先輩も妹さん達同様、
恋の悩みの対象となってしまったわけだが」
暦「うっ……」
分からなくもない」
駿河「私も中学の頃はそうだった。戦場ヶ原先輩と仲良くなり、
毎日のようにくっ付いていたが、それが段々と怖くなったものだ」
暦「神原……」
駿河「仲が良い。それが当たり前すぎて、当たり前が嬉しさの価値を下げてしまう。
本来の価値を、霞ませてしまう」
駿河「惰性で付き合っているというのも、それと同じ状況だろう」
暦「なるほどな……やればできるじゃないか、神原」
駿河「阿良々木先輩が悩んでいるのだからな、
私はそれを解決しなければならない」
暦「……ありがとうな」
駿河「あと妹さん達にも」
暦「ついでみたいに言うな」
駿河「阿良々木先輩に次いで幸せになってほしい」
暦「うまくない」
駿河「阿良々木先輩は、優しさと厳しさが対であるお方だ」
暦「うまくない!」
──
駿河「それで、解決法を思案せねばならないのだが、どうだろう阿良々木先輩。
今日一日限定この場限りこの時だけは、私の彼氏になってくれないか」
暦「はぁ!? な、なんでそうなるんだよ」
駿河「お、案外揺らぐのだな阿良々木先輩」ニヤニヤ
暦「先輩をいじって楽しいか、神原!」
駿河「阿良々木くんって、脆くて弱いから……」
暦「似てねぇ」
私と一度カップルを演じることによって、
一時的に付き合いたての頃の感覚を思い起こそう、という思い付きだ」
暦「あぁ、なるほど」
駿河「では、早速……んーっ」
暦「って、おいちょっと!?」サッ
駿河「……なんだ阿良々木先輩、今私たちはカップルなのだぞ。
そりゃ阿良々木先輩の最初は、戦場ヶ原先輩がいいだろう。
そこは保証するにしても、キスぐらいならノーカウントだろう」
暦「付き合って間もなくキスなんてするかぁ!」
駿河「同人のキャラクターはみんなバンバンしているというのに……」
暦「漫画だろ!?」
自然に設定を溶け込ませていこうではないか」
暦「戦場ヶ原はどちらかというと会話に示してたけどな。
行動でってよりは、いちいち恥ずかしいこと言ったりだとか」
駿河「ふーん」
暦「前にも言ったが、真面目な話、お前でも誰でも戦場ヶ原の代わりになんて、
なれないんだけどな」
駿河「……阿良々木先輩。なんでこういう時に、他の女性の話をするのだ?」
暦「へっ?」
暦「……」
暦(役に成りきっている……!!)
駿河「……、ねぇ……」スッ─
暦「……あの、神原さん。くっ付かれると掃除がし辛いのですが」
駿河「ね~ぇ」スススス─ダキッ
暦「ひぃいっ!」ゾワワワワ─…
そもそもなんで神原の家にきたんだっけ)
早速、後輩ノ色香ニブレブレニ搖ラグ僕ナノダツタ。
暦「……神原、あのな」
駿河「んー、なんだ阿良々木先輩?」
暦「っ……──」
暦「後でいくらでも可愛がってやるから、掃除をさせてくれ」
駿河「……もう、つれないな阿良々木先輩は」パッ
──壹時間後──
暦「どうなるかと思った……」
駿河「でも、どうだ阿良々木先輩? 私が相手だから、
その抵抗は省くとしても、いい思いはできたのではないか?」
暦「……おお、確かに!」
暦(その大部分が、抱きつかれた時にあった様々な柔らかい感触だとは、
口が裂けても言えないぞ)
駿河「その身に感じてほしかったのだ、阿良々木先輩。今ある状況が、
どれだけ恵まれていて、どれだけ幸せであるか」
暦「当たり前……そう感じちまってるんだよな」
私にとってどれだけ羨ましいことかということも、再認識してほしい」
暦「……」
暦(これは、これだけの話じゃない。怪異現象はどこでも起きている、
それを認識してしまっているこの状況を、僕は当たり前と思っちゃいけないんだ)
暦(戦場ヶ原……)
駿河「……さて、事は解決したところで掃除もそこそこに、
私を可愛がってくれないだろうか、阿良々木先輩」ジリジリ
暦「えっ!? い、いや神原。可愛がるって言ったってな……」
駿河「後輩を可愛がることは、先輩の義務でもあるのだぞ阿良々木先輩。
私だって戦場ヶ原先輩だって、どれだけ後輩達の頭を撫でてきたことか」
暦「……ほーん」
駿河「っ、あっ……」ビクッ
暦「なんだ、こんなもんか」ナデナデ
駿河「こ、こんなもんとはっ、ご挨拶だな阿良々木せ、先輩……」
暦「ははは、神原。キャラを壊しかねないぞー」ナデナデ
暦(まさかこの話でナデナデプレイが出来るとは思ってなかったぜ)
駿河「き、気持ちがいいのは認めるがこれはいささか──ふぁあ!」ビクンッ
暦「どうした神原後輩。いつもの御堅い敬語で、饒舌に話してみてくれよ」ナデナデ
駿河「む、むむむ~~……! ──っえい」ピトッ
暦「な、なにっ!?」
阿良々木先輩はアホ毛を強く握られると力が抜けるのだ!」ギュッ
暦「そんな設定ないぞ!?」
駿河「阿良々木先輩~……」ギュッ
暦「……ったく、懐っこい後輩だ」
ドキドキドキドキドキドキドキドキ────
駿河「阿良々木先輩。やはりこういう行為は、
どんな異性でもドキドキするものなのだろうか」
暦「当たり前だ。何も感じないやつなんて、それこそ大仏や菩薩ぐらいなもんだ」
暦「あ?」
駿河「なんでもない」
駿河「……戦場ヶ原先輩のこと、頼むぞ。あの人だけは特別に、
想ってあげてくれ阿良々木先輩」
暦「……当たり前だ」
──
駿河「よし、ここからはフリートークだ。ストーリーパートもやったし、
お疲れ様阿良々木先輩」
暦「とりあえずこっちの世界に帰って来い、神原」
駿河「ふむ、しかし阿良々木三兄妹が全員恋の悩みとは。いつも皆を助けている阿良々木先輩も、
いつも皆を助けていると専らの噂の妹さん達も、こればかりは敵わないわけか」
暦「うるせぇ。僕達は別に、超人のヒーローってわけじゃないんだよ」
駿河「実は私は……恋の悩みが顕現した存在なのだ」
暦「もしかして、お前を倒せば解決するのか!?」
駿河「元の身体はここにはないぞ」
暦「思ったより面倒くさそう!」
暦「なんかさ、まるで怪異みたいだよなって。まあこうやって安易に、
適当なこと言ってると、どこかから忍野に小突かれそうな気もするけれど」
駿河「おぉ、うまく繋げたな」
暦「元々考えてたから!」
暦「結局は自分次第なんだよな。そう思えばそうなんだろうし、
思わなければそれもまた正しいんだろうぜ」
駿河「……あの、阿良々木先輩。そろそろウジウジ言っているのが、
段々と腹立たしくなってきたのだが」
暦「ぐっ……」
また一興であると思うのだが阿良々木先輩。
まあ別に私が聞き役になってもいいのだが、
そう、我慢するのは後輩の仕事でもあるのだからな。
阿良々木先輩の全てを受けきる、それが神原駿河の生まれついての使命なのかもしれない。
だから選んでくれ阿良々木先輩。私と行為に及ぶか私をエロ奴隷にするか、どちらか一択だ」
暦「腹立たしいのはこっちの方だ!」
駿河「いいではないか。歓談を行為と言い換えるのも、話を聞くことをを奴隷と言い換えるのも、
さほど意味は変わらないだろう」
暦「お前の基準で言葉を言い換えるな。まともに話せなくなるだろうが」
駿河「私と話すのにまともさを期待されても困るぞ阿良々木先輩。
私はエロ枠だ」
暦「変に自覚してんじゃねえ!」
マア、間違ツテハイナイ。
……欲求不満なのだな!」
暦「不満なのは変わりないけどさ!」
駿河「それで話を戻すが阿良々木先輩。私と行為に及ぶか──」
暦「戻らなくていい。行為になんて及ばないし、エロ奴隷もお断りだっ」
駿河「そうか、別にエロ奴隷が行為に及んではいけない道理などないものな。
いや、失敬した。選択肢を作ったせいで視野が狭まってたようだ。
いいぞ阿良々木先輩、好きにしてくれ。私はいっこうに構わないから」
暦「……」
ソロソロ、エロネタモ飽キテキタゾ。
身を犠牲にしすぎてないか?」
駿河「ん? そうか? まあ確かに阿良々木先輩は変に私の存在を定義していそうだが、
本当に本来の私をさらけ出すとすると、話の内容が濃く、暗くなってしまうからな」
暦「その自覚も、変な自信があって何かアレだけれど……」
駿河「私が真面目なキャラだったら面白くないだろう?
阿良々木先輩との歓談を主なセールスポイントにしているとすれば、
それは決定的な欠陥だ」
駿河「雑談に重きを置いている、ましてや根本のストーリーさえも無視した話ならば、
やはりどうしても面白さが必要だろう」
暦「まあ、そうだけどさ。話のテーマのことをもうちょっと考えようぜ」
駿河「私は、うん……そうだな、エッチなネタが大好きだ」
暦「もういいよ!」
──
暦「今日はありがとうな神原。おかげで課題は山積したけれど、
解決案は導き出せそうだよ」
駿河「うむ、あとは自分次第だ。私はここまでしか応援できない。
まあもっとも、戦場ヶ原先輩に関しては心配に及ぶまでもなさそうだがな」
暦「あ? そうか?」
駿河「うむ……」
駿河「こう言ってはなんだが、戦場ヶ原先輩は、阿良々木先輩にぞっこんだ」
暦「……そりゃ、光栄だ」
暦「僕達の仲は祈るまでもない、か」
駿河「絶縁を願っておこう」
暦「今までの全てを無駄にする一言だな!?」
暦(恐ろしい後輩だ……)
駿河「ふふふ、その時は私の元に来てもいいぞ阿良々木先輩。
いくらでも慰めてあげよう」ニコニコ
暦「はいはい。じゃあ神原、またな。
あとそろそろ、自分だけで掃除出来るようになれよー?」
駿河「はいはい」
暦「はいはいじゃねえよ! 本当に失礼なやつだな!」
駿河「おっと失言失言。ではな阿良々木先輩、お気をつけて」ニコッ
暦「ったく……じゃあな」
──午後陸時──
暦「それでだなファイヤーシスターズ。お前らの悩みを解決しようと、
僕は頑張ってきたわけだけれど」
火憐「いちいち正座させてまで話すことか、兄ちゃん?」
月火「わざわざ改まってまで言うことなの、お兄ちゃん?」
暦「黙って僕の話を聞け」
火憐「つまらない話だったらぶっ飛ばすぞ」
暦「……」
暦(下手したら……下手しなくてもぶっ飛ばされそうだ)
暦「ぶっ飛ばすぞ月火ちゃん」
暦「お前ら、いや……僕にも言えることだけど、
相手を疎遠に感じることはよくあることらしい。
それだけ、その人のことを想っているからこそ、だ」
火憐「むぅ……まあ、考えてるっちゃ、考えてはいるけど」
月火「お兄ちゃんにも言えることなんだ」
暦「僕の話はどうでもいい。つまりは、考えすぎってことだ。
考えすぎて、それが当たり前になってしまっている」
月火「ふぅん……なんとなくだけど、まあ私が考えてたことと一緒かなぁ」
多分兄ちゃんの言うとおりだと思うぜ」
暦「そう、ここで問題なのが、その当たり前ということを、
どう価値のあるものに変化させるということなんだ」
月火「むむ?」
火憐「おぉ?」
暦「変化というよりは認識かな。だって実際僕たち、彼氏彼女がいてさ。
言ってしまえば心身充実してるじゃないか」
月火「あまり調子に乗らないほうがいいと思うけど、お兄ちゃん」
火憐「そうだぞ、兄ちゃんよりいい男なんていくらでもいるんだから」
暦「どうでもいい茶々を入れるな」
意識的に認知できれば、僕たちの問題は解決するってことだ」
戦場ヶ原、萬歳。
暦「無意識下で働いてしまっている”当たり前”を掘り起こすのは難しいけれど、
それをしない限り、意識してしまっている悶々とした考えを、拭い切れないからな」
月火「え、何なにお兄ちゃん。メンタリストにでもなったの?」
暦「アドバイスをもらって、それから自分でちょっと付け足した。それだけだよ」
火憐「なるほどなー……そっか、あたしも思い切ってキスぐらいしてみようかな」
暦「……は? どうしてそうなるんだよ」
あたしのそういうところは、兄ちゃんが一番知ってるだろ?」
暦「……」
暦(忍と神原のアドバイスがなくても変わらない、だと……?)
月火「じゃあ私も、そうしてみよっかな……」
暦「いや、やっぱりこの作戦はだめだ! 新しく何か思案しなくちゃいけないな!」
火憐「さっきの兄ちゃんはどこに行ったんだ」
月火「せっかくのいいアドバイスだったのに、もう、
お兄ちゃんったら妹のこと気にしすぎだって」
そんなホイホイ簡単にしていいもんじゃねえんだよ」
暦「お前らの唇が奪われるんだったら、僕が奪っておいたほうがいいと思う」
火憐・月火「「思わない」」
暦「ふん、大人ぶりやがって」
月火「お兄ちゃんぶりすぎて迷走してるよね、お兄ちゃん」
僕がお前らに助言できるようなことは、これくらいだから」
暦「後は自分の力で、なんとかしろ」
火憐「ふふんっ。兄ちゃんに言われなくても分かってる、まかせておけ!」
月火「お兄ちゃんこそ。見捨てられないように必死にしがみ付くといいよ」
暦「ばーか。妹なんかに言われなくても、僕は──いや、僕たちは」
暦「しがみ付き合ってみせるさ」
──
ひたぎ『しがみ付くって、本当に気持ちの悪い言葉よね』
暦「戦場ヶ原、電話切ってもいいか?」
ひたぎ『だめよ。私と阿良々木くんとのラブラブコールタイムじゃないの』
暦「だったら電話の始めから、僕の心を両断するようなことを言うんじゃない」
ひたぎ『しがみ付いてでも食らいつけ、とか。しがみ付いたら離すな、とか。
下品ったらありゃしないわ』
暦「僕さっき”しがみ付き合ってみせる”とか、堂々と口に出してたんだけど」
それってもしかして私と貴方がってことなのかしら』
暦「そ、そうだよ……」
ひたぎ『これからは、私から半径十キロメートル内には近づかないで頂戴』
暦「町を出ることになるぞ!?」
ひたぎ『私に近づくと被爆するわよ』
暦「毒舌に関してはそれだけの威力はありそうだけれど!」
ひたぎ『……でも、どうしてそんなこと?』
暦「え、いや……なんていうかさ、僕たちこうやって話すことが当たり前になってさ、
それがマンネリに感じてたりしないかな、とか考えちゃって」
暦「え、なんで?」
ひたぎ『阿良々木くんを切り裂きに行くからよ』
暦「はぁ!? いや、ちょっと待て戦場ヶ原! 僕の話を──」
ひたぎ『何かしら、今なら断末魔ぐらいは聞いてあげる』
暦「それ話聞く気ないじゃん!」
ひたぎ『いえ、一度死ぬぐらいの痛みを味わえば、
阿良々木くんの気持ちが変わるかと思って』
暦(形は違えども神原と療法が似てるな……)
暦「待てって、話をきけ!」
ひたぎ『どうぞ』
暦「……だから、戦場ヶ原を好きでいたいから。これからは、
しがみ付いてでも、戦場ヶ原を好きでいようって、そう決めたんだ」
暦「今あるこの状況を、しっかりと心に刻んで」
ひたぎ『……あらそう。阿良々木くん、私といるのに暢気に構えていたっていうの』
暦「そんなつもりじゃ……」
ひたぎ『随分と余裕なこと。本当に、すぐに振り解けそうなぐらい』
ひたぎ『分かったわ、分かったから。もう、
そんなに好きを連発されても、私が困るからやめなさい』
暦「……好きだよ、戦場ヶ原」
ひたぎ『……私はもうしがみ付いているんだから。
阿良々木くんも、死ぬ気でしがみ付いてきなさい』
暦「ああ、分かってるよ」
ひたぎ『それで、話って何かしら阿良々木くん』
暦「え? いや、今話したのが本題なんだけど……」
ひたぎ『……呆れた。いいえ、この場合は違うわね』
暦「呆れてくれていいんだぞ?」
ひたぎ『あ、キレた』
暦「素直に呆れて下さい!」
ひたぎ『こんなことのために電話代を使用したの? ただでさえ我が家の財政難には、
お父さん共々、頭を抱えているって言うのに。
こうなったらこれから毎日もやしまつりを開催するしかないわね。
ええそうしましょう。うっうー』
暦「合わねぇ……」
是が非でも参加してもらうわよ』
暦「……」
暦「へっ?」
ひたぎ『明日の放課後、私の家に来て頂戴。あ、買い物に付き合ってもらった方がいいわ。
意外ともやしってかさ張るのよね』
暦「え、おい戦場ヶ原──」
ひたぎ『あぁ、電話代が』ピッ
暦「あ、おいこら! ……電波だろ、そこは」
暦「…………」
…………。
暦「……──ぅうおっしゃああああああああああ!!!」
──參日目・午前漆時──
暦「……ふぅ」ガララ──
翼「おはよう阿良々木くん」ニコッ
暦「おはよう、羽川。早いな」
翼「……ふーん、今日は随分と機嫌がいいね」フキフキ
暦「分かるのか?」サッサッ
翼「ねぇ知ってる? 機嫌って言葉って仏教用語なんだよ?」
暦「雑誌にでも新聞にでもついてくる、
アウトプット全開記事みたいな入り出しだな……」
唐突ナ展開。
翼「記事だと……もっと文語調だけどね」ニコッ
暦「羽川翻訳のままでいい」
翼「この言葉は『大般涅槃経』聖行品第七之一に出てくる戒律からきているもので、
人が不愉快と思うような言動は慎みなさい、という『息世譏嫌戒』が元になってるんだ」
暦「羽川翻訳のレベルたけえ」
翼「だから心情を窺うような、細かい心の動きを表す文字に『機』が使われるんだよね」
翼「機械なんて言葉も、そういうところから来てるんだろうね。
機械を修理する人なんかは、まさにマシーンのご機嫌を伺ってるんだよね。
とか、あははっ。そんなこと思うと面白いよね、どっちが偉いんだって」
暦「……ホント、お前は何でも知ってるな」
翼「何でもは知らないわよ、知ってることだけ」
コンピュータが人の力を越していく。そんな時代なんだよね、今って」
翼「チェスチャンピオンがコンピュータに負けたって話が有名だね。
いつかレジスターの仕事がなくなったり、人間のすべきことがどんどん制限されていく」
翼「自由を求めて不自由になっていく。
なんだかおかしいよね、今も昔も変わらないんだろうけどさ」
翼「でも、こんな時代だからこそ、人間がやるべきこと、
人間にしか出来ないことを伸ばしていくべきなんだと、私は思う」
暦「……」ポカーン
翼「……え、どうしたの阿良々木くん。
口の形がかまぼこみたいになってるよ?」
暦「……」ニコッ
翼「逆、かまぼこ?」
朝の教室で話す内容じゃないぞ、羽川」
翼「手、止まっちゃう?」フキフキ
暦「掃除もままならない」
翼「じゃあ、ルンバにまかせよっか?」
…………。
暦「いや、是非僕にやらせてくれ」サッサッ
翼「ふふっ、はいはい」
──
暦「よし、掃除終わりっと」
翼「お疲れ様、阿良々木くん」
翼「それで、どうしてそんなに上機嫌なの?」
暦「え、いや別に上機嫌ってほどでもないけどさ。
羽川には隠す必要なんてないし、
そもそも隠し通せるとは思えないから言うけれど」
暦(無意識を認識されている……)
翼「一緒にお勉強でもするの?」
暦「いや、夕飯を食べにこいとか何とか……」
翼「ふーん、戦場ヶ原さんの料理かぁ。美味しかったなー、すっごく」
暦「まあ、それなりに美味いよな。素直に言ってやれてないけれど」
翼「えー、それは可哀想だよ。ちゃんと言ってあげなきゃ」
暦「……そうだな」
言わなければいけない、変に意識することなく、変に恥ずかしがらずに)
暦(今の当たり前を変える、これからの当たり前を作る。それが、僕が今するべきことだ)
暦「言うべきことを無理して言わない。ははっ、そう思うと、なんか変だな僕って」
暦「無理をして、無駄なことを言って。所詮それは、ただの戯言なのに」
暦「何無駄にかっこつけてんだよ、僕は」
翼「……別に阿良々木くんが間違ってるわけじゃないよ。
言うべきことを言わない、言えないのが人間なわけで」
翼「人には感情以前に、心があるから」
暦「それは、何か違いがあるのか羽川?」
翼「人に作られた、人よりも優れた存在。そこに心は存在しなくても、
確かに人為的に作られた感情はある」
翼「まあ、機械の感情って言っても、
ただ同じ工程を繰り返すだけの一方通行なものだけれど」
翼「でもそれは明らかに、確かに感情ではあるんだよ?」
翼「つまりは感情の赴くまま、正直にあっけらかんに物事を言うことは、
機械にも出来ることなんだよ阿良々木くん」
暦「それは、極論だろ」
お手伝いロボットぐらいは完成する時がくるんじゃないかな」
翼「ほしいなぁネコ型ロボット」
暦「僕はネコ型羽川が欲しい」
翼「一億円ね?」ニコッ
暦「羽川にしては雑な返しだ!」
翼「でも、お手伝いロボットは、本当にお手伝いしか出来ない。
どんなにすごい技術でも、人の表面しかなぞれないんだよ。
奥底の気持ちには触れられない」
翼「感情と心って、そういうこと」
暦「そういう、もんか」
阿良々木くんの気持ちを、心で、しっかりと」
翼「別に、阿良々木くんは間違ってるわけじゃない。
ただ少し、分からなくなってただけでしょ?」
暦「羽川……」
翼「まったくもう、阿良々木くんはポンコツだなぁ」
暦「羽川ぁ!?」
翼「ふふ、冗談だよ。ポンコツなのがいいんだから、人間は」
暦「お前がそれを言うか……」
誰だってポンコツなんだよ。だから、いつも言ってるでしょう?」
翼「『何でもは知らないわよ、知ってることだけ』って」
翼「知らないことは、初めはうまく出来ないよね」
暦「誰だってポンコツ、ね……はは、なんか悶々と考えてるのが、
馬鹿らしくなってきたよ。羽川、ありがとな」
翼「うんうん。まあ今までのくだりを簡単に要約するとなると、
『ウジウジしてないでさっさと彼氏らしくアタックしなさい!』ってことだから、
頑張るんだよ、阿良々木くん」ニコッ
暦「端的で刺さる言葉だ……」
こう遠まわしに私らしく話したつもりだけれど、
だからこそ、ここからは私の力なしで頑張りなさい」
暦「出番って……もっと羽川と話したいぐらいなんだけどな。僕は」
翼「そうもいかないでしょ。私だって楽しいよ? 私だってこうして、
この早朝の学校で、ずうっと阿良々木くんとお喋りしていたい」
翼「でも、無理でしょう。ダメでしょう」
暦「もう他の生徒が来るって、そういうことか?」
翼「違う違う。そんな時間概念的なことを言ってるんじゃないんだよ阿良々木くん。
もう、阿良々木くんはポンコツだなぁ。随一のポンコツだよ、私の知ってる範囲では」
暦「お前の知ってる範囲で随一って……それかなりやばいんじゃ……」
翼「まあ、随一であって、唯一なんだけどね」
暦「唯一って……そこまでポンコツなのかぁ……!」
翼「……」ジトー
暦「……なんだよ、羽川?」
翼「……ほんっと、ポンコツだよもうっ」プイッ
暦「お、おい羽川っ」
暦「いきなりどうしたんだよ……」
翼「阿良々木くんは戦場ヶ原さんに壊されちゃえばいいんだー」
暦「恐ろしいことを軽々口にするな……!」ゾワッ
翼「もう……阿良々木くんの恋人は、戦場ヶ原さんでしょ」
暦「え、まあ……そう、だな」
翼「だから、私の出番はここでおしまい。いい加減終わらせてよね阿良々木くん」
翼「阿良々木くんは阿良々木くんで出ずっぱりだけれど、まだ出番残してる子もいるんだから。
しっかり、最後までやり遂げなさい」
翼「じゃあ、私ちょっと職員室に用があるから。またね阿良々木くん」
暦「ああ、また後でな」
翼「またねじゃなくて、じゃあねだね」
暦「またホームルームになれば会うんだから、寂しいこと言うなよ」
翼「踏ん切りがつかないでしょ。私も、阿良々木くんも、この会話にも」
ガラララ─
暦「わかったよ。じゃあな、羽川」
ガラララ─ピシャン
此ノ後、羽川ハ普通ニ教室ニ戻ツテクル。普通ニ話ス、普通ニ笑フ。
然シ、話ノ都合上ト言フカ、踏ン切リニ「ヂヤアネ」ト言フ言葉ハ、兔角便利ナ言葉ダツタ譯デ。
暦「……さて」
特ニ羽川ニ關スル怪異譚ハ起コラナイ、何モ始マラナイ。
ダツテ此ノ時點デ、羽川トノ物語ハ、終ハリヲ迎ヘタノダカラ。
──
ひたぎ「阿良々木くん、今日の放課後一緒にスーパーに行きましょう」
暦「まあ、そりゃな。ご馳走してもらう身としては当たり前のことだけれど、
荷物持ちぐらいはやらせてくれ」
ひたぎ「あーん」
暦「あー……ん」パクッ
暦「と、突然なんだよ……」
ひたぎ「赤くなっちゃって、可愛い」
暦「……」
暦「教室でこんなことする勇気も、させる勇気もない」
ひたぎ「いくじなし」
暦「あのな戦場ヶ原。その言葉けっこう傷つくんだからな」
ひたぎ「ならよかったわ」
暦「……」
ひたぎ「ところで阿良々木くん。いくじなしの阿良々木くん。
いくじなしくん」
暦「ついに呼称が悪口になった!」
ひたぎ「しがみ付き合うことになった私達は、
さて、一体どんなことをこれからしていけばいいのかしら」
暦「そりゃ、普通にだよ。今までしてきたことを、
普通に、特別に感じることが大切なんだ」
ひたぎ「それこそ教室で食べさせあいっこしたり、
そういうことをするのかと思ってたのだけれど」
暦「受験生には目に毒だろそれ」
ひたぎ「大学に行くとこんな人生が貴方を待っています」
暦「無駄に夢を持たせるんじゃない」
ひたぎ「差し詰め私達は、夢の中にいるのかもね」
暦「夢のような時間の中に、だろ。夢じゃない」
暦「だから、しがみ付き合うんだ」
ひたぎ「心も体も一つになるのね?」
暦「人類を補完しようとするんじゃない」
ひたぎ「でも実際、阿良々木くんは心も体も一つになりたくはないの?」
暦「…………それは、エヴァ的な意味でなのか?」
ひたぎ「そうね」
唐突ナエヴア談義。
暦「僕は、なりたくはないな」
暦「やっぱり人間て、究極的には一人なんだと僕は思うわけだ」
ひたぎ「いたっ」
暦「超傷ついた!!!」
ひたぎ「冗談、続けて」
暦「……でさ、人間はその一人という状態から関係を築いていくじゃないか。
まずは母親、そして父親と。どんどん関係を大きくしていく」
暦「いずれは自分と違う価値観の人間が、目の前に現れるかもしれない。
そんな奴はいくらでもいて、自分とまったく同じ思考の人間なんて、
それこそいくらもいないわけだ」
ひたぎ「ふんふん」
だけど、それが人間なんじゃねーのかと僕は思う」
暦「人は決して分かり合えないのかもしれないけれど、
その溝を互いに埋めていく。しがみ付き合っていく。
それが人が生きるって、人生ってものなんじゃないかな」
暦「あと、これはアスカの受け売りだけれど、
みんなと交わっちゃ、ガハラさんは特別じゃなくなるだろ?」
ひたぎ「アンタばかぁ?」
暦「な、なんだよ……」
ひたぎ「そんなまどろっこしいことはどうでもいいのよ。
阿良々木くん、私と二人だけの世界に行きましょう」
暦「それエヴァじゃねーから!!」
ひたぎ「交響詩篇も大好きよ」
ひたぎ「なによ」
暦「今日も美味しかったよ、ご馳走様でした」
ひたぎ「はい、お粗末な阿良々木くんでした」
暦「返答になってない!」
ひたぎ「はぁ、ツッコミもお粗末ね」
暦「それ言われたら僕の存在価値が……!」
ひたぎ「……結論、阿良々木くんは私と一つになりたくないわけね」
暦「えっ」
暦「……うーん、どうなんだろうな。
こうした時間を大切に思うことは、出来ていると思う」
ひたぎ「じゃあ、こうした時間の先は?」
暦「先?」
ひたぎ「みなまで言わなくても分かるでしょう。
私の誕生日、七夕の日。星空の下で」
暦「……その、また先か」
ひたぎ「と、言うか。別に隠して言うことでもないのだけれど、
なんだか阿良々木くん、やけに過敏になっている気がするから」
暦(あの時は貝木関連の事件を済ませて、
その場の雰囲気みたいなものが、僕を後押ししていて)
暦「改めて考える、と……──」
暦「…………やっぱり僕は、戦場ヶ原と一つになるのが怖い」
暦「当たり前も怖いけど、その後に待っている世界も怖いんだ」
暦「僕は、お前を失うのが──怖い」
ひたぎ「失いなんてしないわよ、だって現にこうして一緒じゃないの」
暦「そう、だな。別に疎遠になったわけじゃなかったんだ。
お前を近くに感じることが当たり前になっていて、
近付きすぎて、それで、分からなくなって」
それを思うと、どうしようもなく不安になる」
ひたぎ「…………」
暦(何、言ってるんだ僕は。なんだこの状況は。
今こそ、それこそ別れる手前みたいな雰囲気じゃないか)
ひたぎ「放課後、楽しみにしているわね。先に教室に戻っているわ」
暦「あ、ああ……」
暦(恋ってのは、よっぽど怪異よりも、厄介だ)
──
暦「はぁ……」
暦(どうしてこんなことになったんだ。
そもそも、火憐と月火の話を聞かなきゃよかったのか?)
暦(いや、いずれ行き着いていたんだろうな。
僕と戦場ヶ原との、この問題に)
暦(……まあ、大半は僕の問題なんだろうけど)
?「何やら落ち込んでいるようで」
暦「へっ?」
?「何やら意気轟沈しているようで、キサラギさん」
暦「お前のいつも通りの語句間違えを指摘する前に言わせてもらうが、八九寺。
僕の名前を今この文章を書いている時点で話題になっている、
某ブラウザゲームのキャラクターみたいな名前で呼ぶな。僕の名前は阿良々木だ」
真宵「失礼、噛みました」
暦「違う、わざと……って、この流れ飽きたとか言ってなかったか?」
真宵「飽きまみた」
暦「わざとじゃない!?」
来ちゃいましたっ」ニコッ
暦「学校にまで憑いてきやがったか……」
真宵「それで、どうしたのですか阿良々木さん。
豆鉄砲を鳩が食らったような顔をして」
暦「どんな顔だよ」
真宵「……したり顔?」
暦「お前には僕がしたり顔しているように見えるのか」
真宵「どちらかと言うとしっとり顔でしょうか」
暦「男にその表現はちょっと……」
暦「いや、それがさ……」
ペチャクチャペチャクチャ
真宵「なるほど、恋愛沙汰ですか」
暦「そこまではいってねぇ」
真宵「阿良々木さんらしくもないですね。
私の知っている阿良々木さんでしたら、
まず真っ先に行動していると思いますけど」
暦「う、うん……」
真宵「それにこんな言葉もあります」
真宵「恋愛沙汰も金次第って」
暦「やけに現実味を帯びている……!」
まだろくに働いてもいない高校生が使う手ではありません」
暦「……」
真宵「総論を申し上げると、いい加減にしろ、とのことです」
暦「え、何がだよ」
真宵「もしこれが物語として成り立っているとして、
その読者からのメッセージを代弁してみました」
暦「それって少なからず、いや、大半はお前の意見でもあるよな……」
真宵「私は阿良々木さんではありませんし、
阿良々木さんのすべてを知っているわけではありませんから」
暦「いつもメタな位置にいやがるお前が何を……」
こうして総論と声高々に言うのも些か早計かと思うのですが、
それ以上に阿良々木さんの行動力は、早計のまた先を行っていると私は思っています」
暦「確かに、そうかもしれない。でもな八九寺。
行動している時点でそれは僕の全ての意思なんだ。
僕の行動は、僕の中の総計だ」
暦「だから、下手に動けないんだよ。まだ、考えがまとまってないんだ」
(いい加減にせんか、お前様)
暦「っ!? 忍、まだ昼だぞ」
真宵「忍さん?」
忘れているのかは分からんがお前様の心の動きも全てが、
少なからず儂とペアリングされておるのじゃぞ?」
暦「うっ……」
真宵「心中お察しします忍さん」
忍「おう、ロリっ子ではないか。聞いてくれこの阿呆ずっと、
あのツンデレ娘のことしか考えてないのじゃ」
忍「昨日から好き好き好き好きと煩くてしょうがない……。
とか思ったら次は幸せに出来るかとか、いつから捻れたのかは知らんが、
ブツブツと悩みだすし……」
真宵「うわぁ……」
暦「普通に引くんじゃない!」
いい加減にしろ、の一言に尽きるわい。これが総論じゃ」
真宵「いつかのかっこいい阿良々木さんは、
やはり私の見間違いでしたか……」
忍「かっこいい? コイツが?
笑わせるなよロリっ子。
かっこいいと言うのは三浦春馬のような男を指すのじゃ」
暦「乙女みたいな答えだな!?」
忍「戯け、儂だって女じゃ」
暦(歳に関するツッコミがし辛い状況だ……)
その本人がこれじゃあ説得力の欠片もありませんね」
暦「お前に……僕が……?」
真宵「『一生迷うことなんてない。
人は絶対に答えを、いつか見つけるものだから』」
真宵「『また、新しい時間はあるんだ八九寺。僕はお前を忘れないし、
忘れさせない。どうしようもないことかもしれないけれど、
たとえ進学したって、僕とお前の関係は終わらない』」
真宵「とかなんとか、くさいことを」
忍「うわぁ……」
暦「その反応やめて下さい!」///
暦「仲が良さそうにない家族だな……」
忍「お前様は考えの幅が狭すぎじゃ。もう少し、
周りの見えるやつだと思っていたのにのう……」
忍「いや、見えてはいるか。ロリっ子にくっっっさい説教するぐらいだからの」
暦「言い方に悪意を感じるぞ!?」
忍「台詞に”っ”を入れると可愛いと聞いたのじゃっ」
暦「入れる位置と数に悪意しか感じない!」
真宵「阿良々木さん」
暦「あ、はい」
楽しい時間を過ごしていても、世界は回っています」
真宵「今話しているこの瞬間だって、世界は回っているのです」
暦「そ、そうだな……?」
真宵「阿良々木さんが戦場ヶ原さんをどう思おうと、
それは阿良々木さんの勝手なのかもしれないですが、
しかしそうして考えている間にも、世界は回り続けているのです」
真宵「この意味、分かりますか?」
暦「いや、いまいち掴めないというか。話が壮大すぎるというか──」
忍「だからお前様は考えの幅が狭いと言ったのじゃ。
黙ってこのロリっ子の話を聞いておけ」
暦「ぐっ……」
平和ボケのし過ぎではないでしょうか」
暦「えっ、なんだよそれ……僕が、平和ボケ?」
真宵「いつ世界が回るのを止めるのか、分からないのですよ?」
暦「そんな、馬鹿な……」
真宵「分かりました、例えのレベルを下げましょう」
真宵「いつ阿良々木さんの目の前に、とてつもない怪異が現れるのかも、
いつ戦場ヶ原さんが交通事故に遭うのかも、分からないのですよ?」
暦「っ、それは……」
阿良々木さんが戦場ヶ原さんを幸せに出来るのかなんて、分かりませんよ」
真宵「出来るのかもしれません、出来ないのかもしれません。それもこれも、
どれもこれも、この世界は分からないことだらけです。不思議だらけです」
真宵「だからこそ、私達が出来ることと言えば、
今を貪欲に生きることなのです」
真宵「それこそ起きる事態は、どうしようもないことなのですから」
真宵「私達が警戒すべきなのは、私達が住む世界自体そのものだと、
そう思います。そう、思わせてくれたんです」
真宵「ありがとう、ございます」
真宵「はい」ニコッ
真宵「怖くなったんですよ。私って、幽霊じゃないですか」
真宵「私を存在させてくれているのって誰なんだろうって。
私、死んでいるんですよ?」
暦「八九寺は、生きてるよ。今、僕の目の前にいるじゃないか。
一緒に、話している、話せているじゃないか」
真宵「……そう、言ってくれる人が私にはいる。すっごく、嬉しいことです」
暦「…………」
別れて、から……私、どうしようもなく怖くなるんです。
独りなのが怖い、世界が、私を置いて行ってしまうんじゃないかって」
真宵「置いて行かれるのが、怖い」
真宵「だから、私は世界にしがみ付くんです」
暦「っ!」
真宵「しがみ付いてでも、阿良々木さんに憑いていきますっ」
暦「八九寺……」
キーンコーンカーンコーン
抱擁ガ、解ケル。
暦「八九寺……僕は……」
忍「お前様、お昼休みは終わりじゃ。行くぞ」パシッ
暦「おい、忍っ……待て、離せよ!」
暦「僕は、コイツのためだったら遅刻したって、学校を休んだっていいんだよ。
それだけたくさんのものを貰ったし、助けてもらった。
だけど今回は、今までのことを覆すぐらいに、それくらいに八九寺の貢献は大きすぎる」
忍「いつまでも休んどるわけにもいかんだろうに。
お前様が今重要視すべきなのは、このロリっ子ではなく、
ツンデレ娘じゃ」
真宵「いいんです。私は、阿良々木さんとお話が出来ればそれで、
それだけでいいんです」
真宵「私と阿良々木さんのペアは、雑談がメインですから。雑談担当ですっ」
暦「変に、自覚してんじゃねぇよ……」
真宵「私の貢献は、私のためのものでもあるんですから」
暦「……」
真宵「……っ」ニコッ
暦「……ありがとうな、八九寺」
真宵「応援してますよ、阿良々木さん」
忍「……ほれ、お前様」
暦「あ、ああ」
──
キーンコーンカーンコーン
暦「授業が終わった……、と」チラッ
ひたぎ「……」ジィー
暦(めっちゃこっち見てる……)
ひたぎ「……」コツコツ
暦「……」
ひたぎ「行きましょう、阿良々木くん」
暦「お、おう」
──
ひたぎ「これとあれとそれとどれと」ポイッ ガサッ
暦「まだ、買うのか? かごがいっぱいになりそうだけど……」
暦「ていうか、経済状況がピンチだったんじゃなかったのかよ」
ひたぎ「阿良々木くんを呼ぶための口実よ」
暦「清々し過ぎるだろ」
マア、嬉シイケレド。
暦「いや、別にジブリ風に言わなくてもいいから」
ひたぎ「もやしがいっぱいコレクション第一弾、豆の茎を買うしか」
暦「うまい!?」
ひたぎ「でも、実際は制作順じゃないのよねあのコレクション。
ナウシカは何番目だったかしら……」
暦「ボケに崇高さを求めてるな、お前……」
ひたぎ「目指さない理由がないわ」
暦「かっけぇなおい」
暦「……分かるのか?」
ひたぎ「ええ、お昼の阿良々木くんはどこへやら。
まあ、これなら大丈夫そうね」
ひたぎ「これからの、色々なこと」
暦「……うん」
ひたぎ「……さて」
────
──
ひたぎ「はい、上がって」
暦「お邪魔し……」
ひたぎ父「……」
あ、お父さんはそこに座っていて。一家の大黒柱は柱らしくジッとしていてね」
ひたぎ父「……ああ」
暦「……」
ひたぎ「阿良々木くん、貴方って挨拶も出来ない人間だったかしら。
お父さんごめんなさいね、こんな非常識な人間を──」
暦「お久しぶりですお父さんっ。本日は、お邪魔させて頂きます」
ひたぎ父「そんなに、畏まらなくていい」
暦「は、はい」
ひたぎ「空気が和らいだようでよかったわ」
暦「……」
暦「せ……ひたぎさん、手伝うよ」
──
暦「……」
ひたぎ「……」トントントントンン…
ひたぎ父「……」ペラッ
暦(か、帰りたい……!)
暦(お父さんがいるなんて聞いてないぞ戦場ヶ原……!
え、何これもしかしてもしかすると、
三人でちゃぶ台を囲んで、夕御飯を戴くことになるのか?)
忍(そうなるじゃろうな)
忍(……お前様、昨日今日の動揺を超えそうなのじゃが)
暦(…………)
ひたぎ「なによ」トントン…
暦「パーティ、だよな?」
ひたぎ「パーティよ、超大盛り上がり」
暦「僕、盛り上げ要員?」
ひたぎ「期待してるわ」
暦「……」チラッ
ひたぎ父「……」
暦「……分かった、やる。やってみせるぞ……!」
ひたぎ「口より手を動かして頂戴」
暦「……」
──
暦「えー……では、いただきますっ」
ひたぎ・ひたぎ父「「いただきます」」
暦「ご馳走だなぁ。もやしだけでこれだけ作れるなんて、
見直したぜ戦場──」
ひたぎ「ですってお父さん、良かったわね褒められているわよ」
暦「さすがひたぎさんだなぁ!」
暦「ていうか言い間違いを訂正させる余裕をくれよ」
ひたぎ「もぐもぐ」
暦「ぐっ……」
暦「あ、ああ。ありがとう」
ひたぎ「お父さんより先に取ってもらえるなんて、
偉くなったものね」ヒョイ
暦「そっちから取るかって訊いてきたんじゃん!」
ひたぎ「これから数年後に社会に出るというのに、
気の利かない男ね」ヒョイ
暦「……すみませんお父さん」
ひたぎ父「いいよ。ひたぎもあまりからかうな」
いつもなら一言で終わるのに、これも阿良々木くん効果かしら」ヒョイ
ひたぎ「アララギコヨミクス効果かしら」トンッ
暦「なげぇよ、合ってねぇよ」
ひたぎ「ほら、お父さん」
ひたぎ父「ああ」
暦「……あ、うまい」
ひたぎ「あらそう。いつも正直な阿良々木くんにしては珍しい意見ね。
私とっても嬉しいわ」ヒョイ
暦「なんか棘のある言い方だな……」
暦「……照れ隠しだよ、現に今日は素直に言ってるだろ」
暦「そういや昼の時は気付かなかったな。
僕、ちゃんと『今日も』って言ったはずだけど」
ひたぎ「そうだったかしら。ふーん」ヒョイ
暦「うん」
ひたぎ父「……」
ひたぎ「お父さんが気まずそうじゃないの、阿良々木くん」トンッ
暦「え、僕か!?」
ひたぎ父「阿良々木くん。ひたぎの料理、美味しいかね」
ひたぎ父「家事を殆ど任せきりにしてしまっていた、僕の功績だな」
暦「……え、えっと」
ひたぎ「いばれることじゃないわよお父さん」
ひたぎ父「なんちゃって」
ひたぎ「……もう、お父さんが可哀想じゃない阿良々木くん」
暦「え、今の、もしかして突っ込んでも良かったのか?」
ひたぎ父「阿良々木くん。こうして食卓に一緒にいる時点で、
遠慮はいらないよ。大方ひたぎが君を呼んだのだろうが、
僕は邪険にしたりはしない。むしろ喜ばしいくらいだ」
暦「き、恐縮です」
ぶっきらぼうな人間とは言ったけれど、
別に冗談が通じない、冗談を言わない人間だとは言っていないのよ私」
暦「は、はぁ……」
暦(まあ、前に初めて会った時に冗談はすでに言われていたのだけれど)
ひたぎ「むしろ、私と似ているわ」
暦「お前と似てるなんてことは、まずないと思うぞ」
暦「よりにもよってそこが似てるのか!?」
ひたぎ父「なんちゃって」
暦「お父さんが言うんですか!?」
ひたぎ「あら、やるじゃない阿良々木くん」
暦「ひたぎさん。思ったよりこれ疲れるよ……」
ひたぎ「初級編はクリアね」
暦「この先まだあるのか!?」
──
暦「ご馳走様でしたっ」
ひたぎ・ひたぎ父「「ご馳走様でした」」
ひたぎ父「ひたぎ、美味かったよ」
ひたぎ「阿良々木くんから聞きたい台詞ね」
暦「おい、お父さんに失礼だろ」
ひたぎ父「いいんだ阿良々木くん。僕はいつものことだから」
ひたぎ「お父さんはいつものことだもの。
むしろ、なんで開口一番に阿良々木くんが言ってくれないのよ。
刺すわよ箸で」
暦「随分な暴論だな!?」
暦「そりゃ、美味かったよ」
ひたぎ「そりゃよかったわ」
暦「……」
ひたぎ父「……じゃあひたぎ、留守を頼む」
ひたぎ「分かったわ。気をつけてね、お父さん」
暦「え、こんな時間からどこかに出掛けるんですか?」
ひたぎ父「会社で、ちょっと立て込んだ用があってね」
ひたぎ父「会社で毒を吐いてくるよ」
暦「本当に毒舌なんですか!?」
ひたぎ父「また、いつでも来てくれていい。これから阿良々木くんも受験だろうから、
そうたくさんもこうしてパーティもしていられないだろうが」
暦(それなりに盛り上がったけれど、
しかしこれをパーティと言い張るのは戦場ヶ原だけだと思っていたけれど……)
ひたぎ父「ひたぎのことは僕が一番知っているつもりだ。この子の学力を鑑みた上で、
僕も君とひたぎの受験勉強を許している。ひたぎを守るのは君の仕事かもしれないが、
君も、いくらでもひたぎを頼ってくれていい」
暦「情けない限りですが、そのつもりです。頑張ります」
またいつか、こうして歓談に勤しみたいものだ」
暦「それこそ、僕だけじゃなくて、僕の家族とかも一緒に。
その方がより、パーティらしいですよ」
ひたぎ「良いわねそれ。私も、妹さん達ともたくさん話したいし」
ひたぎ父「……じゃあ、行ってくる」ガチャッ
ひたぎ「行ってらっしゃい」
暦「お勤め、頑張ってください」
バタンッ
ひたぎ「はぁ、楽しかったわね」
暦「盛り上げられた気は、あまりしないけどな」
ひたぎ「あんなに話すお父さんを見るのは、本当に久しぶりよ。
どれだけすごいことか、阿良々木くんには分かり辛いでしょうけどね」
ひたぎ「なんだか、安心しちゃった。お父さんは、やっぱりお父さんだって。
それくらいに、すごいこと」
暦「……光栄だよ」
暦「うん、僕もそう思ってる」
ひたぎ「ねぇ。キス、してもいいかしら」
暦「やけに唐突だな……」
ひたぎ「唐突に愛しくなったのよ」
暦「……否定する意味もないし、否定するつもりもない」
ひたぎ「ほっぺは0.5、口は1.5、ベロチューは5.0」
暦「え、なんだよその数字は」
暦「ムードの欠片もねえな! ていうかベロチューに使いすぎだろ!」
ひたぎ「物語の地の文が増えるわ」
暦「そこに力入れなくていいから! これSSだから!」
ひたぎ「ちなみにこれは0.02」
暦「!?」
ひたぎ「なによ、その顔は」
暦「お、お前……! 何故それを手に持っている……?」
しがみ付き合ったって、まだ子供は作れないわよ。
そうね、大学を卒業して数年経ったらなら……ね」
暦「お前の将来設計はどうでもいい! 女子がそれを買う行為は、
男が最も屈辱に思──」
ひたぎ「うるさいお口に、はい」
暦「んぐ……」
ひたぎ「……、ふう」
暦「……うわ、なんかすっげぇどこかへ飛び出したい」
ひたぎ「テンションが上がったことをいちいち報告しなくてもいいわよ」
ひたぎ「私だって恥ずかしいんだから、そんな黙らないでよ」
暦「ちょっと赤くなった?」
ひたぎ「うるさい」ズビシ
暦「あぶねっ、目はやめろ目は!」
ひたぎ「目には指を、歯にはドリルを」
暦「虫歯じゃないぞ僕は」
ひたぎ「目にはドリルを、歯にもドリルを」
暦「用途がだいぶと違う!?」
ひたぎ「正しくは目には目を、ハニワにはニーハオよ」
暦「間違ってるよ! アイマス的にはあってるけど間違ってるよ!
てかネタが細けぇよ!」
ひたぎ「うるさいお口に」
暦「……もう、何でもいいや」
ひたぎ「……っ」
暦「っ……」
ひたぎ「──……ふぅ。では唐突に、ここで同じ質問」
ひたぎ「阿良々木くんは、私と一つになりたくないわけね」
暦「ここ三日間で感じたことって言えば、
人間の関係なんて一瞬で消えうせるし、一瞬で構築されるってことだ。
世界はその都度色を変えるし、色を無くす」
暦「そして色は褪せていく。人は当たり前に、
当たり前の価値を見誤ってると思う。当たり前が、僕は怖い」
暦「この当たり前に起きている事態が、
いつ僕の目の前から消えてしまうのかと思うと──」
ひたぎ「消えないわ」ヒシッ
暦「戦場ヶ原……」
ひたぎ「阿良々木くん。随分と大仰な振る舞いで大口叩いていた割には、
そんなつまらない言い訳ばかりで……呆れたわ」
ひたぎ「ないわよ、なんで私が貴方に対して殺意を覚えるのよ」
暦「その直列な思考はなんとかしてくれ……」
ひたぎ「しがみ、付き合うんでしょう?
もう、これから大丈夫なの本当に。
私、不安でしょうがないのだけれど」
暦(不安を煽っちまったか……)
暦「……もう、怖くない」
暦「僕は、お前を失うのが──怖い。
だけどそれ以上に、お前とこの先も歩んでいきたい」
暦「歩んで、それからまた物語は、永遠に続いていく」
暦「怖がってる場合じゃねえんだ。時間は進むし世界は変わっていく。
僕は、僕達はそれに必死になって置いてかれないようにしていくだけで、
だから」
暦「これから一緒に、物語の続きを見に行こう」
ひたぎ「……」
後押しされて、それから出た僕の──総論だ」
ひたぎ「……」
暦「……」ゴクッ
ひたぎ「……きも」
暦「超傷ついたァ!」バッ─
ひたぎ「放さないわよ」ガシッ
ひたぎ「絶対に、放さない」
ひたぎ「本当にもう、最後の最後までいくじなしなんだから……──」
暦「戦場ヶ原……」
其ノ言葉ニ、酷ク傷附ケラレ乍ラ、僕ハ。
──午後拾壹時──
暦「ただいまー」
火憐・月火「「おかえりーっ!」」
火憐「なんだよ遅かったじゃねーかよ兄ちゃん。
危うく待ち死にするところだったぜー」
月火「随分と遅い帰りだねお兄ちゃん。
どうせ戦場ヶ原さんの家だろうけど、
頑張って勉強してたんだね」ニコッ
暦「当たり前じゃないかー……それで、やけに上機嫌じゃないかお前たち」
蝋燭沢くんったら──」
火憐「瑞鳥くんと今日さー……いやー、あっはっはっはっはー!」
月火「火憐ちゃん詳しく話さないなら話す意味ないじゃん!
私の自慢話に割って入ってこないでよ!」
火憐「いーじゃねーかお互い色々あったんだからさー」ニコニコ
暦「あまり詳しく聞かないでおこう。
現実逃避じゃないぞこれは、現実戦略的撤退だ」スタスタ
月火「いや、訳分かんないからお兄ちゃん」
火憐「もう子供じゃないもーん!」
月火「もーん!」
暦「蝋燭沢くんと瑞鳥はいつか殺します」
火憐「父さんに事前に捕まえてもらうからなー!」
月火「寝ている間にお母さんが逮捕しに行くから!」
暦「……」
──
暦「しおらしい方がよかったな、あいつら……」
忍「抜かせ、喜んどる癖に」
暦「…………キス、だけだよな? あいつら」
忍「お前様と同じかもしれん。最後まで……あれじゃ、同じ穴のムジナじゃ」
暦「最低最悪の誤用だ!!」
prrrr… prrrr…
暦「……」
ピッ
暦「もしもし、千石?」
撫子『暦、お兄ちゃん。久しいね、久しぶりだね』
暦「忘れてたわけじゃない」
撫子『えっ?』
暦「いや、なんでもない。で、どうしたんだよ夜遅くに」
撫子『フリートークコーナーだよ』
暦「自覚してるのかよ!!」
全然撫子のところに来てくれないから……。
今の撫子のポジションはすごく曖昧な位置にあるけど、気にしないでね。
気兼ねなく話してくれていいからね、暦お兄ちゃんっ』
暦「は、はぁ……」
撫子『本物の雑談担当だよー』
暦「……ごめんな、千石」
撫子『え、ううんっ。こういうかたちだけど暦お兄ちゃんと話せるんだもん。
撫子、嬉しいよ?』
暦「そうは言ってもさ……物語の上で話したいわけだよ僕は。
千石が動かされているなんて考えたくもないんだよ……」
暦(バイトみたいなものなのか……)
撫子『話す気があればオーケーな仕事なんて、願ったり叶ったりだよ。
ましてやその相手が暦お兄ちゃんなんだもん』
暦「その、なんだ。求人情報でもあるのか?」
撫子『ネットページの端っこにあったバナーをクリックしたら……』
暦「怪しいやつだよそれ!」
撫子『ご、ごめんなさいっ。で、それでそこからなんかよく分からないうちに、
頭の中に指令が出てきて』
撫子『電話しなきゃ、って』
クリックしないでくれ。僕はお前が心配でしょうがないよ」
撫子『でもこんな話をしているけど、これも全部辻褄合わせなんじゃ──』
暦「もうそれを言うな……!」
撫子『でも話したいと思ったのは、撫子の意思だよ……?』
暦「千石……」
撫子『「いつ物語を終わらせるか分からない」ってメッセージもあるし……。
撫子の戦いはこれからなのに……』
暦「打ち切り確定かよ!?」
撫子『何の話がいい? 最近読んだ漫画の話とかかな?』
暦(焦ってる千石の声、聞いていてとても辛くなる)
暦「漫画か……漫画の話に限らないけどさ、一人の主人公の半生というか、
長い道のりを描いた物語は最高だと思う」
撫子『「めぞん一刻」みたいな漫画?』
暦(そこで『めぞん一刻』が出てくる千石は一体何者なんだろう……)
暦「まあ、当てはまるかな。こんな作品いくらでもあるんだけどさ、
なんて言うんだろう。そのキャラクターの人生をずっと見てるとさ、
どんどん感情移入していくっつーかさ」
確かにあるかも』
暦「ジャンルは基本何でもいいんだよ。ただ、そこにいるキャラクターが、
物語を通して成長しているかがミソだな」
暦「最近『砂時計』って少女漫画を読んでさー。いや、少女漫画も侮れないなって」
撫子『少女漫画の成長は、身体的にとかじゃなくて、
精神的な成長がリアルに描かれてるなって思うよ。
読んでてすっごくドキドキするし。
五代くんもギャグパートを潜り抜けて成長したんだもんねー』
暦「それが時間を通しての成長だと、より現実味が出るんだろうなぁ。
短い時間だと現実性に欠けるっていうか、漠然と考えていると共感出来ないって言うか」
まさに時間が解決してくれるってことなのかな』
暦「おいおい、それじゃあ本質的に成長出来てないように聞こえるだろうが」
撫子『うふふっ』
暦「あははっ」
暦(楽しい)
撫子『心の底から湧き出てくるものは、
暦お兄ちゃんが話したような作品でしか出てこないのかな』
暦「一概には言えないけれど、少なからず僕の経験からはそういう結論になりそうだな」
撫子『成長物語かぁ……』
暦「そういう物語はどちらかというと、
視聴者からそっちの世界に馴染んでもらわないと成り立たない気もする」
暦「アニメでいう掴みの三話、小説でいう掴みの一文目みたいなものは、
あくまでも視聴者を引き付けるための、火付け役のようなもので、
そこから先は視聴者が付いてくるかの問題だと思うから」
暦「そういう物語は、自然と自分から付いていくのが正解なんだと思う。
付いていかせるのが難しいんだろうけどな」
撫子『読んでる間はあっという間だもんねー。
撫子も大長編ドラえもん観てると、時間を忘れちゃう』
暦「あれこそ、リルルの成長が顕著に見て取れる傑作だ」
撫子『いくじなしっ、ってリルルが言うところが撫子好きだなぁ』
暦「自分で話を振っておいて、傷を抉っちゃった……」
撫子『え?』
暦「いや、なんでもない」
撫子『……暦お兄ちゃんは、この三日間で成長できた?』
暦「……はは、それを聞くか」
撫子『変な質問しちゃったかな……』
暦「これから、成長するのかな。その、下準備がこの三日間だったんだと思う」
撫子『下、準備?』
暦「これからの僕の、僕の物語が紡がれることにおいて、その前提条件みたいなものを、
今回でクリア出来た気がする」
暦「僕の本当の戦いはこれからだ! ってな感じだ」
撫子『じゃあある意味、成長出来たんだね』
暦「……ああ」
暦「え、おいおい。まだ話し足りないぞ、そんなこと言うなよ」
撫子『別に撫子達の会話が途切れることはないんだよ?
ただ、この物語が終わるだけなんじゃないかな』
撫子『お兄ちゃんが成長したってことは、もうこの物語にこれから先を書く意味は、
もう存在しないってことなんだと思う』
暦「そんなこと……」
撫子『少なからず、暦お兄ちゃんは一つ大きくなったんだよ?』
暦「……ありがとう、千石」
暦「でもまた、先の物語があるさ」
暦「この三日間僕は色々な経験をして、色々な話をした。
その中に千石がいなかったことは僕の失態と言うか何と言うか、
まあ物語の欠陥であるけれど」
暦「そんなことは忘れて、僕はまたお前と話したい。
てか話そうぜマジで、教えてくれよ。お前の好きな物語をさ」
撫子『……うんっ、暦お兄ちゃんっ』
暦「じゃあ、かたちだけでも。本当に電話を切るなよ?」
撫子『うん』
暦「じゃあな、千石」
撫子『うん、じゃあね。暦お兄ちゃん』
此レカラモ、續イテ行ク。
僕ノ、物語。
──終──
撫子には今度殺されてくるということで乙!
暦「は? お前になんでドーナツをやらなきゃならないんだ」
忍「この三日間、儂の手助けなしではお前様は成長できんかったじゃろ」
暦「分かった。僕も鬼じゃない、鬼だけど鬼じゃない。
忍が自身の功績を僕に教えてくれたら、それ相応の対価を払おうじゃないか」
忍「この三日間、儂の手助けを経てお前様は成長したじゃろ?」
暦「……」
忍「この三日間、儂の手助け……のぅ、お前様……?」
暦「言い回しがだいぶと変わったな……」
ドンダケドーナツ食ベ度インダヨ。
──
忍「一仕事した後のドーナツは格別じゃの♪」
暦「どうしても活躍したことにしたいんだな、お前は……」
忍「儂がうん百年生きている示しがつかんじゃろうが」
暦「ドーナツを頬張っている時点で、示しもくそもねぇよ」
忍「尊厳の失墜はお互い様じゃろうて」
暦「ははっ、まぁな」
暦「そこまで溜めるか!?」
忍「下手したらあのツンデレ娘とお前様、別れておったぞ」
暦「……」
忍「んーっ、んまい!」
暦「暢気だなお前は……まあ、結果良い方向に進んだし、
良かったよ本当に」
忍「儂が手を引いてやらなければ、
お前様はロリっ子と午後の授業をほうって、
デートに行っていたからのー。危ない危ない」
暦(今度八九寺に会ったら、どこかに連れて行ってやらなくちゃな)
忍「ほら、儂の功績。ドーナツ五個追加じゃ」
暦「今食べてたのが功績分だ」
忍「……」
暦「……」
忍「いやじゃいやじゃドーナツ食べたいんじゃいやじゃいやじゃー!」ジタバタ
暦「うわぁ……」
──
忍「んぐ、んむ……んーっ!」
暦「つくづく僕って甘いよなぁ……」
忍「儂、幸せじゃ……」トローン
暦「身を滅ぼすな、これは……まじでドーナツは、
お前にとっての麻薬なんじゃないか?」
忍「LSDポップじゃな」
暦「ミスドに喧嘩売りたいのかお前は!?」
忍「振ったのはお前様じゃい」
暦「そ、そうだけどさ……」
妹御達もどうやらうまくいったみたいじゃし」
忍「儂もこうして……むぐっ、ドーナツにあり付けたわけで。
まさにこれが大団円、というやつではないかの?」
忍「それこそドーナツの輪のように、じゃ」
暦「ちょっとうまいが、お前に纏められるのは何か納得いかない……」
忍「カカッ、この先ドーナツていくのかは、全てお前様次第じゃよ」ニヤリ
暦「ぜんっぜんうまくねぇ!!」
──終──
今日からミスド100円ぱないの!
掲載元:http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1420311665/
Entry ⇒ 2015.10.30 | Category ⇒ 化物語 | Comments (0)
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・化物語の設定は続終物語まで
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001
仕事には、言わずもがなやり甲斐というものが必要不可欠だ。
人生の大半を占める仕事が誇りも矜恃も持てないものであれば、モチベーションの維持はもちろん、毎日が苦痛と化してしまう。
とは言え働くことを美徳とする日本だ。
仕事は仕事、と割り切ることも可能だが、それではあまりにも自動的で人間味に欠ける。
人間は社会の歯車に違いはないが、意志を持たない無機質な道具ではないのだ。
必要不可欠なものではないとは言え、日々を過ごす上で自らの仕事にやり甲斐を持つことは人生を彩るという意味でも非常に重要ではないかと思うのだ。
「次の仕事はこのメンバーで決定した。何か質問はあるか?」
小さめの机を四方から四人で囲みながらのミーティングだ。
メンバーは櫻井、結城、橘、そして僕を含めた四人である。
「別にメンバーに文句はねえけどよ……なんか、頭良くねえオレでも嫌な予感がするぞ……」
上着のポケットに手を突っ込みながら椅子を傾け足を組み、フーセンガムを膨らませるという不遜とも取れる態度を取る彼女は結城晴、十二歳。
男勝りの態度に反して外見には素質が見え隠れし、数年後が非常に楽しみなアイドルである。加え、僕の生涯において初の俺っ子である。
猫も一応、羽川の身体を借りているとは言え俺っ子だが、猫はオスなので本質的な所で異なるのだ。
ここは非常に大事だよ。
「人選にプロデューサーの良からぬ意図を感じますわ……」
紅茶のカップで両手を温めながら漏らす彼女は櫻井桃華、十二歳。
彼女も僕の人生において接する機会のなかった、お嬢様である。
フィクションにおけるお嬢様のテンプレートのように高飛車で上から目線、ということもなく、自らの実力でのし上がって行こうとしているとてもいい子だ。
出来ることならば彼女の執事となって一生を彼女に尽くしたいと思う程である。
美少女の執事。
まさに男の夢だ。
彼女の為ならば高所からの紅茶の淹れ方もマスターしよう。
「プロデューサー、まさかとは思いますが個人的な趣味ではありませんよね?」
猜疑の視線と共にこちらを上目遣いで睨んでくるマフラーを身に着けた彼女は橘ありす、十二歳。
年齢にそぐわないそのストイックさと冷静さは、彼女がいかにしっかり者であるかを物語っている。
早く大人になりたい、という想いを持つ子供は多数いるが、橘はその傾向がかなり強い。
その上、何の考えもなく大人への憧憬を抱く子供とは違い、彼女は彼女なりに自分の大人像を持っている。
それらを考慮した上で、橘は早く大人になりたい、と言う権利があると言えよう。
……個人的には橘だけと言わず全員、安部さんのように永遠の十二歳でいて欲しいところだが、そこは時間を操る術を持つ訳でもない僕には叶わぬ願いだろう。
三人の紹介も終え話は冒頭に戻るが、仕事にはやはりやり甲斐が必要なのだ。
ロリ組に囲まれてのミーティング。
アイドルのプロデューサーをやって一番良かったと思える瞬間だ。
「……おい、聞いてんのか暦。アンタの趣味で集まったんならオレはいち抜けるぞ」
「何を言うんだ結城。確かに素晴らしい面子だが僕は仕事に私情を挟むなんてことはしないし、相手が誰でも嬉しいぞ」
これは紛うことなき本音だ。
確かに嬉しいことに変わりはないが、僕は世間で忌避されつつある少女しか愛せない罪深き英雄ではない。
何よりまだそこまでの徳は積んでいない。
僕がそんな愛の伝道師を名乗るなんておこがましいにも程があるじゃないか。
「まあ、疑っても仕方がありませんわ。プロデューサーも大人ですから、そんなお間抜けな理由で私達を選んだりはしないでしょう」
ここはひとつ、プロデューサーのお眼鏡に適ったと前向きに考えましょう、と櫻井。
僕としては非常に嬉しい一言だが、言い方に少々棘があるのは櫻井なりのご愛嬌だ。
「何だよその桃華の信頼は……まぁ、オレもそこまでグチグチ言うつもりはねえけどよ」
「わたくしはプロデューサーをそれなりに信頼してましてよ?」
「ま、いいか……お前はどうなんだ、ありす」
「橘、と呼んでください」
「なんでだよ、いいじゃねーかありすで」
「橘、です」
「あーりーすー」
「た、ち、ば、な、です」
「お、お二人とも……」
いかん、これはいかんぞ。アイドル同士の仲が険悪だなんてそんな悲しいことはやめてくれ。
ここは僕が身を挺して防ぐ他ない!
「うおおおおおおおおお!」
「っ!?」
突然奇声をあげる僕。当然ながら、不穏な空気など何処へやらで皆の視線が僕に集まった。
「ぷ、プロデューサー、急にどうしたんですの!?」
「大好きだお前ら! 僕と結婚を前提としない清いお付き合いをしてください!」
両腕を広げて一番近くにいた橘にハグしようと試みる。
丁度いい、この際だ。
大人の恐ろしさを橘の身に思い知らせてやる!
具体的には尻や胸を撫で回すという形でな!
「きゃああああああぁぁぁぁぁぁ!?」
「このっ……変態野郎ッ!」
「はぐぉっ!?」
果たして僕の両腕が橘を覆い尽くすその前に、結城のサッカーで鍛えた黄金の左脚がめり込んだ。
チンだった。
直撃だ。
「ふっ……」
ニヒルな笑みを浮かべつつその場に崩れ落ち、僕は気を失った。
薄れゆく意識の中、三人の声が葬送曲のように耳朶を打つ。
「なんて幸せそうな死に顔なんですの……」
「……はぁ。どうしましょう、これ」
「自業自得だろ、どう見ても」
悔いはない。
僕は、この身を犠牲にしてでも、無為な争いを止めることが出来たのだから。
002
橘ありすはアイドルだ。
彼女な述懐した通り、年少組の中では特に群を抜いて子供としては自分の考えをしっかりと持っている。
下手をしたら僕よりもちゃんとしているくらいだ。
だがその性格は人によっては子供らしくない、とも取られるだろう。
それ程までに橘は一般的な十二歳とは一線を画している。
僕が思うに、彼女は子供であることをコンプレックスに思っているんじゃないか、と思う。
早く大人になりたい、と思う気持ちは僕にも良くわかる。
僕も子供の時分は力のない自分に切歯扼腕し、早く大人になりたいと思っていたものだ。
最もその結果、現在理想だった大人になれているかどうかは、怪しいところではあるが。
僕と橘は、二人で会議室の机を挟んで対峙していた。
少々時間に余裕もあったので、橘を宥め、嗜める為にも二人で話がしたい、と櫻井と結城には席を外してもらったのだ。
「橘、もう少し皆と仲良く出来ないか?」
「……意識して避けているつもりでは、ないんですが」
「わかってるよ、そんなこと」
橘は結城にも言い含めていたように、他のアイドルからも橘と呼ぶようにと言伝をしている。
子供にとんでもない名前をつける、いわゆるDQNネームが跋扈する現代においてはわからなくもないが、橘の下の名前はご存知の通りの『ありす』だ。
多少、日本人としては変わっているものの、眉を顰める程ではないだろうし、女の子らしいと僕は思う。
有栖川有栖もいるしね(あれはペンネームだが)。
それに僕の知り合いにはもっと珍しい名前の人間なんて化外の存在も含めればいくらでもいる。
唯一、普遍的と言える名前は羽川くらいのものではないだろうか。
「まあ、橘の言い分も多少はわかるよ。僕の名前もかなり珍しい方だしな」
「そうですね」
僕にしたって暦、という名前の人間には今まで往々にして会ったことがない。
ともかく、自分を呼ぶ際には苗字で呼んでくれ、というのが橘の主張だった。
理由としては、本人曰く日本人らしくないから、との事だったが……。
察するに、他人と違うのが嫌なのだろう。
自分の名前や立場を気にするのは、思春期には良くある事だ。
しかし苗字で呼ぶことを強制することが異常とまでは言わずとも、他人行儀であることには違いない。
アイドルである以上、同じ事務所所属であろうが他のアイドルがライバルなのは百も承知だ。
同じ事務所内で争うこともアイドルとしての成長は勿論、避け得ない事象だということは、聡明な橘のことだからわかっているだろう。
だが、だからと言って必要以上に対立する必要性なんて全くない。
ここは一度、やんわりと諭しておくべきか。
「いいか橘、名前というのはコミュニケーションにおいて非常に重要な要素の一つだ」
「はい、理解しているつもりです。名前が無ければ日常生活が不便になることは容易に予測できます」
橘の言う通り名前は人間の各個体を見分けるという重要な役割も持つのだが、僕が言いたいのはそんな商品のラベルのような話ではない。
「僕は皆のことを苗字で呼ぶ。それこそ誰だろうとごく一部を除き例外はない。何故だかわかるか?」
例外とは忍野メメと忍野忍と忍野扇、城ヶ崎美嘉ちゃんと城ヶ崎莉嘉ちゃん、そして家族だ。
美嘉ちゃんと莉嘉ちゃん、それに忍野と忍と扇ちゃんだけは同じ苗字、という確固とした理由がある。
他にはひたぎも名前で呼び捨てだが、彼女に関しては僕から説明するのも憚られるし、そもそも不要だろう。
「……いえ、残念ながら」
「アイドルとそのプロデューサーという関係において一定の距離を保つ為であり、それ以外の部分で僕との距離が縮まったことを実感して欲しいからだ」
「……」
自分で言っておいてなんだが、これは半分こじつけだ。
僕が人を苗字で呼ぶのは癖のようなものであって、元々そんな意図はないに等しい。
だが急造の理由としては悪くはないし、決して嘘でもない。
まだよく分からない、といった表情を浮かべる橘。
仕方ない、実践を以って思い知らせてやろう。
「例えば……そうだな、千川さーん」
「はぁい?」
僕に呼ばれてとことこと笑顔でやって来る千川さん。
ああ、いつでも百万ドルの笑顔の千川さんだ。
修羅場時、この笑顔に癒されたことが何度あったことか。
「どうだ橘、この通り千川さんは僕の呼びかけに応じてやって来た。これは僕と千川さんが呼び方以外の部分で親交が深まっているからに違いないだろう?」
「それは確かに……そうですけれど」
まだ何か納得が行かないのか、唇を尖らせる橘。
その時々うっかり見せる子供っぽい挙動はたまらなく似合うのだが、言ったら十中八九へそを曲げられるので言わないでおこう。
「プロデューサーさん、何か御用ですか?」
「あ、ごめんなさい。話の流れで呼んだだけです、失礼しました」
「わかりました。プロデューサーさんの給料から天引きしておきますね」
「はい、わかりました…………えっ?」
なんで名前呼んだだけで僕の給料が減るの?
「つまり、どういうことですか?」
「あ、ああ……他のみんなとの距離を縮める為にも、名前で呼び合うのはどうだ、という話だ」
「プロデューサー」
「……なんだ」
「プロデューサーの他の皆と仲良くしろ、という旨の言葉は最もですのでありがたく胸に留めておきます」
ですが、と鋭い視線を向ける橘。
「名前のことに関しては私個人の問題です。私にとって、名前は大事な譲れないことですから」
「…………」
そうやって意固地になるあたりまだ子供だな、と口には出さないが思う。
それは、早く大人になりたいと願う橘の想いの顕現なのだろう。
だけどな橘。
それは大人の持つ強さとはまた違うものなんだぜ。
「なあ、まだかよ暦」
いい加減痺れを切らしたのか、結城が扉からひょっこりと顔だけ出して呼んでいた。
「ああ、もう行くよ。さ、橘」
まだ難しい顔をしている橘を促す。
言いたいことは山程あるが、これ以上問い詰めたところでつまらない説教になるだけだ。
橘だって根はいい子だし、頭も人一倍いいんだ。
時間をかけて絡まった糸をほぐすように解決していくとしよう。
「そういや暦、今日の仕事はなんなんだ?」
「ええと……そうだな、確か……ジュニアブライド?」
「……ジューンブライドでしょう。なんですかその犯罪的な響きは」
特にプロデューサーが言うと冗談で済みませんよ、なんて言う橘。
この辛辣ロリめ。
先程は結城の手によって阻まれたが、また隙を見ては対八九寺用にと編み出したハラスメント奥義をお見舞いしてくれようか。
「じゅ、じゅん……? なんだそれ?」
「まあ! もしかしてドレスが着られるんですの?」
「ああ、純白の本物だぞ櫻井」
「それは素晴らしいですわ!」
なお、今更だがこの仕事は以前に橘が受けたことのあるものでもある。
前回、橘のウェディング姿が好評だったため、もう一度橘と近い年齢のアイドルを、とオファーが回って来たのだ。
何でもこの結婚自体が少なくなってきている時代、花嫁相手の商売だけでは狭いシェアの取り合いで息継ぎもままならないらしい。
その為、若い子相手のファッションやイベントとしての売り込みのため、小学生から高校生の間でモデルが欲しい、とのことだった。
そこで小学生組に選ばれたのがうちの事務所、という流れである。
確かに、小さい頃からウェディングに憧れさせる、というのも戦略として頷ける。
頷ける……が、やはり違和感は拭えないのは僕だけではないだろう。
だがまあ、その会社の決断も大概だが、僕としては嬉しい限りなので文句は無しとしておこう。
「ドレス……?」
「花嫁衣装だよ」
「ばっ、オレがそんなもん着てどうするんだよ!オレは絶対着ないからな!」
「もう遅い。それに僕の急所を狙い、消えないトラウマを植え付けた重罪を忘れたか」
「あれはアンタの自業自得だろうが!」
「女の子にはわからんかも知れないがな……あれは本当に……地獄の痛みなんだぞ……!」
「そ、そうか……そりゃ悪かったけどよ……」
ちなみに櫻井と結城を選んだのにも理由がある。
櫻井は言うまでもなく文句無しでウェディングドレスが似合うのは容易に予想できるし、結城は逆にミスマッチを狙っての人選だ。
ギャップ萌えは大切だよね。
それを狙って何度、向井と結城に殴られたか、両手では数えきれないほどだが。
「いやあ、結城と櫻井の花嫁姿は楽しみだなあ」
「うふ、わたくし楽しみですわ」
「オレは帰るからな!」
「ここに来た時点でお前の負けだ、諦めろ結城」
「ちょっ、は、放せこの野郎!はーなーせー!」
「はぁ……」
呆れているのか溜息をつく橘の横で暴れる結城をお姫様抱っこで捕獲すると、僕らは事務所を後にしたのだった。
003
「ったくよー……なんでオレがこんなヒラヒラした服……」
「あら、そうは言っても晴さん、嬉しそうじゃありませんこと?」
「んなっ……!」
「櫻井さんも、とても良く似合っていますよ」
「ありがとうございます。橘さんは大人っぽいですし、よくお似合いですわ」
ウェディングをその小さな身にまとった天使が三人、鈴のような声で愛らしく笑顔を浮かべていた。
ここは結論から簡潔に言わせてもらおう。
素晴らしい。
そもウェディングドレスとは、成人した女性に、しかも結婚という人生の一大イベントにおいてのみ許された文字通りの一生に一度の特別なものだ。
まあ、世の中には何度も結婚する人もいるが、それはここでは除外しておこう。
その特殊とも言える域まで昇華された着衣である花嫁衣装を、まだ年端も行かない小学生の三人が着ているのだ。
白無垢とはまた意趣が異なるが、文字通り人間における汚れを全く知らない少女たちがウェディングのコンセプトに相応しい純白のドレスを着る。
本来ならば親族や近しい者しか直に見ることが叶わない姿だ。
しかも今回に限っては本来あり得ない小学生の花嫁姿。
素晴らしすぎる。
こんなに素晴らしいことがこの世にあっていいものか。
ああ、本当に心の底から、アイドルのプロデューサーをやっていて良かった。
「おい暦、こんな所でスゲー顔してんじゃねーよ」
「おっと、僕としたことがレディの前ではしたない真似をしてしまったかな」
「今更だろ……くそっ、こんな姿オヤジやアニキに見られたら、なんてからかわれるかわかったもんじゃねえ……!」
「そう言うなよ。似合ってるぞ結城」
純白のドレスを着て結婚式、というのは男の僕ですら理解できる程にテンプレートのような女の子の夢だ。
何せあの結城ですらぶつぶつと文句を言いながらもその口の端は僅かに綻んでいる。
やはりウェディングは何だかんだ言っても女の子の憧れであることに変わりはないのだろう。
「どうですかプロデューサー、わたくしも似合ってまして?」
「ああ、ばっちりだ。僕のお嫁さんにしたいくらいだよ」
「プロデューサーがわたくしに相応しい殿方になったら、考えてあげますわ」
小悪魔的に笑う櫻井には年齢に不相応な余裕が感じられた。
櫻井に相応しい男か……家柄じゃ確実に無理だから、人間的に成長しろと言うことか。
いや待て、ここは本人に詳しく聞くべきだ。
「……ちなみに、その『相応しい』の詳細は?」
「……眼が怖ェよ、暦」
万に一つでもアイドルと結婚出来る可能性があるというのならば、追わなければ阿良々木暦ではない。
「そうですわね、まずはわたくしのお父様を裸一貫で説得してくださいまし」
「絶対に無理です!」
一体、どこのプロデューサーが担当アイドルの娘さんを僕にください、なんて言うんだ。
櫻井を見る限り櫻井家はかなりの良家のようだし、下手をしたら消されてしまうかも知れないじゃないか。
「あれ、橘は?」
そんなやり取りをしているうちに、橘の不在に気付く。
「あら? さっきまですぐそこにいらっしゃったのに……」
今から撮影だというのに、何処へ行ってるんだ橘のやつ。
「……いますよ、ちゃんと」
「うおっ!?」
いきなり背後から声を掛けられ、思わず飛び退く。
振り向くと、橘がブーケを手に少し不機嫌そうにしていた。
「お、脅かすなよ橘……」
「……私はずっとここにいましたけど?」
「えっ?」
そんな筈はない。
僕が橘を視界から洩らすなんてことはない。
花嫁姿ならば尚更だ。
……いや、まさかな。
いくら橘でもいきなり何もないところから現れる、なんて堀が全力で羨みそうな特技を持つわけがない。
ただ単に、僕らを驚かせようとしただけだろう。
後ろからいきなり驚かせる、なんて子供っぽいが、橘なりのお茶目なのかも知れないな。
そう思えば年齢相応に可愛いものだ。
「しかし、ドレスというものは何度着ても慣れませんね……」
裾を引きずるのが気になるのか、思い通りに動けないらしい。
ちなみにウェディングドレスの裾の長さはそのまま身分の高さに比例しているそうだ。
長ければ長いほど、高貴な出身ということらしい。
それこそ権力を誇示するために裾が長すぎて歩けない程のドレスをしつらえる貴族までいたそうだ。
だが、現代においては邪魔なだけなので大体は歩ける程度に切るらしいが。
しかし、改めて二人を見ると壮観の一言に尽きた。
結城に櫻井。
愛くるしい僕の天使たちだ。
今でこそ小学生という身の上、多少は安心だが、二人ともいずれは結婚するだろう。
こんなに可愛い天使たちを男が放っておくわけがない。
いや、彼女たちだけではない。
僕の担当しているアイドルたちは皆、例外なく独り身か結婚可能な年齢に届いていないかのどちらかだ。
そういう意味では、皆いつか僕の手を離れて誰かのお嫁さんになってしまうのだ。
森久保も、星も、諸星も、双葉も、市原も、龍崎も、三村も、荒木も、安部さんも、鷺沢も……。
「うっ…………」
「っ!?」
思わず涙がこぼれる。
娘を嫁にやる親父の気持ちがちょっとばかりじゃないレベルでわかってしまったじゃないか。
「っく…………くそっ」
「ぷ、プロデューサー?いきなりどうしたんですの……?」
「いや……ついプロデューサー汁が……漏れて……」
「なんだよそりゃ」
心配そうに顔を覗かせる櫻井に、呆れ返る結城。
いつかお嫁さんになるその日までは、せめてプロデューサーとして、彼女たちがトップアイドルになるために尽力しようと、固く誓ったのであった。
004
「おはようございま……」
「プロデューサー!」
「うおおおぉぉっ!?」
翌日、出勤するなり僕は腹部にタックルを受ける運びとなった。
こんなアグレッシブなコミュニケーションを行使してくるのは日野か莉嘉ちゃんか火憐ちゃんくらいしかいない……筈なのだが。
「…………橘?」
僕の胸部に頭突きをした上でスーツの裾を掴んでいたのは、確かに橘だった。
「あ……よ、良かった……」
僕の姿を確認するように僕の全身に上下方向へと視線を転がすと、安堵したのか胸を撫で下ろす。
様子が、おかしかった。
まるで僕の身に何かあったと聞き及び、何事もなかったことを安心しているように見える。
呼吸も過呼吸気味で落ち着いていない。
「…………?」
「プロデューサー、私、私……!」
「落ち着けよ。どうしたんだ、」
「あら、おはようございますプロデューサーさん」
橘、と名前を言おうとしたところで千川さんに呼び止められる。
「おはようございます……千川さん」
「プロデューサーさん、ちょっとご相談があるんですけど、よろしいですか?」
明らかに尋常ではないと一目でわかる橘を前に、そんな事を言う千川さん。
ということは、事務所単位で何かあったと見るべきか。
「……はい」
それなりの心構えと共に返事をする。
だが、千川さんから発せられた言葉は、予想の遥か斜め上を行くものだった。
「ありすちゃん、知りませんか?」
「…………え?」
何を、言っているんだ。
返す言葉も見当たらず、その場で硬直してしまった。
「朝から連絡が取れなくて……ご両親も、もう事務所に向かったと仰ってましたし……」
とてもではないが、千川さんが演技をしているようには見えなかった。
僕のスーツの裾を掴む橘の頭を撫でてみる。
感触もあるし、温かい。
人の温度だ。
確かに橘はここにいる。
橘の僕を見据えるその負の感情に塗れた眼は、この状況を僕に訴えているように見えた。
僕にしか、橘が見えていない?
「おはよ……暦」
「おはようございます……」
と、結城と櫻井が姿を現す。今日も昨日と同じ仕事なので恐らくは橘を待っているのだろう。
二人とも、橘が心配なのだろう。
少なくとも僕の眼には、元気がないように映る。
「なあ暦……オレ、ちょっと言い過ぎたのかな……あり……橘、に」
「あの橘さんが連絡もしないなんて……何かあったに違いありませんわ」
間違いない。
この二人にも、目の前にいる筈の橘が『見えていない』。
アイドルへのドッキリ企画ならばまだしも、こんなたちの悪い冗談を理由もなく行う皆ではない。
ちょっと待て。
心当たりがあり、昨日のことを具に思い返す。
そうだ。確かに、僕は昨日『何度か橘を見失っている』。
いや、見失った、という表現は適切ではない。
『橘ありすという存在を認識出来ない』と言ったほうが正しいか。
橘は確かに昨日、あの撮影現場にずっといたのだろう。
だが僕を含め、何度かその存在を忘れかけていた。
まるで極端に影の薄い人間のように、そこにいるのに、誰にも気付いてもらえない。
今の橘は、その究極形だ。
今もこうして触れていないと、一秒後にも橘を見失ってしまう気がしてならない。
「私は他のアイドルの皆にも心当たりがないか聞いてきますね」
「わたくし、家の者に橘さんを探させます」
「オレも、近くを探してくるよ」
各々が橘の身を案じ行動に移る中、僕はただ一人胸元で不安そうに奥歯を噛みしめる橘を見下ろした。
「助けて……ください」
いつも気丈な彼女の瞳から、涙がこぼれ落ちる。
橘ありす、十二歳。
彼女は、彼岸花に成り代わられた。
005
心当たりがあるから安心してくれ、と事務所の皆に伝えた後、僕と橘は街中の喫茶店で手を握りながら隣合って座っていた。
普段ならば美少女とお手手つないでカフェタイム、なんて身体中の体液を流しながら喜ぶところだが、今はそんな場合でもない。
手を繋いでいるのは、離した瞬間に橘を見失う可能性が高いからだ。
とは言えほとんどの人間には橘が見えていない筈なので、傍から見たら僕が一人だけで寂しくお茶をしているように見えるだろう。
理由は後述するが、今は出来る限り人の多い場所にいる必要がある。
それと……後は名前だ。
「済まないが橘、今から事が終わるまでお前のことを下の名前で呼ばせてもらうが、気にしないように」
「え……はい?」
「ありす、突然だが彼岸花は知っているか?」
「……知っています。あの赤くて綺麗な花でしょう?」
彼岸花。
ユリ科の多年草で、日本においては一般的に縁起の悪い花とされている。
理由としては、墓場に咲くことが多く、その美しい外見に反して毒を持つ花だからだ。
だが実際、彼岸花は人間にとっては益花でもある。
墓場に良く咲いているのも理由がある。
その昔、火葬が出来ない程貧しい家は土葬にするしかなかったのだが、その死体を鼠や土竜に啄まれない為に茎に毒を持つ彼岸花を植えていたという。
それに、毒を持つが故に年貢の非対象であることから、食用としても植えられていたということだ。
味は食べたことがないのでどうか知らないが、水で洗えば毒はお手軽に抜けるらしい。
「それと何が関係あるんですか?」
「ありすは彼岸花の怪異に取り憑かれている」
「怪、異……?」
「今のありすの状況を作り出している存在だ……お化けや妖怪と言い換えてもいい」
「そんなこと――」
「ある訳ない、なんて事はない。まずは現実を受け入れるんだ。実際、ありすには異常が発生しているだろう」
「それは……」
現在、橘の頭ではそんなものがある訳ない、という常識と実際自分に起こっている理不尽とがせめぎ合っているのだろう。
どんなに驚いても滅多に感情を表に出すまいと尽力していた橘が、戦慄に染まった見たこともない表情をしていた。
僕と握る手にぎゅっと強く力が入り、手のひらが汗ばむのがわかる。
気を落ち着けるためか、僕が注文したレモンティーで唇を濡らす。
「……どうして、プロデューサーだけ私が見えているんですか……?」
落ち着いて思考を整理する余裕が出来たのか、橘は客観的に現状を把握しようとしていた。
「そうだな、話せば長くなるんだが……僕はこういう状況には過去、何度か立ち会っていて……まぁ、経験者だから、とでも思っておいてくれ」
「……そうですか」
本当のことは言っていないが、嘘も言っていない。
それは橘も何となくわかってはいるだろう。
僕がなり損ないの吸血鬼で、その影響で恐らくは見えている……なんて余計な知識は橘には必要ない。
いくら人間的にしっかりしていようが、橘はまだ子供だ。
必要以上の情報を与えて混乱させることもあるまい。
「廿楽花。つづらばな。彼岸花の怪異だ。廿楽とは日本における苗字のひとつで、雅楽の集団を二十人で組織したことが由縁となっているそうだ。その名前に準じて、死人花、地獄花、幽霊花、天蓋花、剃刀花、捨子花、狐の松明、曼珠沙華、葉見ず花見ず……彼岸花は非常に多くの名前を持つ」
表現と語彙の多さに関しては世界一とも言われている日本でのみ起こりうる現象でもある。
だが多くの名前を持つ、ということは存在を稀釈している、と言い換えてもいい。
ひとつの対象に多くの名前がついている場合、どれが本当の名前なのか、外部が教えない限りは知り得ない者には絶対に知り得ない。
彼岸花を知らない人間に彼岸花の別名をすべて並べ、どれが本当の名前か、と聞いたところでわかる筈もないのと同じだ。
「廿楽花に行き遭った者は、最終的に名前を奪われ、廿楽花の名前のひとつとして成り代わられる。その結果、いずれ存在を確立出来なくなる」
「名前を……?」
「いいかありす。どんなものでも名前がなければ存在が出来ないんだ」
そう、この世に存在するあらゆる事象全てには名前がついている。
生物や無機物、吉事や悪事、どんな現象、災厄や汚泥にすらも名前は必ずある。
産まれてすらいない、名前もつけられていない赤子にすら、『胎児』という名詞はついている。
人間が認識できる、という条件こそつくが、この世界にある全てのものには名前があると言っていい。
とは言え、先述した通り名前なんてものは所詮、人間がつけたものだ。
人間が認識出来ないものでも存在し、未だ名前のついていないものもきっとあるのだろう。
人間そのものだって、元々は名前なんてものありはしなかったのだから。
だが逆を言えば、名前が存在しないものにはこの人間の住む世界に存在する権利がない、とも言える。
「このまま放っておくと……存在こそ消えないが、世界中の誰もがありすを知覚できなくなる」
「…………!」
橘は紛れもなくここにいる。
そしてこれからも突然消える、なんてことはない。
だが、『橘ありす』という存在自体を消されることにより、橘を視界はおろか、記憶にすら留めることが出来る者は誰一人としていなくなる。
自分を認識する人間が皆無な世界。
それは死とほぼ同義だ。
今が原始時代のような自給自足だけが全ての時代ならば何とかなるかも知れないが、現代において誰とも接することなく生きていく事など、不可能に近い。
それに何より、そんな自分以外の人間が風景と同じ世界なんて、僕ならば一ヶ月もしないうちに気が狂う自信がある。
「そんな、私はどうすれば……」
「……ここからが大事な話だ、ありす。怪異は、理由もなしに取り憑いたりはしない」
そう。ただ僕が手を貸してこの場を収めることは簡単だ。
だが、それでは根本的な解決にならない。
橘自身が変わらなければ、またいずれ同じ事が起きる。
「廿楽花に名前を奪われる人間には共通点がある……自分の名前に少なからず違和感を覚えている者だ」
「そんな……っ、確かに私は自分の名前を極力呼ばないように言いましたが、名前自体は親から貰った大切なものだと思って……」
「『だから』だよ、ありす」
恐らくは橘もこの理不尽の中で、それなりに自分をこの状況に陥れた原因を理解しかけている。
そこまで分かっているのならば、今更僕が言うまでもないこと……なのだが。
橘に真実を言い渡すのが僕の役目だと言うのならば、喜んで請け負おう。
「言霊という考え方がある。言葉には力があるというものだが、これには僕も大いに賛成する」
言葉の力は強大だ。
言葉の意義の最深部にある意志の通達という大役は勿論のこと、何よりも名前で今まで曖昧だった存在の区分け整理をしたことによる功績が最も大きい。
「言葉……そして名前には不可視の大きな力がある。名前を呼ばれるということは、こちら側に存在を縫い留める行為でもあるんだ」
僕が先程から橘のことを名前で呼んでいるのも、そういう意図のあってのことだ。
勿論、橘には橘という立派な苗字がある。
が、存在を確立する上で苗字と名前、どちらが強い力を持つかと問われれば、文句なしで名前の方が強いだろう。
自分の名前に不満も持つことは、誰にだってある経験だと思う。
だが、戸籍のない、または名前を変えることが普遍的なことと捉えられていた時代ならばまだしも、現代においては世界共通で名前を変えることは容易ではない。
橘は、自分で自分の存在を薄めていたのだ。
「多くの人間に対して自分から名前を呼ばれることを忌避したのが、お前の失敗だったんだ、橘ありす」
「……私はきっと、変わりたかったんです」
長い話を一通り終えると、橘は状況を正確に理解したのか視線を伏せる。
そのまま、ぼそりと誰にでもなく呟いた。
「私は、早く大人になりたかった。小賢しいだけで他に取り柄もない自分から、抜け出したかったんです」
他人からどう見えていようとも、本人の評価だけは本人以外にはわからないし、変えられない。
橘がこれ程強く自分に劣等感を抱えていたなんて、言われるまで気が付かなかったろう。
だからか。
だからその小さな身体で、いつだって全力で壁を作っていたのか。
「アイドルをやることで、自分ではない誰かになりたかったんだと思います」
それはきっと、橘自身にすらわからない無意識の悲鳴だったのだろう。
子供だから助けを求めればいい、とは思うけれど。
気付いてやれなかった僕に、それを言う資格はない。
「ありす。人は、そう簡単には変われない。変われたとしても、それ相応の代償を求められる……そして変わっても、望まない結果になることだって、ある」
僕がそうであったように。
忍がそうであったように。
変質は、当たり前だがいい事ばかりではない。
自分を変えようと四苦八苦した結果、やり方を間違えて人生を踏み外す人だっている。
僕のように、良かれと思って行ったことが、誰も望まない終わりを迎えることだって、あるんだ。
……けれど。
「だけどお前は間違っていない。全くもって間違っていないぞ、ありす」
「え……?」
意外そうな表情を返す橘。
橘のことだ、自責の念に押し潰されそうになっている事だろう。
橘は何一つ間違ったことはしていない。
確かに名前のやり取りに関しては橘の責任だ。
だが、それでこそ橘だ。
「お前は僕の自慢のアイドルだ、橘。ただ、やり方を少し間違えただけだ」
誇り高く、孤高であることを美徳とし、誰に言われた訳でもないのに、ただひたすらにトップを目指す姿勢を崩さない。
それは貴く美しいものだ。
大人ですらひとつの目標へ向かって走り続けることは容易ではない。
途中で挫折し、諦め、妥協という逃げ道へ迷い込む人間なんて星の数ほど存在する。
それは決して悪い事ではないが、それでも最終的に悲願を遂げることが出来るのは、本物の意志を持った者だけだ。
小学生という身でありながら、それだけの志を固く持つこと自体、驚異に値するんだ。
「初心に返れ、ありす。お前は一体、アイドルになって何になりたかったんだ?」
橘ありす。
僕はお前を、誇りに思う。
006
個人を個人たらしめている要素の一つには、他人からの認識も含まれる。
人が永久に一人だけで生きていく生物でない以上、他の人間からの認識は必要不可欠だからだ。
名前を奪われると言うのならば。
『奪われそうな名前を、再び取り戻せばいい』。
橘ありすを、人々に刻めばいい。
「み、皆さん、私は橘ありすです! 僭越ながら歌わせていただきます!」
その辺にあったコンビニのドリンクケースを拝借し(無断借用とも言う)、橘の足元に事務所から引っ張ってきたジャンク同然のスピーカーを設置する。
衣装もないままに急造の簡易ステージにおけるゲリラライブ。
それが今の橘にと僕が考えた処方だった。
ほとんどの人はそこに橘がいることに気付いていない。
それでも何人かは見えているようで、足を止める人や視線を送り去って行く人もいる。
そう、何も世界中の僕以外に見えなくなっている訳じゃない。
橘が見えている僕を媒介に、どんどん人を増やせばいい。
「いいぞありすー! A!L!I!C!E!あ!り!す!」
「ちょっ、プロデューサー!」
「我慢しろ! 僕だって恥ずかしいんだ!」
これは嘘だ。
実は超楽しい。
プロデューサーの身として、ファンに混じって応援出来る機会はあまりないのだ。
少々はっちゃけすぎだが、今回に限ってはこれくらいが丁度いい。
ついでに言うと、恥ずかしがってる橘、超眼福。
「でっ、ではっ、行きます!」
スピーカーから音質の悪い音楽が流れ出す。それに相応し、名も知らない顔のない通りすがりの人々が何事かと意識を集める。
橘の姿が、声が、大多数に届かなくとも、機械音ならば誰にでも届く。
応援する僕と共に橘を誘導する一手としての道具だ。
上乗せして、もうひとつ。
「――――――――♪」
橘の歌声が街中に響く。
『機械を通した声ならば、橘の声も万人に届くのだ』。
廿楽花は古い怪異だ。
メディアに記録された人間を排除する程の力はない。
例えどんなに影の薄い人間だろうが、メディアに記録した姿は映るし、声は聞こえる。
近代の利器を使用することは、現代に適応出来ていない怪異に対する有効な手段の一つとなる。
そして、声が聞こえれば、その出処である人間の姿も見えるのが道理だ。
「――――――――♪」
「いいぞ、その調子だありす!」
次第に人が集まって来る。
周囲の人間も、遠巻きに眺める人もいれば僕のように身を乗り出して積極的な人もいた。
恐らくは元々の橘のファンの方だろう。
「――――――――♪」
「いけぇっ、ありす!」
「ありすさん、頑張って下さい!」
気付けば、いつの間にか両脇に結城と櫻井がいた。
二人とも、僕がいいと言ったにも関わらず橘を探し続けていたのだろう。
肩で息をし、笑顔ながらも疲労困憊の色が見え隠れする。
……ちくしょう、いい奴らじゃないか、お前ら!
彼女たちに応えなきゃ嘘だぜ、橘。
橘の持ち曲ももうアウトロに差し掛かっている。
一際大きく腕を振り上げ、拳を橘に突き出す。
「お前は誰にも代わりの出来ない一人の人間、橘ありすだ!」
「はいっ、私は橘ありすです! これからも――橘ありすになる為に!」
その刹那。
橘を取り巻く空気が、一陣の風と共に一瞬にして変わった気がした。
歓声が湧き上がる。
熱が後頭部を叩く。
とてつもない圧力に後ろを振り向くと、想像以上の数の人間が橘を取り囲むように人の海を作っていた。
「はは……すげえな」
「ありがとうございました!」
橘の締めと共に、歓声は賛美の声へと彩りを変えた。
ああ、やっぱり凄いな、アイドルは。
いや、アイドルだからじゃない。
橘は、これだけの人を動かす力を持っているんだ。
そんな凄い一個の人間を、怪異なんかの都合で消えさせてたまるか。
と、いつまでもこの余韻に浸っていたいところだったが、人垣の向こう側に青色の帽子が二、三人分見えた。
「やばっ、逃げるぞ三人とも!」
「へっ?」
「許可取ってないんだよ! 千川さんと片桐さんにお尻を叩かれたくなかったら逃げろ!」
緊急で執り行ったゲリラライブだ。
もちろん許可なんて取っちゃいない。
職務質問されても間違いなく不利なのは僕だ。
まさか『怪異に取り憑かれていたので』なんて言う訳にも行くまい。
言ったところでイエローピーポーを呼ばれるのがオチだ。
「ちょ、ちょっと!?」
「それでいいんですの!?」
「ええい、四の五の言わずに顔を隠してついて来い!」
結城の帽子を奪い櫻井に被せ、結城には上条謹製の伊達眼鏡をかけさせる。
小手先ではあるがこういった小物での変装は案外ばれないものだ。
橘に関しては顔も名前も知られてしまったので、実質チェックメイトな訳だが……まあ、僕の減給くらいで済むなら御の字だろう。
警察官の方々が名前を聞いていないことを祈ろう。
「きゃあ!?」
簡易ステージ上の橘をお姫様だっこで誘拐する。
うわ軽っ。
結城や八九寺より軽いんじゃないか、橘。
「よし行くぞ橘! 安心しろ、僕は超常現象からも逃げ切った男だ!」
「訳がわかりません……」
惜しいな。
これが昨日の衣装のままだったら、そのままドラマのワンシーンに使えそうなものなのに。
ふと、走りながら視界に入った橘の表情が、鮮明に僕の記憶中枢に刻まれた。
ああ、そうだよ。
やっぱり橘くらいの年齢の女の子には、その表情が一番似合う。
逃避行を続ける僕の腕の中、首を抱く橘の顔は、齢相応に、楽しそうに笑っていたのだ。
007
後日談というか、今回のオチ。
結局、当たり前だが無断のゲリラライブは会社側にも伝わってしまったものの、無事、スタドリ三ヶ月分購入(と言う名の減給)程度の刑に処された僕だった。
恐るべきはその処置をした会社ではなく、上層部の財布の紐まで握っている千川さんであることを僕らは忘れてはならない。
そして出勤した次の日。
待ち構えていたように橘が入口に立っていた。
「おはよう、橘」
「おはようございます……少し、お時間いいですか?」
「いいけど、どうした?」
「昨日のお礼をしたいので……ちょっと待ってていただけますか」
僕の返答も聞かず、事務所の奥へと小走りに向かう橘。
可愛いなあ、おい。
お礼。
女子小学生兼現役アイドルからのお礼。
なんて魅力的で甘い響きなんだ。
橘からの『お礼』に想いを馳せる。
「おはよ……うわ」
「おはよう、渋谷」
たった今、出勤して来た渋谷をプロデューサースマイルに切り替えて迎える。
表情が緩んでいたかも知れないが、何事もなかったかのように振る舞うのがプロデューサーの嗜みである。
「……出勤して早々、変なもの見せないでよ」
「人の顔を変とは失礼な奴だな」
「あんまり不審なことしてると、事務所とは言っても捕まるよ」
「望むところだ」
「望むんだ……」
渋谷はシンデレラプロダクション所属のアイドルであると同時に、僕が一番初めに担当した記念すべきアイドルでもある。
事務所内で一番付き合いが長いのは、何を隠そう渋谷だ。
「何やってるの、こんな所で」
「ああ、橘が何かくれるらしくてな、待っててと言われた」
意外そうな表情を浮かべる渋谷。
とは言え、あまり表情の変化の幅が狭い渋谷なので、わかるようになるには少々時間がかかるが。
「へえ……ここに来たばかりの頃は、すごく刺々しかったのにね」
「いや……渋谷も相当だったぞ……」
「そうだっけ」
「僕にどんな対応をしたか、忘れたとは言わせないぞ」
「…………」
渋谷と橘は、出会ったばかりの頃の印象が似通っている、という共通点がある。
二人とも初対面ではものすごく冷たかったのだ。
特に渋谷は……いや、今となっては何も言うまい。
「あの頃に比べりゃ渋谷もだいぶ丸くなったよ」
「……やめてよ、昔話なんて。年寄りくさい」
渋谷はそのまま事務所内へと行ってしまった。
どうやら怒らせてしまったらしい。
まあ、僕にとっても渋谷にとってもいい思い出じゃあなかったのかも知れないが。
「お待たせしました」
と、そんな事をしている間に橘が戻って来た。見たところ、手には何も持っていない。
「なんだ、僕と結婚してくれるのか?」
「不可能です」
「『嫌です』じゃなくて不可能なの!?」
「こちらへどうぞ」
僕の突っ込みもさらりと流す辺り、末恐ろしいにも程がある橘だった。
橘に導かれるままにアイドルたちの休憩室へと向かう。
中にはまだ早いからか、誰もいなかった。
渋谷はきっと男子禁制の更衣室で着替えているのだろう。
後で何とかして渋谷の機嫌を取ろう、と思いまずは橘の『お礼』に心を弾ませる。
休憩室の中心、いつも皆がお茶を飲むのに使っている大きめの机にあったのは――。
「こ、これは……!」
「今回は原点回帰を主題としました。何事も初心に返って思い返すことは大事だ、とプロデューサーに教わりましたので」
いや、確かに言ったよ。
言いましたよ。
だからってそれとこれとは話が違うんじゃありませんか橘さん!?
嫌な汗が汗腺から噴き出す。
呼吸がままならない。
思わず固唾を飲んでしまった。
まるで今から親友か家族の仇と対峙するような、おぞましい程の緊張感が全身を襲う。
目の前には、山盛り一杯の苺パスタが鎮座なされていたのだった。
「その名も苺パスタ・零式です」
「無駄にかっこいいネーミング!」
マジか。
HDなのか。
3では出してくれないのか。
見るものの食欲をそそらない鮮やかな桃色のパスタに、ソースとして満遍なくかけられたお手製であろうイチゴジャム。
その更に上には生クリームに加え、苺に良く合うチョコレートアイスが色合いも良くお皿を彩る。
「おっ、美味そうなもん食うとるやないけ、暦」
「村上……」
僕が滝のような汗と共に苺パスタ零式を前にしていると、今から出勤であろう村上がやって来た。
村上巴、十三歳。
うちに所属するアイドルで、義理と仁義に生きる現代においては珍しい女の子だ。
聞いたところによるとお父さんが相当過保護で厳しい人らしい。
なお、村上はこの橘謹製苺パスタのファンらしく、時々作ってもらっているらしい。
「な、なぁ村上。良かったらこれ、食べ……」
「巴さんの分はちゃんと用意してありますから、どうぞ」
「ほんまか! こげな美味かもんを作れるんじゃ、うちの専属料理人にならんか、橘」
「嬉しいお誘いですけど……」
「それもそうじゃの。うちもじゃが、アイドルの道があるからのう」
「…………」
今更イモ引けんわな、と美味しそうに苺パスタにがっつく村上。
その食べっぷりは見ていて気持ちのいいくらいだ。
そうか。
もう退路はないということか。
いいだろう。
覚悟を決めろ、阿良々木暦。
ここが男の見せ所だ。
それに、不肖阿良々木暦、女子小学生に作ってもらった食事を食べないなんて選択肢はあり得ない。
それを曲げてしまったら、阿良々木暦は阿良々木暦でなくなってしまう。
そう、ひたぎが好きだと言ってくれた、阿良々木暦に――。
「何をぶつぶつ言うとるんじゃ。食うなら早よ食わんかい。美味かうちに食うんは料理人への敬意じゃろが」
「……いただきます!」
村上の声に後押しされ、猫騙しかと誤解される程に勢い良く両の手を合わせる。
フォークが鉛のように重い気がするが、気にせずに皿に穴を空ける勢いでパスタを巻き取る。
熱で軟度を増したジャムと生クリームが付随するのにも構わず、一口。
「…………」
「プロデューサー……どうですか?」
茹でられた温かいパスタ、その熱を移した生温かい生クリーム、冷たいチョコアイスが温度差のハーモニーを奏でる。
口内では主食である筈のパスタ(ちなみに僕は家でよくパスタを作って食べる。安くて楽だから。)が、未だかつて体験したことのない未知の食物として認識されていた。
果実独特の酸味に加え、それを包み込み覆う生クリームの甘味。
苺と相性抜群の筈のチョコレートアイスは、僕の味覚と嗅覚を更なる混沌へと導こうとしている。
橘が横で心配そうに見ている。
みっともない真似だけは出来ない。
咀嚼を続ける。
そういうコンセプトなのか、柔らかめに茹でられたパスタは噛んでいる、という食感すら与えない。
はっきり言おう。
決して不味くはない。
不味くはないのだが、あまりにも斬新なあらゆる要素が、総出で僕の脳髄に問いかけて来る。
味覚が、触覚が、嗅覚が、視覚が、これを『食事』として中々認識してくれないのだ。
個人的には好き嫌いはない方だと思うのだが、これは好き嫌いの範疇を遥かに超えている。
評価以前に評価すらさせてくれない――それが、正直な僕の感想だった。
……いや、これを主食として捉えるからおかしなことになるのだ。
あくまでスイーツだ。
なに、パスタは主食としてではなく、サラダや前菜にも使われているじゃないか。
「なに黙っとるんじゃ、男ならはっきりせぇよ」
村上に小突かれる。
ああ、わかってるさ。
僕が言うべき言葉なんて一つに決まってる。
「……う……うまいぜ」
「本当ですか!?」
「ああ……斬新すぎて思わず戸惑ってしまったが……こういうのも、悪くない」
どこぞの殺人鬼音楽家のように、遠くを見ながら決めてみせる。
僕だって子供じゃない。
橘が僕に、と作ってくれた料理を一蹴できる程に僕は堕ちちゃいない。
ただ、正体不明の身体の震えを止めるので精一杯なことを、皆さんにお伝えしたい。
「おかわりありますから、どんどん食べてくださいね」
ああ、橘スマイル、ゴールデンプライス。
そんな笑顔をされたならば、食べない訳には行かないじゃないか。
「た、橘……」
「あ、忘れてました。プロデューサー……ひとつだけ、提案が」
「……なんだ」
なんとか首をもたげ、橘を見る。
そのエプロンを身に着け微笑む姿は、皮肉ではないが、花のよう、と表現するのがとても似合っていて。
「名前で、呼んでもいいですよ」
阿良々木暦「ありすリコリス」END
ちなみに私も愛知出身。
登山は高校生の時分に済ませました。
あと今更すぎますがpixiv始めました。
このシリーズも今までの分、修正してアップしましたので暇だったら覗いてやって下さい。
次の候補は飛鳥、シュガーハート、たくみん……ですが書く時間がない……ないんや……。
読んでくれた方、ありがとうございました。
彼岸花の別名は曼珠沙華しか知らなかった
ありすが『知られざる英雄』を修得した様な事になるとは……。
あれの凄いところは見た目のインパクトに反して普通にイケるところ、決して不味いわけじゃないと言うところ
麺にいちごのつぶつぶがあって酸味が来るのがキツすぎる
あとあったかい生クリームが食欲を減退させまくる…周囲の人間もな
掲載元:http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1421406211/
Entry ⇒ 2015.10.13 | Category ⇒ 化物語 | Comments (0)
こよみ「朝起きたら女の子になってた」
内容は全くないです。
暇潰しにもならないかもです。
興味あるかただけどうぞ。
火憐「これはどういうことだ月火ちゃん」
月火「わたしにもわかんないよ」
火憐「兄ちゃんを起こそうと思って布団をはがしたら可愛い女の子がでてきたよ」
暦「あ、火憐、月火、おはよう」
火憐「兄ちゃんをどこへやったか教えろ!」
暦「だから、なんの話だよ火憐ちゃん」
火憐「とぼけるな、阿良々木暦をどこへやったと聞いているんだ!」
暦「阿良々木暦は僕だよ!」
火憐「本気で言ってんのか?それ。じゃあ、鏡見てみろよ」
暦(鏡をみたら黒髪ロングの美少女が写っていた。どういうことだ!)
こよみ「おかしい。僕が美少女になってる!」
火憐「もしかして、本当に兄ちゃんなのか!?」
こよみ「だから最初からそういってるじゃないか?」
月火「本当みたいだね。それにこんな可愛い女の子を部屋に連れ込んだなんてばれたら、お兄ちゃん、彼女さんに怒られちゃうよ」
こよみ(怒られるだけならいいがな)
月火「うん、わかった」
こよみ(あれ、様子がおかしいぞ)
火憐「大丈夫だぜ。兄ちゃん、いやこの場合姉ちゃんか。痛くしないから」
こよみ「おい、やめろ」
こよみ「いや~~~~~~~~」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
こよみ「はあはあ」
火憐「ただでさえ弱いのに女で私に勝てるわけないだろ」
こよみ「その火憐ちゃん、さすがに同性でも、おっぱいをみられるのは抵抗があるんだが」
火憐「まあ、それが狙いだからな。ってか、月火ちゃん、この胸は凶器じゃないか」
月火「そうだね。羽川さんほど大きくはないけど。いわゆる美乳ってやつだね」
こよみ「やだよ!」
月火「えい」
こよみ「なにしてんだ」
火憐「えい」
こよみ(なんか変な感じだ……)
火憐「だって、なあ……、兄ちゃんだし」
月火「うん」
火憐「兄ちゃんはもとに戻んなくていいのか?」
こよみ「戻りたいに決まってるだろ!」
火憐「それより、服きていいよ」
こよみ「わかった」
~~~~~~~~~~~~~~~~
火憐「月火ちゃん、これはまあ、私の予想なんだけどさ、お湯持ってきてくれないか?熱湯ははさすがにやばいから50℃くらいで」
こよみ「おい、お前、なにをしようとしている?」
月火「あ、うん、わかったあ」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
月火「持ってきたよー」
火憐「じゃあ、兄ちゃん、上だけ脱いでくれ」
こよみ「お前、まさか、そのお湯かけたら男になるとかいわねーよな」
火憐「まあ、可能性の1つだ。月火ちゃん、かけてくれ」
月火「はあい」
ピシャッ
こよみ「ひゃゃー」
火憐「かわらないよだな、なあ、兄ちゃん?」
こよみ「なんだ?」
火憐「諦めろ」
月火「お兄ちゃん、いまのままでも十分可愛いよ、私には負けるけど」
こよみ「いちいち、言わなくていいよ。」
火憐「それよりさ、兄ちゃん、生理とかどうすんだ?」
こよみ「会話が生々しいわ!」
火憐「だって重要なことだろ!子宮がなかったらこどもは生めないし、病院に行って調べてもらったら?」
こよみ「ってか、僕は男に戻るよ!絶対!」
火憐「どうやって?」
こよみ「それは……なんとかして」
こよみ「一応聞くけどなんだ?」
火憐「神原駿河さんに相談するのはどうだろうか?(ニヤリ)」
こよみ「絶対やだ!」
火憐「まあまあ、もしかしたらってこともあるじゃないか」
こよみ「ない!これだけはいいきれる!それになんとなく危ないきがする!」
火憐「まあまあ、大丈夫だよ。さすがにちゃんと考えてくれるよ」
暦「なにきてんだよ」
火憐「私が呼んだのさ」
神原「にしても、可愛いな」
暦「嬉しくない」
神原「まあ待て阿良々木先輩、生理はどうなっているんだ?」
暦「だからなんでお前ら思考回路が同じなんだよ」
神原「まよいちゃんがみたらどう思うだろうか」
暦「たしかに、反応が見てみたい感はあるが」
神原「ではいきましょう、まよいちゃんのもとへ」
よみこ「おい、よみこってやめろ」
まよい「いやです、女のよみこさんになにされようと別にいいですし」
こよみ「ん?いまなんでもって」
まよい「いってません」
こよみ「嬉しくない」
まよい「これで戦場ヶ原さんが男になってたら、びっくりですね」
こよみ「やめろ」
まよい「CV誰にしますか?とりあえず無難に福山さんとかおのでぃーさんにしときます?こよみさんの声は、」
こよみ「やめろ。そんなことはないでげそ。」
まよい「やっぱり。ぴったりですね」
まよい「まあ、でも、さすがに、ここで戦場ヶ原さんが男になってるわけないじゃないですか」
こよみ「やめろ、フラグをたてるな」
まよい「あ、噂をすればですね、ほら、来ましたよ」
こよみ「知らなくてよかったよ。ってか、なんでCV杉田なんだよ。あわねーよ」
ひたぎ(♂)「まあ、細かいことは気にしない」
こよみ「全然細かくねーけどな」
ひたぎ(♂)「それよりどうもとに戻すかが重要でやんす」
こよみ「口調までおかしくなってるでげそ、、あれ?」
ひたぎ(♂)「こういうときは、あれね、大抵強い衝撃とかあればもとに戻るものでやんす。えい」
チュ
暦「………」
ひたぎ「………」
暦「戻ったようだな」
ひたぎ「そのようでげそ」
暦「おい」
ひたぎ「わざとよ」
完
掲載元:http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1421414745/
Entry ⇒ 2015.10.12 | Category ⇒ 化物語 | Comments (0)